第百二十話 「魔王の風格」
(なんだこの人間……?)
突如して戦場に現れた少年に、トパーズは訝しい視線を向ける。
まだ若く、乳臭さの抜けない子供。
おまけに手に持っているのは錆だらけのボロボロの剣。
どこかのゴミ箱からでも拾ってきたのだろうか。
冒険者の真似事をしている、幼い少年にしか見えなかった。
だというのに……
(……気に食わない目だね)
瞳に宿る闘争心の火は、今までに見たどの人間よりも熱を帯びていた。
本気で勝つつもりの目。いや、殺すつもりの目と言った方がいいか。
なおも錆だらけの剣を向けてくる少年に、トパーズは微笑を向ける。
「“殺す”、か。物騒なことを言うんだね」
「……」
少年は反応しない。
殺すと言ったことを訂正することもない。
ただこちらの一挙手一投足に注意を払いながら、錆だらけの剣を構え続けている。
まるで迫力を感じない。それでよく大きな口を叩けたものだとトパーズはほくそ笑んだ。
「口で言うのは簡単だけど、果たして君にそれができるかな? それにまさかだと思うけど、その汚い剣が君の神器じゃないだろうね? だとしたらとても心外だな」
トパーズは呆れたように、肩を大きくすくめた。
「これでも僕は魔王軍の幹部を務めていた魔人の一人なんだよ。そこに冒険者たちが転がっているのを見てもわかる通り、そう簡単に僕を倒せるとは思わないことだね。ましてやそんなガラクタのような剣でこの僕を……」
刹那、目の前から少年が消えた。
同時に腹部に激痛を感じて、その衝撃によって体も吹き飛ばされる。
この間、およそコンマ一秒未満。
トパーズは、何をされたのかすぐに理解することができなかった。
気が付いた時には、石柱に背を預けていた。
「…………あれ?」
遅れて状況を飲み込んでいく。
腹部に痛みが走っている。触れるとそこには刀傷ができていた。
魔装のおかげで深傷にはなっていないが、この戦場で初めて負わされた確かな傷。
(斬られたのか、僕は……?)
そしてその傷を付けてきたと思われる人物が、自分が先ほどまで立っていた場所に佇んでいた。
あの錆色の髪の少年。
だが彼はゴミ屑の中から拾い上げてきたようなあのサビ剣を持っておらず、右手には黒々とした禍々しい剣を握っていた。
まるで魔人が持っているような神器を。
(神器の見た目が、変わっている?)
それだけではない。少年から感じる迫力も桁違いに増している。
だからか、少年の一撃をほとんど目で追うことができなかった。
神器を変化させることで力を発揮する剣士。
今までにこんな人間は見たことがない。
トパーズは目を丸くして驚くが、すぐに平静を装うようにして口を開いた。
「……まさか神器が変わるとは思わなかったな。少しだけ油断し――」
またも、少年の姿が消えた。
危険を感じたトパーズは、咄嗟に弓の神器を体の正面に構える。
触媒系神器とはいえ、他のそれらよりは多少耐久値が高いので、盾代わりにしても問題はないのだ。
だが、再びの衝撃は正面からではなく、背中側から襲ってきた。
「ぐっ――!」
再度吹き飛ばされたトパーズは、それでもなんとか受け身を取って両足をつく。
すぐさま振り返ると、そこには剣を振り抜いた体勢で止まるあの少年がいた。
また、目で捉えることができなかった。
背中にも腹部と同様の痛みを感じて、それがさらに悔しさを増進させていく。
(なんなんだ、この子供……)
二百年以上生きていて、今までに出会ったことのない人間だった。
そのことに驚いて思わず放心していると、目の前の少年がこちらを挑発するように口を開いた。
これはある種、彼なりの怒りのあらわれだったのかもしれない。
「僕はまだ、全力じゃないぞ」
「……」
トパーズの中で、何かがプツリと切れた。
「調子に乗るなよ劣等種族がァ!!!」
弓の神器を構えて声を張り上げる。
「【光矢】!」
右手に光の矢が生成されると、即座にそれを番えて少年に放った。
凄まじい速度で矢が飛来する。
だが、少年は慌てる素振りをまるで見せず、右手に握った直剣を迷いなく振り上げた。
瞬間――
少年は剣を振り下ろし、直撃する寸前で光の矢を斬り落とした。
「なっ――!?」
これにはトパーズも思わず声を漏らしてしまう。
これまで幾度となく人間と戦ってきた。
最高階級の冒険者も数え切れないほど倒してきた。
その時代において最高の有力者である、“勇者”と呼ばれる冒険者とだって戦ったことがある。
その者たちでさえも、この光の矢は目で追うのがやっとで、せいぜい避けるのが精一杯だった。
あのギルドの受付嬢も、時間を掛けて人形を作るという制約を乗り越えることで、ようやくこの矢を捌くことができるようになったというのに。
この少年は、生身の肉体でありながら、光の矢を避けるどころか、剣で正確に叩き落としてきたのだ。
勘を頼りに徒に剣を振った様子もなく、確かにその両目で矢の軌道を捉えていた。
まったくもって信じられない。
ならば……
「【光雨】!」
一本の矢ではなく十本の矢で。
トパーズは再度光の矢を番えて少年に放った。
するとその矢は空中で十本の矢に分散し、それぞれ違った方向から少年に襲い掛かる。
これならばいくら目で追えたところですべてを捌き切ることなんてできまい。
という、トパーズの思惑を……
「はあっ!」
錆色の髪の少年は、ことごとく打ち砕いた。
光の矢が飛んでくると同時に、右手の剣を上段に構える。
即座にそれを振り下ろして一本目の矢を斬り落とすと、瞬く間に右手首を返して剣を振り上げた。
それによって二本目と三本目の矢が四散する。
すぐさま左腰に剣を引いて右に斬り払うと、同時に三本の矢が小気味よく砕かれた。
残り四本。
少年は飛び、宙返りをしながら四方から迫る光の矢を改めて視認する。
後方から飛来する矢を水平斬りで落とし、体を右に回転させながら流れるようにして三本の矢を掻き消した。
その後、疲れの様子を一切見せることなく、少年は緩やかに地面に着地する。
トパーズはその姿を見据えながら、言葉を失って立ち尽くしていた。
(すべて、斬り落とした……のか……)
神業。そう称えられても過言ではない。
神器から莫大な恩恵を授かり、身体能力を極限まで高めているからこそ成し得た芸当である。
敵ながら美しい剣技だったと思わされてしまったくらいだ。
トパーズの後方に控えている魔人たちも声を失い、少年の優美な剣舞に魅了されていた。
まるで自分がその一芸を引き立たせるための脇役に充てがわれたようで、途端に憤怒の念が湧いてくる。
さらに言うなれば、十本の矢をすべて斬り落とす必要はなかったというのに、あえて少年は見せつけてくるようにしてそうしてきた。
避ければいいだけの話なのに、それでもこうしてすべての矢を斬り落としてみせたのは、おそらく余裕のあらわれと挑発の意味が込められている。
こちらの魔法なんか、まったく通用しないと伝えるために。
「この……クソガキがァ……!」
滅多に平静を崩すことがないトパーズが、珍しく感情を荒ぶらせていた。
だが、少年はそれ以上の怒りを胸のうちに宿していた。
「お前は、やってはいけないことをした」
剣を持つ右手に一層の力を込める。
力強く剣を構えて、その切っ先をこちらに向けて言い放った。
「死をもって償ってもらうぞ」
続けて、少年は唱える。
「付与魔法――【黒炎】」
その声を皮切りに、少年の持つ漆黒の剣に、さらに黒々とした炎が迸った。
離れた場所からでも伝わってくるほどの熱。否応にも足を引かせられる威圧感。
神聖力も遥かに増大している。見るからに強力な付与魔法だ。
通常の刃では浅い傷しか付けられていなかったが、あの付与魔法を宿した状態で斬られたらさすがにまずい。
いくらこちらの魔装が強固と言っても、あれほどの神聖力が込められた神器は防ぎようがない。
緊張感から、密かに息を飲んでいると、途端に少年が目の前から姿を消した。
気が付けば彼は上空に飛び上がり、今まさにこちらに黒炎の直剣を振り下ろさんとしていた。
「くっ――!」
咄嗟に横に飛んでその一撃を回避する。
直後、先ほどまで自分が立っていた場所に黒炎の直剣が叩き下されて、石畳を深々とえぐった。
避けられたのはほとんど偶然だ。
たまたま空にいる少年を視界に捉えることができただけで、次も上手く避けられるとはとても思えない。
やはり速い。こちらの光の矢と同等の速度で人体を動かしている。
神器から与えられている恩恵が絶大なまでに多いのはもうわかった。
それ以上に驚きなのが、人間には余りあるだろうその超人的な身体能力を、この少年は最大限まで発揮しているのだ。
それには途方もない修行の積み重ねが必要なはず。この若さでその極地に辿り着くのは絶対に不可能だ。
となれば、おそらくこの少年は今、計り知れない怒りの感情だけで、その力を引き出しているに違いない。
こんなの、勝てるはずがない。
直感でそう思わされた。
となれば、人質を取って少年を抑制するという思考になるが、傷付いた冒険者たちの前には一人の少女が立っている。
先ほどこちらの光の矢を跳ね返してきた、盾を持った幼なげな少女。
あの少女がいるせいで、迂闊に近づくこともできず、下手に矢を打つこともできない。
人質を取るのも不可能だ。
ゆえにトパーズは身を翻し、即座にその場から逃走を図る。
部下の魔人たちを隠れ蓑にして、何が何でも少年の目から逃れようとした。
(ここは一度距離をとって、遠距離から狙撃を……)
と、目論むトパーズの目の前に……
もう、あの少年がいた。
「――っ!?」
逃げることを予知されていたのか、恐るべき速さで背中側に先回りをされていた。
目前に憤怒の少年が佇んでいる。必然とこちらの顔が引き攣る。全身が岩のように強張ってしまう。
この感覚を、前にも一度だけ味わったことがある。
(魔王……グラン……)
かつて数多くの魔人を従えて、大規模の軍を築き、人類に戦争を仕掛けた魔王グランディディエ。
通称『魔王グラン』。
通常であれば集団に属さない魔人たちを、見事に束ねて軍に築き上げることができたのは、一重に魔王グランに圧倒的な実力があったからだ。
恐ろしさと言い換えてもいいかもしれない。
魔王グランを前にした魔人たちは総じてその恐ろしさに威圧されて、半ば強制的に膝をつかされた。
中には魔王軍結成に協力的な酔狂な魔人たちもいたけれど、ほとんどの団員は魔王グランの恐ろしさに負けて協力せざるを得なかった。
トパーズもそのうちの一人である。
そして今、その魔王グランを目の前にした時の恐怖を、記憶の奥底から呼び起こされてしまった。
(な、なんなんだよ、こいつは……)
少年が黒炎の直剣を振りかぶる。
トパーズは飛び出した勢いを殺せぬまま、引き寄せられるように少年に近づいていき、腹の底から叫び声を響かせた。
「なんなんだよお前はァァァ!!!」
一閃。
真一文字に振り抜かれた炎剣は、滑らかにトパーズの体を引き裂き、一瞬にして上下の半身に分けた。
「が……あっ……!」
呻き声を漏らしながら地面に横たわる。
遅れて体の断面に黒炎が迸り、轟々と身を焼いてきた。
耐え難い苦痛に嗚咽をこぼし、大敗したという事実に屈辱感を覚える。
なんとか視線だけを持ち上げると、目の前には少年が立っていた。
彼は、激怒の眼差しでこちらを見下ろしながら、吐き捨てるように言った。
「消えろ。そして二度と、僕たちの前に現れるな」
トパーズの肉体が、幾千の光の粒となって消え去った。
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収録範囲はWeb版の第二章の部分に、書き下ろしシーンを加えたものになります。
第1巻と同様、イラストレーターの赤井てら様がイラストを手掛けてくださり、また本作を美しく彩ってくださいました。
活動報告にて第2巻の書影も掲載しております。
また、ガンガンONLINE様のアプリ内にて、本作のコミカライズも連載開始となりました。
小説とはまた違った軽快なテンポで、物語をサクサクと読み進めることができます。
小説版と漫画版、どちらもよろしくお願いいたします!




