74 まさかこんなものを持っていたなんて……!
陽が傾き、西側の窓からはオレンジ色の光が射していた。
もうすぐ日が暮れる。
祀莉はリビングの床に膝を抱えて座り、ただ一点を見つめていた。
一秒たりとも見逃すまいと、真剣な眼差しで。
誰の邪魔もなく、それを食い入るように見ていると、ぱっと周囲が明るくなった。
(え……?)
部屋の照明が付けられたのだと理解したと同時に、後ろから抱え込むようにお腹に手が回った。
そのままずるずると後ろへ後退させられる。
「わっ!? な……ぁ、えぇぇええっ!?」
後ろに引かれる勢いが止まり、仰向けに倒れそうになったところで、ぼすんっと何かに背中をぶつけた。
お腹に回った腕はそのまま。
祀莉は後ろから抱え込まれている体勢だった。
顔を上げると要の呆れ顔が目に入った。
「テレビを見るときは部屋を明るくして、離れて見ろと注意書きが出てなかったか?」
「要……っ!?」
「なんでまたこんなものを。隠しておいたはずなんだが……」
テレビの画面を視線で示してから、責めるように見下ろす要から目をそらした。
要の言う“こんなもの”とは、祀莉が気に入っているアニメのDVD。
以前、一緒に映画を観にいったアニメの本編だ。
さきほどの黒い袋の中身はこのアニメの初回限定版のDVDBOXだった。
特典映像や副音声までついている豪華版。
映画を見に行ったくらいだから、少なからず内容を理解していると思っていたが……
(まさかこんなものを持っていたなんて……!)
見つけてしまったからには、見て見ぬフリなんてできるわけがない。
考える間もなくリビングの大画面に映し出していた。
部屋の電気を消してなんちゃって劇場気分。
ふかふかで大きなソファーに座りながら懐かしい映像に見入っていた。
「それで……ずっとこれを見てたのか」
「えっと…………はい」
嘘をついても仕方がないので正直に頷いた。
1巻分が見終わったらすぐに次の巻をセットし、続きをノンストップで見ていた。
いちいちソファーからたつのが面倒で、途中から画面の前を陣取るように。
初めの方は春江が戻ってくるかもしれないと警戒していたが、いつしか画面に夢中になり、邪魔が入ることのない静かな空間で1人、好きなアニメを楽しんでした。
──要のことなどすっかり忘れて。
「はぁ〜〜〜〜〜」
頭上で要の長いため息が聞こえた。
お腹に回していた腕を自分に寄せるように強めた。
「あの……要? 苦しいんですけど」
「……俺が、どんな気持ちでここに……」
「離してくださ──」
「うるさい」
むすっとした声で祀莉の訴えを短く一蹴し、更に胡座をかくようにして祀莉を囲み込んだ。
その上、首筋に顔を埋めるように密着されて、逃げ場がなくなってしまった。
(ちょ、なんでそんなにぎゅうぎゅうと! ああああっ心臓がうるさいですっ!)
意識しないようにと思っても鼓動は速まるばかり。
後ろから聞こえる要の息づかいとお腹に回った手の感触で、更に体温が上昇する。
手を外そうとしても祀莉の力ではびくりともしない。
「そうか……俺が昨日のことで頭を悩ませていた時に、お前は優雅にアニメ……」
「え? な、なんですか?」
「……」
鳴り響く鼓動のせいもあって、耳元で呟く独り言が聞き取れなかった。
もう一度聞き返したが、要は口を閉ざしたまま。
部屋にはアニメのエンディングテーマだけが流れた。
「あ、あの、要っ! 要は今日はどうしていたんですか? どこで何をしていたんですか?」
沈黙とは裏腹に大きくなっていく鼓動に耐えられず、それを誤摩化すために適当な質問を投げかけた。
「何って…………まぁ…………えっと……色々……」
顔を上げた要は言葉を詰まらせながら答えた。
曖昧な態度を取るとは、要にしては珍しい。
上着のポケットに手を入れて視線をさまよわせていた。
要の手が離れた隙に祀莉は腰を浮かせて距離をとった。
まだ心臓はドキドキしているが、開放されたことで少し冷静になることができた。
改めて要の顔を見と、なにか言い出し辛そうにしている。
(はっ! もしかして昨日のあれは冗談で、今日は桜さんとデートをしてたんじゃ……!)
いいやそうに違いないと踏んで、話を切り出すのを躊躇している要に気を遣いながら問いかけた。
「要にも色々ありますもんね。え〜っと、今日の桜さんとのデートはいかがでしたか?」
「…………は?」
要は呆気にとられていた。
祀莉の言葉の真意を理解して、だんだんと顔が引きつっていった。
「お前、昨日俺が言ったこと覚えてねぇんじゃないだろうな?」
「昨日って……」
「俺がお前に告白したことだ」
「っ!? ああああれは、じょ、冗談なんですよね? ……ね?」
「冗談であんなことするか!」
「ひぅ……っ」
大きな声で怒鳴られて体を思わず縮こまらせた。
膝立ちでじりじりと距離をつめて祀莉を上から睨みつけた。
あまりの剣幕に泣きそうになる。
要が迫ってくる分、祀莉は尻餅をつきながら後ろに逃げた。
「あ……」
背中に硬い感触。
ローテーブルに行き当たり、これ以上後ろに下がることは不可能だった。
さらに両サイドを要の手で塞がれ、とうとう追いつめられてしまった。
「で、なんなんだ? 鈴原とのデートって」
「え……だって今日は桜さんの誕生日じゃないですか」
「いや、知らねぇし」
「えぇ……!? じゃあ、放課後先に帰っていたのは!? 桜さんへのプレゼントを探していたんじゃなかったんですか?」
「あぁもう……渡すタイミングとか考えてた俺が馬鹿だった! 手を貸せ!」
「わ……っ」
無理矢理左手首を掴まれて引き寄せられる。
要は上着のポケットからケースのようなものを取り出した。
何が何だと混乱していると、指に冷やりとした感触。
「え……?」
祀莉は自分の薬指に通されていたそれを見て驚いていた。
桜色の小振りの宝石がついている指輪だった。
「あの……っ」
「欲しいって言ってただろう? 桜色の指輪」
「え? あ、それは……」
誕生日プレゼントに指輪はどうかと提案していたことを思い出した。
それは桜の誕生日プレゼントにどうかと思ってのアドバイスのつもりだった。
あの時の会話の主旨が桜の誕生日プレゼントではなく、祀莉の誕生日プレゼントについてだったとしたら。
(わたくしがねだったということですよね……)
指にぴったりとはまっている指輪と要を交互にみる。
この指輪が祀莉にだとすると……
「桜さんは……?」
「お前、いいかげん鈴原から離れろっ!」
「はぅ……っ!」
まだ桜の名前を出そうとする祀莉の頭に、要は軽く手刀を落とした。
「な、なにするんですか!」
痛みはないが祀莉は反射的に頭をおさえた。
その手に嵌められている指輪を見て、要は自然と笑みをこぼす。
「外すなよ」
「え?」
「婚約指輪だからな」
「こ……っ、えっ……あの、ぅ…………」
「いいな?」
「…………は、はい」
婚約指輪という言葉に困惑しつつも、要の威圧感に負けてつい返事をしてしまった。




