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55 救出

 容赦なく照りつける太陽の光をものともせず、要は走っていた。

 握りしめたスマホの画面に従って辿り着いた場所は中庭と体育館棟の間。

 体育や部活動の道具を収納する倉庫が並んでいる。



(この辺りだ……)


 辿り着いてみたものの、倉庫付近には見当たらない。

 ならば木々が生い茂る中庭の方にいるのではないかと、目を凝らして祀莉の姿を探した。


(転んでるとかじゃねーだろーな……)






「祀莉っ! どこ!? 返事してっ!」


 体育館を出たときとは打って変わって血相を変えた諒華が、大声で祀莉の名を呼んでいる。

 要もそれに倣って祀莉の名を呼んだ。

 何度呼んでも返事はなかった。



「北条君! 本当にここなのよね!? 地図がずれてるとかではない?」

「いや、それはない。と思うんだが……」

「そう。……あら? そういえば秋堂君がいないわね。まったく! 祀莉が大変な時に!」


 そう文句を言いながら上履きであるにも関わらず、ガサガサと草を踏んで奥へと進んでいった。




 貴矢が自分たちを見失うほど足が遅いわけではない。

 むしろ俊足だ。

 なのに遅れて近づいてくる様子もない。



(あいつはあいつで心当たりを探しにいったんだろう……)


 面倒くさがりだが、こういった事態を無視できるやつではないと知っている。

 何か思うところがあって別行動をとったに違いない。



「あいつのことは放っておけ。それより織部、祀莉の携帯に電話しろ」

「え? あ、そうね! 分かったわ」


 諒華がポケットからスマホを取り出す。

 いくつかの操作の後、耳元に近づける。

 その様子を静かに見守っていると、どこかから祀莉が設定している着信音が聞こえてきた。


(やっぱりこの近くか!)


 要と諒華は足音で着信音を消さないように慎重に探しはじめた。

 音は低い場所から聞こえている。

 葉と葉の間から射し込む光で照らされた足元を注意深く見渡した。








「見つけたわ!」


 数メートル離れた場所で諒華が叫んだ。

 手には以前、要が祀莉にプレゼントしたキッズ用の携帯を持っている。

 なぜそんなところに……と諒華のもとへと向かおうとした時、足に何かが当たった。


「?」



 軽いそれはカラカラと音をたてながら転がり、少し離れた場所で止まった。

 何気なく手にとったそれを見て、要は目を見張った。




(──これは、祀莉が飲んでたドリンク……!)



 蓋部分には「祀」の文字が書かれていた。

 間違いなく自分が祀莉に手渡したものだ。



(携帯電話とペットボトルだけがここに……)


 祀莉がポイ捨てするはずはない。

 うっかり草影に落としてしまってもそのまま放っておかず、探してゴミ箱へと持っていくだろう。

 もしかしてこのペットボトルをずっと探していた──だなんて、甘い考えはすぐに吹き飛んだ。



 沸々と怒りが沸いてくる。

 ぐしゃり……と手の中のペットボトルが潰れた。

 諒華も要の手元を見て瞠目していた。

 その表情がだんだんと暗くなっていく。



「やっぱりあの子たちが……」

「“あの子たち”……だと? 何か知ってるのか?」

「確証はないけど、花園さんと間宮さんが体育館倉庫側から歩いてきていたわ……」

「な……っ!」


 諒華が口にした女子生徒の名前に、要もまた言い知れぬ不安を感じた。




 ずっと祀莉の事を考えて前とスマホの画面ばかり見ていた要は、2人とすれ違っていた事に気づかなかった。

 花園百合亜が自分に好意を寄せているということはもちろん要は知っている。

 だからこそ、祀莉が編入してくるAクラスから排除したというのに──。



(くそっ!)


 クラスを落とすのではなく、学園から追い出しておくべきだった。



「あの2人に何かされたんじゃ……」


 残された携帯電話とペットボトルを見て諒華が言った。

 震える声で“私がついて行かなかったから……”と呟き、目尻にはじわりと涙が浮かんでいた。

 それとは対照的に要は怒りを感じていた。


 それでも冷静に周囲を見回し、倉庫の入り口付近を監視するカメラを見つけた。


(すぐに監視カメラをチェックさせて──……ん?)



「北条く──」

「──静かにしろ」


 呼びかける諒華の口を塞ぎ、静かにするよう指示した。

 諒華もそれに従い、ぴたっと動きを止めた。




 ──ドンっ


(音?)



 分厚い壁を叩いているような鈍い音。

 不規則に何度も響いているこの音は近くの倉庫の方から聞こえていた。



「まさか、祀莉……っ!」


 諒華は勢いのままに飛びだし、音が聞こえる倉庫へと走った。



(そこにいるのか)


 要も潰れたペットボトルを投げ捨て、諒華の後を追った。

 扉の取っ手に手をかけたが、開こうにも鍵がかかっているらしく、びくともしない。



「おいっ! 祀莉っ、いるのか!? ──ちっ。織部! 職員棟に行って倉庫の鍵を!」

「わ、わかった……──うわっ!?」


 頷いて走り出そうとした諒華は、いつの間にか背後にいた貴矢に衝突しそうになって驚いた声を出した。



「鍵ならここにあるよー」

「秋堂君!? あんた今までどこに……って、鍵っ!?」

「懐かしい知り合いが持ってたから、お願いして・・・・・借りてきた」



 ニヤリと笑って倉庫の鍵を顔の横に掲げていた。

 含んだ言い方に、“お願い”などと生易しいものではないということは一目瞭然だが、それよりも重要なのは貴矢が鍵を持っているということだ。

 差し出された鍵を奪うように手に取り、勢いのままに鍵穴に通す。

 気が急いてすぐに開けられなかったがやっと鍵が回った。


 解錠の音と同時に扉を横にスライドさせた。

 埃っぽい空気が外へと漏れ出す。



「まつ──……っ!?」




 祀莉の名前を叫ぼうとしたが、倉庫の中から倒れるように出てきた人物に目を見張った。

 その女子生徒を慌てて抱きとめる。




 祀莉ではない。


 なぜ、お前がここにいる?

 そんな疑問も含めて、肩までの髪を2つにまとめている彼女の名を呼んだ。



「鈴原……?」

「え? ほう、じょう……くん?」


 抱きとめた桜は異常に体温が高かった。

 こんなところに閉じ込められた上に、扉を叩いて助けを呼んでいたのだから当然だろう。

 掠れた声で要の名を呼び、驚きを交えた顔で見上げていた。



「え? 鈴原さん?」


 鍵のかかった倉庫から出てきた女子生徒が桜と分かり、諒華と貴矢が近づいてきた。

 疲れきった様子の桜は要から体を放して自分の力で立とうとした──が、ぐらりと体が傾いだ。


「桜!」


 ふらつく体を貴矢が横から抱きしめるように支える。

 顔を上げ、再び要を見た桜は涙ながらに叫んだ。



「大変なんです! 祀莉ちゃんも……中にっ はやく、ここから……!」

「っ!」


 桜の言葉に弾かれたように倉庫へと入った。

 諒華も同じようにじっとりとした暑さが漂うその場所へ足を踏み入れる。



「祀莉っ!? おい、祀莉!」

「どこに……ま、祀莉……!?」


 マットの上でぐったりしている祀莉を見つけた。

 慌ててそばに駆け寄って声をかける。





「ん……」


 呼びかけに応じてうっすらと目を開けるが、焦点が合っていない。

 びっしょりと衣服を湿らせるほどの異常な汗の量に、これはヤバいと一目で分かった。


「北条君、早く祀莉を医務室に!」

「あぁ」


 横になっている祀莉を抱き上げるために、膝の裏と背中に腕を通した。

 上体を起こすために背中に回した腕に力を入れると、祀莉が痛みを訴えた。


「痛……っ」

「祀莉!? どうしたんだ?」

「うぅ……。大きな声出さないでください……頭に響きます」



 顔を歪めて頭痛と吐き気がすると言う。

 熱中症の初期症状だ。

 意識があるうちに水分を摂らさなければ──。



 急いで抱き上げようとすると、また小さく呻き声をあげる。


「すみません、背中が痛いんです。あんまり強く触らないでください」

「わ、分かった……」



(なぜ背中……?)


 祀莉の反応を見ながら痛みのないところに手を入れて、今度こそ慎重に抱き上げる。

 一刻も早く体を冷やす必要がある。


「あの……要。桜さんは?」

「鈴原は貴矢がみてる。もう大丈夫だ」

「え……。あ、そうですか……」


 桜は自分を抱き上げて運ぼうとする貴矢を押し返して、拒否していた。

 そんな2人のやりとりを見せて安心させようと思ったが、祀莉の表情はますます暗くなる。


「どうして、秋堂君が……」



(…………祀莉?)


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