第9話 新体制
加藤が村石達のバンドに参加して1ヶ月が過ぎた。ジムの指もすっかり治り、今日は5人全員がプレイヤーとして揃う初めてのバンド練習だ。
「ジム、もう大丈夫?」
「心配しなくても、もう大丈夫だから」
「それより、問題があるんだけど……」
ルーが申し訳なさそうに言った。加藤はすぐに思い当たった。
「ギターが3人は多いよね」
ルーが加藤を見ながら頷く。
「そう言うだろうと思ってね。みんなには内緒にしてた事があるんだ」
ジムが改まって言った。
「残念ながら、楽器ならだいたい何でも出来るんだよね」
「……はぁ?」
ジム以外の全員の声が揃った。
「なので、私は曲によって楽器を変えます!」
ジムが拳を突き上げた。
「おぉ~~」
何故か拍手が起きる。
「キーボードはもちろん、トランペットもサックスも、何ならバンジョーや三線も出来るよ!」
「そんなにコロコロ変えて大丈夫なの?」
「まぁ、それは冗談として。ルーのギターテクも十分成熟したから任せて大丈夫だと思うし、カートも上手くなったから、ギターは二人で大丈夫だと判断しました」
「確かに、二人とも安定感が出てきたよな」
「まぁ、ジムが言うから間違いないでしょ」
「だから、仕事がなくなった僕はバンドの音に、もっと厚みが欲しいと思った訳」
「それで、色々やると」
「キーボードとサックスを行ったり来たりすると思うよ」
「確かに、サックス欲しい曲とかあるもんね」
「でも、何でも出来るなんて『鬼才』みたいだ」
「『道楽半分にいろんな楽器に手を出しすぎた』なんて言われないようにしないとね」
「あ、そう言えば」
話がひとしきり終わったところで、ルーが手を叩いた。
「なに?嫌な予感なんだけど」
村石が顔をしかめる。
「サクさんがまたライヴやってくれって」
「いつ?」
「来週の土曜」
「はぁ!?!?」
ルー以外の全員が大声を出した。
「いやいやいや!急すぎんだろ!」
「何でも、元々出る予定だったバンドが、メンバーの産休で出れなくなったって」
「なんじゃそりゃ!!」
「まさか、OKしちゃったの!?」
「え?ダメだった?」
「馬鹿か!!!」
みんなが取り乱す中、ジムは冷静だった。
「いいんじゃないかな?カートの加入と、メンバーのスキルのレベルアップでこのバンドはより良くなった。それを見せるチャンスだ」
「ジムならそう言ってくれるって思ってた!それに、僕らのバンドがちょっと噂になってるらしいんだ」
「噂?」
「カートが飛び入りでやったライヴ。あれがちょっと有名になってるみたい」
「そんなに?確かにいいライヴだったけど、あれぐらいのレベルのバンドなんて五万といるだろ」
「僕もそう思ったんだけど、どうもウチのバンドを名指ししたのはサクさんとは違うみたい」
「まぁ、そういう事には口出ししない人だからね、サクさんは」
「じゃあ誰よ?」
「何でも、そのイベントを主催してるバンドの人が僕らを名指ししたらしい」
「名指し?そんな事あるんだね」
「まぁ、ライヴに行ってみれば分かるんじゃないかな!」
ルーが笑って言った。とにかく、新体制となったRickeyの初ライブまで、あと10日しかない。
♪
そして当日。
「全然眠れませんでしたね!」
電車の中で村石があっけらかんと言う。
「『全然寝かさなかった』の間違いだろ……」
加藤が頭を抱えた。二人は加藤の家からライブハウスへ向かう私鉄の中にいる。
「ライブ前夜くらいゆっくり寝かせてくれない?」
「いやー、緊張しちゃって!」
「発情の間違いだろ……」
「えへへへ」
村石が腕を絡めてくる。なんだかんだ、二人は順調だった。
「加藤さん、緊張してます?」
「……かなりね。いきなりだったこの間より、しっかり時間がある分、今日の方がメチャクチャ緊張してる」
「表情が硬いー」
村石が加藤の頬をつねる。
「痛い痛い!」
「まずは笑って!じゃないと楽しめませんよ?」
村石がニカッと笑う。それに倣って、加藤も笑顔を作る。
「硬い硬い!」
頬をこね回されているうちに、ライブハウスへ着いた。スタッフ用の出入り口を通り、控室へ入ると、先に来ていたタケが二人を見つけた。
「入り時間ギリギリに来るなよ、心配するだろうが」
「間に合ってるから大丈夫だってー。ルーとジムは?」
「連れション」
「仲良しかよ」
5人が揃ったところで、主催バンドのもとへ向かった。フロアに3人組の男が立っていた。
「おはようございます!4番目に出演するRickeyです!今日は呼んで頂き、ありがとうございます!」
「お、来たな噂のバンド!俺らはShin Rubberって言うスリーピースバンド。俺はギターの浅野」
「ベース兼ヴォーカルの原野でーす」
「ドラムの松尾です」
ドラムの男が加藤を見た。どこかで見たような気がした。
「では、加藤君に質問だ。『Shin Rubber』はどういう意味でしょう?」
「え?」
「はい!」
村石が元気に手を挙げる。
「はい、レイちゃん!」
「新恋人!」
「違います!」
「はい!ルー君!」
「罪のゴム!」
「意味が分からん!」
「じゃあ、新しいゴム?」
「違います!」
他のメンバーが大喜利を始める中、加藤はある事に気付き、目を見開いた。
「Shinは脛か!Rubberは擦るの『Rub』に人を表す『er』って事!?」
「つまり?」
「すねこすり!!」
「正解!!」
「松尾か!!!」
「やっと思い出したかぁ!」
加藤と松尾が抱き合った。
「え?どういう事?」
Rickeyのメンバー全員がポカンとしている。
「松尾は俺の高校時代の友達だよ!ついでに言うと、一緒に『すねこすり』ってバンドを組んでたんだ」
「まさか、その名前をまだ使ってるとは」
加藤が言うと、松尾が笑いながら肩を組んできた。
「完全に趣味のバンドだからこの名前にしたんだよ。前回のライヴはビックリしたよー。ピンチヒッターで出てきたのが加藤なんだもん!」
「まさか、あの場に松尾がいるとは」
「それよりも、まだバンドやってたんだな」
「やってたというか、あの日からまた始めた感じだ」
「どっちにしろ、お前が音楽嫌いになってなかったのが嬉しいよ。高校の時、お前がいきなり消えたから、みんな心配してたんだぞ」
「急に辞めたんですか?加藤さん」
「え、あぁ……」
加藤は言葉に詰まる。松尾が続けた。
「こいつ、ホントはメンバーの誰よりも音楽が好きだったんだよ。バンドを引っ張ってたのは紛れもなく加藤だった。けど、進学を決めた時から練習に来なくなった。俺たちに気を遣ってたんだろ?」
「そういう訳じゃ……」
「バンドに誘った自分が、誰よりも先に一抜けしなきゃならなくなった。それに悩んだんだろ?」
「それもあった。けど一番は、あのままだったらプロを目指してしまっていたからだ。俺に、メンバーの人生を背負うだけの覚悟がなかったんだよ」
ジムが加藤の肩に、優しく手を置いた。
「プロを目指すのは悪い事じゃない。ただ、必ず成功する訳じゃない。そうなったとき、メンバーの人生を棒に振る事になる。それは途轍もない覚悟が必要なんだよ」
「俺のせいでクソみたいな人生を送る事になるかもしれない。自分ひとりならどうにでも出来るけど、人を巻き込む覚悟が俺には出来なかった。ただ、説明もなく辞めたのは、本当に申し訳ない」
加藤が松尾に頭を下げた。
「謝らないでくれ。俺は、あれでよかったんだと思ってる。俺たちならやれる気がしてたのも本当だ」
「あぁ、あの時の俺たちは本当に『最強』だった」
「けど、あれでよかったんだよ。俺たちの『最強』は思い出でいいんだよ」
「……ありがとう」
「だからお前は、歌え!」
「え?」
「お前はもう責任を感じる必要もない。あの時のメンバーは誰もお前を恨んでないんだよ。お前は責任を感じて、音楽から遠ざかってたんだろ?」
「……そうなのかな……?」
村石が口を開いた。
「加藤さん、久々にギター出した時の自分の顔、どんなだったか知らないでしょ?」
加藤が村石の方を見る。
「加藤さん、誰かに謝りたいって顔してましたよ。やっとその意味が分かりました」
松尾が続けた。
「だから加藤、歌え!思いっ切り歌ってやれ!」
「やっぱり、俺はどうしようもなく音楽が好きなんだな……」
「知ってるよ。だからここにいるんだろ?」
「松尾……、俺、音楽やっていいのか?」
「何言ってんだ!やりたいようにやれ!」
「『音楽の神様が導いてくれる』か……」
「そういう事だ!今日のライヴ、期待してるぞ!」
加藤と松尾はガッチリと握手を交わした。
♪
控室でそろそろ出番を待つ加藤に、メンバーが声をかけてくれた。
「大丈夫だよ、カート」
「楽しもう!上手くやろうと思わないで」
「カートがダメでも、ジムとレイが歌えばいい。気楽にいけ」
「加藤さんは何やってもカッコいいから大丈夫です!」
いいメンバーだ。こんな気のいいメンバーと、またバンドが出来る事が嬉しい。そう思えている事に加藤は気付いた。いつの間にか緊張は解けていた。
「レイ」
加藤が村石を呼んだ。村石が振り返った瞬間、加藤は唇を重ねた。
「え?」
「俺に音楽を思い出させてくれてありがとう」
5人は照明の当たるステージへ上がった。




