エピローグ
数日後。
市内の病院
夏未はベッドに横たわり、虚ろな目で天井を見つめていた。
頬は痩せこけ、目元は深く窪んでいる。
監禁される前より、十歳以上も老け込んだように見えた。
刑事はベッドのそばに椅子を置き、手帳を開いた。
「無理をしなくていいです」
夏未の様子を見ながら、慎重に話しかける。
「何か、話せることはありますか?」
長い沈黙が続いた。
やがて、夏未の唇が僅かに動く。
「あ……あの……」
声は掠れていた。
「わ、私……ずっと、あそこに……」
夏未の目から涙がこぼれた。
「閉じ込められて……」
刑事は声を落として尋ねる。
「あなたを閉じ込めたのは、ご主人の明人さんですか?」
夏未は虚ろな目をしたまま、小さく頷いた。
「分かりました」
刑事は手帳へ書き留める。
「もう一人、椅子に縛られていた男性についてですが――」
その瞬間、夏未の目が大きく見開かれた。
「いや……」
身体が震え始める。
「いやああああっ!」
夏未は突然叫び、ベッドの上で暴れ始めた。
「いや! 知らない! 私のせいじゃない!」
医師と看護師が駆け寄り、夏未の身体を押さえる。
刑事は後ろへ下がった。
そのとき、ポケットの携帯電話が鳴った。
病室を出て、廊下で電話に出る。
「はい」
『司法解剖の結果が出ました』
電話の向こうから、捜査員の声がした。
『男性の主な死因は、脱水と重度の栄養失調です』
「死亡した時期は?」
『発見される三日ほど前とみられています』
「ということは、水も食料も尽きていたのか?」
『…いえ。発見当時、まだ一週間以上はもつ水と食料が確認されています』
刑事は何も答えなかった。
電話を耳に当てたまま、病室の中を見つめる。
夏未は泣きながら、何度も首を横に振っていた。
◇
湖
一艘のボートが浮かんでいた。
明人がオールを動かすたび、静かな水面に波紋が広がっていく。
湖の中央まで来ると、明人は漕ぐのをやめた。
オールをボートの中へ置き、そのまま仰向けに寝転がる。
夜空には、白い月が浮かんでいた。
以前、夏未に怒鳴り、家を飛び出した夜のことを思い出す。
あのときも、こうして月を見上げていた。
明人は何も言わなかった。
ただ、月へ向かって手を伸ばす。
届くはずのない光を、つかもうとするように。
その目から、静かに涙がこぼれた。
◇
その後。
湖の奥で、一艘のボートが発見された。
しかし――
そのボートには、誰も乗っていなかった。
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知らない方がいいこと 【完】




