第36話 叶わぬ願いはないと
久々に岩田と千葉に再会して、エンドレのライブがある事は告知しておいた。
拓真がいなかったら、きっと伝えられなかったと思う。
直接なんて照れくさいし、口にするのは苦手だ。
それに課題は山積みだ。
一時間もあるライブの間、弾き続けなくちゃいけない。
勿論、譜面台があったっていいんだけど、置きたくないから、二人して暗譜中だ。
しかも、ただの暗譜じゃなくて、歌詞も飛ばないようにしないといけない。
そう思うと、上原は凄いよな…………たまにテレビで歌詞が飛ぶミュージシャンがいるけど、そんなの一度も見た事ないし、五人の音が合わなかった事もない。
練習の成果と言われればそれまでだけど、俺には難しい事ばかりだ。
音を合わせる事自体、そんな簡単なモノじゃない。
ライブまで三ヶ月を切ったのに、まだ曲のセレクトをしている。
大体は決まってるんだけど、アンコールもやりたいから……盛り上がるようなセットリストを考案中だ。
「一回、聴いてみるか?」
「そうだなー」
録音した動画を再生して、調整を行なっていく。
この繰り返しだ。
何度も繰り返して、やっていくしかない。
さっきのより良さそうだけど、どうかな…………water(s)のライブはかなり見てきたと思う。
ある意味、学んでるつもりなんだけど、簡単には割り切れない。
惹きつけられて、ただ……ただ聴いてしまうから。
ーーーーーーーーこのままでも良さそうだけど……足りないよな…………出だしはアップテンポな曲で、観客を引き込むような曲順にしてある。
後半の失速感……十五分伸びただけでも、結構変わるよな……
「拓真、ラスト順番変えるか?」
「あぁー、そうだなー……ラスト三曲、もう一回いいか?」
「あぁー」
少し順番を並べ替えただけで、印象に差が出る。
俺達の音を少しでも楽しんで貰いたい。
そういうステージにしたいんだ。
いつもwater(s)のライブ後、歌いたくて仕方がなくなる気持ち。
駆け出したくて、叫びたくなって……いつだって、もっと聴いていたくなる。
ずっと……触れていたくなるような、そんな気持ちにさせられるんだ。
意見を出し合って、一つのモノに仕上げていく。
この過程はやっぱ楽しくて、顔がニヤけてしまうのが自分でも分かっていた。
曲順は決まって、その通りに暗譜中だ。
暗譜はストリートでやる為に以前から練習してるけど、今回はいつもとは違う。
単独ライブで、今までで最長の時間だし。
緊張感のある中、歌詞が飛ばないか……不安要素は拭えないままだ。
上原は……こんな時、どうしてるんだろうな…………
元々のポテンシャルの高さはあるだろうけど、いつも緊張するって言ってたから……どうやって、自分のモノにしているのか聞いてみたい。
答えはある意味分かってはいるけど、それでも確かめてみたいんだ。
練習室に響く二人の音色は、いつもと変わらずに響いていた。
暗譜は出来てる。
弾き語りで合わせられてるって自負はある。
でも、そういう事じゃないんだ…………ただ暗譜しただけでいいなら、誰だって出来る筈なんだ。
そんなの試験で散々やってきたし、音大生なら誰だって出来る。
そんな事じゃないんだ…………それくらいは分かってる。
でも出口の無い迷路に迷い込んだみたいに、上手くいかない。
ようやく掴んだチャンスなのに……
「拓真……今のところ、もう一回いい?」
「勿論!」
明るく応える拓真に、だいぶ救われてるよな。
一人だったら、また凹んでる所だ。
同じ曲を繰り返して、何度も反復練習をするしかない。
俺に出来る事は限られてる。
その中で、今の最大限を発揮したいって、思ってるんだけど……上辺だけなんだろうな…………いつもみたいに気分が晴れない。
きっと試験前みたく、多少ナーバスになってるんだろうけど、面倒くさいな俺!
溜息を堪えていると、代わりに拓真が声を上げていた。
「あーーーー! 緊張するな?」
「……だよな」
緊張しない時なんて無い。
いつだってseasonsに立つ時は、考えさせられてばっかだ。
俺達がやっていくには、どうしたらいいのかを。
「拓真、何か食べて帰らないか?」
「ラーメン」
「了解」
即答するとか、見習いたい所だ。
迷ってばかりの俺にとっては、先に就職を決めた拓真も凄いって思うし、感心させられる。
「潤、明日は練習なしにしてもいいか?」
「あぁー……もしかして、デートか?」
「まぁーな」
「いいに決まってるだろ? 堤さんが寂しがるんじゃない?」
「だよなー……」
「話くらい聞くけど?」
「んーー、ありがとな。そういうんじゃなくって、何て言うか……戸惑ってる? って、感じかなー」
「堤さんが、我儘言わないからか?」
「うっ……何で分かるんだよ!」
「拓真は分かりやすい方だからな」
笑い話になってるけど、本当に戸惑ってるのが分かった。
拓真は音楽中心に回ってるような奴だから…………彼女を優先させられなくて、別れる事が殆どって言ってたし。
それでも付き合うまでになったのは、拓真が想ってるからだよな…………阿部っちも大塚と付き合ってるし。
そう考えると俺の周りの奴は、ちゃんと口に出来る奴が多いんだなって思う。
今更、告げたりなんてしないけど……そうだな……次にそういう気持ちになった時は、ちゃんと伝えられる自分で在りたいとは思う。
「……良かったな」
「ん? あぁー、ありがとな……」
思わず口から出た言葉に、拓真はいつものように笑っていた。
良かったな……って、本当に思っていたんだ。
何だかんだ言っても……拓真は彼女の事が好きだったから。
好きじゃなかったら、そもそも連絡すら取り続けてなかっただろうし。
「じゃあ、お互い練習してくるって事で」
「あぁー、またな」
一人になると、いつものようにイヤホンを付けて、彼女の歌声に耳を傾けていた。
何度聴いても……心を掴まれたような気持ちになる。
何度もリピートして、メロディーはすっかり頭に入っているし、歌詞だってある程度は覚えてる。
思わず、口ずさんでしまいそうになる程に。
ーーーーーーーー鳴ってるんだ…………アルバムはある意味、曲順もライブと同じように組み立てるから、『勉強してる』って言えば聞こえはいいけど……本音はそんなの関係なくて、ただ聴いていたんだ。
自宅に帰ってからは音出し出来ないから、電子ピアノでいつもの練習と、今日録ったばかりの自分達の拙い音色にもっと練習しないと……って、突き動かされていた。
「んーーーー……」
大きく伸びをしていた。
拓真も同じような感じで、手を高く上げている。
授業が終わったばかりだ。
習うのは座学よりも実技の方が好きだって、改めて思う。
昨日も遅くまで練習してたから眠いし、授業中は必死に起きていたけど……
「潤、眠そうだなー」
「拓真に言われたくない」
二人して生あくびが出る中、カフェテリアにはいつものメンバーが集まっていた。
「ライブ、見にいくね」
「……ありがとう」
眠気が一気に飛んでいったみたいだ。
上原が見に来る?
社交辞令で言ってくれたのかも……とか思ったりしたけど、本当だったのか…………
嬉しそうにする彼女に、こっちまで頬が緩む。
「奏はライブやらないの?」
「私? 私は……毎年、三月に演ってるライブは来年もあるよ?」
「六周年だよな?」
「うん。樋口くん達は、よく見に来てくれてるよね」
「そこは、ファンだからなー」
「ありがとう……」
拓真の言葉に、彼女は嬉しそうに応えている。
あれだけの人を魅了しているのに、分かってないよな…………
毎年ライブが楽しみで仕方がないのは俺達の方で、聴く度に……また会いたくて、堪らなくなるんだ。
「エンドレはseasonsで演るんだろ?」
「あぁー、楽しみだよな?」
「勿論! まぁー、緊張感は半端ないだろうけどなー」
「ライブ、楽しそうだね。私も行きたい」
「森も来てよ。観客多いと上がるから」
「酒井っぽい。樋口が上がってるのは、想像つかないけど」
「そうか? 普通にテンション高いだろ?」
「あーー、潤は分かりにくいけどなー」
この八人で、こんな風に集まるのも……あと何回くらいあるんだろうな……
「上原はseasons行くの久々?」
「うん……久しぶりだから、楽しみ」
「奏もライブした事あるんだっけ?」
「うん」
「いつ頃立ってたんだ?」
「高校生の頃だよ」
「俺達が高二に上がる前だろ?」
「うん……樋口くん、よく分かったね」
「そこはファンだからな」
拓真みたく態と戯けて応えると、彼女はまた頬を緩ませていた。
「奏が出てた動画、SNSで見た事あるかもー。めっちゃ上手かったから覚えてる!」
「理花ちゃん、ありがとう」
そう……俺達が目指していたステージに、上原は十六歳の頃から立ってるんだ。
同級生に憧れを抱いたって、仕方がないだろ?
想い入れの強いライブハウスでの初めての単独ライブ、緊張しない要素は一つも無いけど……楽しみでもある自分がいる。
そんな憧れてた場所に、拓真と立てる事自体が、夢のように感じていた時もあったから。
出来る事が増える度、夢は大きくなっていったけど、変わらない想いもある。
叶うと信じて、進んでいくしかない。
掴みたい夢は、あの頃から何一つ変わっていないのだから。
携帯電話のスケジュールで、カウントダウンをしていた。
待ち焦がれたステージに立つ時が来たんだ。
「ーーーー楽しみだな……」
そう口にしたのは、楽しみたい想いが強かったからだ。
楽しむ事が出来る自分でありたいから。
「だな!」
手の合わさる良い音が響くと、ステージに向かっていく二人の姿があった。




