第八十話 強くなる方法
高木道綺季は素直で真面目な良い子である。困っている人がいるなら見返りなど考えず助けるべきだと思っているし、自分には他の人と違う能力があって自分にしか出来ないことがたくさんあるのだから、それを人のために役立てるべきだと思っている。
そして、自分に出来る努力は全てするべきだと思っている。
今現在可能な範囲で頑張ればそれで良いなどという安定思考は一切ない。やれることは全てやる。そしてそれが大変だなどとは思わない。それが高木道綺季という少女なのだ。
「きっと強くなって流凪様のお役に立てるようになって見せます!」
そう言って頭を下げ懇願する綺季。それは流凪にとってもそう悪くない話に思える。確かに鍛える手間はかかるかもしれないが、流凪の手が届かないところを綺季に任せられるならありがたいことだ。以前希美の祖母の家へ行ったように、流凪だって常にこの街にいられる訳ではない。ちょうど流凪がいない時に事件が起きたら、希美たちは誰が守るのか。そういう意味では綺季が頼りになるくらい強くなってくれたらありがたい。
それは分かった上で。
「ゴメンねー」
流凪は綺季のお願いを断った。
「何故ですか!?」
「うーん、何て言ったら良いかな」
言葉を選ぶように目を閉じて考える流凪。流凪だって別に意地悪をしたくて断っているのではない。断る理由があるから断っている。その理由をどう説明したものか悩んでいるのだが、その悩む表情を見て何か勘違いしたのか、綺季が落ち込んだように下を見た。
「もしかして、全く才能がないから鍛える意味がない、とかでしょうか……」
「え? 綺季ちゃんは才能あると思うよ?」
流凪からそんな返事が心底不思議そうに出てきたことで、自分の勘違いを覚った綺季。ならば鍛えてくれても良いじゃないか、と思ったが、流凪が何の意味もなく断るとは思えないとの考えから言葉を飲み込んだ。実際には流凪は何も考えずに曖昧なことを言うことも多いのだが、今回は綺季の考えの通り、理由がある。
「綺季ちゃんはさ、自分の力の根源が何か分かる?」
「根源、ですか。生まれつき持っていた力ですから、あまり意識したことはありませんが……輪豊神社で祀っている神様、でしょうか」
綺季の家である輪豊神社は、豊穣の神を祀っている。日本において豊穣の神と言えば所謂お稲荷様、宇迦之御魂神が一般的だが、輪豊神社が祀っているのはそれとは別の神だ。神社に残された書物には、日照り続きで乾き切った土地を祈祷にて呼んだ雨によって潤し人々を救った僧を称えるため建立された、と書かれている。つまり、人の身でありながら雨を呼ぶことが出来るほどの力を持った人物を神として崇めたのが輪豊神社の始まりであり、綺季の想像通りならその人物こそが力の根源となる。
「じゃあその根源を感じることは?」
「いえ……分からないです」
綺季が扱う力は、何か訓練をした結果身に付けたものではない。物心ついた頃には既に使い方を本能的に理解していたものであり、誰かに教わったこともないし教科書を読んだりもしていない。元々力を使えたのだから、当然その力の源について考えたこともなかった。
「流凪様はご自身の力の源が分かるのですか?」
「うん、分かるよ。ここにいるからね」
流凪は己の胸を指さす。今は眠っているが、流凪の身には神が宿っており、流凪の力はその神が根源だ。生まれた瞬間からずっとその神の存在を感じながら生きてきたため、流凪は自身の力の源について完璧に理解していた。
ただ、それはつまり流凪も綺季と同様、誰かに教わったり教科書を読んだりした訳ではないということを意味している。
「わたしたちの力っていうのはさ、誰かに教わって鍛えるものじゃないんだよ」
「それは……」
「自分の力の根源を理解して、その力の引き出し方を覚える。それしかないんだよねー」
「なるほど……」
確かに流凪は強い力を持っているが、流凪に力の使い方を教わったからといって強くなれはしない。それは綺季の才能がどうとかいう話ではなく、誰でもそうなのだ。能力者にはそれぞれに力の根源があり、それによって鍛え方は様々。体を鍛えれば自然と強くなる場合もあるし、心の強さがそのまま力の強さになることもある。特定の条件を満たすと進化する、などと考えれば分かりやすいだろう。
「まあでもアドバイスするとすれば……」
「アドバイスがいただけるのですか!? 是非お願いいたします!」
「想像力が足りない、かな」
「そ、想像力、ですか……?」
あまりにも予想外のアドバイスに、綺季は困惑の表情を浮かべた。こういうことをすると力が強くなりやすいよ、とか、多分綺季の力の鍛え方はこうな気がする、とか。そういったアドバイスがもらえると期待していたのだが、流凪のアドバイスは全く具体性がない一言、想像力が足りない。
「あの、も、もう少し詳しく教えていただけますか……?」
「んー、綺季ちゃんは多分もっと色々出来ると思うんだよねー」
流凪のアドバイスは綺季には難しかった。色々出来るとはどういう意味なのか。今でもそれなりに色々やっているつもりなのだが、足りないという意味だろうか。答えが出ずに悩む綺季に、意外な所から助け船が出された。
「神社にある伝説みたいなことが出来るってことじゃない?」
「え?」
ずっと黙って流凪と綺季の話を聞いていたクラスメイトから唐突に飛び出した意見に、自然と綺季の顔がそちらを向く。
「ほら、あの神社って雨を降らせた伝説とかあったでしょ? 綺季ちゃんもそういうこと出来るんじゃないかなって」
「詳しいですね」
「あ、うん、ちょっと興味あって。結構覚えてる方だと思うよ」
クラスメイトからもたらされた意見を参考に、考えてみる。もっと色々なことが出来るというのが、綺季なら伝説にあるようなことが出来るという意味だとするなら、綺季は現状全く力を使いこなせていないということになる。
いや、力を使いこなせていないというよりは。
「わたしにはもっと力がある。もっと幅広い使い方が出来る。そういう意味ですか」
「そーそー、そんな感じ」
流凪が感じ取っている綺季の力と、綺季が使っている力に差があるのだろう。綺季ほどの力があればもっと様々なことが出来るはずなのに、綺季がやっているのはお札に込めた力を開放するというだけ。確かにお札を使って色々な現象を起こしてはいるが、本来の綺季の力はそんなものではない、と。考えればもっと幅広くやれることがある。
だから、想像力が足りない。
「何となく、分かったような気がします。ありがとうございます、流凪様」
「わたしは何もしてないよー」
「あと、皆さんにお願いがあるのですが……」
「ん? 何々?」
「あの、もし良ければ、なのですが、鍛錬に付き合ってもらったり、とか、しても良いでしょうか?」
もじもじしながら、恥ずかしそうに、綺季がクラスメイトたちにお願いをした。今までずっと一人で力の使い方を考えてきた。誰かに話しても信じてもらえるとは思えなかったし、もし話して怖がられたらと思うとなかなか話すことが出来なかった。父は力の存在は知っているが、力について詳しいことは何も分からないと言う。出て行った母のこともあり、積極的に聞こうとは思えなかった。
だから、綺季は初めて誰かに自分の能力について協力を求めた。
それに対する返答は。
「もっちろん!」
「よく分からんけどオッケー!」
「協力出来ることがあるかは分かんないけど、出来るだけのことはするよ」
笑顔での了承。そんな友人たちの笑顔につられて、綺季も自然と笑っていた。目の端に涙を浮かべながら、満面の笑みで、友人たちへと飛びつく。
「ありがとうございます!!」




