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47 卑怯ですよ……っ!

 祀莉がうちわで自身を扇ぐ横で、要はギロリと周囲を見渡していた。


(何をそんなにピリピリしているんでしょうか? ここに来たからって絶対に鈴原さんと会えるとは限らないんですよー)



 ショッピングモールについた時に「1人で大丈夫なので帰って良いですよ。要も用があるなら、別行動にしますか?」と言ったが頑について来た。

 よっぽど桜に会いたいらしい。

 しかし現時点では無理。

 人が多すぎる。

 この中で見つけられたら奇跡だし、すれ違っても気づかないと思う。

 桜を探すのは諦めた方が良いだろう。



 要はまだ真剣に周囲を睨んでいる。

 桜を探すのを諦めて前を向いた祀莉は、進む先の下りの階段が目に入った。

 5段程度のものだが、要はいつも祀莉に気をつけろと言っていた。


 本屋がある階に行くには、この階段を下りなくていはいけない。

 要も祀莉の目的が分かっているようで、階段へとまっすぐ進んでいた。



「要、階段ですよ」


 横ばかり見ている要に、いつも自分が言われているセリフを言う。

 ズボンのポケットにつっこまれている要の手の袖口をくいくいっと引いて、前の階段を指差す。

 ちゃんと気をつけてますアピールをここぞとばかりにしておいた。



 祀莉の仕草に、一瞬固まったように見えたが、要は「あぁ……」と返事をして前を向いた。


(今日はわたくしが注意してやりました!)



 滅多にない機会に気分を良くしていたら、右手に違和感が。

 ポケットに入っていた要の手がいつの間にやら、袖口を掴んでいた祀莉の手を握っているではないか。

 周りから見れば仲良く手を繋いでいるカップルだ。


(え……っ! なんで手を……!?)



 慌てて離そうとしたが、思っているより強めに握られているようで、簡単には振りほどけそうになかった。

 そのまま人の隙間をぬってさくさくと歩く要に引っ張られる形で祀莉も歩いた。

 繋がれている手が熱い……と感じるのは暑さのせいだろうか。


 ……きっとそうだ。

 顔が赤くなっているのも、暑いから——









 ——ドンッ、と後ろから誰かが祀莉にぶつかった。


「ひゃあ……っ!?」



 後ろから与えられた衝撃によって体は前に倒れる。

 転ぶわけにはいかないと踏ん張ろうとして、反射的に踏み出した先は階段だった。

 足を着こうとした場所に地面がなくて、ジェットコースターに乗った時のふわっとした感覚が祀莉を襲う。



(落ちる……っ!?)


 何度も転ぶ祀莉だったが、さすがにこれは恐怖を感じた。



「祀莉!?」


 先に一歩階段を下りていた要が驚いた声で祀莉の名前を呼ぶ。

 これから起こる衝撃にギュッと目を閉じて、体に力を入れた——が、恐れていた痛みはなかった。

 代わりに肘から肩にかけてピリッとした痛みが走った。


「……え? あ、あれ??」

「祀莉! 大丈夫か?」



 すぐ近くで要の声が聞こえる。

 パニックの頭で何がどうなったんだ?と目をぱちくりさせて、自分の置かれている状況を確認した。


 要が繋いだ手で祀莉の体を引き上げ、落ちないように自分へと引き寄せていた。

 繋がれていない方の腕が自分の体に回っている。

 一応、両足は地面についているが体を支えられておらす、体重は要に預けた状態。

 引き寄せられた時に思わず掴んでしまったのだろう、祀莉の左手は要の背中の服をぎゅっと掴んでいた。


(……っ!!)


 抱きしめられる形で助けられたと理解した祀莉はこれ以上なく動揺した。




「す、すす、すみませんっ!」


 ぱっと手を離して自分の力だけで立つ。

 ふらつきそうになりながらも足に力をいれた。


 階段を踏み外して転げ落ちそうになったドキドキが、今では別のドキドキになっている。

 そして、要の顔を見てさらに違うドキドキに変換された。


(う……。怒ってます……)



 顔が恐い。

 階段があると自分で言っておいて落ちかけるとは……バカじゃないのか?

 声にはしていないがそう聞こえる。


「違いますっ! 今のは後ろから人が……」

「——分かってる」

「え?」


 要は階段の先を睨みつけていた。

 祀莉にぶつかって来た人物が、謝罪もなく去っていた方向だ。


 階段から落ちるというのに、なぜかはっきりと覚えている。



 衝撃の後、自分の横を通り抜けていく歳の近い女の子の後ろ姿。

 長く伸ばした髪を毛先の方だけ上品にきつく巻いていた。

 顔が見える角度ではなかったし、そこまで余裕はなかったから、それくらいしか覚えていない。


(あとは甘い花の香り……香水でしょうか?)


 ふんわりと鼻をかすめた香りが印象に残っていた。




「どうした? どこか痛いのか?」

「え? あ、大丈夫です……」


 考え込んでいた祀莉の顔を要が覗き込む。

 大丈夫ですと答えたが、ぶつけられた左肩に地味に痛みが残っていた。

 女の子がぶつかったにしては衝撃が強かったように思える。


(よほど急いでいたのでしょうか……)






「祀莉、今日は帰るぞ」

「はい?」

「今日は帰る」 


 思いがけない言葉に呆けた声を出した祀莉に、要はもう一度同じ言葉を繰り返した。


(……え? 今、“帰る”って言いました?)


 冗談だろうと思ったが要の顔は真剣だった。

 しっかりと2回言われたので聞き間違えではない。


「い、イヤです! どうしてそんなこと……」

「帰るったら帰るんだ」

「ひゃあっ!?」


 要は反論しようとする祀莉をひょいっと抱き上げて、歩いて来た道を引き返した。

 背中と膝下に腕が回り、向かい合って抱きかかえられている。

 まるで子供を抱き上げるような体勢が恥ずかしい。



「は、離してくださいっ! せっかくここまで来ましたのにっ! 帰るなんて……」


 抵抗しようとすると、バランスを崩して要の腕の中から落ちそうになった。

 どうにかして体を支えないと後ろ向きに倒れそうになる。

 それが怖くて無意識に要の首に手を回していた。



「熱があるのに無茶するな」

「はい?」


(熱……? いえ、熱なんてないんですけど! すこぶる元気なんですけど!)



 どうして要がそんなことを言ったのか——それは周囲を見て理解した。

 無理矢理連れ去られていく祀莉を助けるべきかと様子見していた人が、要のセリフを聞いて「なんだ……」という顔をした。


(な……っ!? 卑怯ですよ……っ!)



 彼らの解釈はこうだろう。

 熱があるのに無理してデートしていたのが彼氏にバレて、連れて帰られそうになってるんだな……と。

 急に抱き上げられ、密着させられて顔を赤くしている祀莉を見て、さらに納得していた。


 ここで「熱なんかありません!」と騒いでも、駄々をこねているわがまま娘と認識される。

 階段で転びそうになっているところを目撃されているせいか、誰も止めようとするものはいなかった。

 むしろ温かい目で2人の攻防を見守っていた。



(な、なな、なんでっ!? どうして急に……!?)

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