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跳ねた兎

日本工業研究開発共同体開発

自律式無人戦闘攻撃機XSN


 二番基地に着任してから二週間目。その日は早朝から忙しかった。正確には前日からだけども。当初の予定ではケネディ宇宙センターから打ち上げられる予定だった三機の自立式無人戦闘機XSNは、予定を変更し種子島宇宙センターから打ち上げられる事となったからだ。

 地上に帰還してから知った話だけど、打ち上げ延長はおかしいとの事だった。機体に不備が見受けられたという報告を聞いていたが、実際は違う。そんな不備不調は見られなかったらしい。つまり関係者全員口裏を合わせる様に指令が下っていたとの事だった。

 

 

 

 航宙軍には大きく分けて二つの派閥がある。細かく分類すれば四つになるが、今回は一つの条件で分類させてほしい。

 まず一つが、軍産複合体の派閥。いわゆる軍需企業派だ。航空宇宙軍という、各国の先端技術を結集して建造される兵器群を運用する多国籍軍。そして前代未聞の主戦場が宇宙という特殊すぎるロケーション。

 その性質上膨大な予算が必要になった。予算が集まれば利権も集まる。各国の企業連盟はこの商機を逃すなと売り込みを掛けた。シェアを少しでも確保できれば、天文学的な金が舞い込んでくる。必要とされる技術は非常に高度な物だが、それもまた良い宣伝。

 国連と言うまず倒産する心配がない組織が商品を山ほど買い上げてくれる。オリンピックなんて比にならない宣伝効果もある。

 なんたって地球防衛軍だ。地球を守る最前線。そこで運用されているという文言は、信頼と機能性。そして保守性も兼ね備えた一流品の証だと、国連が証明しているに等しい。

 

 これが一つ目。

 

 二つ目は国が母体になっている連中の派閥。普通の軍人や政治家だ。僕の会社はここに所属している。

 この派閥は企業派とは逆に、予算の縮小をしたがっている。

 

 政治家は分かるけど、なんで軍人が縮小を唱えているんだ。逆じゃないかと思う人が居るかもしれない。その疑問は尤もだ。

 簡潔に回答を述べれば、人員を吸い上げる事にある。

 

 軍隊で一番金を喰う『兵器群』は何だと思う。軍艦、戦闘機、戦車。はたまた核ミサイル。違う。確かに単価で見れば圧倒的だ。だが一番金を喰うのは『人間』だ。

 まず教育に使う金。給料にカウンセラー。制服などの支給品に食費光熱費諸々。退役後は年金。戦死したらしたらで遺族年金。

 膨大な金を際限なく吸い上げ続ける上に、軍隊を構成する為に必要不可欠な兵器だ。

 

 そうやって手間暇かけてつぎ込んできた兵器、それもとびっきり優秀な幹部やら技術士官やらを、航宙軍に派遣しなければならない。国が予算を増額したところで限度がある。そしてその金は国連が持っていく。

 軍に降りてくるのは本当に一部だけだ。そもそも大抵の国は国連への支出金の一部として航宙軍費を支払っている。

 

 人は吸われ、金も吸われ。国防の要たる宇宙開発技術は仮想敵国に解析される恐れのある現場に持っていかれる。

 

 新型兵器の実験場として運用し放題という旨みも多少はあるかもしれないが、損が大きすぎる。そもそも企業の力が強すぎるからだ。これは軍や国にとっては面白い状況とは言えなかった。

 

 だから僕らの様な半分国が運営している法人や軍隊は、航宙軍の機能や戦力をそのままに人員や規模を減らしましょうと唱えていた。

 その第一段階として僕ら軍人ではない民間人かつ、宇宙飛行士ではなかった人材をインスタント宇宙飛行士にする訓練計画やらが策定された。

 

 そして肝心要の第二段階。自立式無人戦闘攻撃機による防衛システムの構築、そして月への直接攻撃。

 今まで基地に装備されていた電磁投射砲による迎撃を廃止し、数を揃えた高度な無人戦闘機による射撃でもって弾道をずらし、砲弾を安全に大気圏で燃え尽きさせて処理しようとしう計画だ。正面から打ち込めば敵の砲弾を砕き、ちょいとかすらせれば弾道がぶれる。

 

 従来の防衛基地は整備補給のプラットフォームとして特化させる。一つの防衛基地で広い範囲をカバーできる。

 コストカットと戦力維持を両立できる計画だと、縮小派には好評だった。

 

 

 

 さて、僕が第二基地に着任してから二週間が経過した。日本では夕方より少し前に打ち上げるため、僕らは早朝からの待機を強いられていた。

 XSNを運用する為の僕らの専用区画の点検や、段取りの打ち合わせ。無いとは思うが、万が一の妨害工作に備えてアリスへの射撃待機命令等々。かなり忙しかった。

 

 そうして打ち上がった三機の無人戦闘機を乗せたロケット。大型ロケットを打ち上げる発射台は本来一つしかなかったが、航宙軍の発足を受けて整備、拡張された。結果、三機のロケットをほぼ同時に打ち上げられる世界有数の発射場となった訳だ。

 当時は自然保護団体が相当うるさかったらしい。

 

 

 

 群青から藍色に変化し、やがては黒くなる地球。その境目から打ち上げられ、ゆっくりと接近する三機のロケット。カメラで拡大し観察したからブースターが次々分離され、徐々に身軽になっていく様子ははっきりと見えていた。

 最後のブースターを切り離し、姿勢制御用スラスターを点火。と同時に僕ら無人戦闘機運用班が詰める第二基地の管制室へ、三機がオンラインになったと通知がもたらされる。これより僕らは三機へ、軌道を適宜指示しながらランデブーさせねばならない。

 もっとも、機体の基本プログラムはもう書き込んである為、万が一に備えて程度だったが。

 

 円錐状のロケット先端部分が頂点から二つに分離する。まるで花弁みたいに。その中から出てきた三機の機体を、僕は忘れないだろう。

 人工衛星よりも大きく、戦闘機よりは小さい機体。複眼式の前方メインカメラ。頭に当たる部分から伸びる二本の高性能レーダー。それは開発コードが示す通りに雪国の雪兎(スノーラビット)に酷似していた。

 

 三機があらかじめ与えられた命令通り、メインブースターをまるで跳ねる様に一瞬だけ点火。元々十分な加速がついていた為に瞬時に停止。各部の小さな姿勢制御スラスターを噴射し軌道修正。二番基地に接近。前方スラスターを噴射、機体を減速。

 

 格納庫外壁に設置された作業用マニュピレーターが機体を保持、そのまま格納庫へと搬入する。

 最後に格納庫ハッチを閉鎖し気密を確保。空気を充満させ打ち上げは無事完了。全て順調予定通りだった。

 

「これでただ飯喰らいではなくなりましたね。主任」

 

 真面目な表情で作業に勤しんでいた山野君も流石にほっとしたのだろう。表情を柔らかくした。

 白状しよう。とても可愛かったと。これにはどきりとした。当たり前だ。普段無表情な子がふっと笑ったんだ。ドキッとしない男なんていない。

 

 この数日後に、三機の武装が打ち上げられることとなる。機体搭載用電磁投射砲に小型デブリ排除用兼、防護帯内部に潜んでいると思われる敵防衛システム撃破用の機銃ユニットだ。

 そして最後に、折り畳み式の太陽電池に帆だ。

 そう帆。布切れじゃない。太陽から発せられる光やイオンを受けて、それを推力に変える機構だ。これで噴射剤を大幅に節約し、なおかつ太陽パネルで発電する為一度出撃すれば長期間の哨戒に耐えられる。

 

 モニターに映った三機を眺める。感慨深かった。当たり前だろう。僕がコンセプトを考え設計し、上に提出したんだから。僕の子供たちと言っても過言ではない。

 

 

 

 この三機について自慢を兼ねて軽く解説しよう。この三機、高度な学習用AIを搭載している。技術の進歩と言うのは素晴らしい物で、アップデートを重ねたとはいえ基礎設計が十年前。つまり初期の頃に開発された防衛ステーション運営用AIアリス以上の性能を持っている。

 まあ、蓄積した情報量が桁違いなので、どちらが優秀とは一概に言えないけど。それでも基地と戦闘機。ハードの大きさも桁違いなのにも拘わらずそれに迫る性能。一瞬で飛んで来る敵の迎撃を搔い潜り月面を攻撃する為には、これ程の性能が必要だった。

 

 地球上を主戦場としていた無人戦闘機が、とうとう宇宙までやってきた。その最先端の、開発史の転換期ともいえる現場に立ち会った。そしてその設計者であり、つまり当事者である。

 誇らしさを抑える事は出来なかった。

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