62話 一花の家に泊まる
みどり湖を学校まで迎えに行った、夜。
俺は駅前の喫茶店で時間を潰していると、スーツ姿の美女が入ってきた。
「おか……光彦くん」
笑顔で手を振ってくるのは、贄川 一花。
大学時代の友人であり、今は恋人のうちのひとりだ。
「ごめんなさい、お待たせして」
「いや、俺も今来たとこだし、急なお願いをしてるの、こっちだから」
なぜ一花と、夜に会っているか。
先ほど、妹のみどり湖が、双子JKたちと三人だけで話し合いがしたい、といっていた。
当初はどこかビジネスホテルか、漫画喫茶にでも泊まろうとしたのだが……。
『光彦くん、ご飯食べに行かない?』
一花からLINEがきた。
俺が事情を説明すると……
『じゃ、じゃあ……あたしの家に、泊まらない? ちょうど今日、金曜日だし』
となった次第。
お言葉に甘えることにして、今に至る次第だ。
一花は車で駅前まで来ていた。
俺は彼女の運転で、マンションまで向かう。
ほどなくして到着。
ここに来るのは二度目だ。
ただし、あのときと違って、今度は俺たちは恋人。
「おじゃまします」
「ど、どうぞ……」
一花の部屋の中に入ると、ふわり……と良い匂いが鼻腔をつく。
かいでいると落ち着く。
「アロマか何かか?」
「ひゃいっ!」
「ひゃい?」
あわあわ、と一花が慌てて言う。
「そ、そうよアロマ。あ、あの、べ、別にその……り、リラックス効果があるからアロマを焚いてるだけで、別にえっちの前の雰囲気作りのためにやってるとかじゃないから勘違いしないでね!」
一気に、一花がそうまくし立てる。
なるほど……そういうことを、期待してるのか。
「まあ、あとでな」
「~~~~~~~!」
一花が顔を真っ赤にして、その場にしゃがみ込む。
「ど、どうした?」
「だ、だって……そんな、えっちする気まんまんの、ハシタナイ女って思ったでしょ?」
「思ってない思ってない」
「……ほんと?」
俺がうなずくと、ホッ……と一花が安堵の吐息をつく。
「よ、良かった……恋人を家に呼ぶの、初めてだから、ネットで色々勉強したの。から回ってないかって心配で」
若干から回っているが……まあ、俺のためにいろいろ調べてくれたのだ。
あまり深くツッコまないであげよう。
ほどなくして、俺たちはリビングへ。
「スーツから部屋着に着替えるから、その……覗いちゃ、だめよ?」
一花が顔を赤くしながら俺に注意をする。
「ああ、わかった」
10分後。
「……ただいま」
「おかえり」
ゆったりとした部屋着に着替えた彼女は、がっかりした表情で帰ってくる。
「……光彦くん、聞きたいことがあります」
ソファに座る俺の隣に、一花が腰を下ろす。
「どうした?」
「……どうして、覗きに来なかったの?」
「いや、おまえが着替えてるんだから、覗かないだろ。自分でも言ってたじゃないか」
「あ、あ、あ、あれはその……前振りというか、嫌も嫌よも好きのうちというか……」
耳を真っ赤にしながら、ぼしょぼしょ、と一花がつぶやく。
「覗いて欲しかったのか?」
「…………」
一花は顔を真っ赤にして、手で自分の顔を覆うと、こくん……とうなずいた。
「なんだったら……そのまま押し倒してくれても、ああ! あたし何言ってるんだろ!」
いやいや、と一花が隠したまま身じろぐ。
そんな彼女が愛らしくて、俺は微笑ましい気持ちになった。
「ごめんなさい光彦くん。あたし……舞い上がっちゃって。こんなに幸せな気分、生まれて初めてで」
「幸せ?」
「……だって、大好きな人と、恋人になれて、自分のうちに泊まりに来るなんて……夢みたい」
一花が俺を見て、えへへと、可愛らしく笑う。
一花は凄い美人だ。恋人がいてもおかしくない……が、どうやら俺以外と付き合ったことがないらしい。
俺が初めての彼氏で、家に呼んだのも初めて……となると、光栄だった。
「あ、あの……み、光彦くん……あのね……彼氏を家に呼んだら、やりたいことがあったの」
さっきの流れから言うと、たぶん、セックスだろう。
俺もそうなるかもしれないと、薬局であらかじめ、【準備】はしておいた。
一花は一度立ち上がると、いったん引っ込み、帰ってくる。
「じゃーん、人生ゲーム!」
「…………」
「恋人と一緒に人生ゲームしながら、子供は何人が良い、とか、そういうやりとりに憧れてたの~♡」
「……そ、そうか」
ときおり一花が凄い幼く感じる。
下手したらあかりのほうがエロスを覚えるときがある。
「光彦くん?」
「いや……なんでもない。やろうか、人生ゲーム」
「ええっ」
★
ひとしきり人生ゲームで遊んだあと。
俺たちは、ソファに座って、Amazonプライムで映画を見ていた。
テレビ画面にはホラー物の映画が映し出されてる。
「み、みみ、光彦くん! い、今どうなってる……? もう怖いシーン終わってる……?」
一花が俺の腕に抱きついて、ぶるぶると震えている。
「そうだな。今は幽霊でてないよ」
「そ、そう……」
恐る恐る、一花が顔を上げる。
ほっ……と安堵の吐息をつく。
「なあ、ホラー苦手なら、別の映画でもいいんじゃないか?」
一花はふるふる、と首を振る。
「家で彼氏と一緒に、お酒を飲みながらホラー映画を見る。これも、あこがれだったの」
一花は結構、恋愛に対して憧れを抱いていたようだ。
俺は恋人と……こうして時間を共有するなんてこと、ほとんどしてこなかったからな。
ミサエは、俺に金と労働以外、何も求めてこなかったから。
こうして、恋人らしいことを要求されるのが、逆に新鮮で……心地よい。
「光彦くん。飲み物とってくるよ。ハイボールで良い?」
「いや、いいよ」
すると笑顔で一花が立ち上がって言う。
「遠慮しないで。とってくるね」
一花はキッチンへと移動する。
……彼女は、かいがいしく、色々やってくれる。
待ち合わせ場所に迎えに来てくれることも、こうして飲み物を取ってきてくれることも……。
ミサエは、一度もしてくれなかったからな。
「はい、光彦くん。角ハイボール」
「ありがとう。……俺の好み、覚えてたんだな」
俺は缶を受け取る。
プルは、開けてくれていた。
「もちろん。大好きな岡谷くんの好みですもの。覚えてるわよ。黒が好きとか、鶏皮が好きとか」
テーブルの前には、おつまみが置いてある。
鶏皮の串が置いてあって……俺は、うれしくなった。
「ありがとな、一花」
「え?」
急にお礼を言われて、困惑している。
「いや、その……いろいろしてくれて」
「? ああ、えっと……気にしないで。あたし、好きでやってるの」
一花は淡く微笑んで言う。
「あたし好きな人に、いろいろしてあげるの、好きだから」
「そっか……」
俺たちは映画を見る。
主人公とヒロインが、極限状況下で愛を語り合ってる。
「素敵……」
「そうなのか?」
「こういう恋も燃えちゃうわ」
「なんか恋愛してる余裕とかないだろ、今この状況」
「だからこそいいんじゃない」
「そう、かなぁ」
「そうよ。もう、光彦くん女の子の気持ちわかってなさすぎよ」
「すみません、優柔不断なもんで」
映画を流し見しつつ、だべりながら、酒を飲む。
アルコールが入って気が大きくなったのか、一花がどんどんと近くに寄ってくる。
今、俺たちはソファに手を置いて、重ね合ってる。
「えへへ♡」
「どうした?」
「手……つないじゃった♡」
にぎにぎ、と一花が俺の手に触れて、本当に嬉しそうに笑う。
……ああ、心地よい。
気兼ねせずに酒を飲み、だらだらと二人で過ごす。
こんな時間が……心地よい。
他愛ない話をしていると、気づけば映画が終わっていた。
「ふふっ。光彦くんと一緒だと、時間が経つの忘れちゃうわ。もっと早くにこうして……」
一花が、黙ってしまう。
けれど、言う。
「……大学の時に、あきらめず、アタックしておけば良かった」
ぼそり、と一花がつぶやく。
そこには深い後悔の念がこもってるようだった。
「……あたしがへたれだったのが、ダメだった。恋人から、岡谷くんのこと、奪っていれば……あなたは傷付かずに、すんだのに……ごめんね……」
「いや、おまえが謝ることじゃないだろ、それ」
「でも……」
ずっと一途に、俺を思ってくれていた彼女がとても愛おしい。
「遅くなんて、ないさ。これからでも……な」
「うん……そうね」
一花は俺の肩の上に、頭を乗っけてくる。
「……酔っちゃった」
「そうか」
もじもじ、と膝をこすり合わせながら、一花は俺に切なそうな顔を向ける。
「……エッチな気分になってきちゃった」
「なんでだよ」
「お酒飲むと、今まで溜まってたもろもろが、解放されちゃうの」
一花が俺を、ぎゅっと抱きしめる。
誰よりも大きな乳房が、俺の体に、強く押しつけられる。
甘い香り……切なげな表情。
熱い吐息……。
「ごめんなさい、光彦くん……あたし、もう……がまんできなくて……」
俺は一花の体を抱いて、唇を重ねる。
外国の映画も目ではないくらい、情熱的なキスをした。
ぽー……とした表情で、一花が俺に言う。
「恋人になってから、毎日光彦くんと、えっちなことすることばっかり考えてて……あのはじめての夜のことも思い出して毎晩……」
顔を真っ赤にして彼女が言う。
「……いっぱい、しよ? たくさん準備してたの。光彦くんと、したくて……薬局とかいってゴムかったり、アロマかったりして……」
一花が自分の体を抱いて、不安げにたずねてくる。
「……こんなスケベな女、嫌い?」
俺は愛おしくてたまらず、彼女を抱きしめる。
そのまま彼女の首筋にキスをすると、向こうが甘い吐息をもらす。
ソファに押し倒すと、彼女は俺のなされるがままとなる。
あやしくギラついた目で、一花がささやく。
「……今夜は、寝かせないよ、光彦くん」
……俺たちは、また、体を重ねるのだった。