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冬の国の魔女  作者: 洋梨
故郷編
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10/12

10

日常の続きの朝が帰ってきた。

私は床に(ひざま)いて、窓というよりは壁の穴というべき場所から黄色い太陽が山の稜線(りょうせん)から滑り出すのをじっと見つめていた。

昨日ネスト達にも言ったが、もうすぐ今年の伐採地区を決める町会がある。

この町は夏の下草処理を経て、町会での伐採地区決定から本格的に材木の町へと変貌していき、あっという間に冬が来てしまう。

つまり干物屋にとっても生死を分ける冬準備が本格的に始まってしまうということだ。

今から冬のことを考えて憂鬱だな。そろそろ干し編みを大量に洗わなきゃならない。

太陽が完全に山脈から顔を出したのを見て、私は朝支度を始めた。


招かざる来客があったのは、井戸まで行って水を汲み、囲炉裏をつついて朝の支度を進めている間だった。

時々チーズや薬草などを今日の市場でいくら用意して欲しい旨の来客があったから、ドアを開けるまでじい様も私もそういう類の客だろうと思っていた。

でもじい様が玄関で誰だ、というような押し問答をしているのを聞いてしまったとき、背筋がゾッと(あわ)だった。

火の赤に目が釘付けになる。

悪い予感は当たる。

私が囲炉裏から玄関へゆっくり首を動かせば、来訪者は昨日の夜話を盗み聞きしたネストの先生その人であった。

私が声も出せずに口をパクパクさせている間に、先生も私に気づき目が合ってしまう。

「私はリーフ・イングラムだ。奥の女子がリーシュ・ブリュネルか?」

聞かれているのにのどが絞まって声が出ない。

じい様が責められている気配を察してかブリュネルはただ愛称のようなもので正式な家名ではないことを説明しているが、絶対そういうこじゃないよ......。

やっぱり昨日ネストの口車になんか乗るんじゃなかった。

私は今度はじい様の肩口を一生懸命に見て、現実をぼかそうと努めた。

先生は私からの返答を諦めたのか、勝手に話を進めていく。

「昨日は私の弟子が世話になったようで、礼と依頼があって来た。」

じい様がなんだ、というように声を(とが)らせた。

「なるほど。あんたは部隊の人だね。軍人には見えないけど。

うちの子に何か用かい?」

じい様が体を横によけたので、ひょろりと背の高い先生と相対することになってしまう。

「あ、あのお礼なんてとんでもないです。その、昨日は本当に失礼しました。依頼って何、ですか?」

どうかどうか普通の依頼ですように。

「私にもこの山を案内いただきたい。」

思いがけない依頼に顔を上げる。

「あの、それじゃ私では無くてじい様か、それか現役の狩人の方にお願いされた方がよろしいかと?

それならじい様が顔が効くはず」

しかし先生は全てを聞かず顔を横に振った。

「大所帯では入りたくない。万が一の時面倒なことになる。

そこの御仁の方が山に詳しいというなら、ぜひ案内いただきたい。謝礼は出す。」

私はじい様と顔を見合わせた。

「わしは別にかまわんが、見ての通りおいぼれでの。リーシュも一緒に連れていきたい。」

先生は頷いた。

「問題無い。では向かおう。」

えっ!今から?

「山を本格的に歩くなら靴を変えないと。ちょっと準備してきます。」

ひとまず先生を家の中に通して、囲炉裏の前の椅子に座ってもらった。

後の対応はじい様に任せて、2階の自室に駆け戻る。

全てが急だ。

革靴と、頭巾と、あとスカートを縛る紐は丈夫なものじゃなければ。

私がだらしなく床に座って皮のブーツを履いている間にじい様たちの声が階下から聞こえてくる。

待たせないように急いで紐を縛って立ち上がった。

「今行きます!」


ネストの先生とじい様と山歩き......。変な感じだ。

朝早いのもあって、家の裏手の山は人の気配が無く鳥の鳴き声がうるさい。

「ここはまだ町の一部だからここで話すが、山の中で"迷う"と口にしてはならん。

もし万が一言う場合は、道が眠った、と言え。これだけは山に入る前に誓って欲しい。

言った場合は即引き返す。念の為にリーシュも誓なさい。」

町と山の境界の簡単な柵の前で、じい様が厳粛な顔で言う。

「誓おう。」

先生がごく簡単な調子で応える。

「私も誓います。」

私も頷いた。

じい様は先生の顔をじっと見つめていたが、やがて頷いた。

私たちは昨日夜歩いた水場までの道順をそのまま歩いていく。

「この山のどこまでなら登った経験がある?」

早速先生が聞く。

「森林地帯までだ。獣もそこら辺に一番よく住んでいる。

さらに上でヤギなんかを飼う連中がいるが、冬はこの町以南へ移動する。交流はあるがな。」

なるほど、先生がつぶやいた。もう少し山道が険しくなるまで私の介助はいらなそうだな。

「では峠の道はどうだ?」

「中央の役人なら知ってそうだが、道なんて大層なものは無い。

そもそも大昔にご先祖様がこの地を開墾(かいこん)して以来、この地以北から人がやってきたことなんて無い。」

先生は無感動な目でうなずいた。

私たちはほとんど昨日歩いたような道を辿っていく。

「こっちへ進みたい。」

やはり先生は昨日も進んだ獣道を指した。

じい様はちょっと険しい顔をしたが、先生の後を追った。

「先ほど言った通り、私は魔術師だ。

この地一帯には非常に強い魔力の形跡がある。その原因を調べたい。」

いつの間にかじい様には自己紹介を済ませていたらしい。

「魔力なんて、感じたことも無いがね。」

じい様は端から魔力を信じていないみたいだ。

昨日私もネストの魔術を見ていなかったら、存在が遠すぎて信じられなかったかもしれない。

「魔力は水や空気のようなものだ。我々もその力をまとっている。だから周辺の魔力に気づけない。

山は特に生命の集合体でただでさえ魔力量が多い。源を探すのはかなり難しい。」

痩躯(そうく)に合わず、先生は案外険しい道でも息が上がっていない。

山に慣れた2人のペースに合わせて、あっという間に昨日来た開けた場所に着いてしまう。

この寂しい場所の一体何が彼の勘に障るのだろう?

「このまま上まで登るとどうなる?」

先生は近くの巨石にもたれかかり、山の頂上を(あお)いでいた。

「森が無くなる。それ以上行くと、天に近づきすぎて我々はおかしくなってしまう。」

「具体的には?」

「まず体調に変化がある。山に慣れているものでも頭痛や吐き気を催す場合がある。

そしてさらにさらに上を目指すと魂に変化があると言われる。

まず道が頻繁に眠りについたり、ごく時たま別の人格が体に入ってきてしまうことがある。

悪魔付きと似ているが、町に帰ると治ることが多い。我々は山の神に魅入られたという。

そしてそういう奴がいる狩猟班には獣が寄ってこない。だから狩人は必要以上には登らない。」

じい様が話し終えて息が辛そうだ。私は彼に肩を貸した。

「なるほど。

ぜひ上まで登りたいが、これは地図屋を待つべきか。」

じい様は少し意地悪い顔で笑った。

「例え道が分かったって無駄じゃよ。この山を踏破した者はいない。」

先生は何も答えなかった。


このままさらに上を目指すかと思ったのに、先生は満足したのか山を降り始めた。

帰りは私たちは誰も口を聞かずに山路を降りていく。

朝の山は水気が空気に残ってすがすがしく、こんな状況でなければもう少し楽しめたのに。

ほとんどの山道を降り切ったとき、じい様が口を開いた。

「わしはなぜあなた方がこんな所まで来たのか、という方が気になる。

農耕もできない土地に住み、中央の守りも届かないこの地を女王は忘れなかったと、町民は浮かれていたが、慈善で遠征などしないだろう。」

うう、じい様の言葉に昨日知ってしまった秘密が重くのしかかってくる。

「もちろん慈善でこの町まではるばる来たりはしない。我々の目的は数日以内に知れ渡る。

それか、あなたの子に聞いてみれば良い。」

じい様が信じられない目でこちらを振り向くのが分かった。

「なんだと....!」

やっぱり昨日の冒険は大間違いだった。

私は目を伏せ、至近距離にあるじい様の視線を避けて弱々しく応える。

「違うの。昨日、先生の弟子さんと知り合った時にこっそり教えてもらっちゃっただけよ......。」


先生はこの間にもさっさと足を進め、町の中へ入っていってしまう。

「あっ!謝礼!!」

じい様の気を逸らすためにも、私は大声を張り上げた。

南の門を目指してるらしい先生は振り返りもせず右手を挙げる。

すると不思議なことに、まるでやまびこのように先生の声が周りに反響した。

「午後、弟子が渡す。」

その声はだんだんと元の音から低くなっていき、完全に聞こえなくなった。

鳥が数羽木々を羽ばたいた音がする。

「不気味な。」

じい様は肩を振るわせながら私から離れていった。

「リーシュ、さっきの話は家の中で聞かせとくれ。」

ええもちろん全部話させていただきますよ。

私はとぼとぼとじい様の後を着いていく。

それにしてもネスト、あの根性なしめ!全部先生に喋ってるじゃん!

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