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田中さんの奇行がとまらない  作者: 平岸とおり
2部 僕の奇行はとまらない

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2・7話 僕の中二病がとまらない

 教室に入るなり、僕に視線が集中した。

 真っ黒なマントを羽織り、真っ赤なハット帽に被り、真っ白なマスクをつけ、真っ青なジャージ姿を着ていたからだろう。

 運よく誰にもとがめられることなく、教室まで来られた。校則違反を指摘されるかと思ったが、指摘してくる立場の教員に遭うことはなかった。

 すれ違った同級生がどん引きしながら職員室方面に走り去っていく姿がみえたので、あまり時間はないかもしれない。早く来てくれ田中さん。


「僕は漆黒の紅蓮蒼天戦士ソッケン。異世界からの転生者だ。私に近づくな。君らの優しい心をブレイクしたくない」


 黒板に赤いチョークで漆黒紅蓮蒼天戦士と書く。きちんと予習済みなので一筆書きだ。ブラックレッドブルーナイトと振り仮名を振る。

「指がチョークで汚れてしまったよ」

 世界を闇に染め上げる紅蓮蒼天戦士なので、僕はそれをぺろぺろ舐めてふき取った。やりすぎかもしれない。

 僕が見るべき風景は、そういうことの先にあるのだと、直感しているので、そのままぺろぺろ指の汚れをふき取る。それからティッシュで湿り気を拭う。


 このようなことをしても、僕に恥ずかしさなどの感情は皆無だが、客観的にみて、これはかなりやばいと思う。

 クラスメイトらの反応は、顕著だ。

 みているだけなのに顔を赤くするなどの羞恥心6割、呆れ3割、羨望1割といったところだろうか。


 巧い嘘のつき方は、適度に事実を混ぜることだ、と教わった。なので転生者であることは正直に語ってみた。効果はまあまあだろうか。

 田中さんはまだ来ていない。職員室から教員が走ってくるのが先か、田中さんがルーティン通りやってくるのが先か。

 来たら、同じ台詞を吐く予定だ。


 僕はそのまま、自分の机についた。声をかけられることはない。少し遠巻きにされているだけだ。

 色々な意味で早く来てくれ田中さん。


 田中さんはほどなくやってきた。昨日の今日だからもしかしたらもう来ないかもしれない、と少し期待したが、やはり田中さんは強キャラのようだ。

 そしてそんな田中ですら絶句していた。

 教室扉前で、僕のほうを直視しながら立ち止まっている。瞼がいつもより見開かれ、大きな瞳がさらに大きく見える。


 僕は席を立つと、再び黒板前に立ち、さきほど書いた真名を指さし、改めて自己紹介をした。

 ざわつきを取り戻していた教室に再度沈黙が降りる。


「と、いうことだ。僕は地獄の番犬だ。この世界の住民に用件はない。なので僕に近づくな」


 完璧だと思う。

 こんなやばい奴に近づいてこようとする輩がいるだろうか。友哉から提案された時点でヤバさに気づいたが、実際に実行してみて、声として音にしてみて、想像の数倍以上の奇行さに驚愕だった。

 僕は正直自信満々だった。

 これですべての状況が反転し、僕は孤立のオンリーボーイに戻り、ようやく友哉に体を返還できる。そう思った。

 そう確信していた。


 そして。

 田中さんは。


 去っていくことはなく。

 僕に近づいてきた。

 そして。

 僕の手を掴んで。

 そっと。


 抱きしめられていた。


 田中さんの肩口に僕の顔が埋もれる。

 華奢な体だ。力感はない。

 でも抵抗できない。

 なにが起こっている。


「独りにしないでよ」


 涙声の田中さん。僕はふりほどくなどの抵抗をすべきだった。

 なのに近づいてくる田中さんから離れることも。

 手を掴んでくる田中さんから離れることも。

 抱きしめてくる田中さんから逃れることも。


 なにもできなかった。

 体が動かなかった。

 理由はわからない。ただ僕は無抵抗に抱きしめられた。


「傷つけてもいい。ひどいことしてもいい。だから一緒にいてよ。私を独りにしないで」


 田中さんがどうして泣きながらこんなことをいっているのか、わからない。

 ただ田中さんの僕への依存度が、いつのまにかとんでもない値になっていることは、理解した。


 泣きじゃくる田中さんは、昨日までのかたくなさもなく、実里さんに連れられて教室から出て行った。

 僕は田中さんがいなくなると、黒板消しで真名を消し、身につけていたドンキホーテで購入したジョークグッズをすべて脱いでリュックサックに詰めてしまうと、何事もなかったかのように自分の席につき、予習をはじめた。

 数分後に慌てふためいた教員がやってきたが、変質者の格好をした人物はいなかったので、少し怪訝そうにしながらも帰って行った。

 どうやら中二病は危険なようだ。もうしないようにしよう。


 田中さんは。

 どうしよう。僕は何も考えられなくて。

 いつも通りの予習をしていた。

 後で気付いたが、どうやら僕は動揺していたようだ。

 少し手汗が滲んでいた。

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