第三十九話:冥府の守護者
冥府の門が完全に開かれた瞬間、空間が震えた。
対峙するのは、漆黒の甲冑に身を包んだ巨大な騎士。
その手に握られた剣は、まるで闇を凝縮したかのような禍々しさを放っている。
《冥府の守護者》——冥府の入り口を守る存在。
生と死の均衡を乱す者を排除するためだけに存在する、自律した執行者。
「……お出迎えが随分と厳重だな」
レイヴンは静かに呟いた。
「ええ、そうでしょうね。ここを通るということは、この世界の理を越えようとするのと同じこと。生者であれ、死者であれ、関係なく拒まれます」
レクシアが淡々と答える。その横顔には、どこか険しい影が落ちていた。
それも当然だった。
この守護者は、冥府の存在そのものと繋がっている。
もしレイヴンが「冥府の支配者」として認められていなければ、この戦いは始まる前から決して勝ち目のないものだった。
だが——
「俺には、試すべきことがある」
レイヴンは軽く手を掲げた。
彼の影がうねり、そこから無数のアンデッドが姿を現す。
骸骨兵たちが剣を振りかざし、幽鬼が空を舞い、死霊騎士が馬を駆る。
すべてが《冥府の魔王の証》によって強化された軍勢。
「行け!」
レイヴンの号令とともに、死者の軍勢が守護者へと殺到する。
しかし——
「……ッ!?」
次の瞬間、守護者が剣を振るうと、黒い刃の波動が空間を裂き、前衛の骸骨兵たちが一瞬で消し飛んだ。
「チッ、まるで大鎌で刈り取るみたいに……!」
レイヴンは舌打ちする。
一撃で数十体のアンデッドが消し飛ばされる。
それほどの力を持つ相手を、真正面から打ち崩すのは難しい。
だが——
「だったら、別の方法で行くしかないな」
レイヴンは冷静に戦況を見極める。
目の前の守護者は、圧倒的な力を持つ存在だ。
だが、単なる戦闘力だけで見るなら、過去に倒したレイドボスとも遜色ないはず。
違うのは、相手が「生者を許さない存在」であるという点——。
「ならば、俺が《生者ではない》ことを証明すればいい」
レイヴンは手をかざし、新たなスキルを発動させた。
「《冥府の誓約》——」
その瞬間、レイヴンの体を覆っていた魔力が変質し始める。
生者と死者の境界が曖昧になる感覚。
肉体ではなく、魂そのものがこの世界に同化していくような——。
「……なるほど、これが冥府の力か」
自らが《死者》であることを認めることで、冥府の力を引き出す。
その変化を前にして、守護者の動きが一瞬止まる。
「やはり、そういうことか」
レイヴンは確信する。
この守護者は「生者」を拒む存在。
ならば、自分を「生者ではない」として認識させれば、敵意を向けられることはない。
「……お前は、俺を通すのか?」
レイヴンが問いかけると、守護者は微かに剣を下げた。
だが、その瞬間——
ガキィィンッ!!
守護者の剣が弾かれ、黒い衝撃波が空間を切り裂く。
「な……!?」
驚くレイヴンの前に、新たな影が現れる。
それは——
もう一体の《冥府の守護者》。
レクシアが息を呑んだ。
「……やはり、最初の一体だけではなかったのですね」
守護者は一体ではない。
レイヴンがこの先へ進もうとする限り、次々と新たな試練が待ち受けている。
「面白くなってきたな……」
レイヴンは小さく笑みを浮かべ、再び戦闘態勢を整えた。
そして、冥府の門の先に広がる試練へと、再び足を踏み出した——。




