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第百十話 「散らばる宝石」

 

 一人の魔人が神器を授かったら、人類が滅亡するかもしれない。

 改めてそのことがわかり、ルビィたちは思わず息を飲む。

 その時、不意にサファイアがハッと目を見開いた。


「神器……祝福の儀……祭壇……まさか、ギルド長が『祭壇破壊』の依頼を寄越したのは、あの魔人が理由だったの?」


「どういうことサファイア?」


 なぜ今になって祭壇破壊の依頼が話に出てくるのだろう?

 あの怪物のような魔人と、自分たちが引き受けている『祭壇破壊』の依頼に何か関係があるのだろうか。


「祭壇破壊の依頼って、魔族の出現率の低下と、魔人の神器修復を阻止するのが狙いじゃなかったっけ?」


「あくまでそれは表向きの理由。本当の狙いはおそらく『祝福の儀』よ」


「祝福の儀?」


 ピンと来ていないルビィに、サファイアはなるべく丁寧に伝えた。


「魔人も人間と同じで、十二年間生きることで天上の神と対話できるようになって、神器を授けてもらえるでしょ。でもその対話をするためにはそれに適した設備……儀式を受けるための『祭壇』が必要なのよ」


「……もしかして、『邪神の祭壇がなくなれば魔人は儀式を受けられない』っていう理由で、私たちに祭壇破壊の依頼を渡してきたって言いたいの?」


 サファイアは大きく頷き返す。


「可能性は充分あるわよ。ギルド長はあの魔人の存在を知って、あるいは勘づいて、祝福の儀を受けさせないために『祭壇破壊』の依頼を上級冒険者たちに託しているんだわ」


 今一度そう言われると、確かにそんな気がしてくる。

 思えば依頼の報酬も破格の値段が付けられていた。

 祭壇を一つ壊せば100万キラ。

 しかも五つ壊すことで特別昇級のおまけまで付いてくる。

 魔族の出現率の低下と神器修復の阻害だけが目的なら、こんな好条件を出してくるはずがない。

 という違和感を、あの妖精魔人と繋ぎ合わせることでようやく拭えたような気がする。

 ただそうなると、また新たな疑問が泡のように浮かんできた。


「だとしたらさ、どうしてギルド長さんはあの魔人の存在を隠してるんだろう? あらかじめ伝えておいてくれたら、まだ少しはマシな対応ができたと思うのに」


「おそらくだけど、ギルド長もあの魔人の存在を確信していなかったんじゃないかしら? 実際に目にした冒険者から話を聞いただけとかで、無駄な混乱が起きるのを防ぐためにあえて情報を伏せていたとか」


 その可能性なら充分にあり得る。

 ギルド長――ギベオン・シガレットは、基本的に自ら動くことのない人物だ。

 動けないと言った方が正しいかもしれないが、ともあれ彼が自分の目で魔人を見る機会はなかったと思う。

 だから人伝で聞いた。恐ろしく強い魔人がいたと。そいつはまだ神器すら授かっていないと。

 ゆえに彼が取った選択肢は、情報を伏せたまま祭壇破壊の依頼を託すこと。


「魔族の出現率の低下を主眼に、祭壇破壊の依頼を上級冒険者に託して、結果的にあの魔人の祝福の儀も阻止できればいいって考えだったのかもしれないわね」


 無駄にあの魔人の存在を広めてしまえば、色々な混乱が起きてしまうことは明白だ。

 なら自分が倒して英雄になってやる、なんて輩も現れて、下手に犠牲者を増やしていたかもしれない。

 だから秘密裏にあの魔人の祝福の儀を阻止しようとしたわけだ。

 まあ、結果的にそれは、実質無意味だったわけだが。

 あの魔人は神器がなくても、すでに圧倒的な存在だったのだから。


「そそ、それで結局、私たちは何をどうすればいいんですか?」


 エメラルドが今にも泣き出しそうな顔でそう言うと、サファイアは頭を抱えながら考え込んだ。


「まずは情報の共有と現状の報告かしらね。そのためにギルド本部に戻る必要がある。本当なら奴らの動向を常に監視していたいところなんだけど……」


 あの魔人がいつ神器を授かるかはまったくわからない。

 数ヶ月後か数週間後か、あるいは数日中に祝福の儀を受ける可能性だってある。

 その時期の特定をするためにも、奴らの動向を監視して情報を集めたいところだ。

 それにあいつらがずっとあの場所にいるとは考えにくいので、行方を追うという意味でも監視をつけたい。


「まあ、この人員だけだと難しいと思うから、とりあえず私たちは素直にギルド本部に戻り……」


 というサファイアの台詞を、不意にルビィが遮った。


「その監視役、私にやらせてもらえないかな?」


「えっ?」


「今ならまだあいつらの足取りは充分に追えるし、完全に姿を消される前に少しでも情報を集めたい。それに機会があればチャロの神器を破壊して、パールティの石化を解くこともできるかもしれないから……」


 極めて危ない提案だとサファイアは思った。


「一人でなんて、いくらなんでも無茶すぎるわよ。一度奴らから目を離すことになるのは確かに歯痒いけど、ここは素直に全員でギルド本部に帰還するのが……」


「お願いサファイア、私にやらせてほしいの。あの魔人が現れた時、私だけ何もできてなかったから。それにパールティがこうなったのは、私のせいでもあるし……」


 ベッドに横たわるパールティの石像を見て胸を痛める。

 彼女に庇われた場面が脳裏にこびり付いて離れない。

 自分がもっとしっかりしていれば、こんなことにはなっていなかったのだ。

 あの無力感はもう二度と味わいたくない。


「あなたは何も悪くないじゃない。強いて言うなら私たち全員の責任よ」


「それでも私は私を許せないの。だからお願い。私に奴らの偵察をやらせて。もちろん無茶はしないし、危ないと思ったらすぐに逃げるから」


 ルビィもパールティほどではないにしろ、神器から莫大な恩恵を与えられてかなりの俊敏性を有している。

 容易く捕まってしまうことはないだろう。

 それでも向こうには今、あの規格外の魔人がいる。

 何が起こるかはまるで想像ができない。

 サファイアはしばし思い悩み、やがて意を決したように【賢者の魔本】を開いた。

 そして懐から一枚の紙を取り出す。


「【傀儡(マリオネット)】」


 サファイアがそう唱えると、取り出した紙に彼女の魔力が流れ込んだ。

 すると用紙はひとりでに、折り紙の要領でパタパタと折り畳まれていく。

 やがてそれは鳥の形をした作品となり、ルビィの肩にちょこんと乗った。

 物に魔力を込めて傀儡と化し、単純な命令を聞かせることができる魔法だ。

 傀儡にはサファイアの魔力が流れているため、魔族を攻撃して傷を付けることもできる。

 しかしその攻撃力は微弱で、サファイアはこの魔法を戦闘ではなくそれ以外の用途で使うことが多い。


「本当ならこの魔法で追跡できれば一番よかったんだけど、そこまで複雑な命令は聞いてくれないのよね」


 サファイアは続けて紙鳥を二体作ると、計三体の傀儡をルビィの肩に乗せた。


「奴らの活動拠点がわかったら、その紙に居場所を書きなさい。それ以外にも何か不祥事があったらどんなことでも知らせて。文字が記されたら私の所に飛んでくるようになっているから」


「サファイア……」


「私たちがギルド本部に戻って、腕利きの冒険者たちを募って、出発の準備が整うのがおそらく五日後になると思うから、それまでにどこにいるのか情報をくれたら、みんなでそこに向かうわ」


「うん、わかった。我儘聞いてくれてありがとね」


 ルビィは壁に立てかけていた【炎龍の大剣】を手に取り、さっそく魔人たちの偵察に向かおうとした。

 そんな彼女のことをせっかちだと思いながら、サファイアはその背中に声を掛ける。


「でも、一つだけ約束して。本当に無茶だけはしないこと。それと、目の前で何が起きても、一人で飛び出すような真似は絶対にしないこと」


「何が、起きても……?」


 真っ直ぐな眼差しと共に送られたその台詞に、ルビィは首を傾げた。

 サファイアが何を危惧してそんな言葉を掛けてくれたのか、いまいちよくわからない。

 しかし自分としても無茶だけは絶対にするまいと心に誓っていたので、当然だと言わんばかりに頷き返した。


「大丈夫。本当に奴らの様子を窺うだけだから。絶対に無理はしないよ。ちなみにこれでも子供の頃は、かくれんぼとか超得意だったんだからね」


「……今も充分子供じゃない」


 サファイアはクスッと笑い、釣られてルビィとエメラルドも頬を緩めた。

 その後ルビィは、宿屋を飛び出してチャロ・レギオンを探しに向かう。

 目的は、奴らの動向を探ることと、活動拠点を見つけること。

 そして隙を見つけてチャロの神器を破壊し、パールティの石化を解除する。

 ……とは言ったものの、さすがにそんなに甘くは行かないだろう。

 だから自分にできることを最低限真っ当し、安全第一に立ち回るようにするのだ。

 

 慎重な思いを胸に、ルビィは単独でチャロ・レギオンの動きを探ることになった。




――――――――




「ルビィちゃん、本当に一人で大丈夫でしょうか?」


 ギルド本部に向かう道すがら。

 馬車に揺られながら、エメラルドが不安そうに呟いた。

 その隣で窓の外をぼんやりと眺めていたサファイアは、エメラルドの不安げな横顔を一瞥する。


「あれだけ念を押しておいたし、平気だとは思うけどね。それにあの子、割となんでもこなせる方だし、お調子者に見えてどこか冷静な部分があるから」


 まだまだ子供っぽい面が多く見えるけれど、意外にしっかりした心も持っている。

 だから大丈夫だろう。とは言ったものの、サファイアも心根では不安に思っていた。

 けれどまあ……


「何より、あんなに恐ろしい魔人と対峙したばかりなのよ。無茶しようと思っても体が言うことを聞いてくれるとは思えないわ」


 そうであってほしいと言わんばかりに、サファイアは自分に言い聞かせるように呟いた。

 ルビィはいつも落ち着いているし高い判断力も持っている。

 それでもなぜか言い知れぬ胸騒ぎがする。

 この胸騒ぎを抑えるためにも、こちらも早めに行動するしかない。


「とにかく私たちは一刻も早くあの魔人の存在を伝えて、討伐隊を結成するように働きかけましょう」


「はは、はい!」


 サファイアとエメラルドは馬車に揺られながら、ギルド本部を構える町――クリアランドへと向かった。

 そして到着したのは、ルビィと別れてから一日後のことだった。

 まずは石化したパールティをパーティーホームに連れて行く。

 何かの拍子に壊れてしまったら大惨事になるので、一番安全なパーティーホームに置いておくのがベストだと考えた。

 その後、サファイアとエメラルドはギルド本部へと向かう。

 途中、周囲の冒険者たちから視線を浴び、所々から呟きが聞こえてきた。


「お、おい、あれ見てみろよ……」


「勇者パーティーの賢者と聖女じゃねえか」


「クリアランドに戻ってきたのか」


 おそらく周りの冒険者たちは、勇者パーティーが任務を終えて町に帰ってきたのだと思っていることだろう。

 しかし実際は恐ろしい魔人を前にして逃げ帰ってきただけなので、居心地悪い気分になる。

 そんな彼らの視線から逃げるように、足早になってギルド本部を目指した。

 やがて目的地に辿り着くと、慣れた足取りでギルド長の部屋に向かう。

 そして三階のギルド長室の前まで来ると、急く気持ちがあらわれたかのように少し強めに扉を叩いた。


「勇者パーティーのサファイア・グリモワールです! ギルド長ギベオン・シガレット殿にお話があって参りました!」


 そう言うと、すぐに扉が開かれた。

 扉を開けてくれたのは背の高い女性だった。

 キリッとした目元とピンク色の長髪。

 “家政婦”にも似た格好をしていて、右手には不釣り合いな“赤色の鎖”が巻かれている。

 ギルド長ギベオン・シガレットの側近、パパラチア・チェインだ。


「サファイア様とエメラルド様ですか。どうぞこちらへ」


 パパラチアに招かれて中に入ると、まず先に“執務室”のような景色が目に飛び込んできた。

 すっかり見慣れたギルド長の部屋である。

 そしてその中で、灰色の毛髪と口髭を蓄えた初老が、義足で床を踏みしめて立っていた。

 相変わらず立場に似合っていない、薄手の白シャツ一枚と無地の青ズボン。

 若者らしいラフな格好かと思えば、髭を蓄えた口元には貫禄を感じさせる太い葉巻を咥えている。

 ギベオンは部屋に入ってきたサファイアとエメラルドに目を向けると、思わずといった感じで苦笑を漏らした。


「その顔を見るに、どうやら“悪い噂”は本当だったらしいな」


 悪い噂。

 それがあの恐ろしい魔人のことを意味しているとわかり、サファイアは思わず唇を噛んだ。

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[一言] 連絡係は一人でよくね? 追跡こそ最低二人でやるべきでは?
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