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異常現象解決します 澄川事務所  作者: 神木ユウ
第三章 事故物件
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第八十二話 ずっと望んでいた日常

 事件が解決して平和を取り戻したアパートは、被害に遭った住人が出ていくかと思われたが、意外にも全員がそのまま生活している。確かに大変な目には遭ったものの、それが解決されたことが目に見えていたからだろう。話を聞く限り、運が悪ければ他の地でも同様の事件は起こり得る。だとすれば、既にそれが解決されたこのアパートに住む方がむしろ安全ではないか。住んでいる人々は皆そう考えていた。


 もう妙なクレームで住民が出ていくことはないため、大家としては他の一般的なアパートと同等まで家賃を上げることも出来るのだが、値上げ幅はわずかなものだった。地鎮祭を怠ったことが原因の一端であるため、事件発生のお詫びとしてそのような対応となったようだ。


「ねえ、若葉ちゃん」


「なーに?」


 和はアパートの自室でふわふわと浮かんで漂っている幽霊に話しかけた。


「若葉ちゃんはこのまま生活してたら成仏はしないってことで良いの?」


「多分? わたしにもよく分かんないけど、流凪ちゃんがそう言ってたし」


 流凪が言うには、若葉と和の間には繋がりがあり、それを通して生命力が若葉へと流れている。だから若葉の存在は幽霊としては異常なほど安定していて、何らかの原因で繋がりが切れたり若葉が限界を超えるほどに力を使ったりしない限りはその存在が消えることはないという。


 ただし、和が弱るとそれにつられて若葉も弱ってしまうため、和が健康的に生活することが大切らしい。


「だからこれから和ちゃんと一生一緒だね!」


「うん、そうだね!」


 若葉が人から見えないように姿を消すことは可能であるものの、若葉と和が離れることはない。そして、死ぬ時も必ず一緒だ。和が死ねば若葉も消える。人によっては重い、わずらわしいと思うだろうその状況を、しかし二人は当たり前のように喜んでいた。自分のせいで死んでしまったと思っていた一番の友人とまた一緒に過ごすことが出来る。ずっと傍にはいてももう二度と話をすることは出来ないと思っていた一番の友人とまた当たり前のように話が出来る。


 二人がまた一緒にいる。それが何よりも嬉しい事実だった。



 ピンポーン



 呼び鈴が鳴る。はいはーい、と返事をしながら扉まで近付いていけば、外からこんにちはーと聞き覚えのある声が聞こえてきた。扉を開けてみれば、予想通りの人物が立っている。


「いらっしゃい、綺季ちゃん」


「お邪魔します、和先生、若葉さん」


「やったー、綺季ちゃん遊ぼ―!」


「ちょちょ、ちょっと待ってくださいね、若葉さん」


 若葉が綺季の手を引っ張って中へと迎え入れる。綺季としても遊ぶこと自体はやぶさかではないが、それよりも前にやらなければならないことがあった。


「和先生、失礼しますね」


「うん、どうぞ」


 綺季が和の右手を両手で包み込むように握る。そして祈るように目を閉じた。それを眺めてニコニコしている和を眺めてニコニコしている若葉。若葉の視線に気付いた和の頬がわずかに引きつっていた。


「はい、大丈夫そうですね」


「ありがとう、綺季ちゃん」


 綺季が何のために和の部屋まで来たかというと、和の様子を見るためだ。流凪からの大丈夫だというお墨付きはあるのでそこまで心配はしていないのだが、しかし突然様子が変化するという可能性もゼロではない。なので、綺季は定期的に和の様子を見に来ると申し出たのだ。それを和が断る訳もないので、こうして検診しているのである。


「終わったー? じゃあ遊ぼー!」


「はい、大丈夫ですよ。何をしましょうか」


「うーんとねー、鬼ごっこ!」


「室内で、ですか? 下の階の方に迷惑にもなりますし、別のことにしませんか?」


「えー、じゃあゲームしようよ。和ちゃんも」


「うん。じゃあ皆でやれるゲーム準備するね」


 テキパキとパーティーゲームの準備を進める和。その傍ら、綺季の様子が気になったので尋ねてみた。


「綺季ちゃん、何かあった?」


「え? 何かとは、何でしょう……?」


「うーん、分からないけど、ちょっと落ち着いた? かなって思って。心境の変化とか、何かあったのかもって」


 以前の綺季なら、若葉の鬼ごっこという提案を受け入れるかどうかは別として、もっと違う反応をしていたかもなと思ったのだ。以前までの綺季が何に対しても常にオーバーリアクション気味だったという訳ではなく、落ち着いた普通の反応をする時だってあったので気のせいかもしれないとも思ったのだが、何となく落ち着いて見えた。それは、ずっと綺季を観察していた和だからこそ気付いたほんの小さな変化だった。


「自分では分からないのですが……最近お父さんが相談に乗ってくれるようになったんです。それでかもしれませんね」


 綺季はいつも忙しいからと言って父に話を聞いてもらえなかった幼少期を思い出す。だから、母が出て行ってからはあまり相談することもなくなっていた。特別な力を持って生まれてきたのは自分なのだから、誰かに頼ったりせずに自分の力でどうにかするべきなのかなとも思っていたのだ。だからこそ、勇気を出して友人に頼ることが出来た時はとても嬉しかったものだ。


 それが、急に父に言われたのだ。何か力になれることがあったら何でも言いなさい、と。その後付け加えるように、能力のことでも構わない、と言っていた。どのような心境の変化があったのかは分からないが、父が初めて真っ直ぐ自分を見てくれたように感じられた。


 それが嬉しくて。友人たちも、父も、意外と自分のことをちゃんと見ていてくれるのかもしれない、と。そう思えた。


「……そっか。良いことなら良かった」


「はい、大丈夫です。先生も、わたしのことをとっても見てくださっていて、嬉しいです」


「うん、わたしは先生だからね。ちょっとトイレ行ってくる」


 どこか恥ずかしそうに立ち上がりトイレに向かう和。その後ろを、空中を滑るように若葉がついていく。


「…………若葉ちゃん。何回も言ってるんだけどさ、トイレについてこられるのは恥ずかしいよ」


「えー、だってわたしは和ちゃんと離れられないし」


「トイレまで入ってくる必要があるほどじゃないでしょ!」


「良いじゃん、和ちゃんだって何回もわたしのトイレ見てるんだから!」


「それは昔の話だし若葉ちゃんがおもらしするからっていうか見る方は良いの! 見られるのは恥ずかしいの!」


「ズールーいー!」


 トイレの扉の前で押し合う和と若葉。しばらく言い合いながらそうしていたのだが、段々と和の勢いが弱まっていく。


「ちょ、ちょっと若葉ちゃんこのままだと漏れちゃうから!」


「和ちゃんが抵抗するからだよ!」


 和の足踏みが段々小刻みに速くなっていく。本当に限界が近いのか、助けを求めるように綺季の方を見てきた。


「綺季ちゃん、幽霊の侵入を防ぐお札とかない!?」


「え? えーっと、なくはないですが、それをすると繋がりが切れてしまうので……そもそも今は手元にありませんし」


「ほらほら、諦めて一緒にトイレ入ろうよー!」


「くぅ、もーっ!!」


 漏らすよりはマシだと判断したのか、和が若葉と共にトイレに入っていく。少ししてトイレから出てきた和の顔は赤く、若葉は何故か満足気だった。



 和と若葉、そしてたまに綺季も混ざって、これからも賑やかで平和な日常が続いていく。



 幽霊と人間の不思議な共同生活は始まったばかり。



 しかし、これだけは二人とも確信している。




 きっと、ずっと楽しい毎日が待っている。


 後は登場人物一覧を投稿し、第三章 事故物件は完結となります。ここまでお読みくださった皆様、ありがとうございます。第四章の投稿はまたしばらく間が空いてしまいますが、良ければお待ちください。

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