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崩壊した世界でみんなで楽しく生きていく〜サバイバル〜  作者: 伊右衛門


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交流編5

○「んじゃ、おやすみ」

オレにあいさつして彼女がテントにもぐり込んでいく。

「ん、おやすみ~」


「で、どうだったの?」

マスターがたき火でみんなにお茶を入れてくれる。

「やっぱ、そうだった」

ちょっと猫舌のオレはマスターが入れてくれたお茶を冷ましながら答える。

でも、問題はないと思うよ。

隣に腰を下ろしたマスターに心で語りかける。


彼女がもし兄の復讐を望んだとしても、とどめを刺したオレを狙うだろう。

だが、彼女にオレを倒す事は出来ない。ごく単純に彼女よりオレの方が強いからだ。

彼女がオレを倒すには寝込みを襲うぐらいしか手段が無いがオレが一人で眠る事はあまり無い。

寝込みを襲ってもオレを即死させないと反撃されるからそれも難しい。

だから、彼女をギルドに入れてもなんの問題もない。


まぁ、あの様子だと復讐は行わないと思うけどね。

マスターはお茶を飲みながらオレをじっと見つめる。


「大丈夫だよ」

マスターはオレの言葉を聞いてにっこりと笑みを浮かべる。

「そう、真人ちゃんを信じるわ」

見張りを交代した青年たちはオレたちの会話が分からないのできょとんとしている。


「もう遅いから、朝になったらギルドのみんなに紹介するわね」

マスターの言葉に青年たちはますます困惑する。

「あの、どういったことでしょう?」

「あなたたちをギルドは喜んで受け入れるわ」

ん?どういう事?

マスターの言葉にオレまで困惑する。

「それはこれから話し合われるんじゃないんですか?」

そう、そう。

「ちょっとした問題さえ片付けばさとるちゃんはあなたたちを受け入れるつもりだったのよ」

そうなの?

「あたしも受け入れに賛成だし、真人ちゃんも賛成。それにギルド長である大先生がギルドを頼って来た者を見捨てる訳ないじゃない」


マスターの説明によると基地に戻ったさとるさんは真っ先にギルド長に彼らの受け入れを願い出たそうだ。

影のギルド最高権力者兼秘書である美咲ちゃんの計算では10名の受け入れは可能。

唯一の懸念は例の女性が報復を望んでいるかどうかだったが、それも解決した。

それで晴れて彼らをギルドに受け入れる事になったのだ。


でも、彼女が報復を望んでいたらどうしたんだろ?

「なんの為にあたしが来たと思ってるの?」

マスターが笑いながら、そっと矢筒を指差した。

そこには赤い矢が数本入れられている。

例の毒矢だ。

・・・彼女が報復を望んでいたら、こっそり始末するつもりだったみたいだ。


「あたしたちは正義の味方じゃないわ。状況によっては汚い事もするの。それでもギルドに入りたいかしら?」

マスターが彼らに問いかける。

マスターの言葉を聞いて彼らは黙りこんだ。

「・・・はい。ぜひ、ギルドに入れてください」

青年たちはそろって頭を深々と下げた。


これから、ギルドが大きな組織になれば綺麗事ではすまない事態も出てくるだろう。

ギルド、すなわちみんなの為に手を汚すのはかまわない。

願わくは手を汚すのがオレたちまでになる事だ。


いずれ、子を産み育むだろう優子さんや香織さん、さくやさん、美咲ちゃん、・・・京子さんは微妙かな?

まぁ、ギルドのお姉さんたちが手を汚す事にならないようがんばろう。


男尊女卑で時代錯誤な考え方かもしれないが、それがギルドの男性メンバーの総意なんだと思う。

オレの心の声が聞こえたのだろう。

マスターが静かにうなずいた。



「いや、あれはこういう事じゃないんだけど!」

「グダグダ文句言わないの!そっち、さぼんじゃないわよ!」

「はい!」


さとるさん考案のトイレ肥料化施設は素晴らしいのだが、定期的にメンテナンスが必要になる。

普段は蓋をしているのだが、メンテナンスは当然蓋を開けて行う。

要するにすさまじく臭いのだ。

「詰まって溢れたらとんでもない事態になるんだからしっかりがんばりなさい!」

施設から離れた所からマスターが大声で指示をだす。

いや、あんたもこっちに来いよ。

「真人ちゃん、変わってくれるって言ったじゃない」

言ってねぇよ。


「は~い。藤組のみんなもご苦労様」

オレたちはトイレ肥料化施設のメンテナンスを終わらして基地の端っこに裸で並んで立っている。


「そのままじっとしといてね~」

メンテナンス作業からまんまと逃れたマスターがにこにこ笑いながら言う。

汚れ仕事は男でやるんじゃなかったか?

「あたしは別枠だからいいの」

マスターが青いポリバケツにバケツを突っ込む。

ポリバケツの中身は消毒作用のあるというドクダミやよもぎ、竹のエキスなどが入った一種のハーブ水に石鹸を溶かした物。

まぁ、要するに天然加工の洗剤だ。


「は~い、じっとしてねぇ」

マスターが掛け声と共にポリバケツの中身をバケツに汲んでオレと藤組にぶっかける。

あっ、藤組っていうのは先日、仲間入りしたばかりのライカンスロープの青年たちだ。

羆男ウェアベアが藤井くん。雄牛男ミノタウロスが藤村くん。猪男オークが安藤くん。狼男ウェアウルフが佐藤くん。

奇しくも全員が名前に藤の字が入っている。それで藤組って事になったんだ。

ライカンスロープの彼らにこの作業はキツかっただろう。

かわいそうに・・・

「見ろ!佐藤くんなんか顔がうんこ色になってるぞ!」

「いえ、これは地黒なんです」

あっ、そうなの。

でも、かわいそうだぞ!


む~、マスターめ~!

「ちょ、ちょっと、真人ちゃん動いちゃだめよ」

聞こえん!なにも聞こえんなぁ~

「ま、真人ちゃん?いやっ~!やめてっ~!」

基地にマスターのドドメ色の悲鳴が轟いた。


「それで、なにをしたんですか?」

香織さんがびしょ濡れになったオレの体を拭きながら聞いてきた。

ん?たいした事はしてないよ。

マスターをひんむいて施設に放り込んだだけ。

「ひっ、ひどい」

ひどくないよ~。

メンテナンス後だからある程度はきれいだし、汚れ仕事はオレたちでやるって約束だからね!


「どう?」

香織さんがオレの匂いを嗅ぐ。

「ん~、だいたい、大丈夫だと思いますよ」

・・・だいたいなんだね。

「えっと、ほとんど、大丈夫です」

・・・ほとんど?

「だ、大丈夫です。たぶん」

・・・たぶん?


マスターの考えも分かる部分はある。

ギルドの誰もが嫌がる作業を率先してやる事でライカンスロープのみんな、特に男性である藤組の微妙に下がった株を上げてギルドメンバーに認めてもらおうって事だろう。


まぁ、株が下がったのはある意味、自業自得なんだが・・・

カトリーヌたちニュータイプ部隊は生暖かく迎えられたけど、真っ当な男性である藤組はギルド内で少し浮きかけていた。

それを解消したかったのだろう。

うん、それは分かる。

けど、なんでオレも一緒にやらなきゃいけないんだ?


「いや、それは真人さんが女性に手をあげたからでは?」

・・・すいません。

「仕方なかったってみんなも分かってくれてますけどね」

・・・そう?

香織さんが大きくうなずく。

はぁ、ちょっと失敗したなぁ。


話はあの日、ライカンスロープをギルドに新しく受け入れると決めた日まで遡る。

「良く来たね。君たち自身とギルドのみんなの為に一緒にがんばっていこう」

ギルド長である大先生は彼らを暖かく迎えた。


「わしらは一種の家族みたいなもんだ。悩んだり迷ったりする事もあるじゃろうがあまり一人で抱え込まないようにな」

ギルド長補佐の田中さんも彼らを暖かく迎えてくれた。


彼らライカンスロープたちは暖かく迎えいれられた事に涙を流しそうな程感動していた。


ここまでは良かったんだよ。うん。なんの問題も無い。

ギルドの女性メンバーがちょっと距離を取っていたけど、それは仕方ないだろう。

一緒に活動する内にお互いに理解しあえる筈だ。


その日はそのまま、彼らの集落の様子を出来るだけ詳しく聞く事になった。


「それでは明確に変異者が殺害されている場面を確認した人はいないんですね?」

さとるさんの質問にライカンスロープくんたち全員がうなずく。

「ボクたちの中でそれを見た者はいません」

「でも、変異したヒトたちが居なくなってるのは事実なんだよね?」

オレの質問にもライカンスロープくんたち全員がうなずく。

「はい。特に彼女、吉村さんの恋人の失踪はおかしいと思います」

羆男ウェアベアである藤井くんが詳しく説明してくれた。


吉村さん(兎のライカンスロープだそうだ)と恋人は一緒に暮らし半ば夫婦のような関係だったそうだ。

恋人はライカンスロープでは無かったが変異者だった。

といってもそれほど大きな変異をしていた訳では無い。普通より大きな目と耳を持っていたぐらいだそうだ。

その目と耳のお陰で狩りの腕もなかなか良く、その日も仲間と一緒に狩りに出掛けていたそうだ。

吉村さんは畑での農作業を終わらせ家に帰ったが、恋人はまだ戻っていなかった。

獲物を追って遅くなるのはよくある事なので、その時の吉村さんはそれほど心配しなかった。

狩りの腕もいいし仲間も一緒だ。ゴブリンぐらいなら簡単に撃退できる。

恋人を待っていたが昼間の農作業の疲れで吉村さんはいつの間にか眠ってしまった。

そして朝を迎えたが恋人が戻った気配は無かった。

さすがに不安になった吉村さんはいつも一緒に狩りに出掛ける仲間の家に出掛けた。

すると一緒に狩りに出掛けた筈の仲間が家に居た。

恋人の行方を尋ねたが、彼らは狩りの途中にはぐれた、すでに戻っていると思ったと答えたそうだ。

恋人がまだ戻ってない事を吉村さんが訴えたが、彼らはそのうち戻ってくるだろうと取り合ってくれなかった。

すぐに吉村さんは藤井くんたちに手伝ってもらい必死に恋人が行きそうな狩り場を探したが、なんの痕跡も見つける事が出来なかった。

そのまま、現在も恋人は行方不明だ。


「迷子になってる可能性はないのか?」

・・・田中さん、なんでオレを見ながら言うの?


吉村さんは首を振る。吉村さんの話では恋人は慎重な性格で知らない狩り場に行く事は無かったそうだ。


「それにちょっとおかしいんです」

藤井くんと佐藤くんがうなずき合う。

「ボクたちはこの姿でも鼻が利きます。それなのに狩り場には吉村さんの恋人の匂いはほとんどしなかったんです」

「うん。うっすらと残ってるだけでした」

彼らによると少なくとも昨日来たような匂いはしなかったそうだ。

うっすらと残った匂いはまるで数日前の匂いのようだった。


「つまり、吉村さんの恋人は狩りに行ってなかったって事か」

「はい。その可能性が高いと思います」

オレの言葉に藤井くんと佐藤くんがうなずく。

それで藤井くんたちは吉村さんの家に戻って最初から匂いを追う事にした。

そうして吉村さんの恋人の匂いを追いかけるとその匂いは狩り仲間の家に続いていたそうだ。

「それは狩りに行く前にその家に行ったからではありませんか?」

なるほど。狩りに行こうよ、とその人の家に誘いに行ったのなら匂いが残ってても不思議はないな。

「それが匂いはそこで途切れていたんです・・・」

つまり、吉村さんの恋人はその家に行きそのまま家から出てきていないって事か。

吉村さんと藤井くんたちはその狩り仲間に再度、行方を尋ねた。

しかし、その人は知らぬ存ぜぬの一点張りで吉村さんたちを家に入れる事も無く追い返した。

藤井くんたちにしても匂いを追ってきたとは言えずにその場は引き下がった。

その後、藤井くんたちは交代でその家を見張ったそうだ。

「ありがたかったです。彼らにも仕事があるのに」

吉村さんが泣きながら藤井くんたちに感謝する。

彼らの集落では数人がグループになって狩りや農作業をしているそうだ。

そして、それぞれの仕事に応じて収穫を分配するのだ。

仕事を休めば当然取り分は減る。それでも、藤井くんたちは交代でその家を見張り続けた。

しかし、1ヶ月以上見張っても吉村さんの彼氏の姿は見えなかった。

「それにどんどん匂いが消えていくんです・・・」

藤井くんたちが言うには人は生きていれば汗や呼吸によって匂いを発するそうだ。

それが無くなっていくって事は・・・

「・・・おそらく、もう生きてないと思います」

藤井くんの言葉に吉村さんが泣き崩れる。


「しかし、もしそうならご遺体はどうしたんでしょう?」

さとるさんいわく、人殺しは誰でも出来るが遺体の処理はかなり難しいそうだ。

放っておけば腐敗して匂いを出す。バラバラにしてもそれは変わらない。むしろ腐敗を速めてしまう。

「硫酸とかで溶かしたら?」

マスターが泣いている吉村さんに気遣って小さな声でさとるさんに確認する。

「それも難しいでしょう。現在は上下水道が稼働していませんから」

溶かす事が出来ても流せないから詰まっちゃうか・・・

ん?

オレは近くに座っていた獅子女、玲子さんをつつく。

「ん?なんだい?」

泣き崩れた吉村さんを見て玲子さんも涙ぐんでいる。

「聞きにくいんだけど、獣人騒動の始まりって確か獣人が人を喰ってたからだよね」

「・・・あぁ、そうだけどそれが?」

「それって獣人が人を喰ってるとこを誰かが見たの?」

「いや、獣人の家から喰われた遺体が数体見つかったそうだよ」

そっか、その時玲子さんはその場には居なかったんだったな。

オレが視線で藤井くんたちに確認すると藤井くんたちはうなずいた。


ふ~ん、そうなのか・・・

「真人ちゃん、どうしたの?」

「もしかしたら、その狩り仲間ってのが真犯人なんじゃないかと思ってね」

その時の詳しい状況をオレは知らないからただの直感だけどね。


「・・・どういう事だい」

玲子さんが厳しい目でオレをにらむ。

「う~ん、そいつが人を喰う習性があるとする。んで、それがバレそうになる」

そいつが逃げればひとまず安心だけど、そう簡単に逃げるかな?

そいつからすれば周囲に人が多い環境はエサに囲まれたようなもんだろう。

この時代、人口密集地なんてそうは無い。

それならそこから逃げないですむ方法を考えるんじゃないだろうか?

「例えば疑われやすそうな獣人に罪を擦り付けるとかして・・・」

そうすればそいつはエサに囲まれた環境を手放さずにすむ。


「・・・あんのクソ野郎!」

オレの説明を聞いた玲子さんが怒鳴りながら立ち上がる。


「いや、ちょっと待て、落ち着けって!」

これは全てオレの予想、それも空想に近い予想だ。以前、食人鬼(グール)みたいのがマンションにいた事からの連想だ。

なに一つ証拠は無いんだ。


オレは激昂する玲子さんの首根っこを押さえつける。

「放せ!放しやがれ!あいつのせいで兄貴は・・・くっそぉ!」

オレの手の中で玲子さんの首が徐々に大きくなっていく。

玲子さんの肉体がどんどん大きく毛深くなっていく。

まずい!獣化しかかってる。てか、もう獣化してるか、これ?

玲子さんの着ていた服が伸び、引き千切れていく。


「落ち着けって!ここには男もいるんだぞ!」

いや、そういう問題でも無いか?

「うるせぇ!放せ~!」

暴れる玲子さんを首根っこを掴むだけでは抑えきれず肩を掴む。

え~い!暴れる女なんて、どこを掴めばいいんだ。


「おい、お前らも手伝え!」

藤井くんたちライカンスロープに応援を頼む。

羆ならライオンに負けないだろう。

そう期待して藤井くんを見ると彼らは抱き合って震えていた。


「・・・なにしてんだ?」

思わず顎を落っことしそうになりながら聞いてみる。

「絶対に無理です!彼女には勝てません!」

「これまで何度もぼこぼこにされてるんです!」

「そっとしときましょう!」

「その女はある意味化け物なんです!」

お~い、きみたち、なにがあったんだ?


「わははははっ!こいつらは何度もシメてるからわたしには絶対服従なんだよ!」

いや、お前もなにを言ってるんだよ?


「ふむ、一種の順位付けですか。ライカンスロープの本能なのでしょうか?それとも、群れで生きるライオンの特性なのでしょうか?」

さとるさ~ん、なにのんびり観察してるの?


「なんとかがんばってくれ。わしらには止められん」

「素手じゃ絶対無理よね~。毒矢でも使えばなんとかなるけど?」

毒矢を使ったら心臓が止まるぞ!


「では、ここは真人くんに任せて儂らは一時退避するぞ」

大先生の言葉で部屋からギルドメンバーがぞろぞろ出ていく。

「真人くん、信じとるが女性に乱暴しちゃいかんぞ」

大先生、そんな無茶な!


「いいかげん離さないとてめえもぼこぼこにすんぞ!」

玲子さんがオレの腕を振り払う。

「落ち着けって!行ってどうするつもりだ!?」

「決まってるだろうが!そいつをぶっ殺す!」

「だから、なんの証拠も無いんだよ!」

「そんなもん知るか!」

いや、そこは大事だぞ。


もしオレの想像通りそいつが真犯人だったとしてもそれを証明出来なければ玲子さんはただの人殺しに過ぎない。

しかも、話を聞いただけのオレの勝手な想像なので当たってるかどうかも分からない。


「そんなの関係ねぇ!わたしがそいつを犯人だって思ったからそいつは犯人なんだ!」

「いくらなんでも無茶苦茶すぎるだろうが!」

お前はどっかの独裁者か?

「うるせぇ!そこを退け!」

「退けるか!この単純女!」

退いたら間違いなくこの女は集落に行ってそいつを殺すだろう。

そいつが真犯人だった場合はオレも殺す事に反対はしない。

だが、いくらなんでもなんの証拠も無く殺すのは逆効果にしかならない。


「まずギルドでなんとか調べるからそれまで待て!」

「そんなの待ってられるか!退けっ!」

我慢の限界に達したのだろう。


単純女がオレに向かって爪を振るう。

ザシュッ!

振るわれた爪がオレの胸板を切り裂く。

「てめぇ、いいかげんにしろよ」

切り裂かれたオレの胸板から血が吹き出す。

「うるせぇ!ボロ切れになりたくなけりゃそこを退け!」

「だから、さっきから何度も言ってんだろが!てめえを行かせる訳にはいかねえんだ」

お前が行っても事態を混乱させるだけだ。

そうなれば真相はうやむやになり、また獣人が暴れてただ人を殺しただけになる。

それは絶対に許されない事だ。


「うるせぇ!」

単純女が牙をむき出しにして突っ込んでくる。

「いいかげんにしないと優しいオレも怒るぞ!」

オレは拳を握り、突っ込んでくる単純女を振り払う。

振り払ったオレの腕を掻い潜り単純女が後ろ廻し蹴りを放つ。


んげっ!


単純女らしく単純に突っ込んでくると思っていたオレの脇腹にその蹴りが突き刺さる。


思わず出そうになった呻き声を無理矢理飲み込む。


「へぇ、その蹴りで沈まなかったのはあんたが初めてだよ」

「こいつ、さっきまでと比べてえらく冷静じゃねえか」

実は脇腹がちょっと痛い。油断していたのでもろに食らってしまった。

「気、気を付けてください。その女は空手の有段者です!」

藤井くんたち、まだ居たんだね。すっかり忘れてたよ。

・・・ひょっとして、腰が抜けてんじゃないよね。


「空手の有段者ね」

「これでも2段だよ」

おいおい、それプラス獅子のライカンスロープか。


「死なないように気合い入れとけよ」

単純女がバカにしたように笑う。

へぇ、そう、そういう笑いを浮かべちゃうんだ。


ちょっと、ちょっとだけ怒ってもいいかな~?


オレは静かに単純女に歩み寄る。

「へっ!うどの大木が!」

単純女がむかつく事をいいながら下段蹴りを放つ。

おいおい、膝狙いか。容赦ねぇなぁ。

オレはその蹴りを脛でカットする。

「えっ?」

見事に蹴りをカットされた単純女が呆けた声をあげる。

オレはカットする為に上げた脚をそのまま前に降ろす。

「えぇっ?」

一気にオレとの距離が詰まった単純女が驚きの声をあげる。

「うわっ」

慌ててオレとの間合いを取ろうと単純女が後ろに下がろうとする。

だが、オレの追い足の方が早い。

「ちょ、ちょっと」

そういいながら単純女は爪を振るう。

ふん、爪が生えた事で覚えたのだろう。

しかしなぁ、それは悪手だ。

爪を振るうには距離が要る。

しかも、さっきの爪と蹴りで分かった。

こいつの爪ではオレの筋肉を破れないし、油断しているとこにもらった蹴りでもオレの内蔵にまでダメージを入れられない。

なんというか軽いんだよね。おつむの具合と同様に。


オレは肉体を開いて振るわれる爪をいなす。

「え~!」

驚いてこちらを見る単純女の頬というか下顎部分に掌を打ち降ろす。

掌に軽い衝撃を感じるがそのまま打ち抜く。

「ぎゃんっ!」

悲鳴をあげて単純女が吹き飛ぶ。

「て、てめぇ」

立ち上がろうとするが単純女のひざはがくがく震えて体重を支えようとしない。

ふむ、気合と根性だけは満点だな。

頭の出来は残念だけど・・・


オレは震えながら立ち上がろうとする単純女にすっと近寄り、その腹部に軽く拳を打ち込む。

「・・・んっ、んっ・・・げぇぇぇ」

口から胃液と昨日の晩飯を吹き出しながら単純女が床に手をつく。


「おいっ!」

単純女の髪というかたてがみ?雌にもあるのか?

まぁ、そこら辺をつかんで単純女の顔を引き上げ、その目を睨み付ける。

「ひぃっ」

胃液と嘔吐物で汚れた口から単純女が怯えた声があげる。

「いいか、この件はオレが預かる。しばらくおとなしくしてろ!」

震えながら単純女ががくがくと首を振る。

ん?それはイエスなのか?ノーなのか?

角度が微妙で分かりにくいぞ。

「分かったか?」

イエスだと思うけど、一応確認しとこう。

「はっはい。アニキにお任せします」

うっすら目に涙を浮かべながら単純女は今度こそはっきりとうなずいた。


いや、おれはお前の兄じゃないんだが?

なんだ、魂が乗り移った系か?

まぁ、快く納得してくれたからいいけど。


うん、やはり心を込めた言葉ってのは相手の心に通じるものだな。

あくまで、オレは説得しただけでさっきのは一種のスパーリングというか組手というか乱取りというか・・・

あれはあくまでスポーツだ。


徐々に獣化が解けていく単純女に上着をそっとかけてやる。

いや、着てた服がぼろぼろで色々なモノが見えてしまいそうなんだ。


「顔洗って、着替えて来いよ」

「は、はい」

オレの上着で体を覆い、単純女が部屋から出ていく。

下半身がちょっと濡れてたのはきっと汗だろう。

運動の後だもん。仕方ないよね。

決して、オレが怖くてチビった訳じゃない・・・はず。


「す、すごい。あの暴力女を倒すなんて・・・」

「あなたこそ我々の救世主だ・・・」

「ここに世界の平和は守られた・・・」

「一生、ついていきます・・・」

はぁ、ライカンスロープくんたちはちょっと鍛えないといけないみたいだなぁ


その腰を抜かして、オレを拝む姿を見られた藤組の株がギルド内でちょっとだけ下がったのはオレのせいじゃないよなぁ~?






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