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最終回です。
ひなの転校話を聞いた数日後。ひなの家族プラス俺。それと茜さんの家族とで、顔合わせの食事会が行われる事になった。
表向きは、北海道に単身赴任中の茜さんのお父さんも、美紀枝さん、政治さんも仕事の休みが取れたから、出来る時にやっておきましょうって事らしい。
実際は、ひなと美紀枝さん、政治さんとの話し合いの場を持つ為の口実なんだそう。
ちなみに俺も食事会に参加するのは、将来は、茜さんの義弟になるからという理由。だけどこれは建前だ。ひなの意見が美紀枝さんに押しきられないよう、防波堤になってねという茜さんのお願い(というか恐い笑顔で命令)されたからだ。
食事会の場所は、三城駅から徒歩五分の場所にある割烹料亭だ。中島市内でも、人気の店だとかで、本来なら一ヶ月以上前から予約しなきゃなんないんだけど、茜さんのお父さんの知り合いとかで、急な食事会にも関わらず、部屋を予約できたらしい。
ひなと俺は、部活が終わるとそのまま、その割烹料亭へ向かった。
料亭に着くと、既に茜さんの家族と茂さん、政治さん、美紀枝さんが到着していた。
誰も俺らの到着に気がついてないな。
到着したからには、挨拶しなきゃなんないんだけど、なんなんだろうこのカオスな空気は。
政治さんは、茜さんのお父さんと思われる男性は、楽しそうに会話してて和やかな空気なんだ。
だけど、茂さんと美紀枝さんの雰囲気は最悪だ。お互いにらみ合いし、見えない火花散らしてるよ。
茂さんと美紀枝さんが、にらみ合いしてる向こうでは、茜さんと妹さんがわれ関せずな態度で待ってるし。
そんなにカオスな空気は構わず、政治さんは俺らの存在に気がつくと、談笑を止め、俺らを自分の近くまで呼びつけた。
「 揃いましたな。では入りましょうか」
と政治さんは、入店を促した。店員さんの案内で、お店の個室へ通され、全員が席に着いた。料理が運ばれる前は、誰も口を聞かず静かだった。だけど、料理が運ばれてからは、両家それぞれ家族の紹介をしたり、茂さんと茜さんとのなれそめを聞いたりと、つつがなく食事会は進行していった。……表面上は。
事件は、宴もたけなわになってきた頃に起きた。
「 ひーちゃん、前に話した通り、四月からは、広島の学校へ通うのよ。それが一番、ひーちゃんの為になる方法なんだからね。お母さんの言う通りにしてね」
にっこりと笑顔をひなに向けて話す美紀枝さん。茂さんが何か言おうと、口を開きかけてるけど、茜さんが無言で制してる。
隣に座ったひなは、うつむき黙ってる。誰よりも破天荒で、我が儘な筈のひなが唯一逆らえないのが、美紀枝さんだ。
さっきみたいに『ひーちゃんにとって、一番いい方法なんだから』この言葉でひなを最終的に、縛りつけるんだ。
いつか俺の母親から聞かされたのは、普段の我が儘を許してるのは、ひなが美紀枝さんの言う通りに進路を決めてくれるからだそうだ。
だから今日も、「わかった。お母さんの言う通りにする」って返事しちゃうんだろうか?
しかしひなは、黙りこんだままだ。
俺が援護した方がいいのか? 美紀枝さんは、さっきとうって変わって、険しい顔つきになっている。
「 ひーちゃん、お返事は?」
「……戻らん」
「 なんですって?」
「じゃけ、うちは広島には戻らん! 四月からも今の学校に通う!お母ちゃんやお父ちゃんが、どんなに駄目じゃ言うても、絶対に戻らんのじゃけ!」
「 ひな」
ひなは立ちあがり、そう怒鳴った。美紀枝さんがあっけにとられてる。そんな美紀枝さんに向けて、ひなは今まで貯めに貯めてきた不満をすべてぶちまけた。
「 お母ちゃんは、いつもそうじゃ!『ひーちゃんの為』『ひーちゃんの為』言うけど、お母ちゃんの決めた通りにしてきて、一個も、うちの為になった事はない!お母ちゃんは、うちをつこうて、(使って)お人形さん遊びしよるだけじゃ!(してるだけじゃない!)うちは、口がきけるお人形さんじゃない!うちは、 『服部ひな』っていう一人の人間じゃ! 」
今まで美紀枝さんに、反旗を翻さなかったひな。たった今、その反旗を翻したんだ。美紀枝さんは、自分に不満をぶちまけた娘を、信じられないという顔で見つめてる。それどころか、お得意の理論攻めも出てこない。
部屋中がシンっとなる中、パンパンと拍手が響く。
茜さんが拍手していた。
「 よく言ったわ。ひなちゃん」
茜さんはそう言うと、美紀枝さんの方へ向き直り、話す。
「 美紀枝さん。差しでましいでしょうが、ひなさんには、ひなさんの人生があります。もう少しひなさんの意見に耳を向けてあげてはどうでしょうか?」
美紀枝さんは、泣いてるとも、怒ってるともつかない表情で、ひなへ言葉を綴る。
「 ひながそこまで、不満に思ってるなんて、思わなかったわ。――政治さんと離婚してからずっと、服部工業の社長として、母親として完璧にならきゃって思ってたの。その為に、ひなの障害となるものは、排除すべきって考えてたのね。服部家の長男である政治さんを追い出してまで、よそ者の女である私が社長になった。周りにそう思われていたから、余計に意固地になってたのね 」
そこまで話して、美紀枝さんはお茶を飲んで、一息つく。そしてポツリと一言。
「 ひな。ごめんなさい」
「 お母ちゃん、うちもごめんなさい」
―――
食事会から数日後。ひなと美紀枝さん、政治さんは、話し合いをした結果、ひなは今まで通り、茂さんと生活出来る事になった。
あっ今まで通りじゃないな。茂さんと茜さん。茜さんの妹のミズキさんも一緒に暮らす事になった。ちなみにミズキさんは、中学からひなと友達らしい。またミズキさんも一緒に暮らすのは、茜さん、ミズキさんのお父さんが、ちゃらんぽらん過ぎて一緒に生活するのは色々と不安なんだそう。
そしてひなのイチャイチャ病はというと。
「 仁~、手つなご~や」
「 ……社会科教室へ移動するだけなんですが」
「 えーじゃん」
ひなのイチャイチャ病は、治るどころか、ますます症状が酷くなりました。
「なあ、そいや厨二病ってなおったん?」
「んー。なおった。でも、イチャイチャ病が治りそうにないね~」
「 一生治さんでええ!」
俺はそう言い、ひなの頬へキスをする。
「 なんしょんね~。( 何してるの)人前じゃろ!」
「 隙だらけのひなが悪いじゃもん」
そう言うと、ひなが俺を怒り始めたのだった。
ぎゃあぎゃあ喚くひなの声が廊下に響く。それを聞いても、俺は恥ずかしいとも思わない。どうやら、俺もイチャイチャ病にかかったらしい。
了




