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第92話 遠ざかっていた

 岸本さんには、ああ言ったけど……いつもの上原だったら、直ぐに返信がくるし……ライブ前後には必ずって言っていい程、連絡を取り合ってた。

 石沢から連絡が来て、ワールドツアーの最終日には連絡が取れたらしいけど……俺と拓真とは、音信不通のままだ。

 だからって、そんなに気にしていなかった。

 彼女なら大丈夫だって思い込んで、俺はいつだって自分の事で手一杯で……

 「……拓真、もう一回な?」

 「了解、通すだろ?」

 「あぁー」

 ゴクゴクとペットボトルを空にして、セットリストを頭から繰り返した。

 どれだけ練習しても、足りない気がした。

 どれだけ費やしても、届かないのは分かってる。

 ーーーー今に始まった事じゃない。

 「今日は、収録だったよなー?」

 「あぁー、そろそろ行くか」

 「だなー……楽しもうな?」

 「あぁー、そうだな……」

 そうだ……楽しい時間にしたい。

 どんなに短い時間だって、やるからには全力だ。

 それくらいの勢いが無いと、リスナーには届かない。

 大きく伸びをした潤は、ギターをケースに入れ、軽い足取りでスタジオへ向かった。


 相変わらず、本番前はそれなりに緊張はあるけど……楽しみの方が大きい。

 ここ最近は、それが特に強い。

 miyaにはなれないけど、この先も残るような曲を作りたい。

 あの酒みたいに……何年経っても残り続けられるかは、今の俺達次第だ。

 隣にいる拓真の声が響いて聴こえる。

 大きく変わった所はないけど……俺だけには分かる。

 きっと……ボイトレの、基礎練の成果だ。

 あーーーー、やっぱめられないよな。

 観客の前で披露する時は、それなりに緊張が増すけどさ。

 楽しいんだ……見てくれてるって、勝手に信じてる。

 届いてくれ……出来るなら、上原に聴いて欲しい。

 俺は……エンドレが此処まで来れたのは、water(s)のおかげだって……本気でそう思ってるんだ。

 二人の織りなす絶妙なハーモニーに、拍手が響いていた。

 

 楽屋に戻ると、手早く私服に着替えていた。

 そういえば……突っ伏す事も減ったよな。

 生とか……特番的なやつは、また別だけど……このくらいは、出来るようになった。

 そう考えると、俺の心臓もだいぶ強くなったよな。

 「拓真、お疲れ!」

 「お疲れーー!!」

 潤の差し出した手と勢いよく合わさり、心地良い音がした。

 「……潤、上手くなったよなー」

 「……マジ?」

 「マジ」

 「それ言うなら、拓真だってそうじゃん」

 「マジ?」

 珍しく互いに褒め合っていた。

 俺達の目で見て分かるくらいには、成長出来てるって事だ。

 自分の音は分かりにくいけど……拓真の音なら、一発で分かる。

 最初の頃よりも、ストレートに届くみたいな感じで、ただ上手いだけじゃなくて……俺の語彙力がもっとあれば、上手い言葉があるんだろうけど……耳心地が良くなってる気がするんだ。

 「腹減ったなー」

 「あぁー、ラーメンにするか?」

 「賛成ー、増し増しにするかなー」

 「明日オフだしな。ニンニク多めだろ?」

 「そうそう、ナリさん達も行くかな?」

 「あーー、誘ってみるか?」

 「あぁー!」

 すぐに連絡を取り合うと、ラーメン屋に四人が揃っていた。

 潤と拓真の向かいの席には、バックバンドのメンバーの二人がザーサイをビールのつまみにしながら、ラーメンの出来上がりを待っている。

 「ナリさん、ツジさん、今日もありがとうございました」

 「お疲れさまー、本当に上手くなったよなー」

 「そうですか?」

 「あぁー、自覚ないのか? バックで演ってると余裕があるのが、よく分かるぞ?」

 「そうですね……最初の頃よりは、音が聴けるようになったとは思いますけどー……」

 「あぁー……まだ、まだですね」

 「そういう所、本当似てるよなー」

 疑問に思った表情が顔に出ていたのだろう。成田は微笑んでいた。

 「……歌姫にだよ」

 「えっ?」

 「こういう仕事してるとさ。音が違うって奴に、出会う事あるだろ?」

 「はい……」

 「いつか焼肉屋で一緒の席になった時、聞いてみたんだよな」

 「そうそう、あんまり気さくに応えてくれるから、馬鹿な質問もしたよなー」

 俺もmiyaと話すのに夢中になってたっけ……。

 そういえば……ミヤ先輩も、話を聞いてくれる人だった。

 緊張して上手く話せない俺に、優しく笑いかけてくれる人だった……

 「彼女も常に上を目指していたなー」

 「上ですか?」

 「あぁー、そうしないと置いていかれるってさ」

 「らしいですね……」

 「らしいか……確かに、音にも出てるよな」

 「それは分かります。澄んでるんですよね」

 「そうそう」

 ナリさん達は、そんなに本人達と話した事ないみたいなのに、これだけ好印象って……そんな奴も珍しいよな。

 上か……常にトップを走り続けてるみたいなのに、それでも上を目指してるのか……

 「……追いつけない筈だな」

 心の声が飛び出たのかと思った。

 そう思っていたが、声に出したのは拓真だ。二人の考える事は同じようだ。

 顔を見合わせて笑い合う二人に、成田達も微笑んでいた。

 「エンドレの音も良いよな」

 「ーーーーありがとうございます……」

 そう一言伝える事も出来ず、潤は小さく頷いていた。

 「ライブ、楽しみだなー」

 「はい!!」

 勢いよく揃って応えた二人は、また顔を見合わせていた。

 この想いだけは変わらないんだ。

 ずっと……これからも続いて行くんだ。

 「また改めて、決起集会はするとしてーー」

 拓真の視線で察したのだろう。潤が誘っていた。

 「もう一軒……行かない?」


 二人の提案通り、四人はバーのカウンター席に並んで座っていた。

 「ここが噂のバーか……」

 「場所、分かりにくいですもんね」

 「そうそう」

 ついこの間、岸本さんと飲んだバーに来たのは、ツアーが始まったら行けなくなるからだ。

 俺達だけじゃなくて、ナリさん達もツアー中は禁酒する事が多いらしい。

 「贅沢な酒だなー」

 「はい……そう思います」

 ファンなら尚更だ。

 俺達が飲んでる酒は、あのmiyaが送ってくれたものだ。

 あぁー……会いたいな……。

 高校卒業の時だって、そんな風に思った事なかったのに……会いたいんだ。

 会えないから余計にとかじゃなくて、ただ……もう一度、会いたいんだ。

 会ったって、まともに話が出来るとは思えないけど……

 「マスター、どんな人でしたか?」

 「そうだね……楽しそうに、音楽の話をする人だったかな……一度だけ、オープン前に双子ちゃんを連れてきてくれた事もあったよ」

 「良いなー、見たかった」 

 「二人とも会った事あるのか?」

 「最近だと友人の結婚式の時に見たくらいですね」

 「楽屋挨拶した時とかにも見た事もあるけど、可愛かったなー」

 「あぁー、miyaが自慢してたよな?」

 「そうだったなー、可愛くて仕方がないって感じでさー」

 一つ残らず覚えてるんじゃないか? ってくらい、些細な事でも覚えてる。

 それだけ印象に残ってて……それだけ嬉しかったんだ。

 何だかしんみりして泣きそうにならないように、またライブの話をしていた。

 「今度は全員揃っていらして下さいね」

 「はい!!」

 マスターの温かな言葉に勢いよく応え、グラスにはまた違う飲み物が注がれていく。

 勿体なくて……やっぱ、飲めないや。

 永久保存版にでもするのだろう。殆んど減っていないボトルのタグへ視線を移していた。

 夢じゃないって分かってはいるけど……夢のようだって、何度でも感じて……

 「エンドレも五周年かー」

 「ツジさん、しみじみとどうしたんですか?」

 「頑張ったなー」

 「ーーーーありがとうございます……」

 やばい……また泣きそうだ。

 ーーーー報われた気がした。

 繰り返してきた日々が、確かに報われたと感じたのだろう。二人は顔を見合わせると、拳を寄せ合っていた。

 この間みたく酔っ払ってはいないけど、楽しかったな……。

 未だに敬語に戻る事は多いけど、何気なく誘う事も出来る仲になれたんだ。

 最初のツアーよりも、良いライブになるって予感がした。

 いや……そういうツアーにしなきゃだよな……

 「…………拓真、ありがとな」

 「何だよ急に……それに、それはこっちの台詞だって!」

 ドンっと勢いよく背中を押され、酔いが覚めそうになりながら、始発が動き出すのを見送っていた。

 



 「ーーーーえっ?」

 携帯電話に届いた速報に、拓真が声を漏らしている。

 「……嘘だろ?」

 数日前に十三周年のライブを終えたばかりの彼等を生で見る事は出来なかったが、その盛況ぶりは大々的に報じられていた。二人のように音楽好きでなくても、一度くらいは耳にした事がある筈だ。

 「ーーーーっ、潤! 潤!!」

 昨夜というより、今朝方の酒が残っているのだろう。いつもよりも遅く起きてきた潤は、拓真の悲痛な叫び声に近い声色で、目を覚ました。

 「えっ?! 解散?!」

 「いや、解散じゃなくて! 無期限の活動休止だって! そのニュースで持ちきりだぞ?!」

 潤が慌ててテレビをつけると、昼のワイドショーは拓真の言う通り、water(s)の衝撃的なニュースで持ちきりだった。

 「ーーーーっ!!」

 張り裂けそうな想いが潤を襲ったが、口にする事は出来ずにいた。彼の目の前で流れていくニュースは、彼等の事を報道する度に、心に残るような音色を残している。

 「…………いつまで?」

 「潤……。それは、未定らしい……岸本さんが確認してくれたから、確かな情報だって……」

 「そうか……」

 「ーーーーここだけの話……hana、倒れたらしいぞ?」

 「えっ?」

 「岸本さんの話だとな……無理してたからって……」

 「ーーーー全然……気づかなかった……」

 「俺も……そんな風に見えなかったよな……」

 彼等は、ワールドツアーの最終日に見たwater(s)の姿を思い浮かべていた。あの時の彼女の歌声が体調不良の中、歌っていたものだとは思えなかった。彼等が感動し、思わず泣いてしまうほどの音色だったからだ。

 「……water(s)が無期限の活動休止って事は、hanaは当面の間……歌わないって事か?」

 「そうだろうな。体調不良なら、ソロで歌うとは思えないし……」

 「ーー……そう……か…………」

 阿部の結婚式の時に見た二人の姿が、彼の胸に残っているのだろう。報道と共に流れる曲に、何故か涙が零れていた。

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