「姐さんの釜をちょうだい」と追放され、全部差し上げます。夏にお宅の塩が湿ります
苦い。舌の根へ残るほどではないが、一掬いの塩としては半束ぶん薪を食わせすぎた味だ。わたしが俵の口へ指を戻したところで、真帆が言った。
「姐さんの釜を、ちょうだい」
指についた粒が、ぱらぱらと筵へ落ちた。落ちたぶんは飯椀なら三つ、売り物なら一文にもならない。つまり今のところ、損はわたしの指先だけである。
「釜前も、わたしがやる。浜のみんなにも、もう話したから」
真帆は納屋の戸口に立ち、朝日を背負っていた。明るい顔。人前へ出すにはよい顔だし、釜の火を見続けるには少々まぶしすぎる顔でもある。
「真帆なら見栄えがする。若い衆も声を掛けやすい」
荒史が柱を叩いた。釜前に要るものを見栄えで量るなら、わたしは十二年も前に不合格だったらしい。ずいぶん長い追試である。
「渚乃、おまえもひとりで抱えすぎた。若い者へ譲ってやれ」
波嘉の声は、丸い。丸い盥でも底はあるのに、この話には底が見えなかった。
「何を、でございます」
「釜と、釜前の名と……やり方だよ。長く働いたんだ。少し休めばいい」
休めと言われて休めるなら、潮も南風の日くらい昼寝をしてくれればよい。あれは勝手に満ちるし、こちらの飯どきに引く。なかなか人情がない。
真帆が俵の付け札を摘み上げた。汲んだ日、潮の向き、凪か雨か、鹹水をどこで落としたか。墨の薄れた札を二、三枚めくり、鼻先で笑う。
「こんなの、いちいち要る? 釜へ入れて焚くんでしょう。刻限さえあれば誰でも焚ける」
「潮の向きで汲み時が変わります」
「左門たちが同じ刻に汲めばいいじゃない。姐さんは難しく言いすぎるのよ」
荒史が待ってましたとばかりに紙を広げた。汲み入れる刻限、火を強める刻限、薪の束数。柱へ糊で貼りつけ、掌でぱんと叩く。
「これで手は揃った」
揃ったらしい。潮も雨も南風も、今後はあの紙を読んで動くのだろう。たいへん聞き分けがよくなったものだ。
わたしは俵の中から、もう一度だけ塩を摘まんだ。舐める。朝の一掬いは少し苦いが、味噌屋へ出せないほどではない。薪を半束減らしていれば上物になった。俵で十二、薪で六束、値にすれば——やめた。人の釜になるものを、わたしの懐で数えるのは行儀が悪い。
「釜と、釜前の名でございますね」
「そう。姐さんがしてたとおりにするから、心配しないで」
札はいらない。潮の見立ても聞かない。欲しいのは釜と、名と、柱へ貼れる数だけ。わたしだけを勘定から抜く算盤は、見事に玉が揃っていた。
「承知」
真帆の口元がぱっと開いた。荒史が柱をまた叩き、波嘉は大事にならずに済んだ顔で息をつく。採点。真帆は満点、荒史は景気よし、波嘉は胸を撫で下ろして一件落着。
わたしの持ち点だけ、初めから札にない。
* * *
その日の鹹水は、夕刻から急に重くなった。わたしは火床へ薪を足し、泡の縁を見て二本抜き、柄振りで底をさらった。最後まで焚く。譲ったからといって半端な塩を残せば、損をするのは塩である。塩に身内の揉め事は関係ない。
日が落ちる前、浜の三軒へ足を運んだ。
「明け方は見送ってください。今夜の南風が残ります。明日の昼、凪いだあとに一度舐めて、濃ければ落としを浅く」
「刻限は」
「潮に聞いてください。わたしからは、それだけです」
左門さんは、返事の代わりに沖を見た。四十年も潮を汲んだ人は、分からないことを分かった顔で包まない。ありがたい。包み紙にも銭がかかる。
夜更けに塩を掻き寄せ、最後の一俵へ詰めた。付け札を結び、納屋の古塩の列へ積む。前の秋から残る俵は、納屋の奥から壁際まで列をなしている。半年は出せる。数えたのは癖だ。癖。きっと。
翌朝、わたしは仕事着を畳み、外出着へ替えた。裾のよい着物ではないが、灰をかぶっていないだけで立派なよそ行きである。釜を出るのに着飾るほどでもない。とはいえ追い出される姿に煤の染みまで添える義理もない。見栄、一枚。
杓を洗った。柄振りの柄についた塩を布で拭い、納屋の鍵は歯の間まで細布を通した。十二年、わたしの掌へ馴染んだものが、順に他人行儀な顔へ戻っていく。
「そこまでしなくてもいいのに」
真帆が笑って手を出した。
「お渡しするものですから」
まず杓。次に柄振り。最後に鍵。真帆の両手へ重ねると、柄振りの先が土間へ触れて、乾いた音を立てた。
「重い。姐さん、よくこれを一日じゅう振れたね」
「持ち方がございます」
「すぐ慣れるわ。荒史も手伝ってくれるし」
荒史が戸口で頷いた。波嘉は少し離れ、腕を組んでいる。三人いれば柄振り一本くらい、さぞ軽くなるのだろう。
潮なんぞ、汲んでくれば焚ける。
納屋を出る前、昨夜積んだ一俵を見た。札の紐が少し長い。切っておけばよかったと手が伸び、途中で止まった。
火床には昨日の熱が残っていた。壁には白い粉が薄く積もり、柱には真新しい刻限と薪の束数。誰の名も書かれていない十二年が、よく乾いてそこにあった。
「わたしはこの一俵を、十二年、わたしの塩だと思うて焚いておりました」
真帆は鍵を握り直した。柄振りが、また土間へ触れた。
わたしは手を下ろし、そのまま外へ出た。
* * *
春が終わっても、俵は同じように川向こうへ渡った。味噌屋へ十二、漬物屋へ八、残りは浜の内。去年の塩が、今年も立派に稼いでいる。なるほど、去年のわたしは今年もよく働く。
「ほら、変わらんじゃないの」
真帆は俵が荷車へ載るたび、よく通る声で言った。荒史も「釜は手順だ」と笑った。柱の紙は煤けたが、刻限と薪の束数だけは読めた。
わたしは浜の三軒を渡り歩いた。網を繕う手が足りなければ糸を持ち、薪を割る者が遅ければ斧を持つ。賃は半日ぶん。塩俵に直せば大した数ではないが、働いた者の名で受け取れる銭は、どういうわけか懐で軽かった。
古塩の俵は、納屋の戸が開くたび一列ずつ減った。わたしは数えないことにした。数えないと決めてから、三度数えた。四度目は堪えたので、ほぼ数えていない。
余り火で干魚を炙る日もあった。皮がぷつりと鳴り、脂が落ちる。釜前にいたころは煙の匂いだけで昼を済ませたものだが、今は飯へ載せて食べられる。炙った魚、温かい飯、沢庵が二切れ。十二年ぶんの出世としては、胃袋方面へたいへん堅実である。
「渚乃、焦げるよ」
講の女が網の上の干魚をひっくり返した。
「焦げ目でございます。焦げではありません」
「その言い訳、もう煙が出てる」
慌てて皿へ移した。片面だけ黒い。売り物なら値引き、昼飯なら香ばしい。算盤とは、持ち主にやさしくできている。
秋口、講の女衆が大鍋で粕汁を作った。大根、芋、ねぎ、魚の切れ端。わたしの役目は薪割りだったのに、椀が回ると誰より先に鼻を近づけた。
「味見は?」
「いたしますとも」
塩気は薄い。だが、温かい。わたしは塩を足すより先に、両手で椀を抱えた。湯気が鼻先へまとわりつき、誰も次を急かさない。
「早く言っとくれ。薄いの、濃いの」
「もう一口で分かります」
「三口目だよ」
仕事である。断じて。粕汁の底へ沈んだ芋まで確かめるのも、味見という尊い仕事のうちである。
* * *
左門さんが潮の向きを尋ねに来たのは、その粕汁の翌朝だった。わたしが薪の屑を集めていると、柄杓を一本、地面へ置いた。
「昼の潮、どう見る」
「朝の一掬いは舐めましたか」
「昨日より軽い」
「なら、昼では早うございます。夕方、風が北へ返ってから。濃さが残れば深く汲まず、上だけ取ってください」
「刻限は」
「風が返ったときです」
左門さんは「分かった」とだけ言い、柄杓を拾った。分かった人の返事は短い。分からない人ほど柱へ大きな紙を貼る。紙屋だけは後者を好むだろう。
その日の夕方、汲んだ鹹水を一口舐めさせてもらった。舌へ乗せ、歯の裏へ押す。凪のあとの濃さ。火を急がせると苦汁が残る。
「落とすのは浅く。薪は初めに使いすぎないでください」
「何束だ」
「泡を見てから」
「紙に書けんな」
「潮は字が下手でございますから」
左門さんの口元が一度だけ曲がった。それから浜の三軒は、刻限より先に鹹水を持ってくるようになった。凪の日、雨の翌日、南風の残る夕方。わたしはそのたび摘まみ、舐め、薪と俵と日銭へ換えた。舌は休みを覚えなかったが、昼飯は覚えた。進歩である。
幹生も荷車を止めた。
「仕入れる前に、見てくれ」
差し出された塩を一掬い取る。粒は揃い、指離れもよい。舐めると、わずかに苦みが遅れてきた。
「味噌なら使えます。漬物へ回すなら、ひと月寝かせたほうがよろしいかと」
「幾ら下げる」
「一俵につき二分。寝かせる場所代を引けば、それ以上は損です」
幹生は頷き、二分下げて買った。褒めもしないし、姐さんとも呼ばない。商いの返事は銭で来る。たいへん聞き取りやすい。
講の女衆と車座になれば、今度は粕汁の椀がわたしへ先に回った。
「渚乃、塩」
「まだ足しません。魚から出ます」
「じゃあ味見」
「承知」
椀を受け取り、少し長く持つ。味見に時間をかけているだけだ。湯気を惜しんでいるのではない。まして芋の大きいところを探してなど——あった。これは見立ての報酬である。異論は椀を空にしてから聞こう。
旧い納屋では、古塩が壁際の一列になっていた。真帆は出ていく俵の数を控えへつけ、入ってきた薪の束を数えた。札の紐が違う俵を奥から引き出しても、出荷の印は同じだった。
冬を越し、春が来た。雨の日の塩だけが、少し湿った。真帆は莚を替え、荒史は薪を一本増やした。
柱の紙は、まだ同じ刻限を告げていた。
* * *
夏の朝、古塩が尽きた。
空になった納屋を見たとき、わたしの指が膝の上で止まった。戸口から壁まで、俵ひとつない。去年のわたしは、ようやく働くのをやめたらしい。
その三日後、旧い釜の外を通ると、幹生が土間へ入るところだった。真帆が新しい俵の口を開き、笑って一掬い差し出す。
「今朝できたばかり。前より白いでしょう」
幹生は指で摘まんだ。塩はほぐれず、小さな塊のまま持ち上がった。口へ入れ、一度噛み、首を横へ振る。
「買えん」
「どうして。刻限も薪も同じよ」
「苦い。湿る」
「今日は雨が近いからよ。置けば乾くわ」
幹生は答えず、俵の口を開けたまま荷車へ戻した。縄を締める音だけが土間へ響く。十二俵。荷車二台。戻り賃まで足せば、干魚を何枚炙れるか。数えたら腹が立つので、五枚まででやめた。
真帆が返された俵へ指を入れ、塩を崩そうとした。塊は二つに割れ、そのまま足元へ落ちる。
「火が弱かったのよ。次は薪を増やせば——」
荒史は柱へ寄った。刻限と薪の束数を書いた紙の端を摘まみ、半分まで剥がす。そこで手を止め、また押しつけた。糊は乾いており、端だけがだらりと垂れた。
翌月、幹生から注文は来なかった。さらに次の荷の日にも、荷車は旧い納屋の前を通り過ぎた。浜の衆は真帆を見ず、俵のない奥を見た。
「湿ったのは夏だからよ。姐さんのときだって——」
真帆の声だけが、空の納屋でよく通った。
波嘉は返った俵を一つずつ開け、札を確かめた。浜の三軒へ詫びに回り、川向こうから戻ると、柱の前で真帆を呼んだ。
「火から離れろ」
「次はできる。落とす刻を早めればいいんでしょう」
「釜前から下りなさい」
宥める丸みは、もうなかった。真帆が荒史を見る。荒史は垂れた紙の端を押さえたまま、顔を上げない。
「お父さんまで何よ。姐さんを呼べばすぐ直せるわ。姐さんなら——」
「渚乃に始末をさせる話じゃない」
波嘉は柄振りを真帆の手から取り、壁へ立てた。道具が壊れたわけではない。釜もある。鍵もある。刻限も薪の束数も、柱にある。
潮を舐めた者だけが、そこにいなかった。
* * *
真帆は左門さんの家まで出向いた。わたしは少し離れた軒下で、講の女衆と俵の口を締めていた。聞くつもりはなかったが、真帆の声は聞かれることに向いている。
「昔からの付き合いでしょう。明日の朝、前と同じだけ汲んで。刻限はこちらで決めるから」
左門さんは盥の水を捨て、伏せた。
「あいにく、今年の潮は向きませんので」
「何を言ってるの。姐さんには汲んでるじゃない」
「渚乃が、汲めと言う潮ならな」
真帆の履物が土を擦った。左門さんはもう盥を洗い始めていた。断るときだけ敬語になる。なるほど、あれは戸を閉めるための言葉であったか。わたしも覚えておこう。戸板一枚、薪にせず済む。
左門さんはその足で、わたしのところへ来た。後ろには幹生と、講の女衆がいる。俵の口どころではない人数である。新しい粕汁の相談なら歓迎だが、幹生の顔は飯より俵を数える顔だった。
「渚乃」
名前を呼ばれ、わたしは手を止めた。
「はい」
「釜前を頼みたい」
左門さんの向こう、空き小屋の戸が開いていた。中には据えたばかりの釜、乾いた薪、洗った杓。古い釜から持ち出したものは一つもない。
「釜はございますね」
「ある」
「柄振りも」
「あるよ。あんたの背に合わせて柄を削った」
講の女が言い、別の女が「削りすぎたら継ぐから」と続けた。気軽に言うが、柄は大根ではない。継げば済むものでもない。けれど、掌に合わせるつもりで用意された柄を、わたしはまだ見たことがなかった。
「どうして、わたしへ」
左門さんは釜ではなく、わたしを見た。
「おれたちはあの家に汲んでたんじゃない。あんたの舌に汲んでたんだ」
幹生が控えを出した。
「最初は十二俵。出来を見て増やす」
講の女衆が、口々に言った。
「火の番は回すよ」
「飯もここで食べな」
「ただし味見で芋を全部さらうのは禁止」
最後の一つだけ、契約にたいへんな難がある。だが左門さんの言葉が胸の真ん中へ置かれたまま、いつもの暗算が出てこなかった。
「あんたの釜だ。あんたの名で焚いてくれ、渚乃」
釜前、渚乃。
聞いたか、十二年前のわたし。遅い。遅いが、満額だ。
「承知」
初めての鹹水は、夕方に入れた。凪のあと、北へ返る風を待ち、上の濃いところだけ汲んでもらった。泡が細かくなるまで火を急がせず、底へ重みが来たところで薪を一本抜く。
「今だ、渚乃?」
「まだです。もう少し」
誰も柱を見なかった。左門さんは盥の脇で待ち、講の女衆は薪を抱え、幹生は戸口に立つ。釜の音が変わる。わたしは柄振りを入れた。
「今。落とします」
白い塩が寄った。掻き上げ、苦汁を切り、一掬い取る。指で摘まむと、さらさらと崩れた。
舐める。
苦みは遅れてこない。舌の上で、きれいに消える。
「渚乃、どうだ」
「売れますとも」
幹生は一掬いだけ舐め、控えの十二を二十へ直した。褒め言葉より墨が太い。よし。商いの声、たいへん大きく聞こえた。
「釜前、次の薪は?」
「渚乃、俵はこっちでいいかい」
「渚乃、腹減ったろ」
釜でなく、名が飛び交う。わたしは返事をするたび、柄振りを持つ手へ力が入りすぎた。落ち着け。塩は逃げない。芋は逃げるかもしれない。まず仕事、それから粕汁。順序は大切だ。
* * *
真帆が新しい釜前へ来たのは、二十俵の札を幹生へ渡した日の夕方だった。明るく言い切る声はどこかへ置いてきたらしい。代わりに、昔わたしを呼んだときの近い声を持ってきた。
「姐さん」
わたしは塩を一掬い、指から俵へ落とした。さらさら。今日も売れる音である。
「潮見だけでいいの。戻ってきて。火はわたしが見るから、姐さんは汲む刻と落とす刻を言ってくれればいい」
「左門さんへお尋ねになったのでは」
「断られた。あの人、頑固だから。でも姐さんなら、すぐ直せるでしょう? 昔みたいに一緒にやればいいじゃない」
一緒。便利な言葉である。釜と名を持つ者が一人、苦い塩の始末をする者が一人でも、一緒。俵の売値まで仲よく半分になるなら考えものだが、損だけはたいてい足が速い。
真帆は土間へ一歩入った。
「お願い。姐さんがいないと、みんな言うことを聞かないの。釜前はわたしのままでいい。ね、戻って」
わたしは手についた塩を舐めた。今日の一掬いはよい。潮も火も、ここにいる者の手もよい。
「姐さんの釜を、ちょうだい」
真帆の顔から、親しげな形だけが抜けた。
「そう言ったのは、昔のことでしょう」
「差し上げました。釜も、釜前の名も、杓も柄振りも鍵も。お返しいただくものはございません」
「じゃあ、見立てだけ。少し来てくれれば——」
「あれは、お渡しを求められませんでしたので」
真帆の口が開いた。声が出る前に、後ろから波嘉が入ってきた。
「真帆、帰るぞ」
「お父さん、姐さんが意地を張ってるだけよ。ちゃんと頼めば——」
「旧い釜のことは俺が引き取る。返った俵も、詫びもだ。渚乃には触らせん」
波嘉はわたしへ頭を下げた。長くは下げず、真帆の肩へ手を置く。
「行くぞ」
「姐さん」
真帆は振り返ったが、わたしは次の俵の口を結んだ。旧い釜の火も、湿った塩も、垂れた貼り紙も、わたしの仕事ではない。波嘉が引き受けたものへ、手を伸ばすのは礼を欠く。なんと都合のよい礼儀だろう。今後も大切にしたい。
二人の足音が遠ざかると、講の女が大鍋の蓋を開けた。白い湯気が釜場へ押し寄せる。
「さあ渚乃、味見」
「もう出来たのですか」
「真帆が来る前から煮えてたよ。あんたたちが長いんだ」
椀には粕汁がたっぷり入っていた。大根、ねぎ、魚、そして底に芋。立派な芋。わたしは受け取った椀を両手で抱えた。
「塩、足すかい」
「先に見ます」
「また芋まで見る気だね」
一口。魚の脂へ酒粕の甘みが重なり、あとから塩が立つ。もう一口。芋も確認。ほくほく。見立てに抜かりなし。
「どうだい、釜前」
「よろしいかと」
「それだけ?」
わたしは椀を置き、自分の俵から塩を一掬い取った。ほんの少しだけ鍋へ落とす。女衆が順に椀を差し出し、幹生まで戸口で空の椀を持っていた。
粕汁によし。漬物によし。売値もよし。うん、今日の塩は三方よし。
「次の潮は、明日の夕方です」
左門さんが頷く。幹生は次の注文数を控えへ書く。女衆はわたしの椀へ、残っていた一番大きな芋を入れた。
わたしは自分の名で焚いた塩を舐め、自分の椀の湯気へ顔を寄せた。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
作者ページには他の短編も並んでいます。よろしければどうぞ。




