76 揺れる心
両親が帰ってくるまでの間、祀莉が要のところでお世話になることは決定事項らしい。
才雅の言い方からして、どんなに足掻いても自宅には帰れそうにない。
両家で話はついてるみたいなので、無理矢理帰っても何かと理由を付けて追い出されそうだ。
(休みの間中、要と一緒に過ごさなくてはいけないってことですか……!)
しばらくの間、祀莉は放心していた。
「あ、これ姉さんの荷物。……って言っても必要なかったね。見るからに色々と一式揃えてあるから」
言いながら、才雅は祀莉の着ている服をまじまじと見ていた。
今朝、春江から渡されて何の疑問も抱かずに着た服。
サイズがぴったりで祀莉のために用意されていたものだと、才雅の指摘で今更ながら気づいた。
「悪いな才雅。荷物はあってもなくても良かったんだが、冬休みの課題は?」
「入ってるはずだよ」
要は当然のように才雅から荷物を受け取っていた。
大きめの旅行用の鞄には、祀莉の着替えやその他に必要なものが入れられている。
数日前から使用人が用意していたのは知っていた。
しかし、それは祀莉の気が変わって旅行についていく時のために、念のため用意していたものだと思っていた。
まさか要のところに泊まるための物だったとは。
「さ、才雅はどうするんですか!? もちろん、ここに一緒に泊まるんですよね? ね?」
「俺は部活の合宿があるから。その後は友達の家にお世話になる予定だよ」
「!?」
つまり、このマンションには祀莉と要だけ。
春江が世話をしてくれるらしいが、ずっといてくれるわけではない。
用事が済んだら下の階の社宅に帰るらしい。
実質2人きり。
「若い男女が一つ屋根の下!? それは良くないです! ダメです……! 絶対!」
「良いんじゃないか? お互いの両親から同意をもらってるんだから。それに俺たちは婚約者だしな」
ニヤリと笑って祀莉の薬指に視線を送る。
視線の意図に気づいた祀莉は恥ずかしくなって左手を後ろに隠した。
2人のやりとりを見て察した才雅がはくすっと笑った。
「それ要兄さんから? 綺麗な指輪だね。あ、姉さん誕生日おめでとう。プレゼントはまた今度渡すね」
「うぇ、あ、はい! いつもありがとう、ございます……」
声が震えてちゃんと最後までお礼が言えたか怪しいところだ。
(あぁ、もう……!)
才雅には指輪が要からのプレゼントだということはバレバレだった。
こういう風に言われるのが嫌でさっさと外してしまいたかったのだ。
自宅に帰ったら外そうと思っていたのに、要と一緒では簡単には外せない。
四六時中、目を光らせてそうだ。
(四六時中、一緒ですって……!?)
自分の言葉に改めて驚いた。
やっぱり才雅もここに泊まってもらおう!
今まで要と2人で行動していて、ついうっかりうたた寝してしまったことは多々あるが、それとこれとは別の話。
「じゃあ、俺は行くね。合宿先から今ちょっと抜けてきたんだ。また遊びにくるから」
「ま、待ってくださ……——」
笑顔で手を振って部屋を出ていこうとする才雅。
引き止めるために去り行く背中を追おうとすると、要に肩をつかまれて阻止されてしまった。
「ちょ、要! 放してくださいっ!」
足掻いている間に、無情にも玄関の扉が閉まる音が聞こえた。
「才雅ぁ〜〜〜」
「……そんなに俺と一緒は嫌かよ」
「……」
弟の姿を名残惜しんでいると、不機嫌そうな声が降ってきた。
嫌というか……気まずい。
要が変なことを言うから、余計に意識してしまう。
返事をしない祀莉に、要は窓の外を眺めてそっと口を開いた。
「ここからだと、5分とかからずショッピングモールに行けるんだがな」
「……っ!」
祀莉にとって好都合な情報に思わず要を見上げた。
自宅からは歩いて20分かかる時間がたったの5分!
冬休みに入ってからも、寒い中を歩いて買い物に行こうと思っていた。
それが短縮される!?
なんて素晴らしい!!
しかも誰の許しもなく家を出られる!
祀莉の心は揺れに揺れていた。
いや、すでに片方に傾いている。
「要……」
「なんだ?」
「お世話になります!!」
自分の欲望に負けた。
***
「春江さん、しばらくお世話になりますので、どうぞよろしくお願いします」
キッチンで夕食を用意している春江にぺこりと頭を下げた。
「まぁ、そんな……わたくしは嬉しいんですよ。なんでも言って下さいね」
「ありがとうございます」
“夕食までゆっくり寛いでいてくださいね”との言葉に甘えて、祀莉はリビングのソファーに腰掛けてテレビをつけた。
時間的に毎週視聴しているアニメが始まろうとしている。
今年はこれが最後の放送だから見逃したくなかった。
もし春江に指摘されたら「他に面白い番組がなかったので……」と誤摩化そうと決めて、チャンネルを合わせた。
「眠い……」
「え?」
いつの間にか隣に要が座っていた。
その表情は確かに眠そうだ。
学園では疲れていても、もう少しビシッとしていたはず。
目元にクマができている要が珍しいと、廊下ですれ違う女子生徒が目を輝かせていたが、今の状態を見たら彼女たちはどんな反応をするのだろうか。
「眠いなら少し休んではどうですか?」
「……そうする」
眠そうに目を擦る要は、気怠そうにソファーの背にもたれかかっていた体を起こした。
「夕飯ができたら起こしますから──って、ちょ──要!?」
要が動いたので寝室に行くのかと思いきや、祀莉の膝の上に頭を置いて倒れ込んできた。
いつぞやの車中でのできごとを思い出す。
疲れているなら少し休めばどうかと提案したが、まさかこんな体勢になるとは。
(なんですかこれ!? 眠いなら自分の部屋で寝れば良いじゃないですか!)
気持ち良さそうに寝息を立てているようだが、祀莉にとってはそれどころじゃない。
「要! ここではなくて自分の部屋に! 要っ!」
大きく揺すっても起きないのは、よっぽど眠いのか、わざとなのか。
こんなところ春江に見られたら……。
——その前にこの体勢をなんとかしなくては!
「あらまぁ、噂通り仲の良いこと……」
祀莉の声に様子を観に来た春江は「ふふふ……」と笑いながらまたキッチンへと戻っていった。
遅かった。
しっかり見られてしまった……。
(だから違うんですってばぁっ!)
これならアニメを指摘される方が何倍もマシです!




