第8話 お嬢様としぐれの憂鬱
投稿時間遅れてしまい申し訳ありません。
なお、これからは、21時に投稿する予定です。
久しぶりの「戦い」を終えて。
しぐれへの尋問(という名のティータイム)も終わり、私はシャワーを浴びて、濡れた髪をタオルで拭いていた。
「……ふぅ」
ナーチャ(アナスタシア)は、しぐれの後を追って仮眠室へ消えていった。
たぶん、たっぷりとお仕置きをするつもりね。
昔からあの子は執着心が強いから……ほどほどにしてほしいものだわ。あの子の「愛」は、人間には少し重すぎるもの。
私はドレッサーの前でスキンケアをしながら、ふと、先ほどの会話を反芻する。
(……武衛の遺言、ね)
私の中には、どうしても引っかかる棘があった。
景という娘は、「頼朝公が死の間際に遺言を残した。『我が死しても、あの怪物を討て』と」と言っていた。
それは、おかしい。
なぜなら、あいつ(頼朝)の最期を看取ったのは、この私だからだ。
落馬して意識を失い、数日後にそのまま息を引き取るその瞬間まで、私は枕元にいた。
彼はうわ言で私の名を呼んでいたけれど、私を討てなどという言葉は、一言もなかったはず。
「……誰かが歴史を書き換えた? それとも……」
私が独りごちていた、その時だった。
ドガァァァン!!
「お嬢様は無事かぁーッ!!」
ドアを蝶番ごと吹き飛ばす勢いで、見知った巨体が雪崩れ込んできた。
荒々しい男勝りの声色。丸太のような腕。
ドイツ出身のメイド長、ヒルデだ。
「……私なら、ここにいるわよ。ドアはノックしてから開けなさいと何度言ったら分かるの?」
「お嬢様!! ご無事で!!」
ヒルデは私の小言など聞こえていない様子で、戦車のように突進してきた。
「大体の話はアナスタシアから聞いております! 襲撃にあったと! クソッ、私が留守にしている間に!」
「そうよ。でも安心しなさい、こんな平和な時代の兵士なんて、昔に比べたら全然骨がないわよ」
「お怪我は!? どこか欠損したりしてませんか!?」
ヒルデは私の体をベタベタと触り始めた。
腕、足、首筋、脇腹……。
「ちょ、ちょっと! 触りすぎよ! くすぐったいわね!」
私は彼女の太い腕をぺしっと叩いた。
相変わらず、暑苦しいほどの忠誠心だ。
「……それより、例の件はどうなっているの?」
私は話題を変えた。
彼女には、私が留守の間に、この地域の裏社会の情報を探らせていたのだ。
「ああ、もちろん! この地域一帯の反社的な勢力は、一掃しました!」
「……は?」
一掃?
私はコットンを持つ手を止めた。
「それって……具体的にナニをしたのよ?」
嫌な予感がする。
この子、脳筋すぎるのが玉に瑕なのよね。
「マフィア……日本では『ヤクザ』と言われている連中の拠点を、片っ端から潰してきました!」
ヒルデは白い歯を見せて、サムズアップした。
「な、なるほど……。想像はつくけど、どんな風に……?」
「奴らの事務所に行って、カチコミ(電撃戦)をしてきました! 案外ラクでしたよ」
「……」
「街で『ヤクザの事務所はどこだ?』って聞きまくってたら、向こうから『あぁン? ウチを嗅ぎ回ってるのはオメェか?』って因縁つけられたので。とりあえず全員ボコボコにして、事務所まで道案内させて、そのまま……」
「Oh……」
私は頭を抱えた。
周辺の武装勢力とコンタクトを取って、穏便に情報収集をするように任せたのだけど……完全に私の采配ミスだったわ。
「いやでも! ちゃんと事務所行った時に、『仁義』? っていうのを切りましたよ! お嬢様が見せてくれたヤクザ映画でやってたので!」
「ああ……ヤクザの生態系を知ってもらうために見せた、あの『仁義なき戦い』ね……。勉強が役に立ってよかったわ(棒読み)」
「はい! 『お控えなすって!』って大声で叫んでから殴り込みました!」
「それで、どこの組を潰したの?」
「ああ、ここ一帯のは全部やりました」
「うん?」
私は笑顔のまま、もう一度聞き返した。
「うん?」
「ですから、ここ一帯のヤクザとか不良グループ? 半グレ? っていうのを、全部やりました」
「Oh……」
これで鎌倉の裏社会は壊滅状態ね。
まあ、私たちにとって動きやすくなったのは事実だけど……やりすぎよ。
「でも待って。どうやって組織の全体像や場所が分かったの? ネット検索?」
「簡単っすよ!」
ヒルデは自慢げに、鼻の下を指で擦った。
「最初に襲った組織の頭? ってボスに、14世紀でしたっけ?あんときヨーロッパにいた時によくやってたアレ、あるじゃないですか。指を一本ずつボキッてやるやつ」
「……」
「アレを最初やったんですが、意外としぶとくて。だから、目の前で部下を一人ずつ……」
「分かった! ストップ! 詳しいディテールまではいいわ! 結果オーライよ!」
これ以上聞くと、私の精神衛生上よろしくない。
それにしても、この単純さと残酷さ……変わらないわね。
「ところでお嬢様。私と警備隊がいない間に、何が起きたんですか?」
私はため息をつきつつ、先ほどの「梶原景」の一件について説明した。
話を聞き終えたヒルデは、腕組みをして天井を見上げた。
「なるほどぉ……懐かしい名前ですねぇ。カジワラ、オオバ……」
「あら、あなた、その時から私に仕えてたの?」
自分で言うのもアレだけど、私には何百年もの間に多くの使用人や配下がいる。
ある程度経験を積ませたら自立させるのが我が家の習わしで、これまでに沢山の子たちの独り立ちを見届けてきたから、全員を完璧に覚えているわけではない。
「はい! あの頃は楽しかったです! ヨッシーと一緒に暴れまわったのは、懐かしい思い出です!」
「ヨッシー? ……そんな舌を出して卵を産みそうな、緑のキャラみたいな名前の奴いたっけ?」
「違いますよ! 九郎ですよ! あいつ、戦になると頭のネジが飛んでて最高だったなぁ!」
「ああ……いたわね、そんなのが。まあいいわ」
ヒルデと話していて、私の中で散らばっていたパズルピースが、カチリと音を立てて嵌まった気がした。
「……ねえ、ヒルデ」
「はい?」
私は引き出しから、一冊のファイルを取り出した。
これは先日、しぐれの学校の三者面談に行った際、私とは別行動をしていたナーチャに命令して学校から拝借させた、「全校生徒の名簿」だ。今の時代はなんでもデータ化されていてラクだわ。
「これを見て。何か気づくことはある?」
ヒルデは名簿を受け取り、パラパラとめくった。
最初はキョトンとしていたが、次第にその目が大きく見開かれていく。
「……おや? こりゃあ……懐かしい名前が多いですね」
彼女は無邪気に笑いながら、指で苗字をなぞった。
「和田、畠山、比企、北条……。お嬢様、こりゃあスゲェや。ところどころ、一緒に戦ったヤツらや、殺し合ったヤツらの苗字がありますよ」
「……なるほど」
私は鏡の中の自分と目を合わせ、静かにつぶやいた。
「やっぱり、そういうことね」
「……面白くなってきたじゃない」
私はニヤリと笑った。
退屈な隠居生活に、最高のスパイスが投下されたようだ。
――翌朝。
(ここから、しぐれ視点)
私は鉛のような足取りで学校の昇降口に向かっていた。
昨日の今日だ。体はダルいし、精神的にも限界だ。そして何より……。
「……うぅ」
口の中が痛い。
正確には、舌だ。
昨日の夜、アナスタシアさんに「お仕置き」として噛まれた傷が、ジンジンと熱を持って痛む。
朝、鏡で見たら、くっきりと歯型がついていた。あれはもう「所有者のマーキング」だよ。
それに、初めての……キスがあんな……。
思い出すだけでも顔から火が出そうだ。同性にそういう感情はないのに、あの感触だけが鮮明に残っている。
「しぐれーっ!!」
背後から、ドタドタと走ってくる足音がした。
親友の義乃だ。
彼女は私の肩をガシッと掴むと、必死な形相で顔を覗き込んできた。
「無事か!? 昨日、あの後どうなったんだよ! 梶原の奴にどこ連れて行かれたんだ!?」
「あ、義乃……」
「顔色が悪いぞ? まさかあの不良に……お前にひどいことを……!」
「ううん、大丈夫……本当に」
私は無理やり笑って見せた。
本当は舌が痛くて喋るのも億劫だが、ここで変な誤解を招くわけにはいかない。
私たちはなんとか教室にたどり着いた。
ガララッ。
「……」
教室に入った瞬間、空気が凍りついた。
クラス中の女子生徒たちの視線が、一斉に私に突き刺さる。
その目は、好奇心、嫉妬、そして明確な殺意に満ちていた。
「(……来たわよ、泥棒猫)」
「(けい様をたぶらかした女……)」
ヒソヒソと不穏な囁きが聞こえる。
私は冷や汗をかきながら、自分の席へ向かった。
そして、自分の机を見た瞬間、絶句した。
「……なんですか、これ」
机の上に、山のような封筒が積まれていたからだ。
赤、黒、紫……禍々しい色の封筒ばかり。
恐る恐る一番上の一通を開いてみる。
『果たし状景様を独占するとは何事ですか!昨日のパレードでの「お持ち帰り」……放課後、体育館裏に来なさい。歯を食いしばって待ってろよ!
――景を見守ろう親衛隊 第3部隊長より』
「……果たし状?」
他の手紙も似たようなものだった。
『泥棒猫』『身の程を知れ』
『昨日の馬上のけい様、素敵でした……でも貴女が乗っていたのは許せません。決闘を申し込む』
どうやら昨日の騒動は、周囲の目には「一匹狼のけいさんが、ぽっと出の芋女とコスプレプレイをしながら帰った」という、少女漫画もビックリな光景に映っていたらしい。
現実には、私が彼女たちの襲撃を止めようとして、彼女たちがソフィア様にボコボコにされただけなのに。
私はため息をつき、山積みの封筒を見つめて呟いた。
「……いや、鎌倉の女子……怖すぎだろ」
「てか、なんなのこれ」
「ははん、ついに始まってしまったか」
隣で様子を見ていた義乃が、動画の「ゆっくり実況」みたいな解説モードに入った。
「しぐれは、高等部から編入してきた『金メッキ組』だから知らないだろうけど……。初等部からいる梶原景は、ファンクラブができるほどそこそこ人気なんだよ」
「金メッキ……?」
「梶原のファンはすごい統制が取れているんだよ。一言で言うと、やばい!」
「Oh……」
「しかも普段誰とも話さない梶原が、なんか普段は言わないような言葉遣いで、お前さんと一緒に下校したもんだから。それはそれは……ねぇ」
私はムッとして、義乃に言い返した。
「……解説ありがとう、でもね、その高等部から入校した人を『金メッキ』っていうの禁止ね。あんたら初等部からいる『純金組』とは違うのよ。こちとら高い倍率で入ってきてんのよ」
なるほど……状況は理解した。
理解したくなかったけど、この学園のめんどくさいヒエラルキーも含めて理解した。
私が机に突っ伏していると、教室が再びざわついた。
「キャーッ! けい様よ!」
「見て、あの包帯……痛々しいけど素敵……!」
廊下から、黄色い悲鳴が上がる。
教室に入ってきたのは、全身包帯だらけの梶原景だった。
腕を吊り、頬にガーゼを当てているが、そのヤンキー特有の鋭い眼光は健在だ。
普段は遠巻きに見ているだけのクラスの女子たちも、今日ばかりは珍しく景さんに話しかけている。私が昨日「抜け駆け」した(と思われている)せいで、「私たちも負けてられない!」と言わんばかりの有様だ。
彼女は女子たちの「大丈夫ですか?」「荷物持ちましょうか?」という黄色い声を、手で「うっす」と遠慮して、一直線に私の席へと歩いてきた。
ダンッ!
私の机に手を置き、睨みつけるように顔を近づける。
教室中の女子が息を呑んだ。
「……おい、しぐれ」
「ひっ……!」
景さんは鋭い目で私を見下ろした。
昨日の「しぐれ殿」とか言っていた忠臣モードはどこへ行ったのか、完全なヤンキー口調に戻っている。
でも、よく見るとその瞳は、心配そうに揺れている。
「(小声)……おい、大丈夫です? 昨日、あの後……あの怖いメイドに……」
「(小声)……なんとか、無事です」
「よかった……色々とお世話になりました。アタシの仲間も、全員生きてる。今は屋敷でミイラみたいになって寝てるけど、命に別状はないです」
「よかった……」
景さんはホッとしたように息を吐いた。
部下たちが無事だったこと、そして私が(見た目は)無事だったことに安堵したようだ。
言葉の端々に、隠しきれない「敬語(忠義)」が混ざっているのが、なんとも彼女らしい。
景さんは安心したのか、私の肩をポンと叩き、スマホを取り出した。
「……よかったら、インスタ交換しない?」
「ごめんなさい、イ〇スタやってないです。Discordでいいですか?」
「……え?」
その瞬間。
教室の女子たちから「キャーーーーッ!!」という悲鳴が上がった。
「けい様が! あの女とDM交換した!!」
「やっぱり特別な関係なの!?」
「許せない! 泥棒猫ぉぉぉ!!」
殺気が倍増した。
景さんの何気ないボディタッチと連絡先交換が、火に油を注いでいる。
「あ、あの……けいさん、みんな見てるから……」
「あ? ……チッ、うるせえな」
景さんは周囲の女子たちをギロリと睨みつけ、ドスの効いた声で言い放った。
「おい、テメェら。……コイツに手ェ出したら、アタシが許さねえぞ」
「「「キャーーーッ!!(ハート)」」」
逆効果だった。
「自分の女を守る王子様」の構図が完成してしまい、女子たちは興奮し、私への嫉妬の炎はさらに燃え上がった。
「……おわった」
私は天を仰いだ。
夜は吸血鬼のメイドに舌を噛まれ、昼は女子校の闇を知り。
私の安息の地は、一体どこにあるのだろうか。
机の上の果たし状の山が、雪崩のように崩れ落ちた。
(第8話 完)




