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HERO(6)

 俺はいつもの病院に入院した。

 いつもの看護婦と医者は「あら岩岡さん久しぶり」と笑顔で俺を迎え入れてくれた。

 ヒカルが「被害は無かったし警察には言わないでほしい」というから、「ナイフで料理をしていたら刺さった」と言うと医者はすぐ信じてくれた。俺ならやりかねないと思っているんだろう。

 全治三週間、ひどい傷じゃないが浅い傷でもない。だが俺の厚い筋肉がなかったら危なかったかもしれないということだ。

 四人部屋の病室にはヒカルが見舞いに来ていて、ベッドサイドでリンゴを剥いていた。おそらく責任を感じているんだろう、ヒカルは毎日学校が終わると病室にやってきた。

 隠し子だとか若い恋人だとか、看護婦たちの噂になっているから正直毎日は来ないで欲しいのだが、もちろん意外と小心者の俺はそんなこと言えなかった。

 見舞いに来ないでほしい理由はもう一つあった。

 俺はこれ以上、犯罪者チームを追い続けるべきじゃないと考えていたのだ。

 ほぼ間違いなく、ヒカルを襲った男らは水曜日プラネットの連中なんだろう。

 正直なところ、俺はあの事件が起きるまで、心の底では本当に犯罪者たちと出会うことになるとは思っていなかったのだ。確実に危機感が欠けていた。俺はヒカルを危険にさらしたことが悔しくて歯噛みする。


「ヒカル、ちょっと話があるんだ……」


 俺はずっと言おうと思っていた、これで捜索を打ち切りにしようという言葉を切り出した。またいつヒカルが危険な目に遭うか分からないし、もう同じ作戦では網に掛からない可能性が高い。相手も馬鹿じゃないんだ。

 ヒカルは不機嫌な表情で黙って俺の言葉を聞いていたが、俺が言い終わるや否や、俺の一番言われたくないことを言ってきた。


「善良な一般人が悪に襲われて、悪はいつまでものさばったまま。ヒーローがそこで諦めるの?あなたはヒーローじゃないの?被害者たちは泣き寝入りでいいの?そんなの許せないでしょう?」


 俺は無言で考えるが、やはり俺の気持ちは変わらなかった。もうヒカルを危険にさらすわけにはいけない。


「すまん、俺はヒーローにはなれない。今回も危なかった、次はどうなるか分からない。今回のような怪我じゃ済まないかもしれない」


 ヒカルは大きな瞳で俺を冷たく見つめると、「最低、ガッカリよ」と俺をひどく傷付ける言葉を残して病室から出て行った。剝きかけのリンゴがただそこに残されていた。

 ヒカルの出て行ってしまった病室はやっぱり寂しくて俺はちょっと戻ってきてくれないかな、と期待したが、ヒカルが戻ってくることはなかった。

 まぁ当たり前だ。入院してからというもの、犯罪者チームを捕まえることよりも、俺がぶっ飛ばしてしまった警官がいつ病室にやって来るかヒヤヒヤしている俺に、ヒーローの資格なんかあるはずがないんだ。

 俺はその次の週に退院した。

 水曜日プラネットは相変わらず犯罪を繰り返していたようだが、ヒーローでも何でもない俺はなるべくニュースを観ないよう心がけた。

 退院した俺は仕方なく就職活動を始めるが、やっぱりいくら面接を受けても就職が決まることはなく、いつの間にか俺は日課だった公園ぶらぶらを復活させていた。

 俺は林の辺りを通りかかる度に、俺のことを刺したボケの犯罪者共のことを思い出してイラついたが、もう俺には関係ないことだった。俺は背中を向けて足早に林から離れると、浮浪者のオッサンたちに挨拶したり、学校帰りの子どもたちにからかわれたしてから家に帰った。

 一つも面白いことがなかった。退院してからというもの、気が狂うようなクソみたいな生活が続いていた。

 家に帰ると親父は相変わらず生け花なんかをぶすぶすやってるし、母さんとリリィはまだ帰ってくる気配もない。リリィは連戦で忙しいのかあれから連絡がないし(まぁネットで調べたら勝ってるみたいだし元気なんだろう)、もちろんヒカルからも何の連絡もなかった。

 某国では自爆テロが相次ぎ、某国と某国は宗教戦争、某国は未だにホロコーストをくり返している。水曜日プラネットも同じように犯罪を繰り返す。

 俺は何も守れない。ただの冴えない孤独なオッサンだ。俺には関係ないんだ。


「ただいま~」


 そんな言い訳じみた思考をしながら家の戸を開けると同時に、俺は鼻の辺りに衝撃を受けて後方に吹っ飛んだ。


「グヘエッ!」俺の肺から空気が漏れ、カエルを潰したような声が出る。


 とっさのことで受け身も間に合わず、混乱と痛みでぼやける視界の中で何が起こったのかなかなか理解できなかった。ようやく視界がクリアになると、家の戸の内側に親父が立っているのが確認できた。

 どうもいきなり親父に殴られたようだ。鼻の奥に鋭い痛みが走り、俺の鼻からは物凄い勢いで鼻血が垂れてきた。


「お前、警官を殴ったそうだな」


 急にそんなことを言われ、俺の顔面からは一斉に血の気が引いた。急に殴られた怒りよりも、どうしてバレたんだ?という疑問が先に頭に浮かんだ。


「俺の息子が容疑者として挙がってるって、長官殿がわざわざ来てくれたよ。暴行を受けた警官は自分に非はないと言っていたようだが、問い詰めると多少の非はあると認めたそうだ。だからもし犯人がお前なら穏便に済ませることができると言っていたので、犯人は俺の息子だと言って謝っておいた」


 どうして勝手に!と言おうとするが、実際に犯人は俺なので何も言えなかった。


「悪ぃな、親父。でもあの時は仕方なかったんだ」

「言い訳はいい。お前はクズだ、特に最近のお前はひどい……」


 事実を言われて俺は凹むが、同時にイラつきもする。俺だって俺なりに頑張っているのだ。その結果がこの仕打ちなのかよ。何で関係ない親父にここまで言われなくちゃいけないんだ。


「今のお前なら俺でも勝てる。最近のお前は軸がブレてんだよ」


 親父にそこまで言われて、さすがに俺も黙っちゃいられない。


「隠居した六十過ぎの生け花男が、俺に勝てるのかよ?あ?」


 親父が両手を上げて構えるので、俺は鼻血を垂らしたまま立ち上がった。正面から親父の構えを見て俺は全身が総毛立った。俺が世界で一番恐れていたものが、今目の前にあった。

 だが、親父との久々のダンスだ。楽しまなきゃ損だ。親父の拳が飛んでくるので、俺は首を振ってそれを避け、同時にカウンターを打つ。親父は俺の右拳を額で受けると、アッパーカットを打ち上げた。俺の顎がガクンと揺れる。景色が揺れるので、俺は慌てて親父から距離を取る。頭が真っ白になって気持ち良かった。そしてやっぱり、年を取っても親父はダンスが上手かった。

 五分ほどで勝負はついた。六十過ぎのオヤジにボコボコにされた俺は、家の前のアスファルトに大の字になって、茜色の空を眺めながら親父の言葉を聞いた。


「まだ若いんだから一番やりたいことをやれ、馬鹿なお前があれこれ考えるのは百年早い」


 俺はなんとなく、久しぶりに親父の言葉を聞いた気がした。


「俺はヒーローになりたいんだ。誰も彼も守れるヒーローじゃなくていい。ただ自分の周りの人間を守って、笑顔にできるようなヒーローに」


 笑われるかもしれないと思ったが、俺も俺の本心を言葉にしていた。親父の返事は簡単だった。


「だったらなればいい」


 俺が馬鹿なら親父も馬鹿だった。


「そういえばなんとかって、制服を着た女の子が来てたぞ。お前に用事があるとか」


 親父の言葉を聞いた俺は、服のすそで鼻血を拭いて慌てて立ち上がった。

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