↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書きかけの僕ら  作者: 黎明の星
2年目春

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
125/125

第125話『頼むということ』

第125話『頼むということ』


木曜日の四限目が終わると、窓から差し込む日差しが少し柔らかくなっていた。

玲奈は道具を鞄にしまい、教室を出る前にスマートフォンを確かめた。

今日は急いで帰る用事もない。

ふと思い立って、叔父のカフェへ寄ってみることにした。

店の扉を開けると、コーヒーの香りと一緒に聞き慣れた声が飛んできた。


「お、玲奈。今日は一人か?」

「うん。何、その言い方」

「いや、また大勢連れてきたのかと思って」

「毎回誕生日会しに来るわけじゃないから」

「そりゃそうだ」


拓真が笑いながら、カウンターの上のカップを片づける。

奥から出てきた美幸も玲奈に気づいて手を振った。


「いらっしゃい、玲奈ちゃん。学校帰り?」

「そう。ちょっと寄ってみた」

「何か飲む? 冷たいのでもいいわよ」

「じゃあ、アイスティーお願いしてもいい?」

「もちろん」


店には窓際に二組の客がいて、玲奈は邪魔にならないようカウンターの端の席に腰を下ろした。

美幸がグラスを用意する間、拓真はレジ横に置いた紙を見て首をひねっている。


「おじさん、何してるの?」

「これな。書き直そうと思ってたんだけど、どうにもな」


差し出されたのは、透明なカード立てに挟まれた小さな案内だった。

焼き菓子を持ち帰れることや、注文するときの案内が手書きで詰め込まれている。

文字は丁寧なのに、一番伝えたいことがどこなのか、ぱっと見ただけでは分かりにくい。


「……ちょっと字が多くない?」

「やっぱり?」

「これ、全部読んでもらうつもり?」

「いや、そんなつもりはないんだけどさ」

「だったら、持ち帰りできるってところ、もっと大きくした方がいいんじゃない?」

「なるほどなあ」


拓真がカードを顔から離し、少し遠くに置いて眺めた。

その仕草がおかしくて、玲奈はつい笑う。


「遠くから見るなら、なおさら読めないよ」

「店主は近くでしか見てなかったからな」

「お客さんが見るものなのに?」

「返す言葉もない」


美幸が運んできたアイスティーを、玲奈の前に置く。


「その紙、また悩んでるの?」

「玲奈に字が多いって言われた」

「私も言ったじゃない」

「言われたな」

「二人に言われてやっと認めたんだ」


玲奈がストローを袋から出すと、拓真はカードを立て具に戻した。


「そうだ、玲奈。これ、見やすく作ってみるか?」

「え、私が?」

「学校でそういうのもやってるんだろ?」

「やるけど……絵を描くのとはちょっと違うよ?」

「違うのか?」

「文字の並べ方とかも考えるし。まあ、できないわけじゃないけど」


言いながら、玲奈はもう一度カードへ目を向けた。

大きさは手のひらより少し大きいくらい。

絵を入れるなら、それほど場所は残らなそうだ。


「何を書きたいの?」

「持ち帰りができることと、焼き菓子の種類と、値段だろ。それから、数がなくなったら終わりってことも」

「え、それ全部?」

「あと、注文はレジでって書いといた方がいいかな」

「増えてるじゃん!」


拓真が声を上げて笑った。


「だから今のもこうなったんだろうな」

「自分で分かってるなら減らそうよ」

「何を減らす?」

「それを私に聞くの?」


思わず言い返してから、玲奈はカードを指で軽く押さえた。

どれも店としては伝えたいことなのだろう。

けれど、小さな紙に全部書いたら、肝心なところまで埋もれてしまう。


「……じゃあさ。まず、何に気づいてほしいの?」

「焼き菓子を持って帰れることかな」

「それなら、そこを一番目立たせる。種類とか値段は、別のところにあってもいいんじゃない?」

「別のところか」


美幸が横からカードを覗き込む。


「種類は日によって変わるものね。全部印刷しちゃうと、そのたびに作り直さなきゃ」

「あ、そっか。それは面倒だね」

「面倒なのは俺じゃなくて作る人だな」

「……私のこと?」

「まだ頼んでもいないけどな」


その言葉に、玲奈はグラスを置いた。

さっきまでは、ちょっと手伝うくらいの気持ちだった。

でも店で使うなら、思いつきで描いて渡して終わり、とはいかないのかもしれない。


「おじさん、本当に使うつもり?」

「ちゃんと見やすくなるなら使いたいよ」

「私が作ったからって、無理に置かなくていいからね」

「そりゃそうだ。読めなきゃ困る」

「そこは少しくらい遠慮してよ」

「玲奈が遠慮するなって顔してたから」

「してない!」


拓真がまた笑う。

玲奈もつられて笑ったが、気になることが一つ残った。


「でも、こういうのって……普通に手伝う感じでいいの?」

「まず何を作ってもらうか決めてからだな。店で使うものを頼むなら、お礼のこともちゃんと話さないと」

「お礼?」

「時間使わせるんだから、何もなしってわけにもいかないだろ」

「おじさんの店なのに?」

「うちの店だからって、玲奈の時間がただになるわけじゃないしな」


美幸が頷きながら、使い終わった皿を下げていった。

玲奈はグラスの氷が小さく鳴るのを聞きながら、しばらくカードを見つめた。

学校で作るものは、課題の条件に合わせて自分で考える。

でも今は、使う人が目の前にいて、希望も少しずつ違っている。

それが思ったより面白い。


「……ちょっと、メモしていい?」

「もちろん。紙いるか?」

「自分のがある」


玲奈は鞄から小さなクロッキー帳を取り出し、空いているページを開いた。

人物の姿を描くために持ち歩いている帳面に、今日は文字を書いていく。

『持ち帰りできることを大きく』。

その下に『種類は変わる』『置く場所はレジの横』と足した。


「ねえ、これって今の大きさじゃないとだめ?」

「いや、そこは変えていいよ。邪魔にならなきゃ」

「じゃあ、置ける場所の幅も今度測らせて」

「お、もう作る気か?」

「まだ考えてるだけ!」


勢いよく答えると、美幸が奥で笑った。

玲奈は少し恥ずかしくなり、クロッキー帳を閉じる。

代金を払って店を出ると、外の空気は思っていたより冷たかった。

いつもなら、人が立ち止まる姿や歩く時の手の動きに目が行く道だ。

今日はなぜか、通り沿いに並ぶ小さな店の案内ばかり気になる。

文字の大きさも、色も、置いてある高さもばらばらだった。

鞄の中のクロッキー帳には、まだ絵になっていない短いメモが残っている。

玲奈はそのことが少しおかしくて、歩きながら笑った。

何を作るかは、これから考えればいい。

とりあえず、次に店へ行く時は定規を持っていこう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。