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48 裏切られました!

(裏切られた……裏切られました!! もう! なんなんですか! あの男はっ!)


 祀莉は心の中で何度も悪態をついた。

 自分勝手な要の行動が許せない。

 ショッピングモールへ行くのに協力してくれたと思ったら、まだ数分しか経っていないのに帰ると言い出した。

 気まぐれにも程がある。

 1人で帰るならどうぞお好きにと言いたいところだったが、なんと祀莉も一緒に連れて帰ったのだ。



「要のバカ要のバカ要のバカ……」


 部屋に閉じこもっている祀莉はひたすら小さな声で“要のバカ”を繰り返していた。


(漫画、買いたかったのに……)




 次の日、再チャレンジ!と意気込んで、出掛けるための許可をもらいにいったが、家の敷地どころか建物からも出してもらえなかった。

 この日は父親がいなかったので簡単に許可が出ると思っていたのに、母親に『絶対にダメ』と厳しく言い渡されてしまった。


(なんでですか!? いつもなら“仕方がないわね”って顔で許可してくれるのに!)



 ——こうなったら許可なんていりませんっ!


 家の人間の目を盗んでこっそり外出しようとした。

 が、西園寺家の玄関には祀莉の靴が見当たらなかった。

 なぜか祀莉専用の靴箱には厳重に鍵がかけられている。

 靴を履くことすらも許されなかった。


 何でも良いから靴を探しているところで使用人に発見され、強制的に部屋へと戻された。

 部屋からも出ないように扉の前に使用人を配置させ、トイレに行くのにも見張らせる徹底ぶりだった。


(それもこれも全部要のせいです!!)


 怒りが積もり、なんでもかんでも要のせいにしなければ気が済まなくなっていた。





 夏休みも残り少ない。

 さすがに学校が始まったら部屋から出してくれるだろうが、なぜ自分はこんなことになっているのか、理解できなかった。

 普段ならずっと部屋にいても全然平気なのだが、今の祀莉には我慢ならない。


(これの続きが読みたい……)


 手に持っている漫画は良いところで終わっている。

 この先が気になって仕方がない。


(いっそアニメみたいにカーテンを伝って部屋から……)





 祀莉が不穏なことを考えていると、部屋の扉をノックする音と才雅の声が聞こえた。


「姉さん、ちょっと良い?」


 ショッピングができなかった日から、部屋に閉じこもっている祀莉を時々訪ねてくれている。

 ケーキを持って来てくれたりと、なかなか優しい弟だ。

 この時だけはイライラしていた気持ちが少しマシになる。



(そろそろおやつの時間ですね!)


 今日は何を持ってきてくれたんだろ〜と、機嫌良く扉を開けた。



(げ……っ!)


 祀莉を呼ぶ声は才雅のものだったが、祀莉の部屋の前にいたのは要だった。

 前回同様、認識した瞬間に扉を閉めたが遅かった。

 同じように足を挟んで無理矢理扉をこじ開けられた。




「要兄さんが来てくれたよー」


 要の後ろから才雅がひょっこり顔を出した。


(それを先に言ってください……っ!)


 分かっていたら扉を開けなかったのに!

 おやつが来たと思ってなんの警戒もなく扉を開けた自分のことは棚に上げて、ムッとした表情で要を見上げる。



「要兄さんがね、ケーキ買ってきてくれたんだよ! 飲み物用意してもらうねー」


 今日のおやつは要の差し入れらしい。

 見覚えのあるロゴが印字された箱を持って、才雅は廊下の向こうに消えていった。

 どうせなら要も一緒に連れて行って欲しかった。

 そしてケーキと紅茶だけ持ってきて欲しい。



 


「…………おい、なんでパジャマなんだよ」

「え……あ!」


 なんかじろじろと見られているなと思っていたら、要が気まずい表情で口を開いた。

 祀莉は起きた時のまま、着替えずにいた。

 どうせ部屋から出ないんだからいいじゃないかと、食事の時もそのままだった。

 この家の人間に対するちょっとした反抗でもある。


 着替えないなら食事をさせません!と母親に言われたりもした。

 じゃあ結構です、と食事に手を付けずに部屋に戻ると、おやつの時間には才雅が、寝る前には使用人が、たまに夜食として父と母が食べ物を差し入れてくれた。


(……この家の人間、わたくしに甘過ぎませんか?)



 これにより、祀莉は本格的に部屋から出ずに怠惰な生活を送っている。

 トイレと風呂以外はまず部屋から出ることはなくなった。


(これ、逆に部屋に軟禁されてません……?)





 そんなこんなで、パジャマのままずっと着替えずに1日を過ごしていた。

 ——が、家の人間以外にこの格好を見せるのは恥ずかしいに決まっている。

 要に指摘されて顔を赤くした祀莉は叫んだ。


「着替えますっ!」

「俺は別に構わな——」

「着替えますってばぁ! 出ていってくださいっ!!」


 力の限り背中を押して部屋から追い出した。

 着ているパジャマを脱ぎ捨てて、洋服ダンスから適当に服を引き出す。

 扉の向こうから見えないプレッシャーを感じる。


「もう良いか?」

「ちょっ——」



 確認もなしに部屋の扉が開いて焦った。

 着替えてるって分かってるのに、デリカシーの欠片もないやつめ!


「まだ途中です!」

「あと靴下だけじゃねぇか」

「靴下だって立派な衣服です!」



 廊下で待機していた要は、ケーキとティーカップをのせたトレーを持っていた。

 ケーキと紅茶とコーヒーが1つずつ。

 祀莉、要、才雅の分ということなら、あきらかに数がおかしい。

 要は食べないにしても、才雅の分がない。


「ほら、お前と俺の分だ。そこで才雅に渡された」

「……才雅は?」

「リビングで母親と食うって」

「……えっ!?」


(わたくしは才雅とお茶をするのが楽しみだったのにっ! ならいっそのことわたくしもリビングで——)


 要は素早い動きでトレーにのっていたケーキと飲み物を部屋のテーブルに移動させる。

 座布団にドカッと座った要は、優雅なしぐさでコーヒーカップを口元に運んだ。

 その向かいには美味しそうなケーキと紅茶が並べられている。


「早く座れ。紅茶が冷めるぞ」

「……あの、わたくしもリビングで」

「ここで良いだろ。早く食べろ」


 以前、食べに行った人気のスイーツ店のおすすめ、イチゴタルトをフォークでつつきながら言う。

 キラキラと宝石のように輝くイチゴがとても魅力的だ。

 要の持ったフォークがサクッと音をたてて、美味しそうなタルトに突き刺さる。

 そして、そのまま要の口に——



「きゃああぁ……っ!」


 予想もしない行動に思わず要に飛びついた。


(なんてことをっ! それはわたくしのタルトですっ!!)


 要が買ってきたといことは頭の中から完全に消え去っている。

 だいたい甘いものは好きではないんじゃなかったのか!


 タルトはまだ口に入っていない、セーフ。

 焦った表情の祀莉を見てニヤニヤと要が笑っていた。

 祀莉をからかうために食べるフリをしたんだろう。


「ちょっと! 何してるんですかっ!?」

「早く食わねえからだよ」

「食べますっ! 今食べま——むぐっ」


 言ってる最中に要にタルトを押し付けられる。

 イチゴの甘酸っぱさが口全体に広がる。


(美味しい……)


 美味しいんだけど、いきなりはやめて欲しい。

 飲み込んでからそう言ってやろうと思った時——ガチャっと、部屋の扉が開いた。


 ティーカップと同じデザインのシュガーポットを持った才雅が、目の前の光景に目を見開いていた。





「あ……ごめん。紅茶のお砂糖を渡すの忘れて……。いや、どうぞ続けて?」


 そう言いながら、足下の絨毯にシュガーポットを置いてそそくさと部屋の扉を閉めた。

 小さな声で「ごゆっくり……」と聞こえたような気がした。


(続ける……?)



 タルトを咀嚼しながらなんのことやらと考える。

 そして、ごくんっと飲み込んだと同時に自分がどういう体勢なのかを理解した。


(————ち、近い……っ!?)


 祀莉は要の両肩に手を置いて、軽く覆い被さっている状態だった。

 もう少しで床に背中がつきそうだった要は、上体を持ち上げて元の体勢に戻る。

 要の足の間に挟まっていた祀莉とさらに距離が近くなった。


(きゃああっ!)



 思わず尻餅をついてそのまま一歩、二歩と後ずさる。


「なんだよ。いらねぇのか?」

「いりま——むぐ。だから、無理矢理押し込まないでくださいっ! 自分で食べますっ!」

「ほら、次。はやくしねぇと俺が食うぞ」

「だ、ダメ——むぐ!」


 挑発するごとに距離が近付いてくる祀莉に、要は楽しそうに口にタルトを放り込んだ。

 次々と口の中に放り込まれるタルトを消費するのに必死な祀莉はそれに気付いていない。

 文句を言いたいが、もごもごと上手く言葉にならない。


 フォークを奪い返した頃には皿からタルトはなくなっていた。






「——さて、俺は帰る」


 すっかり冷めたコーヒーを飲み終えた要が立ち上がった。

 まだ紅茶を口にしている祀莉はちらりと視線を送る。


(まったく……何しにきたんですか?)



 とっとと帰れー!と背中に念を送った。

 悪霊退散!っと念じたところで、扉を開けた要が急に振り向いた。

 悪態がバレたのではないかと冷やっとした。


「そうだ。これを渡そうと思って」

「……なんですか?」


 廊下に荷物が置いてあったらしい。

 ほらよ、と手渡された紙袋を覗き込んでがっかりした。


「……参考書」

「絶対、目を通せよ」

「…………分かりました」


 有無を言わせない言い方に、不満たっぷりの声色で返事をした。

 祀莉のテンションは駄々下がりだ。

 それに——


(無理矢理連れて帰って来られたことだって、まだ許してませんから!)



「じゃあな。明後日の始業式、寝坊するなよ」


 不満げな顔をしている祀莉を一瞥して、要はそう言い残して扉を閉めた。

 見送りはいらないってことらしい。





 残された祀莉は、絶対に目を通せと言われた紙袋の中身に目を落とした。


(……あれ? この参考書、中学生のですよね?)


 さすがの祀莉も中学生レベルの問題は解ける。

 手に取ってみたが間違いなく中学生用の参考書だった。

 下の参考書も同じく中学生が使用するものだった。


 間違えたのか、馬鹿にしているのか。

 しかしどうも本のサイズと表紙のサイズが合っていないように感じる。

 不思議に思って、ページをめくったら——


「……えっ! な、なんで!?」



 なんと、中身は祀莉が読みたかった漫画だった。

 次の参考書も表紙だけで中身は同じく漫画。

 完璧なカモフラージュだ。




(どうして、わたくしが読みたい本を知っているんでしょう……)


 タイトルを見た瞬間そう思ったが、読みたい衝動が大きすぎてそんなのはどうでも良くなった。

 これによって、残り1日も祀莉は部屋に閉じこもって過ごすことになった。

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