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73 気づかないフリをした方が良いのでしょうか

 遅い朝食を終えてほっと一息。

 食器を片付けてお茶を出してくれた春江に、要の一人暮らしについて詳しく聞いてみた。


「まぁまぁ。要様が一人暮らしと知って心配なさってるんですか? そう不安にならなくても大丈夫ですよ」


(いえ、そうではなく……)


 否定しても無駄なことは、ここまでのやりとりで理解した。

 違いますという言葉を飲み込んで、笑顔で誤摩化しすことしか祀莉にはできなかった。




 春江が言うには──

 一人暮らしをしたいと言い出して両親から止められ、妥協案として北条家の社宅で生活することを認めてもらったというもの。

 いくつかあった候補の中でこのマンションを選び、その最上階を与えられた。


 このマンションにいる経緯は祀莉が想定したとおりだった。



「他にもたくさん候補があったんですがね、すぐにここが良いとおっしゃったそうですよ。やっぱり祀莉お嬢様の自宅と学校の近くだったからですかね〜」

「はぁ……そう、なんでしょうか……」

「わたくしとしては要様のお世話できて嬉しいんですよ。それにですね──」


 まだ続くであろう春江の話に、相槌をうちながら温かいお茶を口にした。



 要が実家を離れていたなんて未だに信じられない。

 今までそんな素振りを見せただろうか。

 祀莉が聞いていなかっただけかもしれないが、そんな大事なことを聞き逃すとも思えない。

 春江が手伝いに来てくれているとはいえ、ほぼ一人暮らしの状態。


(……ちょっと羨ましいです)



 祀莉の場合、冗談でもそんなことを言い出そうものなら、両親……いや、家中の人間が必死に引き止めるだろう。

 自分でも無理だということは重々承知しているので、憧れを抱くだけで終わりである。

 ただ、自分の趣味がバレないように気を張る必要がないというのは、本当に羨ましい。



(……あら? そういえばわたくし、昨日は何も言わずにここに泊まったってことですよね?)


 パーティー会場からそのままここに来てしまったようなので、家の人間に何の連絡もしていない。

 いくらなんでもそれはまずいのではと思い、祀莉はまだ話し続けている春江の言葉を遮った。


「春江さん、すみません。そろそろ失礼しますね。今日はありがとうございました。わたくしの荷物はどちらに……?」

「え!? あの、お待ち下さいっ」


 帰宅の準備をしようと扉に向かった祀莉を春江は引き止めた。


「祀莉お嬢様、西園寺邸には今……」

「はい、両親は海外なので家にはいません。でも使用人の方はいますし、昨日は連絡しないままでしたので……」

「あら、それなら心配しなくて大丈夫ですよ。要様がこちらへ連れてこられる時にご連絡したと聞いていますから」

「そう……ですか」

「食後に紅茶を用意しておりますので、どうぞこちらで寛いで下さい」

「あ、はい」


 自宅に連絡がいっているのなら、慌てて帰る必要はないか。

 それに、すぐに帰ってしまうのも世話をしてくれた春江に失礼な気がするので、もう少しだけ滞在させてもらおうと思った。




 手を引かれてリビングへ案内された。

 広い部屋の真ん中には大きなソファーとコタツがあり、その中でも特に祀莉の目を惹いたのは……。


(なんて大きなテレビ……!)


 祀莉の部屋にも一応テレビはあるが、大きい方が良いに決まっている。

 こんな大きいテレビを独り占めてしているなんて、羨ましい限りである。


(これでアニメを見たら迫力ありそうです……! 四方館と同じくらい……いえ、もう一回り大きいでしょうか)



 壁に埋込まれた特大イサイズのテレビに見惚れていると、温かい紅茶とクッキーが出された。


「要様が戻られるまでどうぞ自由にしてくださいね。わたくしは仕事がありますのでしばらくここを離れますが……」

「え!? わたくし1人でここに……?」

「申し訳ございません、やはり心細いですよね? 要様に連絡を入れましょうか? 祀莉お嬢様が待ってらっしゃいますと言えばすぐに戻られるかと思いますけど……」

「いえ! 要も忙しいと思いますので!!」

「そうですか?」

「はい、大丈夫です」


 春江の気遣いを精一杯の笑顔で固辞した。

 今、要を呼ばれるのは困る。

 昨日のこともあるので、何の準備もないまま顔を合わせるのは気まずい。


「わたくしのお勧めのDVDを置いておきましたので、それを見て時間をつぶしてもらっても構いませんよ。そこの本棚にある本を読んでもらっても良いですし……」

「はい。お気遣いありがとうございます」

「何かあったら内線でお呼び下さいね」


 内線の使い方を簡単に説明して、春江は部屋を出ていった。

 祀莉が着ていた寝間着や使用したタオルを抱えていたので、洗濯に行ったのだろう。

 静かになった部屋で1人、祀莉は行儀よくソファーに腰掛けて香りのよい紅茶に口を付けた。






「えっと……」


 クッキーを食べ、紅茶を飲み干してしまった祀莉は途方に暮れていた。

 自由にしろと言われてもどう過ごせば良いのか。

 要がここで暮らしているとは言え、初めてお邪魔した他人の家でリラックスできるはずがない。


(今日会ったばかりの方でも、一緒にいてくれた方がまだ気が楽でした……)


 1人になったことが急に心細く感じた。

 どうにも落ち着かなくて祀莉は外の様子が見れる窓へと近付いた。


(え!? ここ、何階なんですか!?)


 窓の外は何の変哲のない住宅街だったが、驚いたのはこの建物の高さ。

 遠くの山まで見渡せるほどに高い。

 周囲は一般的な住宅やマンションだが、それとは比にならないくらいにこの部屋は高層にあった。

 最上階と言っていたが、予想以上の高さに驚いた。


(あら……? あれってショッピングモールですよね?)



 高さに圧倒されていても、見知った建物は瞬時に認識できた。

 祀莉が漫画や小説を買いに行くショッピングモール。

 そのショッピングモールが近いということは、自宅からそう遠く離れた場所ではないようだ。

 学園からも近いと言っていた春江の言葉を思い出した。




 そういえば校外学習の後、気まずくなって要の迎えを断って登校した時、要は祀莉よりも早く学園に着いていた。

 今思えばあり得ないほどの瞬間移動だが、学園に近いところに住んでいたのなら、それも納得がいく。


 ──どうしてそんな面倒なことをわざわざ?



(まさかわたくしと一緒に登校したくて? いえいえ、そんなわけ……ないですよね! ……たぶん)


 昨日までの祀莉なら「婚約者としての体裁」や「自分を見張るため」などど解釈していた。

 が、要の告白を聞いてしまった今は「本当にそうなのか?」という言葉が頭によぎる。

 今までなら簡単に否定できたことなのに、要の顔がちらついてそうもいかなかった。


 頭の中で押し問答を続けるばかりで埒が明かない。

 何もすることがないからこそ、余計なことを考えてしまうのだ。


(何か、気を紛らわせることを……!)



 とりあえず本でも読もうかと本棚を覗いたら、祀莉の趣味とはほど遠い種類の本が並んでいた。

 経済に関する本や専門書ばかり。

 品揃えからして頭の良い人が読む本だ。


 一冊でも物語があれば良かったのだが、ここにある本はまったくもって興味が湧かない。




(本は諦めてDVDでも見ましょう!)


 テレビの近くにDVDでプレーヤーが収納されているチェストタイプのオーディオラックがあった。

 戸を開けて中をのぞいてみると、ずらりと洋画が並べられていた。

 端の方に自宅で録画したであろうDVDもある。

 それには丁寧な字で、今流行っているドラマのタイトルが書かれていた。


 こちらも祀莉の興味をそそるものはなかった。


(まぁでも、何が書いてあるのか理解できない本よりはマシですよね……)


 ひとまず何があるのか確認して、1番面白そうなものを見るとしよう。

 洋画のパッケージを手に取って裏のあらすじを読んでいった。

 ファンタジー系の作品があったのでこれで良いかと思い、外に出していたDVDを中に戻そうとした。


(……ん?)


 奥の方に黒い袋に包まれているものがあった。

 本当に奥の奥。

 黒いラックに紛れるようにそこにある塊。

 そっと手を伸ばしかけて、祀莉は思い止まった。


(…………これは、気づかないフリをした方が良いのでしょうか)



 要も男の子なのでそれを咎めることはできない。

 だとしてもリビングのど真ん中に隠すなんて……。

 木を隠すなら森の中というが、それにしても隠し方が杜撰だ。

 こんな黒い袋で隠せるとでも思っていたのだろうか。



(見てはいけないものかもしれませんが、もしかしたら違うかもしれませんし……)


 他人の秘密に踏み込むのはダメだと、自分が一番よ〜く分かっているのだが……。

 中を覗きたいという好奇心が祀莉の心を疼かせる。


 一瞬だけ覗いて、あとは見なかったことにしよう。



 慎重に手を伸ばして袋を手前まで引き寄せた。

 緊張でごくりと喉がなる。



 ──さぁ、中身は何なのか。


 勢いに任せて袋の口を開いた。






「な……っ、こ、これは……っ!!」


 それを目にした途端、祀莉は大きな衝撃を受けた。

 中のパッケージのタイトルを見て袋を持つ手が震える。


(すみません要、見なかったことになんてできません!!)

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