第百十二話 「集結」
銀星遺跡。
それがルビィから届いた紙に記されていた場所だった。
どうやらその場所に討伐対象の魔人とチャロ・レギオンが潜んでいるらしく、結成された討伐隊はそこに向かうことになった。
そしてその道中の馬車の中。
車内にいるアメジストは、ゆらゆらと揺られながらふとある疑問を抱いた。
「そういえば、あいつは来なかったのね」
「あっ?」
唐突に声が聞こえて、隣に腰掛けているヘリオは眉間にシワを寄せる。
たまたま同じ馬車になっただけで、これといって仲が良いわけではないのだが。
その声が自分に向けられたものだというのは言われずともわかった。
同時に“あいつ”というのが、いったい誰のことを指しているのかも薄々ながら感じ取った。
いまだにヘリオの脳内には、泣きじゃくっている様子しか浮かばない、いじめられっ子のラスト・ストーン。
二人の唯一の共通の人物である。
話す理由も特になかったが、返さないのもなんだか癪だと思い、ヘリオは口を開いた。
「俺が教えたブリリアント地方で、まだ祭壇探しをしてんだろうよ。つーかその時お前もいただろうが」
「あぁ、そういえばそうだったわね」
アメジストがラストとダイヤの依頼について行った時のことだ。
氷雪地帯の雪花壇にて、邪神の祭壇を探す手伝いをした。
手伝い、と言ってしまうとかなり美化した表現になってしまうが、実際はただアメジストが強引に二人について行っただけだ。
そこで偶然にも目の前にいるこの金髪の少年――ヘリオ・トールに会い、一悶着があった。
具体的には窮地に陥っていたヘリオをラストが助けたのだ。
その末に仲直り“らしき”ものをして、結果ヘリオは助けてもらった礼とこれまでの詫びを兼ねて、邪神の祭壇の情報を教えた。
ブリリアント地方に、まだ数多くの祭壇が残されていると。
「結局その情報って本物だったの?」
「あの状況で偽の情報を話すわけねえだろうが」
少し強めに言い返すと、アメジストの隣に座っている二人の姉妹がジロリとヘリオを睨んだ。
アメジストのパーティーメンバーであるスピネル・ラピス姉妹。
雪花壇の探索時は風邪で町に残っていたため、ヘリオは彼女たちのことを知らない。
ゆえに『なんだこいつら』と逆に睨みを返していると、アメジスト本人は特に気を悪くした様子もなく言った。
「それじゃあ今頃は、邪神の祭壇とやらをポンポン見つけて、ザクザクと壊して回ってるってわけね」
「だろうな」
だから今回の討伐作戦には参加しないだろう。
改めてそうだとわかり、アメジストは知らず知らずため息をこぼしてしまう。
それをヘリオは見逃していなかった。
「なんだよ、そんなにあいつに会いたかったのか?」
「はっ、バカ言わないでちょうだい。どうして私があんななよなよしてる奴に会いたがらなきゃいけないのよ。会いたいとしてもダイヤの方に決まってるでしょ」
なよなよした奴という表現には、同意せざるを得なかった。
「ただ、今回の討伐作戦は、報酬がかなり“おいしい”らしいから、あいつも食いつくんじゃないかって思っただけよ。この前は半ば強引に依頼について行っちゃったし、もし知らないんだったら教えてあげた方がいいかなって……」
「……あっそ」
自分には関係のない話だと思い、ヘリオは下手に言及することはやめておいた。
変に首を突っ込めば話が長くなりそうだったから。
まあとりあえずこれでこの会話も終わりだろう、なんて思っていると……
「う〜ん、サビサビ君と銀髪ちゃんはやっぱり来ないんですか〜」
突然横から想定外の声が聞こえてきて、ヘリオたちは揃ってそちらに目をやった。
いつの間にかヘリオの真横には、ゴスロリ人形を抱えた桃色髪の幼女が座っていた。
そこにはパーティーメンバーの二人……ラブラドとアンバーがいたはずなのに、彼らは僅かに位置をずらして幼女が座れる場所を確保している。
そんな二人が手を合わせて『ごめん』という視線を送ってきて、思わず細めた目で見返していると、アメジストが意外そうな声を上げた。
「あっ、試験官さんも同じ馬車だったのね」
「は〜い、そうなのですよ〜。さっきまで御者さんのお隣で外を眺めてましたけど〜、暇になったので紫ちゃんたちのところに来ちゃいました〜」
ギルド職員のチャーム・フローライトは、ゴスロリ人形の両腕をぴょこぴょこと動かして遊びながら、ニコニコと笑みを浮かべている。
そうしているところを見るとますます幼女にしか見えなくなってくる。
とても魔人討伐を目標とした冒険者集団の中に混じっていい存在には思えない。
「本当でしたら〜、ここにサビサビ君と銀髪ちゃんも交えて〜、みんなでお話ししたかったんですけどね〜。そうできなくてとても残念なのです〜」
チャームは心底残念そうに肩を落とした。
「それに現実的な話になっちゃいますけど〜、人手はあるに越したことはないですからね〜。二人には是非今回の作戦に参加してもらいたかったのですよ〜」
「えっ? こんなにいるのにまだ足りないの?」
ギルド職員の口から意外な台詞がこぼれて、アメジストは思わず首を傾げた。
同様にヘリオも不思議に思う。
これだけの上級冒険者が集まって、なお戦力不足だと言うのだろうか?
むしろ多すぎるとも思ったくらいなのに。
「う〜ん、正直これだけの冒険者がいれば〜、大丈夫だとは思いますけどね〜。ただギルド長さんも〜、かなり急いで冒険者を集めていたみたいですし〜、相当厄介な魔人が顕現しちゃったのは確かみたいですね〜」
それを聞いて、アメジストはますます首を傾ける。
「かなり強い魔人が現れたから、一緒に討伐してくれって話よね? 別に難しいことはないんじゃない? 不安があるとすれば、どこかの徒党と交戦するかもしれないって話くらいでしょ?」
しかしそれもこれだけの数の上級冒険者がいれば余裕で制圧が可能だ。
これ以上の戦力は不要だと思われる。
だというのにラストとダイヤまで参加するのは、いくらなんでも過剰ではないだろうか。
「あのお二人がいたらもっと安心だったのにな〜、という話ですよ〜」
「それは、まあ……」
その通りかもしれない。
安全に確実に今回の作戦を成功させるなら、確かに人手はいくらあっても過剰ということにはならない。
どうやら討伐作戦の報酬も、皆が一定額をもらえるらしいし、活躍の程度によって追加報酬も支払われる。
報酬が山分けでないのだとしたら、少しでも作戦成功の確率を上げるために人員は増やした方がいいだろう。
それに……
「まあ、勇者がやられたって話だからな。戦力を増やして用心するに越したことはねえだろ」
ヘリオは聞いたばかりの話を持ち出し、チャームの意見に賛同した。
今回の討伐作戦の中心に、勇者パーティーの賢者サファイアと聖女エメラルドがいる。
そもそも凶悪な魔人が出現したと報告をしたのがその二人らしく、すでに勇者がやられてしまったと言っているようだ。
もしそれらの話が事実ならば、さらに戦力を増やした方が良い。
いやむしろ、それでもまったく足りないかもしれない。
「でも、本当のことなのかしらね? まだ神器を授かってない魔人が、あの勇者パールティを倒したなんて」
「実際にその魔人を見てみねえと何もわかんねえだろ。ただ、もしそれが事実なら、討伐作戦どころの話じゃねえ」
“世界的な危機”に直面している状況だと、ヘリオはそう言いたげに顔をしかめた。
神器無しで勇者を上回る魔人。
まだ成長する余地が残されている脅威。
まさに早急な討伐が望まれる存在だ。
「魔王の再来〜、とか言っている人たちもいるみたいですからね〜。みんなの活躍次第で〜、もしかしたら世界が滅亡してしまうかもしれませんよ〜」
「……縁起でもないこと言わないでよね」
でも、もし本当に今回の討伐作戦に失敗したとしたら。
多くの上級冒険者を失い、その上凶悪な魔人の手に神器まで渡ってしまうことになる。
世界の滅亡。大袈裟な話なんかでは決してないと、ヘリオとアメジストは密かに背筋を震わせた。
「大丈夫だよアメ! 私たちなら絶対に勝てるから!」
「それにアメ、ものすごく強くなったじゃん! そこら辺にいる魔人なんて、もう相手にならないよ!」
「……それもそうね」
仲間の不安を悟ってか、スピネル・ラピス姉妹はアメジストを励ました。
それを横目にしてから、ヘリオは目を閉じて、今度こそ会話を終わらせた。
――――――――
鬱蒼とした森林の奥深く。
重い足を引き摺るように動かしながら、僕は少しずつ前に進んでいく。
やがて前方に拓けた空間と、ベンチ代わりにちょうど良さそうな切り株があるのが見えてきた。
ダメだ。まだだ。もう少しだけ進んでから……
そうは思っても、僕の足は自然とその切り株の方に吸い寄せられていった。
そして……
「あぁ〜、疲れたぁ〜!」
僕はもはや倒れ込むようにして、切り株の上にドサッと座り込んだ。
その情けない姿を後ろから見ていたパーティーメンバーの銀髪少女は、呆れた顔を浮かべている。
……と思いきや、彼女も僕と同じく疲弊しているのか、こちらに倣うようにして隣に腰掛けてきた。
最後には『ふぅ〜』と疲れ切った吐息をこぼしている。
「……疲れてたなら遠慮なく言ってくれてよかったのに」
「いや、その、先に音を上げるのはなんだか申し訳ないと思いまして」
「あっ、僕も同じ」
どうやらダイヤもまったく同じことを考えていたみたいだ。
僕とダイヤは今、とある危険域を目指して森を歩いている。
その場所がかなり辺境の地であるため、馬車を利用できずに自らの足で向かうしかなかった。
まあ歩きでの旅は慣れたものだし、特に問題はないと思ったんだけど……
「さすがにグリンダの町からはかなり遠いね。モルガナイトから情報を引き出せたのはよかったんだけどさ……」
「まあ、本来でしたら馬車を乗り継いで行くべき距離ですからね」
グリンダの町にて『神器盗難』の事件を解決した後。
事件の首謀者である背教者のモルガナイトから情報を引き出し、裏で手引きしていた魔人の存在を確認した。
そしてそいつの居場所を吐かせることができたので、僕とダイヤは『邪神の祭壇』も目当てにその場所に向かうことにしたんだけど……
「もしかして、僕たちにやられた腹いせに、テキトーに“遠い危険域”の名前を言っただけなんじゃ……」
「だとしたら、人をおちょくる天才ですね」
でもまあ、その可能性はさすがにないかな。
尋問したのは腕利きの人だって言っていたし、自白を強要できる神器の力とかもたぶんあるだろうから。
それってもはや自白でもなんでもない気がするけど。
「それよりも、本当に私たちだけで行ってしまってよかったんですか?」
「えっ?」
「情報によれば、神器窃盗を裏で手引きしていた魔人は、一徒党の頭領という話ですし、もしかしたらその徒党とぶつかることになるんじゃ……」
ダイヤの懸念を聞いて、僕は「あぁ」と納得の声を漏らす。
グリンダの町で横行していた『神器盗難』の事件は、モルガナイトが率いる背教者集団が引き起こしたものだ。
しかし実際はその裏に、事件そのものを考案し、背教者たちを動かしていた魔人がいる。
そいつはどうやら徒党の頭をやっているらしい。
今からそいつの隠れ家がある危険域に行くということは、当然徒党と交戦する可能性は高いというわけだ。
「……って言ってもさ、神器盗難の事件のせいで、グリンダの町の冒険者の大半は、神器を失くしちゃってる状態でしょ。万全の状態で動けるパーティーなんて、僕たちくらいしかいなかったから」
助太刀をお願いしようにもできない状況になっているのだ。
それに……
「一度ギルド本部があるクリアランドまで戻るっていう手もあったけど、それはモルガナイトから得た情報が正しいものかどうか、僕たちが確かめてからでもいいかなって思って」
「まあ、下手に急ぐ理由もありませんからね。もし偽の情報だったとしても、踊らされるのが私たちだけで済みますし」
「うん、そうそう。それに、僕たちだけで制圧できそうなら、それが一番話が早いからね」
徒党と交戦したとしても、僕たちだけで勝てそうなら助っ人は不要なのだ。
それに俗物的な話になるけど、情報が本物で僕たちだけで徒党を制圧できたら、周辺にある邪神の祭壇を独り占めにできる。
そんな柄にもないことを考えていると、隣に腰掛けているダイヤが不思議そうな表情で僕の顔を覗き込んできた。
「なんだかラストさん、少しだけ気持ちが強くなったように見えますね」
「気持ち?」
どういうこと?
元々は気持ちが弱そうだったということだろうか?
「以前に比べて自信に満ちていると言いますか……」
「あっ、そういうことね。うん、まあ、それは確かにあるかも。今は不思議とどんな強敵とも戦えそうっていうか、負ける気があんまりしないんだよね」
これまた柄にもなく、大きな台詞を口に出してしまった。
負ける気がしない。
少し前までの僕なら、こんな気持ちになることなんて絶対になかっただろうな。
でも今は……
「冒険譚の中の本物の英雄に褒めてもらったら、嫌でも自信なんて付いちゃうよ」
「そういえば、英雄スフェーンさんに褒めてもらって、とても嬉しそうにしてましたもんね」
神器盗難の事件に巻き込まれて、モルガナイトに操られていた英雄スフェーン。
冒険譚にも綴られているような英雄を助けて、とても嬉しい言葉を掛けてもらったばかりだ。
『君はきっと、英雄になれる』
それが僕の自信になっている。
今ならなんでもできそうって思ってしまっている。
「何より僕の隣にはいつも、絶対無敵の守護神がいるんだから、全然不安なんてないよ。頼りにしてるからね」
「へ、変な方向に自信を付けないでもらえませんかね」
ダイヤが苦笑を浮かべるのを見て、僕は思わず頬を緩めてしまった。
僕も強くなっているし、もちろんダイヤも強くなっている。
魔人の徒党と交戦した経験は少ないけれど、今の僕たちならたぶん大丈夫なんじゃないかな。
新しい技も試してみたいし。
「よしっ、休憩して体力も回復したことだし、そろそろ先に進もうか。目指せ、えぇ〜と……」
景気良く掛け声を上げようとしたのだけれど、つい目的地の名前をド忘れしてしまった。
するとそんな僕を見兼ねて、ダイヤは今度こそ呆れた顔を浮かべながら、代わりに言葉を繋いでくれた。
「銀星遺跡ですよ、ラストさん」
神器窃盗の事件を首謀していたモルガナイトから、裏で手引きしていた魔人の情報を得ることができた。
魔人の名前はチャロ。
そしてそいつが率いているチャロ・レギオンの隠れ家が、とある危険域にあるらしい。
その危険域の名は……銀星遺跡。




