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37 ついに告白ですか!?

 静かなホテルのロビーラウンジ。

 そこに要、桜、貴矢——そして、少し離れた場所に身を潜めている祀莉がいた。

 消灯時間が迫っているため、彼らの他に人は見当たらない。




 


「―—もしかして要、こいつのこと……好きなのか?」


 桜を抱き寄せながら貴矢はそう言った。

 しかし要は、目の前でヒロインがライバルの胸の中におさまっているというのに、怒りの表情をまるで見せていない。

 むしろ呆れた顔をしていた。


 緊張感が漂う空間で祀莉はハラハラして見ていた。

 そんな顔をしてないで、貴矢から颯爽と桜を救い出してほしい。

 それから威嚇するように睨みつけてるとかしてほしい。


(感情のまま奪い返しにいけば良いんです! 鈴原さんだって、それを待っているはずです!)





「ぐはぁっ!」


 突然、貴矢がうめき声を上げた。

 ヨロヨロと3歩後ろに下がり、その場に崩れ落ちていった。


(え……? 今、なにが……? もしかして要が?)



 ——いや、要は立っていた場所からいっさい動いていない。

 目の前で起きた出来事に目を見開いている。

 ならば、もっとも近い位置にいた桜しかいないのだが……。



「いってぇ……。ちょ、何すんだよ……」


 貴矢が腹を抱えている。

 よくよく見ると、貴矢の腹があった位置に桜の握りこぶしが構えられていた。

 これを喰らったらしい。



「放してって言うより、こっちの方がはやいと思って」

「いや、でも……もうちょっと手加減とかさ……」

「え? 必要?」


 あっけらかんとそう言ってのけた。

 くるりっと身を翻して貴矢に背を向けた桜は、要のところへ歩き出す。



「いや、あのマジで痛いんだけど……」


 離れていく桜を目で追いながら、貴矢が苦しそうな声で主張した。


 女の子の拳と言えど、ノーガードのところに予想もしない攻撃。

 なかなかのダメージだったようだ。

 本人は我慢しているようだが、表情が語っていた。




「すみません、北条君。今のは見なかったことにしてください」


 “今の”とは貴矢に一発お見舞いした件だろう。

 相手のふいをつく見事な拳だった。

 てへっと首を傾げながら、にぎり拳を顔の横に浮かべていた。

 その仕草と笑顔がとても可愛らしい。


(これなら要もイチコロですね!)


 桜を見下ろしているその顔は無表情だが、内心はデレッデレだろう。




「もうすぐ消灯なのに、迷惑をおかけしてしまいまして……。本当にすみません」

「いや、気にするな。それに……」

「?」


 そこで一瞬要の言葉が止まった。



(この流れは……! ついに告白ですか!?)


 待ってましたぁ!と小さくガッツポーズをする。

 身を隠している観葉植物が邪魔だ。

 葉を両手でかき分けて、もっとよく見ようと身を乗り出した。

 待ちこがれていたこの光景をしっかりと目に焼き付けるんだ!










「―—祀莉に頼まれていたからな」





 聞こえてきた言葉に祀莉は耳を疑った。



「え! そうだったんですか?」


 桜は目を大きく見開いた。

 それは葉っぱの間から覗き見ていた祀莉も一緒だった。


(…………は? わたくしに頼まれた?)



 いや、たしかに“困っていたら助けてあげてほしい”的なことは言っておいたが、それは桜に接する機会を増やすためである。

 少しずつでも距離を縮めてくれるならと思ってのことだった。

 それなのに……それなのに!




 ——どうして今そんなことを……っ!


(あぁ、もう! せっかくの告白が台無しですっ! この……ヘタレっ!)



 いっそのこと叫んでやりたかった。

 桜は「そうだったんですか〜」と笑顔を浮かべているが、きっと心の中では祀莉と同じことを思っているに違いない。

 告白してくれる……!と期待していたのに、要の口から出てきたのはヒロインのライバル——祀莉の名前だった。

 ショックは大きいだろう。



(要はどうしてこんな大事な場面であんなことを……)


 動揺して言ってしまったか。

 それともただの照れ隠しだったのだろうか。

 どちらにせよ、告白は失敗に終わった。




(わたくしが“鈴原さんを助けてあげてください”なんてメールをしなければ……)


 体の力が抜けていくのを感じた。

 まさか失敗するなんてことがあるとは……。

 頭を抱えてその場に座り込む。


(すみません、鈴原さんっ! 本当にすみませんっ!)


 心の中で何度も何度も桜に謝罪した。




 だから気づかなかった。

 背後に近づく何者かの存在に——



 







 ―—ぽんっと、肩に手が乗った。


(……?)


 なんだ、誰だ、今は忙しいんだ。

 要と桜の一大事なんだ!

 告白イベントが自分のせいで台無しになってしまった。



「もう、なんですかっ!」


 しばらくそっとしておいてくださいっ!

 考えごとをしている時に話しかけないでほしい。

 睨みつけるように不機嫌な顔で振り向いたら、そこに……



(―—――――っ!!)





 ——暗い廊下に、長い髪の女が立っていた。








「…………っ!?」


 驚きのあまり声が出なかった。

 肩に乗っていた手を力の限り払いのけて、その場を駆け出した。


(いいいい今っ、髪の長い女の人が……!)


 見てしまった。

 薄暗い廊下を徘徊する女の幽霊を!





 とにかく今は逃げなくては。

 そう思っているのに足は思うように動いてくれない。

 脱げそうになったスリッパに足をとられて、びたんっ!と正面から転んでしまった。


「うぅ……っ」


 痛いだなんて思っている余裕はない。

 もう後ろまで迫っているのだ。

 恨めしい表情の女の幽霊が——!




「だれ……か、たす……けて……っ」


 誰か助けてと叫ぼうとしたが、恐怖で叫ぶことが出来ない。

 震える手足に動けっ!と命令するも、まったく言うことを聞かない。




「祀莉ちゃんっ!?」

「祀莉!?」

「西園寺さん……っ!?」



 ロビーに転びながら現れた祀莉に3人は驚いた。

 一番近くにいた貴矢が素早く駆け寄って体を起こす。


「祀莉ちゃん、大丈——」

「貴矢、その手を離せ」

「え……!?」


 貴矢に助け起こされていた祀莉を要が横から搔っ攫い、自分の方へと抱き寄せた。


「いやいや、要。そんな威嚇するように睨みつけなくても……すみません」



 ギロリと要から鋭い視線が送られて貴矢は思わず謝ってしまった。

 ちょっと触れて助け起こしただけなのに、ひどい仕打ちだ。

 貴矢は行き場のなくなった手をそっと降ろした。





「祀莉、大丈夫か?」

「か……かなっ、要っ、かなめぇ〜〜っ」


 祀莉は弱々しい声で要の名前を何度も呼んだ。

 誰でも良い……助けてほしい……。

 その一心で目の前に居る要に覆い被さるように抱きついた。




「え、祀莉……っ!?」


 不意をついた祀莉からの接触で要は動揺した。

 普段の祀莉からは考えられない思いきった行動。

 首に手を回して肩に顔を埋めているのである。

 何があったんだと聞き出すことも忘れて、数秒ほど固まってしまった。



「要……デレッデレだな」

「……そうね」


 祀莉の行動に驚いているが、きっちり背中には手を回している。

 貴矢と桜は微笑ましく2人を見ていた。



「は……っ! 祀莉、どうしたんだ?」


 我に返った要が祀莉に質問した。

 祀莉はべそべそと泣きながらも、なんとか言葉を絞り出した。


「うぅ……ゆ、ゆうれいがぁ〜〜っ」

「は? ゆうれい……?」

「だって……っ、いまっ、そこに……っ 女の人のっ!」

「大丈夫だから、とりあえず落ち着け……な?」



 泣きじゃくる祀莉をさらにぎゅっと抱きしめた。


 幽霊?なに言ってるんだ?

 もしかして夕食の時の話が頭に残って何かを見間違えたんじゃ……。

 桜と貴矢も同じように考えて、3人で顔を見合わせていた。





 ふと、貴矢が薄暗い廊下へと視線を移した。


「あれ? 何してるんですかー? 先生」



 人の気配がする方へと問いかける。

 祀莉が出てきた廊下からそろり……と顔を出したのはCクラスの担任だった。


 その人こそが祀莉に幽霊と間違われた人物だとすぐに分かった。

 いかにもな雰囲気だったからだ。

 風呂上がりだったようで、長い髪が湿っている状態だった。

 あと、白い服を着ていたので、暗い廊下では不自然に浮いていた。



「……廊下でうずくまっていたものだから、気分が悪いのかと思って声をかけたんだけど……」


 驚いて逃げられてしまって……。

 怖がられたことにショックだったのか、ちょっと涙目である。

 廊下が薄暗く、髪が濡れていた上に怪談話を真に受けていた祀莉が、その先生を廊下を徘徊している幽霊と勘違いしたのだ。

 怖くない怖くないと思っていたが、それらしき姿で急に現れたのでそう思い込んでしまったのだ。


 



「……祀莉、あのな——」


 夕食の怪談ともいえない怪談話を含め、怖がっているのは幽霊じゃなくて見回りの先生だ。

 貴矢の話は嘘だから信じなくて良い。


 要たちは怖がって話を聞こうとしない祀莉に何度もゆっくりと丁寧に説明した。

 その甲斐あって、数分後に祀莉の誤解は解けた。



「そうだったんですか……。すみません、先生」

「いえ、気にしてないわ……。えぇ、まったく……これっぽっちも……」

「……」


 かなり気にしているようだった。

 どこからどう見ても落ち込んでいる。

 本当に申し訳ない。



「で? どうしてお前はあんな所にいたんだ?」

「え……っと、それは……」


 どうしてと言われても……要と桜の告白イベントを覗き見ていたなんて言えるわけがない。

 目の前にいる要になんて言い訳しようかと思考を巡らす。

 ……あれ?

 なんだか要のとの距離が近いような気がする。


(それに温かい……。——っ!?)




 今更になってやっと要に抱きついているという状況に気づいた。


 片膝をついている要に自分から覆い被さるように首に巻きついているという体勢。

 脇の下を通って背中に回る要のがっしりした腕が、ずり落ちそうになる祀莉の体を支えている。


(え……? えぇっ!?)


 驚きのあまり、頭が真っ白になった。

 そして、数秒かけてもう一度、自分の状況を把握した。

 …………間違いなく、自分が要に抱きついている。




(——ひゃぁああ……っ!)


 心の中で悲鳴を上げながら、後ろに飛び退く勢いで要から体を離した。


 ぶわっと変な汗が出てくる。

 妙に心地が良くて、甘えるように縋りついていた。

 何度も要の名前を呼んでいたことを思い出して、今度は顔が熱くなる。


(なっ……! なんでっ!?)



 貴矢がにやにや笑いながら「照れなくても良いのに〜」とからかうように言う。

 あまりの羞恥に耐えられず、近くにあったソファに隠れて小さくうずくまった。



(うぅ……。わたくし、なんてことを……)

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