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シリアス軍事SFから来たメカ娘、かわいいがわからないので日常コメディを破壊する 〜死の擬人化とマブダチになる模様〜   作者:
一章 マキナ、大地に立つ

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第1話 最終兵器、アウトレットへ

 決戦兵器は今、アウトレットモールの洋服屋さんで、店員さんを困らせていた。


「マキナにとっていちばんかわいいのをくださいです」


 一つに結んだ青い髪が揺れ、ボディスーツに艤装された白の装甲板が、黄味がかった照明を反射している。


 応対する女性店員は、頬をピクピクさせながら、やや前かがみになってマキナに笑顔を向けていた。


「ええと、それではこちらなどは……」


 女性店員が紹介したのは、オレンジの春物ブルゾンだった。


 瞬時にマキナの量子演算装置は、自らの白水色配色との相性を算出する。

 ポップで個性的な印象を与える可能性が高い。快活でエネルギッシュな少女性をアピールできる。

 しかしながら、その判断基準には主観が介入している恐れがあるために、慎重に検討が必要。かわいいの定義に当てはまるかも疑問が残る。


「本当ですか? 本当にそれが最高評価です? その理由と評価基準をレポート形式で──」


「こら、お姉さんを困らせるんじゃねえ。自分で選ぶんだよ」


 振り返ったマキナは、背後にいた天草一郎中尉二十七歳独身を視覚センサーに捉える。

 スーツを肩にかけていて、もう片方の手はポケットに隠している。ネクタイはしておらず、胸元が僅かに開いている。

 胸ポケットからは半分潰れた煙草の紙包みが見え隠れしていた。かなりのヘビースモーカーで、禁煙時間が30分にもなれば不機嫌が顔に現れる。前回喫煙所に立ち寄ってから26分と32秒になるので、介入を決意したものと見られた。


 マキナは軽く顔を上げて天草を見た。


「でも、かわいさの定量的な数値がないと判断できません。生地の素材でしょうか? フリルの量? 薄紅色はかわいさと相関関係が?」


「知らねえよ。そういうんじゃなくて好きなの選べばいいの。ってか、なんでわかりもしねえのにかわいさにこだわるんだよ」


「かわいいのがいいです」


「だからなんで」


「そういうのが似合うはずだと、少佐がおっしゃっていました」


 少佐がそう言っていたのだから間違いないとマキナは思った。データベースにもインプットしてある絶対的な事実だ。

 だからかわいい服を調達するのがベストであり、そうすることで諜報活動の準備という任務を百パーセント完ぺきにこなすことができる。

 故に、一番かわいい服が求められる。しかしその定義が曖昧だ。一般的には、小さくて愛らしいもの、幼いもの、守ってあげたくなるもの、だとされているが、そのどれもに自分はあてはまらない。

 軍の最高戦力である自分には。


 結局、なにも購入せずに店を出た。

 天草は肩を揺らしながら小走りで喫煙所へと駆け込んでいった。

 マキナはベンチに座って彼が戻ってくるのを待った。この時間はなんなのだろうと思う。あの男は戦場でもタバコ休憩を取るつもりだろうか? 

 時間的な損失も馬鹿にならない。このことは少佐に報告する必要がある。

 

 ということを帰ってきた天草に話した。すると彼はモールの一角に出店していたキッチンカーに寄っていき、アイスティーを片手に戻ってきた。


「ま、飲めよ。ドンパチやってるんじゃねえんだ、気楽に行こうぜ」


「中尉、それは賄賂ですか」


 天草の目が泳ぐ。微かな体温の上昇と発汗を確認。


「ば、滅多なこと言うんじゃねえよ。こいつは悩める相棒への気遣いだよ、気遣い。俺の奢りなんだから、報告書に滅多なこと書くんじゃねえ」


「わかりました。しかし誤解が生じるとよくないので、代金は中尉の口座に送金しておきますです」


「……なんで俺の口座知ってんだよ」


「少佐から渡された㊙情報ファイルにマイナンバーを始めとしたあらゆる個人情報が網羅されていました。セキュリティレベルはDランクなので一般開示情報と判断しています、です」


「すんじゃねえよ! わかるだろ! 少佐が絶対なのかお前は!」


「はい。明確な判断基準がない場合は、少佐のご意向に従うようインプットされています」


「あるだろ明確な判断基準……はぁ、まあいいや、よくねえけど、とにかく受け取れ、冷え性なんだ」


 マキナは差し出されたプラカップを受け取った。

 天草はベンチに座らず壁にもたれて、ふぅーと深く息を吐いた。


「なあマキナ、俺とお前はなんだ? どうしてここにいる?」


「はい、一般市民に扮して人型タナトスの調査をするという任務を果たすための下準備として、生活必需品及びマキナ少尉の不足している衣服を調達しにきています。二人は……バディですか?」


「そうだバディだ……って急に俗っぽいな」


「状況を鑑みるに最も適した語句だと支援AIが教えてくれました」


「あ、そう」


 天草はんんっと咳き込んだ。


「……で、だな、今の俺達は一般市民だ。しかも極秘潜入任務の最中。わかるだろ? 軍人であることよりも、社会に溶け込むことが求められる」


 天草は横目でマキナの姿を見た。


「……いやそれは無理かもしれねえが。とにかく、だ、規律なんてものは一旦忘れろ。それと、階級で呼ぶのも禁止。どう考えても不自然なんだわ」


「なるほど、的確な判断です。知見を授けていただき感謝します、です」


 マキナはぺこりとお辞儀した。

 呼び方を変えます。候補選定……最終決定。


「ではこれからは天草一郎とお呼びします。改めてバディとしてよろしくお願いします天草一郎。あ、アイスティーありがとうございました天草一郎」


「おまえわざとおちょくってんだろ。フルネームはNG、もっと普通に呼べよ」


「はい、承知したのです……一郎」


「で、下かよ!」


 マキナはベンチから天草を見上げた。


「親しみを込める場合は、ファーストネームで呼ぶと、少佐が教えてくれたのです」


「んなもんはケースバイケース……」


 視線が交差する。天草は一瞬沈黙して、肩をすくめた。


「まあいいや、好きにしろ」


「ありがとうございます」と礼を言って、マキナはカップから伸びたストローを咥えた。


 飲料の摂取は本来必要ないが、味を確かめたいと思うことはある。

 味覚センサーを通して伝わってくる体験は、現実世界の膨大な情報の一部であり、データでは再現できない。それに触れてみること自体に価値がある。


 成分を分析。茶葉をダージリンと特定……抽出時間を推定……氷と紅茶の比率……美味しさを判定……基準は……。


「ずいぶんがっついてんな。そんなに美味いか?」


 十秒足らずで底を尽き、残った氷がカラカラと音を立てた。最後の一滴まで飲み干す。

 ──分析完了。腕を伸ばしてカップを掲げる。


「一郎、よく分からなかったのでおかわりを所望します」


「自分で買ってこい」


「了解しましたです」


 マキナは二杯目を購入しに行った。

 受け取ってすぐに味というものを判定する。よくわからない。

 3杯目、4杯目、5678……「おい、戻ってこい」


 美味しいの定義が曖昧なまま、天草のところに戻る。

九杯目を両手で抱えて座る。カップ表面の雫と、氷の冷たさを感じる。

 温度を測定してみて、こういうことはハッキリと判別できるのに、と思う。


「調査の結果、よくわからないということが、わかったのです」


「今の時間いるか?」


 天草は嘆息気味にそう言った。

 マキナは視線を落として、ストローの空洞を見つめた。


「マキナにはかわいいも美味しいもわからないです」


 天草はおもむろにタバコを一本取りだして、火をつけずに咥えた。

 声を低く、軽く顔を伏せる。


「急ぐ必要はない、お前にはいくらでも時間があるんだから」


「一郎……」


 天草はポケットから手を出して、ダンスに誘うかのように差し伸べた。

 マキナはその手のひらを見つめて、考えを巡らせた。

 自由意志とはなんだろう。人真似しているだけだと、どうして安っぽくなってしまうのだろう。気取っているのが丸わかりで、真実味などまるでない。

 かわいいは理解できなくても、それくらいのことはマキナにでもわかった。


「そのセリフはスパイ映画の引用ですね。円滑なコミュニケーションを実現するためには、自分の言葉で喋ることが推奨されます。自然体で肩の力を抜くといいのです」


「なっ……」


 天草の表面温度が急上昇する。心拍数が跳ね上がる。身体は硬直して、顔にはやや紅潮が見られる。

 急激な体調の悪化、否定、この身体的反応は羞恥心を感じているものと推測される。

 必要以上にショックを受けていると見られ、フォローが必要だと判断。実行。


「一郎! 発言を訂正します。ヒーローに憧れるのは思春期の少年ならば正常なことなのです。たとえ大人になってからも自己と他者の境界が曖昧なままだとしても、全然、まったく恥ずべきことではないのです」


 メンタルケアの観点から、マキナは天草に笑顔を向けた。


 天草はぷるぷるしながら手を引っ込めて、仁王立ちで腕を組んだ。


「そ、そんなんじゃねーし、おら、とっとと行くぞ!」


 マキナはそれが自分を守るための行動の一種だと知っていたが、指摘することで尊厳を傷つける可能性が大だと判断したために、なにも言わなかった。



――20XX年、東部方面軍先端研究計画局は、超常的な力を有した敵生体タナトスに対抗するため、秘密裏に人型機動兵器を開発した。乙女の姿をした最終兵器マキナ、それは人類守護の要である。


 彼女が右手を振るえば誰もが畏怖し、左手をかざせば全ては無に帰した。


 そんな決戦兵器は今、アウトレットモールで「かわいい」を学ぼうとしていた。


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