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メイリンは一睡もできなかった。
腫れてしまった目をどうにかしようと、外に出て井戸から冷たい水を汲む。
メイリンは重い瞼を開けて草原を見渡すと、遠い日の思い出たちが幻覚のように現れては消えた。
その中にローヤンと私が居て、小さな手を繋いで笑いながら駆けていく。
長年の思いを断ち切るにはまだ時間はかかるが、もう表面に出てくることはない。
メイリンの心の奥底で静かに風化していくのを待つのだ。
鳥たちの声も聞こえない静寂の中、草原の地平線にうっすらとオレンジの線が走っている。
夜が明ければ、メイリンは龍王の番いとして龍の国へと戻る。
もう、ローヤンの手を握ることは二度とない。
龍王の姿を見たメイリンは一目も憚らず、駆け寄って懐へ飛び込んだ。
龍王は優しくそれを受け入れた。
メイリンの存在を確かめるように、龍王がメイリンを抱きしめた。
「会いたかった、メイリン。」
メイリンにだけ聞こえるように龍王が耳元で囁く。
「私もです。」
そう言ってメイリンは自分の居場所を確認するかのように深く息を吸って吐いた。
この家を恋しく思う気持ちも薄らいでいくだろう。
でも、思い出だけは消えないで。
悲しい気持ちもあったけれど、それ以上に幸せだった。
父と母と兄とカイリ、それからローヤン。
みんな大好きだった。
「メイリン、メイリンが望むのなら、好きに帰れるようにしよう。…逃げられるたりするのは困るが…」
龍王が複雑な顔でメイリンに言うが、無理しているのがバレバレだ。
無理しても好かれたいのか、それとも本当にメイリンを思いやってくれているのか、今ならどっちもあると分かる。
そんな無理している龍王が愛しく見えるのだ。
「私は龍王様の側にいます。」
メイリンがそう言うと、龍王は満足そうに笑い、龍の姿になった。
長い髪を艶やかに靡かせなる絶世の美人よりも、龍の姿にはじめて恋したなんて自分でも可笑しいと思う。
でも、あの時に目と目を合わせた瞬間、メイリンは何かが通じた気がした。
この想いが少しずつ愛にかわるまで、永くをこの龍と共にしよう。
時間はいくらでもあるのだから。




