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特異点

「ラウンド1、ファイ!!」


ゴングが鳴ったような気がした。

金子という先輩はおとなしそうに見えて、

どうやら盛り上げ上手な一面があるようだ。


さておき、大上隼斗がコーナーから飛び出し、

それに呼応するかのようにカンガルーパンチャーも

リング中央を目指して華麗なステップを踏む。

そしてあろうことか、件のボクサーもどきの魔物は

対戦相手を射程圏内に捉えると跳躍するのをやめ、

ベタ足のインファイターの如くその場に踏み留まり、

打ち合いに応じる姿勢を見せたのだ。


「おー、やってるやってる

 ちょうど始まったばっかかぁ?

 間に合ってよかったな!」


声の主は鳩中剣。

先日の対人戦で公開処刑された男子だ。

おそらく大上を心配して様子を見に来たのだろう。

彼の他にも男子1人と女子2人の姿が見えたが、

杏子は彼らの名前を知らなかった。

無論、安土と関わりの無い者たちだったからだ。



それはそうと、大上と魔物の戦闘は

まずカンガルーの先手で開始された。


だが当たらない。

カンガルーの放ったジャブは大上の頬を掠め、

その後のストレートも虚空を穿つ。


「ヒュ〜、あっぶねえ!

 今のはギリギリだったぜ!」


「え、何?」

「なんて言ったんだ、鳩中?」

「早口すぎて聞き取れない」


開幕ワンツーを外してしまったカンガルーだが、

めげずに次の手──フックの連打に取り掛かった。

しかし、それもすんでのところでかわされる。

大上のダッキングが間に合ったのだ。


「おっ、それも避けるかぁ!

 大上の奴、結構いい目してやがんな!」


「何か言ってるのはわかるけど、

 何を言ってるのかわからない」

「鳩中、もう少しゆっくり喋ってくれ」

「コンマ数秒の攻防をリアルタイムで実況されても」


続いてカンガルーはジャブ、シャブ、アッパーと

繰り出してみるものの、やはりこれも回避される。

大上の集中力が成せる業である。


「お〜い、大上ぃ!

 相手の攻撃を避けるのも大事だけど、

 お前からも手出さないと倒せないぞ!」


「ああ、わかってる!

 このラウンドは様子見だ!

 まずは敵のリズムを覚えないと!」


「へえ、初めて魔物と戦うにしちゃあ

 やけに冷静じゃねえか!

 見てる方は安心だぜ!」


「そりゃどうも!」


その後も大上のディフェンスは冴え渡り、

1発もクリーンヒットを貰わずに時間が過ぎてゆく。


「大上君……すごい!」

「ちゃんとついていけてるな……」

「鳩中君との会話に……」




あっという間に3分が過ぎ、

カンガルーが後退するのに合わせて

大上も反対方向へと歩き、友人たちに出迎えられる。

彼らは用意した小さな丸椅子に大上を座らせると

急いでタオルで汗を拭き取り、うがいをさせてから

次のラウンドに備えて作戦の確認を行なった。


「よーしよし、よく無事に戻ってきた!」

「おかえり大上君! まだやれるよね!」

「次のラウンドは足使え、足!」

「ヒットアンドアウェイってやつかな?」


そんなやり取りを遠巻きに眺めていた杏子は、

自身が所属しているパーティーとの温度差を

嫌でも感じずにはいられなかった。


現状が苦痛だと言っているのではない。

何も不満は無い。むしろ幸せである。

安土桃太郎から能力を高く評価され、

彼のそばにいられることは大変な名誉なのだ。


ただ少しだけ、ほんの少しでいいから

あんなふうにふざけ合えるようになりたいと思い、

だが決してその願いを口にすることはなかった。


安土桃太郎は皆が思っているほど悪い人間ではない。

冷血漢ではあるが、彼も感情を持った生き物なのだ。

いつか誰かに優しくなれる日がきっと来る。

犬飼杏子はそう信じていた。




「ラウンド2、ファイ!!」


鳩中たちが持ち込んだゴングが鳴らされ、

両選手がリング中央で再び対峙する。

1ラウンド目とは打って変わり、

大上は積極的に手を出して攻撃を積み重ねた。


だが倒れない。

大上のパンチは的確にカンガルーの頭を射抜くが、

相手はまるでダメージを受けていないかのように

ピンピンとしており、動きが鈍る気配は全く無い。

それが魔物全般の性質といえばそれまでだが、

カンガルーパンチャー特有の能力も関係していた。


「自動回復だ

 チマチマと軽いパンチを積み重ねたところで、

 奴の回復量を超えるダメージを与えなければ

 いつまで経っても戦闘が終わらない

 あの魔物は攻撃力が低いことで有名だが、

 耐久力の高さが多くの事故を招いている

 ああやって遊んでいると無駄に体力を消耗し、

 そのうち他の魔物に囲まれて逃げ場を失うんだ

 ……まあ、このフロアに出現する他の魔物なんぞ

 取るに足らないザコばかりだがな

 もしここが学園ダンジョンでなかったら、

 大上はとっくに死んでいたかもしれない」


いつになく饒舌な安土の解説により、

カンガルーがやけにしぶとい理由が判明した。

このように危険度が低いとされる魔物でも、

舐めてかかるとその油断が命取りとなるのだ。


……と、その時。



バシン!と強い衝撃音が鳴り響いた矢先、

カンガルーパンチャーがふらふらとよろけ、

受け身を取ることなく横向きに倒れ込んだのである。


「ワン!!

 ツー!!

 スッ……」


レフェリー金子はそこまで言いかけ、

10カウントを中断して両手を交差する。

選手の意識が完全に途絶えていたのだ。


これにて試合終了……大上隼斗の勝利だ。


「うおおおお!! やったな大上ぃ!!」

「見事なKOだったよ!!」

「いや、足使えとは言ったけどさあ……

 フィニッシュがミドルキックってのはどうなんだ」

「まあボクシングの試合じゃないんだし、

 反則にはならないでしょ」


デビュー戦を華々しくKO勝利で飾った大上は

友人たちから祝福され、満面の笑みを浮かべていた。

初めての魔物との戦闘を、それも何も武器を持たずに

己の身一つで切り抜けたのだ。そりゃ嬉しくもなる。


だが、不可解な点がある。

大上の攻撃は相手に効いていなかったはずだ。

それがなぜ、最後の一撃だけは通用したのか。


「大上は最初からカウンターを狙ってたんだ

 それなら相手の勢いが上乗せされて威力が増し、

 非力なあいつでも致命打を与えられるという寸法だ

 ……まあ、安全靴の攻撃力もあっただろうが、

 そもそもあの魔物はボディーが異常に弱い

 予習さえしていれば誰でも勝てる相手だ

 あんなのはただのパフォーマンスに過ぎない」


おそらく杏子たちへの解説なのだろう。

安土は目を瞑りながらそう言い残し、

その場から立ち去ろうと振り返る。


だが、安土はクールに去ることができなかった。


この時の彼は完全に油断していたとしか思えない。

何が彼をそうさせたのかといえば……あの男だろう。

まあとにかく、安土桃太郎は失態を犯したのである。




「うおっ!?」

「あんぎゃ!?」


安土が振り返った先には、

鬼島神楽が立っていたのだ。


否、彼女はただ突っ立っていたのではない。

ドサクサに紛れて杏子に抱きつこうとしていたのだ。

安土はその思いがけない変態行為の回避に失敗し、

2人は(もつ)れ合うようにして地面に倒れたのである。


その時に唇と唇が……という展開にはならず、

代わりに安土の刀と鬼島神楽の杖がぶつかり合い、

その接点から恐ろしく膨大な魔力が放出されたのだ。


しかしそれは一瞬の出来事であり、

次の瞬間には何事も無かったかのように

ダンジョンの中は平和そのものだった。

強力な魔力放出があったにも拘らず

魔物が引き寄せられないのは不思議だが、

それよりもっと不思議なのは2人の反応だ。


安土桃太郎と鬼島神楽は転倒時の体勢のまま固まり、

目を開けてはいるが意識は半濁の状態であり、

わずかに口を動かしてはいるが言葉にはならず、

だが確かに両者の間では会話が成立しているような、

なんとも言えない不気味な光景であった。


急いで金子が診断を行った結果、

どちらも頭を打った形跡は見当たらず、

その他の負傷も無いと聞いて一同は安心する。

まあ、安土は全身鎧を装備していたので

当然と言えば当然ではあるが。



とりあえず一行は医務室を目指して歩き出す。

居合わせた中で最も大柄な男子の猿渡(さわたり)(ごう)

筋トレを兼ねて鎧を着たままの安土を背負い、

男嫌いの鬼島神楽はあとで文句を言われないように

女子の中で一番体力のある猪瀬が担当した。


その際、杏子は安土の刀を運ぼうとしたのだが、

柄に触れた途端に意識を失ってしまい、

自分も運ばれる側となったのだ。

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