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第37話 不可能の壁を越えてゆけ

 ーーーーーーーー目の前の光景が、夢みたいだ……不可能って口にした事は無かったけど、何処かで感じていたんだ。

 夢は夢のままで、叶わないんじゃないかって…………今までで一番の拍手と歓声に、会場が埋まった動員数に……ひどく鳴ってる。

 SNSで反応があっても、友人が見に来てくれるって言っても、何処か夢見心地で……信じられてなかったんだと思う。

 今まで観客を気にする余裕が無い日の方が、圧倒的だった。

 拓真に言われて、来ていた事にようやく気づかされるくらいで、何も見えていなかったんだ。


 目の前に、飲み物を片手に聴いてくれている彼女がいた。


 上原だけじゃない、石沢や金子だって……いつものメンバーが見に来てくれてるって、ちゃんと分かってる……見えてるんだ。

 ちゃんと……聴いてくれてるのが分かる。

 何で分かるのか? って聞かれても、上手く応えられないけど……上原の瞳が、そう告げてるみたいで……


 あーー、ようやく此処まで来たんだな……って、実感していたんだ。

 泣きそうになるくらいに。

 実際に泣いたりはしてないけど……だって、本当に泣いたら、歌えないから……


 初めてアンコールに応えて立つステージでは、今までで一番の観客が響いていた。


 「エンドレー、頑張れー!」 

 「良かったぞー!」


 まさかのカウンター席に座ってる常連が、拍手に混じって送ってくれた。


 歓声っていうより、声援だな……


 拓真と顔を見合わせて、ありったけの想いを込めた。


 『ありがとうございました!!』


 心臓がバクバクしてるのが分かる。

 今更、手が震えてるし……


 「お疲れー!」


 勢いよく抱きつかれたけど、その顔を見て予感はしてたから踏ん張った。


 「お疲れ!」


 返せばハイタッチの音が、いつもよりも響いて聞こえた。


 ーーーーーーーー終わったのか…………周囲が見えるようになったとはいえ、夢中で……本当に無我夢中で、駆け抜けたような一時間だった。

 

 私服に着替えて会場に戻ると、春江さんはバーテンダーと話をしていた。


 少し緊張っていうか……だいぶ緊張してるな。

 まだ余韻が消えてないから……


 「……春江さん、ありがとうございました」

 「二人とも、お疲れさま」


 笑顔で応えてくれたから、思わずこっちまで頬が緩む。


 「……期待しているよ」

 『はい!!』


 二人揃って勢いよく応えた。

 その言葉に、この四年間が報われた気がした。

 プロがまだ遠い存在だって分かってるけど……それでも、此処まで来れたんだ……


 差し出された手を握り返す。


 ーーーー本当に……立ってたんだな…………


 誰もいないステージに視線を移した。


 さっきまで立っていた事すら夢みたいで……鳴り止まないんだ。


 「潤、飲みに行くだろ?」

 「あぁー」


 ギターケースを背負って、背後にあるライブ会場に視線を移した。


 「ーーーー此処で歌ってたんだな……」

 「そうだな……」


 本音を漏らした俺に、拓真はいつもの笑顔を向けた。


 「また、演るだろ?」

 「あぁー、勿論な」


 他の選択肢なんて最初から無い。

 る事しか頭になかったんだ。

 

 カフェテリアで集まる時のように、話が盛り上がるメンバーの中に二人は参加していた。


 いつもは二人で打ち上げだけど、こういうの……良いよな。

 音大生目線の意見が聞けそうだし、何より……上原が居るなら、それだけで良いんだけど……


 「あっ、お疲れさまー」

 「今日の主役じゃん!!」

 「お疲れー」

 「金子、出来上がってないか?!」

 「さっきからテンション高め」


 石沢は用があったみたいでいなかったから、七人での初の単独ライブお疲れさま会が始まった。


 今年も残すところ、あと数日。

 年が明けて四月になったら、別々の道を歩いて行くなんて……早いよな……


 俺の右隣に座っていた拓真は、ハイペースでビールを飲んでいたみたいで、珍しく酔っ払ってた。

 仲間に祝って貰える嬉しさと、ライブ後の高揚感のせいでもあるけど……身を乗り出すようにして、俺の左隣にいる彼女に話しかけていた。

 ただでさえ、若干緊張するのに……拓真の言動にもヒヤヒヤさせられる。


 「上原、飲んでるかー?」


 ほら、上原も戸惑ってるじゃん。

 こんな拓真、珍しいから……


 「うん……酒井もお酒、弱いの?」

 「空きっ腹に飲んだからかもな。いつもは、もう少しマシなんだけど……」


 テンション高めな金子も拓真も、皆に話かけながら飲んでるけど、絡み酒じゃ無いみたいだから、放置だな。

 拓真は上原だけじゃなくて、いろんな奴にライブの感想を求めてるけど、いつもよりテンションが高いくらいだ。

 何か……二人とも笑い上戸みたいだな。

 ここまで拓真が酔ってる所は初めて見た。

 それだけ、浮かれてるって事か……


 明らかに酔っ払っている二人を他所に、話は進んでいく。


 「seasons初めて行ったけど、面白いつくりだよな?」

 「思った。お酒も美味しかったし」

 「詩織のポイント、そこー?」

 「そこだよ。ライブハウスだと、美味しくなかったりするから」

 「オーナーの拘りが詰まってるからかもね」

 「また行きたい」

 「あぁー。また、ライブする時は知らせろよ?」

 「ありがとな。連絡するよ」

 「潤、またライブ演りたいよなー」

 「そうだな……上原もライブの後は、そうなのか?」


 左半分だけ緊張してるのには変わりないけど、せっかくだから話を振ってみた。

 上原はいつだって、真っ直ぐに返してくれるから。


 「ーーーーうん……すぐに演りたくなるよ」

 「三人ともタフだなー」

 「そうか?」

 「コンクールも苦手だったから、緊張に耐えられなそう」

 「コンクールは私も苦手だよ。独特の緊張感があるよね」

 「だよな。出来たら避けたい……」

 「分かる。プレッシャーも凄いし」

 「でも、何だかんだ言って、みんな出てたじゃん!」


 金子が応える辺、酔っ払ってても拓真と同じで、話はちゃんと聞いてるみたいだ。


 「それは、一応な」 「あぁー」

 「腕試し的な?」 「うん」


 コンクールは全員共通の認識みたいだ。

 毎回、緊張感との戦いらしいけど、音楽を続けていくなら避けては通れない道の筈だから。


 俺には分からない世界だけど…………結局……此処にいるメンバーは、ピアニストにはならないんだよな……


 「楽しい事、考えようぜ? 卒業旅行するんだろ?」

 「女子はねー、フランス旅行!」

 「良いじゃん! ヨーロッパ!」

 「楽しみだよねー」

 「上原も参加するんだろ? 平気なのか?」

 「うん! 楽しみだよ」

 「奏、そういう意味じゃないと思う」

 「えっ?」

 「本当、そういう所は天然だよなー」

 「ちょっ、酒井!」

 「事実だろ? 騒がれたりしたら、あれじゃん」

 「そんなのないよ。意外と気づかれないから」

 「えーーっ、上原が気づいてないだけじゃないか?」

 「私もそう思う」

 「詩織ちゃんまでー……本当だよ? この間だって、演奏するまで気づかれなかったよ?」

 「いつよ?」

 「えっと……メンバーの住んでるマンションに演奏スペースがあって、そこで知り合ったバンドメンバーに向けて披露したの。楽しかったよ」

 「何それ、羨ましい」 「いいなぁー」

 「いいなー! 俺も聴きたかった!」


 拓真はこういう時、ストレートだよな。

 正直、羨ましいっていうか……見習わなきゃな。

 上原、嬉しそうに笑ってるし……


 「ありがとう。そんな風に言って貰えると、みんな喜ぶよ」

 「メンバーと仲良いよねー、秘訣とかあるの?」

 「うーーん、特には……付き合いが長いからかな?」

 「三月で六周年だろ?」

 「うん……樋口くん、覚えてくれてるんだね。ありがとう」

 「樋口だけじゃなくて、みんな知ってると思うよ?」

 「詩織の言う通りだよー」

 「ーーーーありがとう……」


 頬を染めながら応える彼女は、ステージとは別人のような表情を浮かべていた。


 あーー、反則的だな…………いつだって歌姫で、hanaである事に変わりはないんだけど、こういうちょっとした仕草にやられる。

 想いが膨らんでいくんだ。


 「乾杯しないかー?」

 「またかよー」

 「はい、乾杯!」


 何度目かになるか分からないけど、グラスの良い音が響いていた。


 「みんな、就職決まったんだろ?」

 「あぁー」 「まぁーな」

 「上原はwater(s)で活動していくんだろ?」

 「ソロはやんないのか?」

 「やらないよ」

 「即答かよー」

 「だって、メンバーの音があっての私だもん。一人でなんて無理」

 「奏らしいよね」

 「だなー」


 即答出来る程、メンバーを信頼してるし、water(s)の音楽が好きだって事だよな。

 本音を言えば、上原のソロ活動とか見てみたいけど……ピアニストの道は、選ばなかったんだな。

 この面子の中で、一番近かった上原がならないのはバンドがあるからだって分かるけど……それでも、少し見てみたかったとか思う。

 勿論water(s)である事が大前提なんだけど、期待せずにはいられない。

 それくらい、優れた奏者だって事だ。

 ここにいる面子は、同じ専攻だから……それが痛いくらいによく分かってる。

 試験の度、音を聴く度に感じてきたのは、俺だけじゃない筈だから……


 「あーー、歌いたい」


 思わず口にした拓真の本音は、俺の気持ちを代弁してるみたいだ。


 「カラオケ、行くー?」

 「理花、いいじゃん! みんな、行けるか?」


 阿部っちカップルの提案で居酒屋を出ると、七人揃ってカラオケ店に来ていた。


 ーーーーやばい……鳴ってる…………

 期待せずにはいられないだろ?

 隣に座る上原が歌う所を、こんな近距離で見れる機会なんて……


 「奏ーー、あのCMの曲、聴きたいなぁ」


 さすが大塚……もう曲入れてるし、マイクも渡してる。


 「……理花ちゃんも歌ってね?」

 「奏の歌が聴きたいなぁー」

 「もう……」


 酔っ払いの絡み酒っぽいけど、大塚に感謝だな。

 座ったまま声を出した彼女は、マイクを離して歌っていたけど、それを感じさせないような声量だった。

 うっかりしてると、泣きそうになるくらい……くる……


 思わず拍手していたのは、俺だけじゃなかった。


 「……お粗末さまでした?」

 「奏、疑問系?」

 「新曲も聴きたいなぁ」

 「うっ……はい、樋口くん!」


 耐えられなかったのか、俺にマイクを差し出してきた。

 マイクを受け取ったはいいけど、次の曲が流れる。

 またwater(s)の曲だ。

 歌っているのは拓真だけど、流石というか……上原が嬉しそうに頬を緩ませているのが分かった。

 本人を前にして歌う度胸は無い……筈なんだけど……


 「潤!」


 呼ばれた声で、一緒に歌えって事くらいは分かる。

 小さく息を吐き出して声を出すと、隣からハモる声が聴こえてきた。


 うわっ……上手いなんてもんじゃ無い。

 本人は嬉しくて口ずさんでるって感じだけど、そういうレベルじゃ無い。

 あまりに楽しそうに歌うから、釣られてた。

 俺も拓真も、高揚感を抱えたまま歌いきった。

 今まで歌ってきた中で、一番のハーモニーだった。


 「ーーーー上原……凄いな……」

 「ん?」


 俺の声は小さすぎて、彼女には届いてない。


 「……いや……やっぱ上手いな……」

 「ありがとう……」


 嬉しそうな笑顔を向けられ、上手く返せない潤がいた。不意に向けられた視線は、hanaのようだったからだ。


 ーーーーーーーー改めて実感していたんだ。

 ようやく叶ったんだって……

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