第百二十一話 「思い掛けない再会」
自分でも驚いた。
これほどまでに激昂したのはいつぶりだろうか。
見知った人たちが傷付けられているのを見て、胸の内に強大な熱が生まれるのを感じた。
橙色の長髪の魔人がそれをやったことは明白だったので、激情を刃に乗せて振るった。
怒りに任せて剣を振ると、あんなにも抵抗なく魔人を斬ることができるんだ。
何より驚かされたのが、怒りによって躊躇いを忘れていたからか、いつも以上に力強く体を動かせたということだ。
一度体験して、もう掴んだ。
僕の中での限界点が、また一つこの戦いで更新された。
「ト、トパーズ様が……」
「う、嘘だろ……?」
魔人集団は橙色の髪の魔人が倒されると、慄くように足を引いた。
目を細めて睨め付けると、奴らはさらに怯えたように小さな悲鳴を漏らす。
その後、仲間の魔人が殺されたことで動揺したのか……
慌てた様子で身を翻し、森の方へと逃げ出していった。
僕が倒した魔人は、どうやらあの集団の頭領だったみたいだ。
実力も相当認められていたみたいで、そんな魔人が圧倒されたら戸惑いは当然のものだと言えるだろう。
魔人集団が目の前からいなくなると、後に残されたのは墓石のように散在している魔人たちの神器だけだった。
瞬く間にこの場が静けさに満たされる。
振り返ると、ヘリオ君やアメジスト、それと青髪の綺麗なお姉さんが揃って目を白黒とさせていた。
全員、傷付いて地面に伏しているけど、命に別状は無さそうなのでよかった。
色々と聞きたいこととかやりたいことは山ほどあるけど、それよりもまずはチャームさんの方だ。
「治療道具はありますか?」
「えっ?」
「それか治療に使える神器でも。早くチャームさんの傷を塞がないと」
「そ、そうよね。そうだったわ」
青髪のお姉さんは戦況が目紛しく変わって放心していたが、すぐに我に返って考え始めてくれた。
傷付いた体を少し辛そうに起こして、チャームさんの容体を改めて確認して頷く。
「治癒神器を持っている治療部隊を、さっきこの場所から逃がしたのよ。森の野営地を目指しているはずだから、今から追い掛ければすぐに追いつけると思うわ」
「それじゃあ急ぎましょう。僕たちがそこまで護衛しますので、道案内をお願いします」
「え、えぇ。わかったわ」
僕は傷付く三人の代わりにチャームさんの体をゆっくりと抱え上げる。
そして青髪のお姉さんの先導で、一緒に治療部隊を追い掛けることにした。
ヘリオ君とアメジストも負傷はしていたが、自分の脚で歩けるくらいの傷のようで僕の後ろに続いてくる。
この状況で魔人や魔物に襲われたら厳しいが、ダイヤが警戒の目を光らせてくれているのでその心配は必要ない。
それに治療部隊とやらを逃がしたのはつい先ほどのことのようなので、程なく追いつけるとのことだ。
その短い道中で、僕はアメジストから諸々の話を聞いた。
正直、僕とダイヤは今ここで何が起きているのか、何一つわかっていない状態なのだ。
この遺跡の入口前に着いた時にはすでに、戦場は混沌としていたから。
「ちょっと前に、恐ろしく強い魔人が現れたのよ。それでね……」
要約するとこんな感じ。
恐ろしく強い魔人が現れた。
神器も授かっていないのに七大魔人以上の力を宿している。
早めに討伐しなければ神器を手に入れられて大災害に発展する。
そのための討伐隊を結成したけど、先ほどの魔人集団に奇襲を受けてやられてしまった。
ということらしい。
まさか僕とダイヤが地方で祭壇探しをしている間に、そんな大事件が発生しているとは思ってみなかった。
それに討伐隊に顔見知りがいるなんて、偶然って怖いものだな。
「ところで、てめえはなんでここにいやがる」
「えっ?」
「ブリリアント地方に行ってるはずじゃなかったのかよ」
アメジストから話を聞いている最中、ヘリオ君がちょっと不機嫌そうに尋ねてきた。
なんで不機嫌そうなんだろう? と思うけど、それはいつものことなのかもしれないと割り切ることにする。
問いかけられた僕は、まだ若干の苦手意識があるため緊張しながら返した。
「ヘ、ヘリオ君に教えてもらった通り、しばらくはそこで邪神の祭壇は探したよ。でも町で背教者の集団が悪さをしてて、裏で魔人が手引きしてるってわかってさ。そいつらの足取りを追ってたら、偶然ここに……」
なるべく手短を心掛けたつもりだ。
それでもヘリオ君は、やっぱりどこか気に食わなそうに顔をしかめている。
やがてつまらなそうにぼそりと呟いた。
「……そうかよ」
そんな彼に突っ込みを入れたのは、なんとアメジストだった。
「そこは、『偶然でも助けてくれてありがとう』でしょ。相変わらず言葉が足りてないわねあんた」
「……うるせえよ」
「二人とも助かったわ。本当にありがとう。また借りができちゃったわね」
「いや、別にそんな……」
アメジストからは素直な謝意を向けられて、僕とダイヤはぎこちない笑みを浮かべる。
ヘリオ君との落差が激しい。
それにあのアメジストから真っ直ぐな言葉を掛けられるなんて違和感がすごいな。
それほど切羽詰まった状況だったのだろう。
あと一分、いや十数秒でも遅れていたら、取り返しのつかない事態になっていたのかもしれない。
するとそんな僕たちのやり取りを聞いていた青髪のお姉さんが、揶揄うように口を開いた。
「四人は顔見知りだったのね。こんなに心強い人がいるなら、最初から連れて来てくれたらよかったのに」
「こいつが色々と変なタイミングなのが悪い」
「……ご、ごめん」
ヘリオ君の言葉に、僕は謝ることしかできなかった。
確かに色々とタイミングが悪いのは事実だ。
僕はともかくダイヤは討伐隊で大いに活躍できる力を持っているので、最初から参戦できていたらと思わざるを得ない。
そうしていたらきっと、怪我人もほとんど出ていなかったんじゃないだろうか。
「とにかく本当に助かったわ。私からもお礼を言わせてもらうわね。それでできればなんだけど、この後も私たちに協力してもらえるとすごく助かるのだけど」
「はい、大丈夫ですよ。特に急いでいるわけでもないので、僕たちにできることがあれば言ってください」
「悪いわね。それなら、後で詳しく相談させてもらうわ」
そこでちょうど前方に冒険者らしき人影が複数見えて、僕たちはさらに足を早めた。
その集団はどうやら、野営地を目指している後衛部隊で間違いないらしい。
なんとかして追いつくことができると、僕たちはさっそく重傷のチャームさんを治癒師の元に運んだ。
どうやら他にも深傷を負っている冒険者たちが大勢いるようで、野営地を目指しながら治療を受けていた。
チャームさんも同様に木造りの担架に乗せられながら、回復系の神器を持つ治癒師に傷を治療してもらう。
やがて応急的な処置が済むと、命に別状はないということを告げられた。
「はぁ、よかったぁ……」
「なんとか間に合ってよかったですね」
お世話になった人が一命を取り留めて、僕とダイヤは心の底から安堵する。
そもそもどうして、ギルド受付嬢のチャームさんが討伐隊の一員としてここにいるのかという疑問はあるけれど、とりあえず無事に終わったので本当によかった。
その後、程なくして野営地点に辿り着いた。
討伐隊の面々は忙しそうに動き回り、点呼やら怪我人の治療でてんてこ舞いになっている。
僕たちも何か手伝えることがないかと辺りを窺うが、力になれそうなことは何もない。
ヘリオ君とアメジストも治療を受けに行っちゃったので、手持ち無沙汰で隅っこの方に立っていると、唐突に傍らから声を掛けられた。
「ラ、ラスト! ダイヤ!」
「「……?」」
声のした方を振り向くと、そこには白衣と白帽子を身に付けた、小さな少女が立っていた。
帽子の隙間から輝くような金色の長髪が伸びており、幼なげな顔を喜びによって綻ばせている。
格好からして治癒師さんだと思われるその女の子の正体は……
「シ、シトリン!?」
過去に僕が助けた魔人の少女、シトリン・トリートだった。
思い掛けない再会に、間抜けにも口をあんぐりと開けてしまう。
「ど、どうしてここに……?」
「討伐隊の、お手伝いに来たの。治療部隊に治癒師が必要だからって」
「そう……だったんだ」
鈍い反応を返した後で、すぐに『なるほど』と得心する。
確かにこの大規模な討伐隊には、治癒師は必要不可欠な存在だ。
中でも治癒能力に特化した神器は希少で、とても強力なので、シトリンが引っ張り出されたのも納得がいく。
これほどまでに討伐隊の治癒係に相応しい子はいないからね。
「お久しぶりですねシトリンちゃん。お元気そうで何よりです」
「うん。今は少しだけ、大変だけどね」
「もしかして、治療の手が足りていないんですか?」
という二人の会話を聞きながら、僕は遠目に怪我人たちが集まっている場所を見る。
見てわかる通りの重傷者は最優先で治してもらっているみたいだけど、他の軽傷者たちは応急処置程度の治療しか施されていない。
治癒師の手が足りていないのは明らかだった。
「治癒魔法を使うための魔力が足りなくて、まだ治せてない人たちがたくさんいるの。それに、みんなの神器の耐久値もほとんどないから、町に戻った方がいいかもって言ってる」
「そっか。治癒魔法で傷は治せても、神器の耐久値までは回復しないもんね」
神器破壊をされて戦力に数えられなくなってしまった冒険者も少なくないらしい。
これは安全を期して町に帰るのが賢明だろう。
魔人の討伐作戦を中断してしまうことにはなるけれど、致し方あるまい。
その後シトリンは、短く言葉を交わせただけで満足したのか、すぐに治療部隊の方に戻っていった。
そしてそんな彼女と入れ替わるようにして、今度はあの青髪のお姉さんがやってくる。
「あら、また顔見知りがいたのかしら?」
「あっ、はい。クリアランドの治療院に勤めてる、治癒師のシトリンです」
「治癒師にも知り合いがいるなんて、顔が広いのねあなた」
という褒め言葉に、なんだかむず痒くなって僕は頬を掻く。
たまたまこの場所に知り合いが多いってだけな気がするんですけど。
というかむしろ、このお姉さんの方が何者なんだろうという疑問がある。
見ると所々で討伐隊の人たちからすごく頼りにされている。
ここまで流れでついて来てしまったが、思えばこの人はいったいどちら様なのだろう?
名前も素性もまるで知らない。ドタバタしていたせいで聞けていないから当たり前なんだけど。
所々から『サファイアさん』という名前だけは聞こえてきて、それがお姉さんの名前なんだろうけど、どこかで聞いたことがあるような……
でもそれを聞くよりも早く、お姉さんが話を始めた。
「それで、さっきの話なんだけど……」
「えっ? あっ、討伐隊に協力するっていうことですよね」
「えぇ。より厳密に言えば、討伐隊の手助けというより、私からのお願いって感じになるんだけど」
「……?」
お姉さんからのお願い? どういう意味だろう?
「凶悪な魔人が現れたっていうのはもう知っているわよね」
「は、はい。さっきアメジストから聞きました。下手したら人類の存亡がかかってるとかなんとか……」
「それはあながち間違いじゃないわ。その魔人を早急に討伐できるかどうかが、今後人類が明るい未来を迎えられるか変わってくる。そのために私たちはこうして討伐隊を結成して、魔人討伐に来たってわけ」
先ほどアメジストから聞いた通りだ。
そして討伐隊は別の魔人集団に奇襲を受けて大打撃を受けてしまったらしい。
という話を思い出していると、青髪のお姉さんが姿勢を正して、改まった様子で言ってきた。
「それでお願いのことなんだけど、あなたにその魔人を倒して来てほしい……とは言わないわ」
「えっ?」
「正直あなたの力は凄まじかった。失礼な言い方になるかもしれないけれど、助けてもらった側から見ても、恐ろしい強さをしていると思う。それでも、あの魔人に勝てるとはどうしても思えないの。それくらいあの魔人は強くて、誰の手にも負えない……」
お姉さんは苦い過去を思い返すように唇を噛み締めている。
その魔人と交戦したことがあるのだろうか。
あるいは魔人の力を目の当たりにする機会があり、圧倒的な実力を直に確かめたことがあるのか。
どちらにしても彼女の様子からして、本当に“強すぎる”魔人が現れてしまったのは事実のようだ。
「だから討伐隊の私たちの代わりに『魔人を倒してほしい』とは言わないわ。でもたった一つだけ、私の我儘を聞いてもらえないかしら?」
「そ、それって、どういう……」
お姉さんは必死なのか、少しだけ前のめりになって続けた。
「魔人が隠れているこの場所を見つけて、教えてくれた仲間がいるの。でもその子の行方がまだわかっていなくて、たぶん遺跡の中で今も潜伏していると思う。敵を討つ隙を窺っているのか、逆に逃げられない状況に追い詰められているのかはわからないけれど。強くてしぶとい子だから生きているとは思うのよ」
そう信じたいと言うように、彼女は拳を握りしめている。
凶悪な魔人たちが潜む隠れ家に長期で潜伏して、無事でいる確率は限りなく低い。
青髪のお姉さんもそれは承知しているのだ。
だからこそ自分に言い聞かせるように、『生きているに違いない』と口にした。
「それでできれば、討伐隊の代わりに遺跡に入って、その子のことだけでも探してもらうことはできないかしら? 見ての通り討伐隊はすでに消耗していて、まともに戦える人はほとんど残っていないの。神器修復もしなきゃだから一度町に戻らないといけないし……」
本当なら自分の足で確かめに行きたいのだろうけど、お姉さんの心労は討伐隊の方にも向いていた。
おそらくこの討伐隊において、お姉さんは中心的な人物なのだろう。
彼らを安全に町に帰すために、このお姉さんは同行しなければならないのだ。
だから代わりに、偵察をしていた仲間を探して来てくれる人を求めている。
特にこれといった怪我もせず、神器の耐久値もほとんど削れていない僕たちは適任と言えるだろう。
「む、無茶なお願いをしているのは百も承知よ。そもそもその子が生きている確証だってないし、もしかしたらあなたたちには…………亡骸を探させてしまうかもしれない」
お姉さんは申し訳なさそうに続ける。
「だからもちろん無理強いはしないわ。あなたたちにはあなたたちのやるべきことがあるだろうし、私の仲間を助ける義理だってない。でももし、あの遺跡に用があってこれから向かうなら、あの子の手掛かりだけでも探して来てもらえないかしら」
どうかお願いします、とお姉さんは深く頭を下げた。
その仲間のことが心配でならないという様子は、見るからにわかる。
そして僕たちに迷惑をかけたくないという意思もすごく伝わってきた。
お姉さんの心境を察した僕とダイヤは、お互いに顔を見合わせて、確かな頷きを返した。
「はい、わかりました。元々あの遺跡には行く予定だったので、その方の捜索もさせていただけたらと思います」
「わ、私も、協力させてください」
「……」
青髪のお姉さんは俯けていた美顔をゆっくりと上げて、驚いた表情を僕たちに見せてくれる。
次いで心の底から安堵するように、長々とした息を吐きながらまた頭を下げた。
「ありがとう……本当にありがとう。このお礼は、いつか必ずさせてもらうわ」
お姉さんは目の端に、小さな雫を滲ませた。
まあ、遺跡調査のついでみたいなものだからね。
そこまで余分な労力も掛からないと思うし、邪神の祭壇を探すよりかは断然簡単だろう。
できれば話に出てきた“凶悪な魔人”も、僕たちで倒せればいいなと思うんだけど、聞く限りそれも難しそうだから欲張らずに行くとしよう。
「と、ところで、その方の特徴とかは……」
おずおずと手を上げたダイヤの一声に、僕とお姉さんはハッとなって気が付く。
そういえばその人のこと何も聞いていなかった。
確かにそれじゃあ探しようがないよね。
お姉さんもそこが抜けていたことに自嘲的なため息を吐きながら、改めてその仲間の特徴を教えてくれた。
「長い赤髪の女の子よ。ちょうど二人と同い歳くらいじゃないかしら。気力旺盛で見てるこっちまで元気になれるような、そんな子。たまに元気がありすぎるのが困りものだけど」
お姉さんは呆れたように、しかしどこか嬉しそうに笑みを浮かべた。
それはよかった。元気一杯で存在感が強いなら、探すのに苦労はしなさそうだ。
むしろ人見知りな僕たちの方が、会った時に圧倒されてしまうかも。
それじゃあさっそく出発しよう、という時――
青髪のお姉さんが、最後に思い出したように付け加えてくれた。
「あっ、その子の名前なんだけどね……ルビィ・ブラッドっていうの」
「……えっ?」
ドクッと、心臓が鼓動した。




