第七十九話 遅くなった地鎮祭
アパートの前に関係者が集まり、巫女装束の高木道綺季が祝詞を奏上する。通常なら建築工事の前に行われるべきだし、祝詞の奏上を巫女がすることもないのだが、今回は事情が異なる。そもそも既に建築は完了してしまっているためどうしようもない。儀式を綺季が行っているのは住人らの希望だ。自分たちを守るために必死に戦ってくれた綺季になら全てを任せられるという意見に従い、儀式を行うことになった。
この場には流凪と玲もいる。万が一、神が儀式にちょっかいをかけてきた際に対処するためだが、流石にそんなことにはならないだろうと予想していた。後付けとはいえ神の希望通りに儀式を行っているのだから邪魔される筋合いはないし、そもそもこんな儀式を執り行わずとも恐らく神はもう気にしていないだろう。呪いのことを覚えているかどうかすら怪しいものだ。
予想通り、儀式はそのまま何事もなく完了した。
「ねえねえ、君は綺季ちゃんのお友達? お名前聞いても良い?」
「んー? そうだよー。澄川流凪、よろしくねー」
その場が解散となると、三人の女子高生が流凪へ話しかけてきた。綺季のクラスメイトだ。アパートの住人はその内の一人だけなのだが、事件に巻き込まれた他の二人も儀式に参加したいとのことで集まっている。
「結局ウチらはあの事件について何も分かってないんだけどさ、きっと君が解決してくれたんだよね? ありがとねー」
「写真撮って良い? ポーズしてポーズ。イエーイ!」
「いえー」
流凪の左右と背後を三人で囲んでスマホを構える女子高生ズ。その元気さには全くついていけない流凪だが、別に嫌な訳ではないので言われた通りに右手をチョキにして前に突き出す。撮影した写真を見てキャーキャー騒ぎながらその写真を共有している女子高生たちはどこまでも楽しそうだ。
「メイドさんも名前聞いても良い? 一緒に撮ろー」
「え? あ、はい、篝火玲と申します。あ、いえ、わたしは」
「遠慮しなーい。こっちこっち。流凪ちゃんの隣入ってー」
もちろん本気で抵抗すれば玲がただの女子高生に引っ張られることなどありはしないが、厚意で誘ってくれている相手にそんなことをするのも気が引ける。そんなことを考えている間に流凪の隣まで引っ張り込まれ、再び構えられたスマホがシャッター音を鳴らした。
「んー、この写真最高! 二人とも映え過ぎー!」
「ねー! 何かウチらまで美少女になった気分!」
「いや、元々美少女だが? 流凪ちゃんたちとは比べられんけど元々美少女なんだが?」
「はは、ウケる」
「はぁ!?」
喧嘩しているかのように騒ぐ彼女らだが、その表情は楽しそうなままだ。きっとこれが彼女らのいつも通りのやり取りなのだろう。この短い時間の中でも仲が良いのだろうなと思わせるその姿を見ていると、流凪と玲も自然と笑うことが出来た。
「つか、こんな喧嘩してる場合じゃなくね」
「あ、そうじゃん。アンタなんかの相手してる暇ないんだった」
「おい」
「流凪ちゃんに聞きたいことがあるんだけど、良い?」
改まっての問いかけに、流凪は首を傾げつつも頷きで返す。ふざけながらする質問ではないようだが、だからといって深刻な相談などではなさそうな雰囲気に見えるため、特に身構えることもなく続きを促した。
「これ聞いて良いのかもよく分かんないから駄目だったら駄目で良いんだけど、綺季ちゃんとか流凪ちゃんって人間じゃなかったりするの?」
今回の事件で、彼女らはこの世界に不思議なものが存在することを知った。奇妙な触手がいて、幽霊がいて、不思議な力を使う人がいる。彼女らにしてみれば、不思議な力を使う人のような存在は、人間に力が宿っているのかそもそも人間ではないのか、どちらなのか判別出来ない。だったら気になるから聞いてみよう、と。
それは単なる好奇心だ。彼女らの表情からは恐怖や嫌悪は感じ取れない。もし人間ではないなら今後の付き合いを考えようなどと思っている訳ではなく、本当にただ気になったから聞いているだけなのだろう。
「ううん、人間だよ。ちょっと普通じゃないとこがあるだけ」
「へー、そうなんだ。じゃあ玲さんもスッゴイ運動が出来るだけの普通の人?」
「いえ、わたしは……」
「玲は幽霊に近いよ。体は大体人間だけど」
「幽霊じゃないってこと? 若葉ちゃんとは違うの?」
「同じだけど違うって感じ?」
「へー、よく分かんないや」
答えを全て理解出来た訳ではないものの、元々理解出来ないだろうと思って聞いている内容だ。理解出来ないならそれで良いということで、質問はそこで切り上げられた。事件中に怖い思いもしただろうに、不思議な力に対して偏見も持っていないし関わりたくないと離れていく訳でもない。むしろ積極的に話しかけて質問して理解しようとしてくれる。流凪や玲にとってありがたい、とても優しい子たちだ。
「流凪様、お待たせいたしました! 遅くなり申し訳ありません!」
そんな話をしていると、儀式の片付けを終えた綺季が全速力で駆け寄ってきた。実は儀式が始まる前に、終わったら待っていて欲しいと流凪に頼んでいたのだ。ちゃんとあらかじめお願いしていて流凪も了承したことだし、楽しくお話していたので全く待たされた気分でもないし、流凪としては謝ってもらう必要もないと思っているのだが、綺季としては自分の都合で流凪の時間を奪っていることが非常に申し訳ないようで、ペコペコと何度も頭を下げている。
「大丈夫だよー」
「ありがとうございます!」
その様子を近くで見ていた綺季のクラスメイトたちは、不思議そうに互いの顔を見合わせていた。何故綺季はここまで流凪に対して下手に出ているのだろうか。事件の時の様子からして流凪の方が力が強そうだったし、序列とかあるのだろうか。意外と厳しい上下関係があるのかもしれない。実際は綺季が勝手に下手に出ているだけで上下関係などないのだが、そんな勘違いをしていた。
「流凪ちゃん、もしかしてわたしたちも敬語とか使った方が良さそう?」
「そういえば、流凪ちゃんめっちゃ豪華な服着てるもんね。メイドさん連れてるし」
「えっと、出来れば今までの無礼は許して欲しいなーなんて」
「普通で良いよー」
「でも綺季ちゃんは何かスッゴイ畏まってるし。あたしたち相手の時も結構だけど、いつもよりだよね」
「あ、これはわたしの流凪様への敬意の表れなので気にしないでください!」
そこから綺季による流凪の偉大さ解説が始まった。その身に神を宿しているとか、誰よりも強大な力を持った存在だとか、その力が一般的な能力者と比べてどれほど大きいのかとか。切れ間のない語りは五分近く続き、その内容が理解出来たり出来なかったりする女子高生ズは曖昧に相槌を打ちながら最後まで話を聞いていた。最終的に、流凪は最強の霊能力者であるということと人助けをしているということくらいしかまともに理解出来なかった三人だったが、流凪は凄いんだなということだけは充分に刻み込まれたのだった。
「それで、綺季さんの用事というのは何でしょうか」
「あ、そうでした! 申し訳ありません流凪様、玲さん、更に時間を取らせてしまって」
やっと話が途切れたタイミングで玲が話しかけると、ハッとした綺季はもう一度頭を下げた後、やっと本題に入る。それは、今回の事件で自分の現在の実力と経験不足を痛感した綺季の心からのお願い。
「流凪様、わたしを鍛えてください!!」
綺季はそう叫びながら、流凪に向かって深々と頭を下げた。




