第9話「景とdiscord交換、そしてマル暴(警察)の来訪」
「……え? ディスコード?」
私の提案に、景さんはキョトンとした顔をした。
包帯だらけの顔で首をかしげる姿は、少しだけ可愛げがある……かもしれない。
「なんだそれ。新しいSNS?」
「えっと、ゲーマー向けのチャットツールというか……。通話もできるし、便利ですよ」
「ふうん」
景さんは不器用な手つきでスマホを操作し、アプリをダウンロードして私の提示したQRコードを読み取った。
ピロン♪
軽快な電子音が、凍りついた教室に響き渡る。
「交換完了だ。……何かあったら、すぐに連絡しろ。アタシが飛んでいく」
「あ、はい……ありがとうございます」
景さんは満足げに頷くと、踵を返して自分の席へ戻ろうとした。
その背中に、教室中の女子たちの視線が突き刺さっていることに、彼女は気づいていない。
私は冷や汗が止まらなかった。
これ以上、火に油を注がないでほしい。
「ねぇ、待ちなさい。梶原」
その時、パンッ! と机を叩く音が響いた。
親友の義乃だ。
彼女は腕組みをして、景さんの前に立ちはだかった。
「あ? ……なんだ三浦か」
景さんは面倒くさそうに振り返った。
その呼び捨てにする自然な口調に、私は違和感を覚えた。
あれ? この二人、そんなに親しかったっけ?
「あんた、昨日のよくわからない行動といい、なんなの?」
「あん? お前には関係ない……」
「いやいや、関係あるわよ。しぐれはあんたにずっと睨まれていて迷惑してたのに、いきなり絡んできたり、迷惑なのよ」
義乃はビシッと景さんを指差した。
普段、景さんには誰も怖くて意見できないのに、義乃だけは遠慮がない。
すると景さんも、ヤンキー口調の中に呆れたような色を滲ませた。
「……チッ。うるせぇな、別にいいだろう」
「よくないわよ。友達が迷惑しているなら、それを守るのが友達ってもんでしょ」
バチバチと火花が散る。
けれど、そこにあるのは殺気ではなく、どこか慣れ親しんだ「じゃれ合い」のような空気だった。
「……あの、二人とも?」
私が恐る恐る声をかけると、義乃が「ああ、ごめん」と振り返った。
「しぐれは知らないかもしれないけど、私とこいつ、腐れ縁なのよ」
「えっ、ちなみに、どこで?」
私は素朴な疑問を口にした。
学校では接点がなさそうだし、部活も違う。
「ああ。ウチもこいつの家もよく知らないけど、遠い親戚みたいなものらしいわ」
「そうなんだ……」
「年に数回会うのよ。『合同なんやら会』とか、あと祭りの寄合とかでね。そこで嫌でも会うってわけ」
義乃はげんなりした顔で言った。
なるほど。
現代の鎌倉にも、古くからの住人同士のコミュニティが残っているらしい。
そして、この二人はその「幼馴染(腐れ縁)」というわけか。
「へぇ……。じゃあ、二人は仲良しなんだ」
「「仲良くはない」」
二人の声がハモった。
景さんはフンと鼻を鳴らす。
「勘違いするな。家同士の付き合いがあるだけで、アタシはこいつの『とりあえず手が出る』短絡的な思考回路が気に入らねえだけだ」
「はぁ!? あんたこそ、学校じゃヤンキーみたいに気取ってるくせに、集まりじゃお嬢様ぶってるのが気に食わないのよ!」
……似た者同士だ。
「まあいいわ。おい梶原、放課後はどうするの? まさかしぐれと一緒に帰るつもりじゃないでしょうね?」
義乃が睨むと、景さんは気まずそうに視線を逸らした。
「……いや、帰るぞ」
「は?」
「しぐれと同じアルバイトしているから、このまま帰る」
「そうなの? しぐれ」
義乃の視線が私に向く。
「あ、うん、そうなんだよ」
初耳の設定だけど、ここは話を合わせた方がよさそうだ。
「そうなんだ……じゃあ仕方ないけど。前に言ったカフェ行きたいから、今度予定合わせていこうね」
放課後。
果たし状の件は、義乃が「私が親衛隊の連中を説得(物理含む)しとくわ」と引き受けてくれたおかげで、なんとかなりそうだ。ちょっと心配だけど。
そして、私と景さんは、並んで下校することになった。
当然、周囲の視線は痛い。
「見て、一緒に帰ってる……」「同棲してるって噂、本当なの!?」というヒソヒソ話が聞こえるが、景さんは我関せずで堂々と歩いている。
北鎌倉の山道を登り、洋館へ向かう途中。
「あの、景さん。監禁されているって聞いたけど、学校はいけるんだね」
今日、ずっと疑問に思っていたことを二人きりになったので質問してみた。
「ああ……。その、私のパ……お父さんとあの吸血鬼が話をしたそうで。よく知らされてないけど、和解したみたいです。両家の和解という意味で人質というか、私が『奉公人』としてあの館に当分住むことになりました」
「……なんか、大変だね……。でも私もいるし、何かあったら助け合おうね」
「うっす……」
館の門の前に着くと、景さんが急に姿勢を正し、緊張した面持ちになった。
彼女にとってここは、まだ「敵の本拠地」なのだ。
ガチャリ。
私が鍵を開けて、ドアを開ける。
「ただいま戻りましたー……」
その瞬間だった。
ドガァァァン!!!
「おう!!!!! 待っていたぞ!!!!」
「ひゃあっ!?」
鼓膜が破れそうな大声と共に、巨大な影が玄関に飛び出してきた。
丸太のような腕。金髪を束ねた大柄な女性。
見たことのないメイドさんだ。
その筋肉の盛り上がり方は、どう見ても格闘家か軍人だ。
「あ、あの……どなたですか?」
私が呆然としていると、彼女は白い歯を見せてニカッと笑った。
「ム? 貴様が新入りの『シグレ』か! 初めましてだな! 私はメイド長のヒルデだ!」
「メ、メイド長……?」
アナスタシアさんとはまた違うベクトルの圧がすごい。
「で、そっちの包帯グルグル巻きは……オオッ! 昨日の元気な捕虜ではないか!」
ヒルデさんは、私の後ろで固まっている景さんを見て、嬉しそうに手招きした。
「昨日筋トレを一緒にやった『戦友』だな! どうだ、体には効いているようだな?」
「ッ……! お、お久しぶりです……ヒルデメイド長……」
景さんが、見たこともないほど怯えている。
昨日の夜、アナスタシアさんにお仕置きされた私同様、彼女もこの人に何かされたらしい。
いや待って、あの全身包帯の大怪我で筋トレさせられたの!? 生きててよかった……。
「ガハハハ! そんなに怯えるな! 貴様の根性は気に入っているぞ。……よし、では早速仕事だ! 今までは不在だったからレディースメイドのアナスタシアからの指示だったが、本来、君たちハウスメイドの直属の上司は私だからな!」
ヒルデさんは私たちの背中を、バシン! バシン! と叩いた。
「痛っ!?」
「ぐはっ……!」
「さあ、メイド服に着替えて仕事をしよう! 休む暇などないぞ!」
嵐のような人だ。
私は景さんと顔を見合わせ、無言で頷き合った。
この館での生活は前途多難だ。ただ、裏表がなさそうである意味、理想の上司かもしれない。
私と景さんはメイド服に着替えてお仕事を開始した。
景さんは怪我がまだ治っていないので、書斎室で手紙の開封作業をやっている。
私は、エントランスの掃除をしていた。
ピンポーン。
「ジー」という古いインターホンの音が鳴った。
初めての来客のようだ。
「あ、はい、どちら様でしょうか?」
『どーもー、夕暮れ時にすみませーん。私、神奈川県警、組織犯罪対策課の二階堂と申しますぅ。ちょっとお聞きしたい事がありましてぇ……』
「え、警察……?! あ、はい、少々お待ちください」
監視カメラのモニターを見ると、スーツ姿の女性と、制服を着た男性警察官が門の前に立っていた。
門から玄関までは距離があるので、メイド長にどうすればいいか聞こうとしたが、近くにいない。
ともかく門まで行くことにした。
私は重い鉄の門扉の前まで来たが、鍵は開けなかった。
このお屋敷のルールで、来客は安易に中に入れてはいけないことになっているからだ。
「あの~……どういったご用件でしょうか?」
私は格子状の門越しに声をかけた。
門の向こうにいたのは、対照的な二人組だった。
一人は、目にクマを作り、丸眼鏡をかけた髪のボサボサな女性。
やる気のなさそうな態度で、タバコの匂いと甘ったるい香水の匂いが混じった独特の空気を纏っている。
もう一人は、清潔感があふれる真面目そうな男性警察官だ。
二階堂と呼ばれたボサボサ髪の女性は、門越しに私のメイド服をジロジロと見て呟いた。
「うわぁ、本物のメイドさんだぁ。すっごいねぇ~」
「……はぁ」
「ああ! そうそう、ちょっとですねぇ」
二階堂さんは門の隙間から警察手帳をピラリと見せ、気だるげに言った。
「ここ一帯で、暴力団関係事務所が『何者かに壊滅させられる』っていう事件が相次いでましてぇ。その件について、こちらの主の方にお話をお聞きしたくて。……ご在宅でしょうか?」
「え……?」
暴力団事務所が壊滅……?
私は目を丸くした。
(何それ……? ヤクザが襲われたってこと? 誰に?)
まさか、うちのお嬢様たちが関わっているんじゃ……。
そんな暇はなかったはず。
じゃあ、誰が?
「あ、えっと……ちょっと確認してきますねぇ、少々お待ちくださいぃ……」
私は引きつった笑顔で答え、門を閉じたまま、大慌てで屋敷へと走った。
え、なになに、どういうこと?!
警察が来るようなことを、誰かがしたの!?
(第9話 完)




