第25話「独占欲が強い銀髪メイドが親衛隊の中心で恋愛宣言をする」
数日前に義乃と作戦会議をした通り、ついに景ちゃんの親衛隊と話し合いの場を持つことになった。
義乃が向こうの穏健派の人たちに根回しをしてくれて、なんとか実現した場だ。
集合場所は、なぜか人気の少ない橋の下。完全にヤンキーの決闘の場じゃないか。
そこへ向かう道中には、私と義乃、景ちゃん、そして――なぜかアナスタシアさんもいた。
「しぐれ、そちらの方は……?」
義乃が目を丸くして、隣を歩くアナスタシアさんを見つめる。
「えーと、アルバイト先の先輩? ……というか上司? の、アナスタシアさんです」
「どうも。お初にお目にかかります、アナスタシアと申します」
「あ、よろしくお願いいたします。日本語がお上手ですね……」
「ありがとうございます」
完璧な微笑みを浮かべるアナスタシアさんを見て、義乃が私に小声で耳打ちしてきた。
「(すごい美人さんだね……てか、なんでアルバイト先の人がついてきてんのよ!?)」
「(なんていうか、家族みたいな付き合いだから……心配して来てくれた? 的な?)」
「(なんか、すごいわね……)」
ソフィア様に『親衛隊と話し合いをしてきます』と報告したところ、「心配ですので私も行きます」と、アナスタシアさんが自主的に(半ば強引に)ついてきたのだ。
指定された橋の下に向かうと、そこには親衛隊長と、その取り巻きの方々がズラリと待ち構えていた。前回よりも多い。ざっと20名はいる。
「前回は……突然の攻撃でしたけれど、今回はさせませんわよ……!」
親衛隊長さんがバッと身構え、私に鋭い視線を投げかける。
「申し訳ございません!!! 本当に……ごめんなさい!!」
私は即座に頭を下げ、全力で平謝りした。
「……いいですわよ。あなたが野蛮な人間だというのはよく分かりましたので」
「それで、お話し合いというのはどういうことですか?」
ため息をつく隊長さんに、景ちゃんが一歩前に出て口を開いた。
「あんたたちのことは前から知っているし、私を応援してくれているのも知っている。だが、今回はやりすぎだ」
景ちゃんが話すたびに、親衛隊の中から「キャーッ」と黄色い声援が聞こえる。なんなんだこの集団は。
「大庭とは、遠い親戚で一緒に住んでいるだけだ。それ以上でもない。だから、あんたらが言う『接触を禁ずる』という条件は飲めないし、そういう関係ではない」
「景様のおっしゃることは分かっております! しかし、ここ最近のお二人の関係は急に近くなっていて、景様も昔より……その、女の子らしくなってしまわれました! 我々が崇敬している景様は、常に凛としており、さりげなく困っていた人を助ける……孤高の王子様のような方なのです!」
「それはあんたたちの幻想だ。私は私のままを生きているだけだ」
「そうは言っても……お二人で同じお弁当を食べたり、登校時に仲良くしているお姿を見ていると……」
「今まで誰とも深い関わりを持たなかった景様が、なぜ大庭しぐれなんかと……!」
親衛隊たちが口々に不満を漏らす。
「証明してくださいまし! お二人が、深い関係ではないという証明を!」
「……っ」
その言葉に、景ちゃんが押し黙ってしまった。
どうしよう。証明しろって言われても、親戚(という設定)の同居人以上の証明なんて……。
その時。
スッと、アナスタシアさんが私の前に出た。
「――証明できますよ」
「あなた様は?」
「しぐれのアルバイト先で一緒に働いております、アナスタシアと申します」
隊長さんは、そのただならぬ気品と美貌に気圧されたのか、軽く会釈をした。
「証明できるというのは、どういうことでしょうか?」
「このしぐれは『私のものであり』、現在、恋人仲だからです」
「「「なっ!?」」」
親衛隊だけでなく、私も息を呑んだ。
「そ、それはどういうことでしょうか……!?」
「私としぐれはパートナーとして交際をしております。こちらの景とは本当にただ一緒に住んでいるだけで、夜もしぐれは私と通話をして過ごしておりますから、そちらが疑うような事実は一切ありません」
「な……なるほど……。しかし、お二人がお付き合いをしているとは……。アナスタシア様はこれほど容姿が綺麗ですが……大庭さんは……」
そう言って私を値踏みする隊長さん。ちょっと、酷くないか?
「わかりました。では、証明しましょう」
そう言った瞬間。
アナスタシアさんが私の腰に腕を回し、逃げ場を奪うように強く抱きしめてきた。
「ちょっと、アナスタシアさん……なんですか――んっ!?」
抗議の声を上げようとした私の唇は、強引に塞がれた。
「あ……ダメ、んぅ……っ!」
ただのキスじゃない。熱い舌が、遠慮なく私の口内へと侵入してくる。
抵抗しようと彼女の腕を押すが、私の両手は顔の横でいとも簡単にホールドされてしまった。
甘い香水と、血が沸騰するような強烈な痺れ。
息ができない。頭が真っ白になる。
チュッ、と生々しい水音が橋の下に響き渡る。ヤンキーの決闘場が、一瞬にしてR指定の空間へと変貌した。
たっぷりと1分近く粘膜を蹂躙された後、ようやく唇が離された。
「ぷはぁっ……! げほっ、んっ……はぁ……っ」
「……だから言ったでしょう。多少のお遊びは大目に見ますが、あなたの優柔不断な態度が悪いのです」
アナスタシアさんは妖艶に微笑みながら、親指で自身の唇から伸びた銀色の糸(唾液)をゆっくりと拭った。
「――これでも、ご納得いただけませんか?」
「へ? ……あ……はい……納得、しましたぁ……」
圧倒的な『大人のキス』を至近距離で見せつけられたお嬢様(隊長さん)は、顔を真っ赤にして鼻血を出しながら、コクコクと激しく頷いた。
「しぐれは私のものです。この子の家は元々は武家の血筋。妾を作ってお手付きをすることもあるかと思いますが、『正室』の私が許しませんのでご安心を」
「はい……! アナスタシアお姉さまがそうおっしゃるのなら……はい……っ!」
いつのまにか、隊長さんが『お姉さま』呼びになっている。完全に洗脳完了だ。
「景としぐれが、二人だけで生活を送るのが不安ということでしたよね?」
「あ、はい……」
「ならご安心を。監視も兼ねて、私もしぐれの家に住み込むことにします。これでご不満はありませんね?」
「はいっ! お姉さま!」
「では、今回の件はこれでおしまいです。今後、しぐれに悪さをするのはやめてくださりますか?」
「はい! しません! 私たちは絶対にしません!」
「ふふ。いい子ですね」
「はいっ!!」
鼻血を押さえた隊長さんを筆頭に、親衛隊の面々は嵐が去るようにそそくさと退散していった。
静寂が戻った橋の下。
親友の義乃は、終始ぽかんと口を開けたまま微動だにしない。たぶん、キャパオーバーで彼女の脳内CPUが限界を迎えたのだろう。
そして、景ちゃんに関しては――見なくてもわかる。
私の背中に、穴が開くほどのすっごい殺気(視線)が突き刺さっているのが。
「……しぐれ。ずっと大目に見ていましたが、やはり景との距離が近すぎます」
「え、あ……」
アナスタシアさんが、私の耳元で甘く、そして恐ろしい声で囁く。
「あなたが『誰のものか』、もう一度しっかりとわからせますからね」
「え、あ……はい……」
「それでは当分、あなたの家にお邪魔しますので。よろしくお願いいたします」
――これ以降。
学園において、私は『父親にも劣らぬ鬼畜の所業で、次々と女を惑わす悪魔』として、不本意極まりない形で一躍有名になってしまったのだった。




