第三十一話:死の果てに待つもの
漆黒の空間に、白く発光する霧が漂っている。周囲には無数の影のようなものが蠢き、低いうめき声が響いていた。
ここは冥府の最深部——《忘却の淵》と呼ばれる場所。
レイヴンは床に片膝をつき、肩で息をしていた。全身に深い傷を負い、漆黒のローブは裂け、腕にはアンデッドの召喚痕が浮かび上がっている。
「……さすがに、限界か」
目の前には、巨大な影のような存在——《冥獄の王》アルヴェリオンがそびえ立っていた。
冥府の最奥を守護する存在。ゲーム内でも一切情報が出回っていない、未知の存在だった。
周囲には、レイヴンが召喚したアンデッドたちが散らばっている。だが、彼らはすでに再起不能。再召喚する余力も残っていない。
敵の攻撃を受ければ、間違いなく即死するだろう。
「……まあ、ここまで来られただけでも十分か」
最後の手段として、レイヴンは《死霊爆破》の詠唱を開始した。自身のアンデッドの残骸を起爆し、大ダメージを与えるスキルだ。
たとえこの身が滅びようとも、せめて何かを残してやる——
そう覚悟を決めた刹那、アルヴェリオンが動いた。
巨大な影の剣が振り下ろされる。
レイヴンの視界が、漆黒に染まった。
そして、意識が——断たれた。
※
次の瞬間、レイヴンは目を開いた。
目の前には、見慣れた光景が広がっている。
「……冥府?」
暗闇に包まれた冥府の入り口。彼が最初に訪れた場所だった。
死んだからには、どこかの復活地点に戻されるのが通常の流れだ。しかし、なぜかログイン地点でもなく、ダンジョンの入口でもなく、冥府の入り口にいる。
違和感を覚えながら立ち上がった瞬間、さらなる異常に気づいた。
「……? 経験値も、スキルも、全部そのまま?」
普通、プレイヤーが死亡すれば経験値やスキルポイントの一部が失われる。特に高レベル帯では、死によるロスが大きく、慎重なプレイが求められる。
だが、今のレイヴンは——何一つ失っていない。
いや、それどころか……
「……冥獄の王との戦闘記録が、残っている?」
本来、死亡すれば戦闘データや記憶は途切れる。だが、彼のスキル履歴には、つい先ほどまでの戦闘ログがしっかりと刻まれていた。
まるで——「死」が存在しないかのように。
この異常に、レイヴンの背筋が冷たくなる。
「……どうなってる?」
だが、答えを知る者はどこにもいなかった。
漆黒の冥府に、ただ静寂だけが満ちている。
レイヴンは深く息を吐き、もう一度、冥府の奥へと足を踏み出した。




