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15.ゆるりと傷の手当てをする

 ボクは差し出した薬をそのままに、横たわる少女に顔を向ける。

 見習い聖女だけ着ることが許される制服に血が多く付いている。

 これはおそらく重症の傷。

 欠損は下位の光魔法で治すことができない。

 もちろん、回復のポーションでも難しい。

 医者の施術の後に使う必要がある。

 あるいは、光魔法の上位になる聖光魔法が必要になる。

 この赤のネクタールと呼ばれるネクタール系の下級飲み薬でも代用が効くけどね。


「さあ! これを傷口に使ってください!」


 この薬はボクがたまたま錬金術で作った物になる。

 品質は余り良くないけど、効果は期待できるはずだ。


「何なんだ? そいつは。大体あんたはなに者なんだ?」


 そうだよね。知らない人から薬を渡されても簡単には使えないよね。

 でも使ってもらわないと困るんだよ。


「赤のネクタールだよ」


 伝わるかな? かなりレアな薬だし。


「ネクタール? 聞いたことがねえなあ」


 じれったい。


「いいから早く使ってよ! 服を脱がして、傷口に流し込んで欲しいかな!」


 早くしてよ。


「フィー。その子の言う通りにしてあげて」

「いいのか?」

「ええ。責任は私が取るわ。それに、私たちだけでどうにかなるとは思えないし」

「あたくしも、賛成ですわ。助けてくれた方に疑いを持ちたくありませんもの」

「分かった。二人がいいのなら、あたしはそれでいい。それで? お前。名前はなんて言うんだ?」

「リエルです」

「リエルか、恩に着る。その薬は使わせてもらうぜ」


 男らしい話し方をする女性がボクから赤い中瓶を受け取る。

 ボクはそのことに満足し、女性と少女の二人から距離を取る。

 そのまま四人から離れていく。


「リエルさん。どちらに行くのですか?」


 背の高い盾持ちの女性から声が掛かる。

 後から近づいてくる。


「ボク、男なんで」

「あら。気付きませんでした」


 素直に理解をしてくれたみたいだ。

 気配が離れていく。


「フュール! さっさとリリーの服を脱がしなさいよ!」

「うっせぇなあ! だったらミューリーも手伝えよ!」

「二人とも落ち着いてください。今から服を切り離しますから」


 その手があったね。

 邪魔な服を脱がすのではなく、切って外すのが早いよね。

 それにしても、手伝えないのが辛いかな。

 応急処置に光の陣を使ったから、しばらくは大丈夫だと思うけど、できれば最後まで治療がしたかったな。


「この薬、効き目が凄いわね!」

「やったな! 傷がなくなったぞ!」

「喜んでいる場合ではありませんよ? 早く帰ってお医者様にお診せしないといけません」

「そうね。私が抱えていくわ。レッチェルはリリーにマントを着せてあげて」

「ええ、分かりましたわ」

「なあ。リリーはあたしに任せてくれないか? その方が絶対いいと思うぜ?」

「そうね……。分かったわ。フュールに任せるわ」

「おう」


 治療が終わったみたいだし、ボクも後片付けをしようと思う。

 まずは魔物の回収だ。

 土の陣で高いとこまで持ち上げられている。

 魔法で作った岩だけど、自然に消えることがない。

 撤去するにしても、同じ土魔法が必要になる。

 ボクは土魔法が使えないので、消すことができない。

 だから別の方法で魔物の死体を回収する必要がある。

 さっき桃の実を取った方法で、同じようにすることができないだろうか。

 付与の陣で身体強化をして、近づいてアイテムボックスに収納する作戦だ。

 早速やってみよう。

 魔法陣を放ち、身軽になった体で岩肌に踏み込んでいく。


「よっと」


 段差を乗り継いで、ストラックボアの黒い毛皮にハイタッチ。

 収納して地面に着地。


「凄いわね!」

「ん?」


 大剣を背負った背の低い女性と目が合う。

 ちなみに、ボクよりも背丈がある。


「これ、君の物よね?」

「あ、そうです」


 ボクのショートソードだ。


「ありがとう」


 ショートソードを受け取り、持ち手を握る。そのまま腰の鞘に収める。


「私はミューリーよ。君はリエルと言ったかしら? おかげで仲間を失わずに済んだわ」


 仲間というのは聖女見習風の少女のことだろうか。だとすると護衛対象という訳でもなさそうだね。

 三人とも教会の関係者なのだろうか。少し気になるところだね。


「それはいいけど、聖女様は大丈夫なの?」


 あれだけの傷だ。赤いネクタールだけで治る訳がない。


「まだ意識がないけどね。おかげで命に別状はないみたいね」


 やっぱり、気になる。


「だったら少しボクにも診させてもらえないかな?」

「え? どういうこと?」


 突然のことで判断に困るよね?

 でも気になるし。


「街まで担いで行くんでしょう? それだと完治していない聖女様の体に負担が掛かると思うんだ」

「それは……」

「ちょっと見せてよ」


 ボクは横たわる少女に近づいていく。


「リエルさん?」

「リエルか。さっきは疑って悪かったな。おかげでリリーの命が助かった。ありがとうなあ」

「いいよ。困っているときはお互い様だし」

「リエルさん。まだなにかあるのですか?」

「ちょっとその子のことが気になってね。少しだけ診せてもらうことはできるかな?」

「ええ、どうぞ」


 少女の体にマントが掛けられている。

 ボクは、靴とスカートのすき間の足首にそっと右手をそえる。



 名前:リィリーエ・ネオ・メリーゴールド

 性別:女

 レベル:1

 状態:貧血

 ステータス:体力[10/40] 魔力[37/45]

 スキル:光魔法 調薬 ???? ???? ????



 思った通りだ。

 戦いでスキルレベルが上がり、情報量が増えているね。

 それにしても貧血か。やっかいだな。


「リエル? ずっと触っているけど、リリーの足になにかあるのかしら?」


 ミューリーがボクの背後から声を掛けてきた。


「うん。もう少しだけ触っていてもいいかな?」

「ええ、まあ」


 前世だと輸血か点滴が必要だよね。きっと。

 ゲーム時代だと貧血が無かったけど、流血はあったかな?

 流血には赤のネクタールが効くはずだ。


「これだったらなんとかなるかも」

「本当か!」


 男らしい口調の女性が、期待の眼差しをボクに向けてくる。


「うん。さっきの薬を出すから、飲ませてあげて欲しいな」

「分かった。あたしに任せろ!」


 そう言葉にしたボクは、リィリーエの足首から手を放し、アイテムボックスから赤のネクタールの瓶をつかみ取る。

 それを男のような話し方をする女性に手渡す。


「体を起こしてゆっくりと飲ませてあげてね」

「分かった」

「あたくしが支えます」

「頼む」


 言っておいてなんだけど、どうやって意識の無い人に飲ませるんだろうね。


「ゆっくりと飲め。大丈夫。リリーならできはずだ」


 男のような話し方の女性の問い掛けに、リィリーエは頭を一度だけ動かした。

 そっか。意識があるのか。

 さっき意識がないとミューリーが云っていたので、てっきりないものだと思っていたよ。

 赤い中瓶が少しずつ傾けられていく。リィリーエの口内に流れていく。


「急いではダメですよ?」

「分かっている。あたしに任せておきな」


 リィリーエの体力が徐々に戻って来たのか、のどの動きが活発になる。


「いいぞ。その調子だ」


 赤のネクタールを飲み切ったところで瞳がゆっくりと開かれる。


「ありがと、うっ」

「リリー、無理をするな!」

「リィリーエさん。具合はどうですか?」

「うん、平気です。もう少しで歩けると思う」

「良かったですわ。あたくし、心配しましたわ」

「レッチェルさん、ごめんなさい」

「いいえ、許しませんよ? 今度の休みの日に甘い物を奢ってくださいね」

「うん」

「私も心配したんだよ?」

「あたしも同じだ。お前にもしものことがあったら、あたしたちもただじゃ済まされないからな」

「皆さん、ごめんなさい」


 さて話は済んだようだし、これからどうしようかな?

 このまま街に帰ろうか。

 すでにボクは四人から距離を取っている。


「ちょっと君! いや、リエル! どこに行く気なの?」


 やっぱり見逃してはくれないよね。


「なに?」


 ボクは振り返る。

 こういう時が一番困るんだよね。


「助けてくれたことには感謝する。けれど、勝手にどこかへ行こうとするのは感心しないわね」


 仕方がないよね。

 だって恥ずかしいし。


「えっと、ミューリーさんだったよね? ボクはたまたま通り掛かっただけだから、気にしなくてもいいよ」

「たまたまにしては急いでいたみたいだけど。タイミング的にも私たちの危険を察知してくれていたようだし。ちょっと苦しいと思うわよ?」


 体が勝手に動いたなんてかっこいい本音は言えないよね。

 事実女の子の声じゃなかったら行かなかったと思うし。


「黙っていてくれないかな? できればボクが助けに入ったことは秘密にしてくれると嬉しいな」

「だめね。私たちも仕事なのよ。報告をしないと怒られるからね。諦めてよ」


 確かにそうだよね。ボクだって立場が同じだったら、ギルドマスターのおじさんに説明をすると思う。


「わかったよ。うん、いいよ」


 仕方がないよね。

 この場に残ることにしよう。


「それじゃあまずは自己紹介ね。私はミューリー。大剣が得意よ。一応パーティーのリーダーをしていわ。私たちはFランク。リリー以外は幼馴染ね」


 全員が落ち着いたので、並んで話をすることになった。


「よろしく。ボクはリエルです。ちなみに男だよ」


 ボクの挨拶にミューリーが笑ってくれた。

 ミューリーはボクよりも背が高く、リィリーエ以外の中で一番身長が低いみたい。

 長く垂れ下がる髪が印象的で、笑うと可愛く見える。

 大剣を担ぎ、厚手の服に革鎧を着ている。


「で、こっちの背の高いのがレッチェルで、そっちの胸が大きい子がフュールになるわね」

「初めまして。あたくしがレッチェルです。チームの盾役を努めています」


 レッチェルは背が高くスレンダーで全身を守る皮鎧を着ている。

 大きい背負いの盾が両肩からはみ出している。

 結った長い髪が印象的。


「あたしはフュールだ。緊急のときは斥候役で、いつもはサポーターを努めている。これでも料理が得意なんだぜ?」


 笑顔のフュールが短い髪を揺らし、親指を立てた拍子に胸をプルンとさせた。

 腰の短剣と背中の弓に矢筒を携えている。

 身軽を重視する革の装具が印象的だ。おそらく前衛を想定していないのだろう。言葉通りに後方でサポート役に徹し、周囲を警戒するのが得意なのかもしれないね。


「私たち三人はリィリーエ様と共に旅をするパーティーメンバーになるわ。基本的に四人で行動することが多いわね」


 ミューリーの話し方が少し変わったようだね。視線の先にリィリーエの立ち姿がある。朱色のマントを着こなし、血の付いた上着を隠している。


「私はリィリーエ。リィリーエ・ネオ・メリーゴールドと言います。初めまして、リエルくん。私は実家に関わるつもりはありませんので、気軽にリリーと呼んでくださいね」


 胸に手を当てた挨拶。

 孤児院で見たことがある。

 貴族がする簡易作法にそっくりだ。

 横なっていたときから分かっていたけど、上品で可愛い人だね。

 顔色が悪いようだけど、無理はしていないようだね。


「リィリーエ様。起き上がっても平気なのですか?」


 ボクから気に掛けてみた。


「うん。平気だよ。それよりもリエルくん。丁寧に話さなくていいよ。私のことはリリーと呼んで欲しいな」


 そんなことを云われても自由民であるボクの立場がある。


「リィリーエ様は貴族様ですよね? それに聖女様ですし」

「リエルくん。私は偉い人じゃないの。平民と同じだよ? だから気軽にリリーと呼んでよ」


 こういう言い回し。懐かしいね。

 自分が平民だと言う貴族には決して信用をしてはいけないということだ。

 孤児院でも俺は平民だと云っていた仲の良い同級生が居たけど、後日伯爵の隠し子と発覚して、お付きの人に殴られる事態になったことがある。


「例えそれが本当だったとしても聖女様ですし、丁寧に話さないと教会の人に怒られますよね?」


 あの時のようにはなりたくない。貴族とはそういうものだ。


「それは公の場だけだよ。リエルくんに救われたんだもん。恩人に大仰な態度はできません」


 十分に大げさだと思うけどね。

 この雰囲気、孤児院の女の子たちと少し似ているかな?

 だったら同じように話せばいいのかもしれないね。


「そっか。そこまで言うのなら考えを改めるね。よろしく。リリー」


 にこりと笑ってみる。


「あ、うん」


 あれ? 外しちゃったかな?

 視線を反らされちゃった。


「リエルは魔法使いかしら? それとも剣士かしら? どっちにしても強いわね」

「そうですわね。さっきの戦い、かっこよかったです」

「あたしも観ていたぜ。あんな動き、先輩方でもそうそうできるもんじゃないぜ」


 三人が身を乗り出して早口になる。


「土魔法も使っていたわよね?」

「そうですわ。最後のアレはなんなのですか? 岩が飛び出したと思ったらストラックボアを一撃だなんて。世の中にあんな凄い魔法があるなんて思いませんでした」

「そうだぜ。それにさっきの薬もそうだ。赤のネクタールだっけ? 貴重なもんなんだろう?」


 どうしよう。この状況。

 街に帰ったら確実に噂になりそう。


「あの、出来ればボクのことは公にしないで欲しいんだけど」


 ダメだよ。目立ちたくないよ。


「それは無理な相談よね。さっきも言ったけど、リリーの保護者には報告する義務があるのよ」

「それじゃあ、せめて力のことは秘密にしてくれると助かるんだけど」


 錬金術を表に出したくない。


「力というと、魔法のことか?」

「うん。魔法は別にいいんだけど、それとなく程度を抑えて報告してくれると助かるんだけど」

「どうしてそんなこと気にするのよ? それとも何か後ろめたいことでもあるのかしら?」


 ミューリーが近づいて来る。


「別に後ろめたいことなんてないよ。ただ有名人になるのが嫌なだけだし」

「ふーん」


 疑っているのかな?

 鼻先でボクを見てくる。


「ねえ。君さあ。本当に男の子なの? 女の子にしか見えないけど?」


 そっか。この手があったね。


「ボク12歳だし、人さらいに逢った時に対処できないと困るから、できれば有名人になりたくないんだよ」


 これだと嘘にはならないよね?


「リエルくん。私と歳が一緒なんだね」


 リィリーエが嬉しそうにする。

 逆にミューリーの顔が強張る。

 なぜか他の二人もボクの顔先に近づいてくる。


「確かにね。これはちょっとあるわね」

「そっち系に高く売れそうですね」

「買えるならあたしが欲しいな」

「ん……」


 懐かしいね。夜の日雇いでもそうだったな。

 無骨で大きい男性が、ボクを男娼と間違えたときだ。

 顔よりも体。美形が過ぎると逆に違うらしく、そこそこ不細工な人が好みだと云ったのに、ボクを見て急に目の色を変えて、好きだと言ったんだよね。

 やっぱりボクって、不細工好きに好まれる体質なのかな?


「そうね。リエルが危険になるのは避けるべきね」

「だな」

「ですわね」


 三人が納得した顔になる。


「いいわ。そういうことだったら黙っていてあげる。ただし、条件があるわ」


 なんだろう。討伐の取り分かな?


「リエルが住んでいる場所を教えてくれないかしら? 助けてもらったことへのお礼がしたいわね」


 それだったら別に教えてもいいかな?


「冒険者ギルドの裏手にある宿木の憩いというお店に泊まっているよ。知っているかな?」

「ええ、知っているわ」


 そっか。だったら話が早いね。


「早朝と夜に居ると思うから、宿の人に伝言をくれれば、その日のうちに伝わると思うよ」

「分かったわ。今度連絡を入れるわね」

「でもお礼なんて必要はないよ? ボクが皆を助けたいと思っただけだから」


 本音を言うとお礼をしてもらいたい。

 あわよくば友達ができたらいいという期待がある。


「ダメよ。貸し借りは無しにしないといけないわ。冒険者っていうのはそういうものでしょう?」

「そうですわね」

「だな。あたしも同じ意見だ」


 確かにね。

 仕事の都合上で競い合うこともあるからね。

 コミュニケーションを取る上でも、融通が生まれる貸し借りは無い方がいい。どこで敵対関係になるかもしれない商売だし、貸し借りがあっただけでも、依頼が失敗することだってありえるからね。


「リリーもそう思うでしょう?」


 ミューリーがリィリーエに問い掛ける。


「私は命を救われました。当然リエルくんにお礼はするつもりです。それに、お返しができないとお婆様にも叱られてしまいます」


 そんなに、気にしなくてもいいのに。


「おっしゃ! もうそろそろ帰ろうぜ! もうじき日が暮れるし、さっさと偉いさんに報告しねぇといけねぇからな! じゃねえと飯時に間に合わなくなる!」

「そうですわね。回復院ギルドにも行かないといけませんものね」

「という事だからよう! ミューリー、さっさと行こうぜ! なあ、リエルもよう!」

「え? なんでボクまで?」

「あったりめぇだろう。ストラックボアを持っているのはおめぇなんだからな!」


 ああ、そっか。全員で倒したんだし、報酬を山分けにしないといけないよね。


「リィリーエさん。お体の調子はどうですか?」

「うん、平気だよ」

「だそうですよ。ミューリー?」

「ええ。私は準備ができているわよ?」

「そうですか。それではリエルさん。街までよろしくお願いしますね」

「うん」


 ボクはレッチェルの瞳を見てうなずきで返す。

 他の三人もうなずきで応えてくれた。

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