【001】人生これにて終了
*リーゼントシロクマの登場は、3話目からになります♩
「寿司でも買うか〜。」
仕事帰りの俺は、スーパーの惣菜コーナに立っていた。
左手に持つカゴの中には、缶ビールが3本と焼き鳥のパック。
あとは何か米系が欲しい。
ってことで、
寿司か、おにぎりか。
う〜む。
悩みに悩んだ末、油の乗ったサーモンに惹かれて寿司に手を伸ばす。
と、その時。
ドン!
「おっつ。」
スーパーの中を走っていた子供が俺にぶつかった。
「ねーパパー!
あれ、見てー!
ぽっぽー!ぽっぽー!」
俺も子供が指差す方を見る。
食品コーナーの天井近くにレールが敷かれ、おもちゃの汽車が走っていたのだ。
通勤時間短縮のため、この地域に引っ越して2ヶ月が経つが、頭上にこんなおもちゃを走らせているなんて気が付かなかった。
店内がうるさくならないよう、汽笛の音は消しているようだ。
「すみません!」
男の子の父親が、謝りながらこっちに駆けてくる。
「あ、いえ。
俺は全然。
息子さんのほうこそ、大丈夫ですか?」
頭からぶつかってきたので、子供のおでこをのぞいてみる。
すると父親が目を見開いて。
「…芹沢君?!
芹沢ケンジ君じゃない?!」
名前を言われ、俺も驚いて顔を上げると…。
「俺のこと覚えてない?!
桜堂リョウスケ!」
あーそうだ!
大学時代のサークルで一緒だった、桜堂君だ。
「覚えてるよ〜。
めっちゃ久しぶりだし、偶然だね。
結婚したんだ。
って、そらそうか。
俺達もう32だもんね。」
「うん、したした。
同じサークルだった、田中マユミ。
記憶にある?」
あるあるあるある
田中さんも桜堂君も、当時どっちもカースト上位って感じで、それはそれはキラキラしてたなぁ。
この世に生まれてきて、最高に楽しいだろうな〜
って、いつも横目で見てたわ。笑
てか、今気が付いた。
桜堂君も息子さんも、なんだか上質そうなそうなコートを着てる。
んで、手には8万円のウイスキー。
は、は、8万円?!
俺のアパートの家賃だわ。笑
桜堂君、卒業後はきっと良いところに勤めたんだな。
こういうずっと成功者って感じの人、
いるよね〜。
うらやま。
「ね〜パパ〜。
帰ろう〜。」
飽きてきた子供が、桜堂君の手を引っ張る。
「あ、うん。
そうだな、ママも車で待ってるしな。
じゃあ芹沢君、俺達そろそろ行くわ。
酒を切らしてることに気がついて、急遽いつもとは違ったスーパーに入ってみたんだけど。
まさか芹沢君に会えるとは。
久しぶりに会えて嬉しかったよ。」
手を差し出してくれたので、握手をする。
「こちらこそ。
奥さんにもよろしく。またね。」
桜堂君が出ていくのを待ってから、レジへ向かった。
アパートに帰ってくると、とりあえずテレビのスイッチを入れ、買い物袋をテーブルに置く。
手を洗い、ネクタイを外し、スーツを脱いでハンガーに引っ掛ける。
部屋干ししてあったグレーのスウェットに着替えると、やっと床に腰を下ろした。
「あ〜これで一日が終わった!」
この状態になって、初めてそう感じることができるのだ。
買ってきた惣菜を袋から出しながら、チャンネルをカチャカチャと回す。
…
「ブロッコリ〜、森森!」
小太りのおっさんがブロッコリーと叫ぶこえが聞こえ、そこでリモコンをストップした。
この人は「ブロッコリー殿下」といって、俺がこの世でいっっっちばん好きなお笑い芸人!
いわゆる、押しってやつ。
お尻に敷いてる座布団も、我が家のマグカップも(一応来客用に2つある)、最近の美容男子ブームに乗っかって購入した化粧水も!
俺の家はブロッコリー殿下のグッズで溢れかえっている。
もちろんチケットが取れれば劇場にだって足を運ぶ。
なぜ、この人が好きかって?
それは単純に、元気が出るから。
普通は俺のような独身男性なら、可愛いアイドルや美しい女優が好きだという。
でも俺はブロッコリー殿下一択。
こんな普通のおっさんが、頭に冠を乗せ、ブロッコリーの衣装を着て、ブロッコリーの模型を持って…
ただひたすらにブロッコリーと叫ぶ。
で、
本人も笑顔、お客さんも笑顔。
なんて素晴らしいんだ!
俺は心動かされたね。
「ブロッコリ〜?」
殿下の呼び掛け、きた。
ビールを飲みながら、俺も観覧のお客さんと一緒になって叫ぶ。
「森森ー!」
あー楽しい。
ヒャッホウ!
この楽しいって感覚。
これが人生にもっとたくさんあれば良いのにな〜。
俺は、超大金持ちになりたいとか、絶世の美女と付き合いたいとか。
そういう願望は一切なくて。
なんつーか。
ストレス無く、気の合う人だけで集まって、とにかく楽しく生きたい!
それだけなんだよう…。
まぁさっき会った桜堂君に関しては、ちょっとは羨ましいと思ったよ?
でも、金持ちそう〜っていう部分じゃなく、なんだか仕事も家庭も充実してるっていう顔してた。
そこかな。
けどそれは、桜堂君の性格が良かったからそう思えたのかもしれないが。
これで彼がマウントを取ってくるような嫌味なヤツだったら、今頃は劣等感と嫉妬で頭かきむしってたかもしれない。
自分は死んだ魚の目なのに、久しぶりに会った同級生が輝いていたら、それだけでショック受けるもん。
〜
酔いが回ってきて、俺は今日一日を頭で振り返った。
まず朝。
理由も無くすぐに不機嫌になる課長と、取引先を訪問。
タクシー内で機嫌を取ろうと話しかけるも、相手は往復一時間仏頂面。
そして午後は、担当していた資料をまとめたので直属の上司に提出した。
(俺は資料作りが得意)
だがこの上司は、自分の好き嫌いで態度を変えるという、最もサイアクな人種で…。
サボり気質でゴマスリ野郎の、高橋という同期がいるのだが。
課長はコイツがお気に入りで(ヨイショしてくれるから)
どう見たって俺の資料の方が優れているのに、みんなの前で高橋のほうを褒めた。
もうここでウンザリなのだが、トドメを刺したのは新入社員。
両面コピーのやり方が分からなくてアタフタしていたので、声をかけた。
「分からないのかな?
教えるね。次からできるように、メモを取っておいてね。」
これがマズかった。
次からできるように…メモを取って…
これらのフレーズが、相手の新入社員にはプレッシャーに感じてしまったらしい。
上からの呼び出し。パワハラ注意のお叱り。
…いやいや俺はそんなつもりはなくて。
早く自分でできるようになったほうが、本人も気がラクになるだろうから。
そんな気持ちを込めて言った言葉だ。
でも、世代が違うと感覚も違う。
最近ニュースでよく聞く言葉だが、俺は今日初めてその意味が分かったのだ。
はーなんだかもう…全てに疲れた。
毎日こんな感じだし。
疲れすぎて、彼女を作る気力もない。
社会人生活10年目にもなると、友達だってほぼ疎遠…。
やっぱり俺の癒しはブロッコリー殿下のみだ。
あ〜
と伸びをして、身体を後ろに倒す。
しかし、その時。
「ゔ!」
ひっくり返ったと同時に、まだ口に残っていた焼き鳥が喉に詰まった。
「ふはぁぁぁーーー!
ゲホッ!ゲホッ!」
マズイ。
呼吸が上手くできない。
喉を抑えてのたうち回るも、焼き鳥は動かない。
くるっ。
体勢をうつ伏せに変えてみる。
…
「おうぅ…。」
意味なし。
だんだんと意識が薄れていく。
焼き鳥は食べ終わったけど、まだ寿司が…
油の…乗った…サーモン…
奮発…したのに…
…
…
…
ガクッ。
ここで俺の人生は幕を閉じた。
最後に頭をよぎったのは、食べ残した寿司のこと。
そして最後に目に映ったのは、座布団にプリントされたブロッコリー殿下。
芹沢ケンジ、32才、サラリーマン。
人生これにて終了。




