82 もしかして要がいないから……?
(ふふ〜。今日はじっくり過ごせて嬉しいです!)
無事に購入できた漫画と小説を鞄に潜ませて本屋を出た。
せっかく1人で来たのに、すぐに帰るのはもったいない。
欲しいものがあるというわけではないが、適当に店内を歩き回ろうと思った。
以前から気になっていた店に足を運び、商品を眺めたり手に取ってみたりと楽しんだ。
それからアニメのグッズを取り扱う店に向かった。
要がついてくるようになってからはご無沙汰だったなぁ……と店内を見て回る。
どうせ買っても置き場に困るだけだから、見て回るだけで満足していた。
──今なら四方館に隠しておけるのでは?
そんな考えがふと頭をよぎった。
以前は部屋に隠し場所がなかったので買うまでに至らなかったが、今は四方館という絶好の隠し場所がある。
本棚の下部分は物入れになっていてるので、そこを利用できないかと思いついた。
(そうです! そうしましょう……! でも……)
祀莉は持っている鞄を見下ろした。
その中は教科書類に加えて、さっき購入した本でいっぱいだった。
商品の大きさにもよるが、これ以上鞄に収納するのは難しそうだ。
(もともと予定になかったことですから仕方がないですね……)
家の人間にバレたくない祀莉は、お店の袋を直接持って帰るなんてできるはずがなく、今日のところは諦めるしかなかった。
(チャンスがあれば次こそは……!)
そう決意して店を出た。
まだ時間はあるが買った漫画も読みたいので、あと少し見回ってから帰ろう。
(ん……? 甘い匂いがします……)
近くにあるお菓子の特設コーナーから甘い匂いが漂ってきていた。
試食として配っているお菓子の匂いだ。
勧められたお客は、それを口に含んで笑顔を浮かべている。
祀莉は足を止めてその光景を見つめていた。
美味しそうなお菓子の他にも、手作り用の材料が陳列されている。
(手作りのお菓子ですか……)
お菓子作りに挑戦したいと思う気持ちは昔からあった。
しかし、誰も祀莉をキッチンに入れようとはしなかった。
食べたいものがあるならシェフが作るか使用人が買ってくるからと、お願いを聞き入れてもらえなかった。
普段の祀莉のドジっぷりをみている人間だからこその判断である。
(わたくしだってやればできると思うんですけど……)
もう少し信じてはもらえないだろうかと心から願った。
「ねぇ、お姉さん」
「はい?」
声を掛けられたと同時に肩に重みを感じた。
顔を上げて振り返ると、見知らぬ男性が祀莉の肩に手を置いてにっこりと笑っていた。
高校生……いや、もう少し年上だろうか。
「ちょっと行きたい店があってさ。案内してほしいんだけど!」
「すみません。わたくしもあまり詳しくはないんです。お店の名前は何ですか? 案内板を見れば……」
祀莉は近くの案内板を指差したが、男は首を横に振った。
「ちょっと分からないんだ。その店を見れば分かると思うんだけど、俺方向音痴でさぁ〜。ごめん、ちょっと一緒に来てくれる?」
「え……あのっ」
肩に置かれた手が背中に滑り落ちて、強引に祀莉を押し進める。
突然だったので振り切る間もなく力に従って歩くしかなかった。
「その制服って華皇院学園のだよね? すっごいお金持ちの学校の! “わたくし”ってことは君も良いところのお嬢様!?」
「えっと……」
「こんなところに1人でどうしたの? 社会勉強? 俺、イロイロ教えてあげるよ〜? なになに? 恥ずかしがってんの?」
鞄をギュッと抱えて下を向いている祀莉の姿は、恥じらっているように見えているらしい。
馴れ馴れしく話しかける男は楽しそうに祀莉の反応を窺っていた。
(うぅ……どうしましょう……)
軽いノリが貴矢を連想させたが、それよりもっと厄介な感じだ。
どう対処して良いか分からず困惑した。
今まで大丈夫だったのだから、今日も何事もなく目的を遂げて帰れると思っていたのに、なんでまた……。
(——も、もしかして要がいないから……?)
声をかける方にしてみれば、相手が1人の方が良いに決まっている。
ぼけーっと突っ立っていた祀莉は格好のターゲットだったのだろう。
要がいたからこそ自由に歩き回れたんだと、今更ながら実感した。
でも今日、要はいないのだ。
自分1人でなんとかするしかない。
「……は、離して、ください……」
「俺さっき彼女に振られてさー。ちょーショック受けてんのー!」
意を決した必死のお願いも、声が小さすぎて男の声にかき消されてしまった。
少しでも抵抗しようと立ち止まろうとすが、男に無理矢理歩かされる。
「……っ」
力ではとても敵うはずがない。
どうしたらこの男を振り切れるか必死に考えた。
助けを呼ぼうにも、体が恐怖に震えて声を出すことも言葉を発することもできない。
逃げることもできず、祀莉は荷物を抱えながらただ怯えるしかなかった。
「──あの!」
堪えきれず泣き出しそうになった時、後方からこちらに向かって誰かが大きな声で呼びかけた。
知っている声。
普段の柔らかい声とは打って変わって、力強い声が耳に届いた。
祀莉は顔を上げた。
(桜さん……!)
数歩離れた場所に、桜が厳しい顔つきで立っていた。
困っている祀莉の様子を見て、一緒にいる男をさらに強く睨みつけた。
「その子、どこに連れて行くつもりですか?」
「どこにって……俺が行きたい店を一緒に探してくれるって……なぁ?」
男が同意を求めるように問いかけ、肩を引き寄せた。
「そうなんですか? 祀莉ちゃん」
名前を呼んだことに、男は「え? 知り合い?」と目を見開いていた。
真意を確認する桜の問いかけに、声が出ない祀莉は“違います!”という意味を込めて首を強く横に振った。
「違うみたいですけど? 無理矢理連れ回していたんですか?」
「ぐ……っ、な、なんだよ! 1人で暇そうにしてたから声を掛けてやったんじゃねーか!」
「きゃ……っ」
男が開き直って祀莉に罵声を浴びせた。
怖くなった祀莉はさらに身をすくめて、助けを請うように桜を見た。
目が合った桜は力強く頷いて、周囲を見回した。
「すみません!」
桜が偶然近くを通りかかった警備員を呼び止めた。
「この人がお店を探してるみたいなんです。案内してあげて下さい」
この迷惑な男をどうにかして欲しいという意味を込めて訴えかけた。
桜の力強い瞳と、怯えた様子の祀莉を見て状況を察した警備員は、男に近付いて強い口調で詰め寄った。
「どのお店を探してるんですか?」
「い、いいよ。自分で探すから!」
周囲が注目しはじめたこともあって男は祀莉から手を離し、一目散に走り去っていった。
呆然とする祀莉に桜が駆け寄り、震える手をぎゅっと握った。
「大丈夫ですか? 祀莉ちゃん」
「…………はい」
今はそう答えるだけで精一杯だった。




