83 これは絶対に知られてはならないミッションなんです……!
男がいなくなってもまだ震えは残っていた。
桜は助けに入ってくれた警備員にお礼を言い、祀莉を近くの休憩用の椅子に座らせる。
(誰かと一緒にいることがこんなに安心するなんて……)
祀莉は少しずつ落ち着きを取り戻していた。
すると隣に小さな男の子が座った。
膝の上できつく握りしめていた手を、可愛らしい手が優しく撫でた。
「まつりお姉ちゃん、だいじょうぶ……?」
「樹君……? ありがとうございます。もう大丈夫ですよ」
心配そうに祀莉の顔を覗き込む樹に、笑顔を浮かべて答えた。
以前、放課後に要と買い物に来た時に迷子になっていた桜の弟だ。
手をギュッと握ってくれて、とても安心した。
不思議なもので、あどけない樹の顔を見たらみるみるうちに体の緊張が解けていった。
「久しぶりですね。元気でしたか?」
樹は祀莉の質問にこくんと頷いてみせる。
会ったのは随分前なのに、覚えてくれていたことが嬉しい。
男に連れられた祀莉を最初に見つけたのも樹だという。
幼い子供の目から見ても様子がおかしい上に、一緒にいる男が怪しかったのだ。
樹が指し示す方を見た桜はすぐに祀莉の後を追いかけてくれた、ということだった。
「そうだったんですか……。すみません、桜さん。助けていただいてありがとうございます」
「いえいえ。無事で良かったです! 北条君は……? もしかして、また迷子ですか?」
「いえ、今日は1人なんです……」
「1人!?」
当然要も一緒で、また迷子になったんじゃ?と懸念していた桜が、祀莉が1人で来ていると聞いて飛び跳ねる勢いで驚いた。
祀莉が要を待ている間に教室を出ていった桜は、今日は2人が別行動ということを知らない。
「それじゃあ、どうして一度家に帰らなかったんですか? この制服、すごく目立つんですよ?」
「う……」
桜の指摘に押し黙った。
ちゃんと家に帰ってから着替えている彼女の言葉には説得力がある
「せめてコートとマフラーをしていれば……」
この学園の制服──特に女子生徒のデザインと色は他の学校に比べて珍しいので、とてもよく目立つ。
近辺に住んでいる人間は、その制服を着ているのが華皇院学園の生徒だと一目で分かるだろう。
それは毎回のことなので重々承知していたが、店内を回るうちに暑くなってきてコートを脱いでしまった。
今まで注目されるだけで特に何もなかったので、それくらいなら我慢すれば良いだろうと軽く考えていた。
「私とかなら全然大丈夫なんですけど、あまりこういうところに慣れていない祀莉ちゃんはねぇ……。家に帰って着替えてから、誰かと一緒に来れば良かったと思いますよ?」
「……」
だって一度家に帰ったら外に出るのに許可がいるんです、とも言えずに目をそらした。
ショッピングモールに行くなんて言ったら「どうして?」と問いただされるに違いない。
誤摩化すことが下手な祀莉。
バレるのは時間の問題だ。
もしこの趣味が親に知られてしまったら大変だ。
こんなものは必要ないと、必死に集めた漫画や小説を捨てられてしまう。
(これは絶対に知られてはならないミッションなんです……!)
何も言わない祀莉を不思議そうに見ていた桜は、少し考える素振りを見せると、パンッと両手を合わせた。
「あ……そういうことですか! 祀莉ちゃんにも事情があるもんね〜。目的のものは買えました?」
「えっ! あ、はい……」
──もしかして本屋にいたところを目撃されていた!?
こんなところに知り合いはいないだろうと思い込んで油断していた。
桜が買い物にこのショッピングモールを利用しているのは知っていたはずなのに。
「あの……このことは誰にも内緒に……」
「分かってますよ。明日のためですもんね!」
明日?
意味を理解できない単語に疑問を抱いたが、それよりも今後のことの方が大事だ。
桜には口止めできた……と思う。
約束は守ってくれる子だと信じている。
(お願いですから誰にも話さないで下さい……!)
さっきとは違う意味で体が強張って冷や汗が流れる。
「私もね、お菓子を作ってたんです」
気にせず話を続ける桜の“お菓子”という言葉に反応した。
「お菓子……? 桜さん、お菓子が作れるんですか?」
「簡単なものですけどね」
「すごいですね。わたくしもやってみたいのですが、誰もさせてくれないんです……」
「そうなんですか? なら、今から私の家で一緒に作りませんか?」
しゅん……としている祀莉を見て桜は提案をした。
「え! 良いんですか!?」
「あ……、と言ってもほとんどできていて、あとは簡単な飾り付けとラッピングだけなんですけど……」
材料の買い足しにきたらしい。
購入済みの買い物袋にはデコレーション用のチョコペンが数種類入っていた。
チョコレートで絵を描いているのをテレビで見て、樹がやってみたいと言ったそうだ。
(それ、わたくしもやってみたいです!)
祀莉は桜の誘いに「ぜひお願いします!」と目を輝かせた。
いつのまにか恐怖はなくなり、今はちょっとしたお菓子作り体験ができる!と胸を膨らませている。
桜が「元気が出たみたいで良かったです」と微笑んだので、祀莉を元気づけるために言ってくれたのだと気づいた。
(なんて良い子なんでしょう……桜さん!)
心優しい気遣いに感謝した。
3人はショッピングモールを出て、桜の自宅へと向かった。




