第六十九話 聞き込み調査
一通りの準備を整えた綺季は、巫女姿で住宅街を歩いていた。現在時刻は午後四時半を過ぎたところ。怪異に対応するには早い時間だ。もしかしたら流凪ほどの力があれば別なのかもしれないが、綺季では活動していない怪異を見つけるのは不可能ではなくとも難しい。怪異が活発に活動するのは当然夜が多いため、もし怪異を祓おうと思うのなら、もっと遅い時間に動かなければ意味がない。
しかし、今回の綺季の目的は怪異を祓うことではない。いや、もし存在しているのなら祓ってしまおうとは思っているが、最初にやるべきなのはそれではないというべきか。
「えーっと、まずはどうしようかな」
目的地に着いた綺季は、これからの行動を考える。目の前にあるのは、二階建ての古びたアパートだった。見る限りでは古いだけで特に異常はないように見えるが、やはりこの時間だからということも考えられる。実際に問題がないかどうかは夜にならなければ分からない。それなのに何故この時間に来たのかといえば、当然この時間だからやれることもあるからだ。
「あっれー、綺季ちゃんじゃん。やっほー」
「ホントだ綺季ちゃん、偶然だねー」
「いや偶然て。このアパートに用があるんじゃないの? ならここに住んでるアンタと会うのは偶然じゃないし」
出かけていて帰ってきたところだろうか。綺季と同じく天路ヶ丘高校に通っている女子生徒が三名連れだって歩いてきた。その内の一名がそのまま近付いてきてわしゃわしゃと綺季の頭を撫でてくる。いつものことだ。小柄で幼く見える綺季は学校で可愛がられており、このように何の意味もなく撫でられたりお菓子をもらったりということは日常茶飯事だった。現在撫でているこの一名が特別という訳ではなく、他にもこんな対応をしてくる同級生が何人もいるのだ。
「ちょうど良いところで会えました!」
三人の姿を見て目を輝かせる綺季。流石にこうして会っただけでこんなに喜ばれるのは三人も初めてだが、綺季はいつもこうやって大きなリアクションで元気に受け答えをしてくれる。話していて楽しいのだ。それが綺季が可愛がられている理由でもあるだろう。
「うん? あたしに何か用がある感じ?」
「いえ、用ということもないのですが、最近何かおかしなことはありませんでしたか?」
そう、綺季の目的は、このアパートに怪異がいるのかどうかを聞き込み調査で特定することだった。いきなり怪異に喧嘩を売りに行って、それがあまりに強力な存在だったら大変なことになる。まずは調査。それによって敵の正体や強さを見極め、適切な準備をしてから挑む。昨晩準備したのはあくまで汎用的なものに過ぎない。敵が特定出来れば、それに合わせた準備も可能になる。もし何も怪異がいなさそうならそれで良いし、事前調査は大切な工程だ。
「おかしなこと……?」
綺季の問いに、三人は顔を見合わせて考える。しかし急におかしなことと言われても、何を答えれば良いのやら。例えば今朝、家を出る際に玄関で躓いてドアに頭をぶつけて痛い思いをしたが、それだって毎日あることではないのでおかしなことと言えなくもない。もちろん綺季が言いたいのはそういうのではないことくらい分かっているが、とはいえ何と答えたものか。
「ゴメンね、ちょっと分かんないや」
「ウチもー。ゴメン綺季ちゃん、何か思いついたら言うね」
「あたしもちょっと……おかしなことって言われてもなー。あ、そうだ」
「何かありましたか!?」
凄い勢いでグイッと顔を寄せてくる綺季の頭を押さえつつ、このアパートで独り暮らしをしている女子生徒は記憶を探るように目を上に向けて思い出しながら口を開く。
「昨日さー、このアパートの住人が急に出てったんだよね。そんでなんか大家さんがめっちゃ困ってそうだったなーって今思い出したわ」
「ふんふん、その方はどうして出て行ってしまったんでしょうか」
「そこまではあたしも分かんないなー。それなりの期間住んでたらしいんだけどね。急に。その人たちが出てったっていうのも大家さんが愚痴ってたのを聞いただけであたしが自分で見た訳じゃないんだけどさ」
「うーん……」
急に出ていくというのは確かにおかしなことではあるかもしれないが、しかしあり得ないとも言えない微妙なラインだ。その出ていったという人に話が聞ければ何か分かるかもしれないが、流石に難しいだろう。大家に聞いても個人情報を教えてもらえるとは思えないし、会う手段がない。
「あ、でもー、あたしは全然分かんないんだけどさ」
「はい」
「何かこのアパート、変な噂があって。異音がするーとか、物が勝手に動くーとか? で、前から出てっちゃう人が結構いたりするらしいよ。だから家賃もめっちゃ安いし」
「え、マジ? アンタそれ大丈夫なの? 事故物件とかってやつなんじゃ」
「ないない。だって半年くらいここに住んでるけどあたしは何にもなったことないし。その噂も何か気のせいとかなんじゃないの?」
「ホントにー? 楽観し過ぎじゃない? だって、何人も出てった人がいるんでしょ?」
「大丈夫だってー」
きゃいきゃいと騒ぎ始めた三人をよそに、綺季は今の話について考えていた。もし噂の通りなのだとしたら明らかに問題がある物件だが、しかし問題なく生活出来る人もいるようだ。今回出ていったという人たちもどうやらしばらくここで生活していたようだし、噂はあくまで噂であって事実ではないと考えた方が良いように思える。
だとしたら、何故その人たちは出ていってしまったのかという疑問は残るが、それは今考えて分かるものではないので置いておくとして。これでは怪異の存在があるのかどうかすら判断出来ない。単純に慌てて出ていかなければならない理由があっただけで、このアパートに問題がある訳ではないのかもしれないし、問題があるから出ていったのかもしれないし。
今の話だけで分かることは二つ。
一つ。もし怪異がこのアパートに憑いているのなら、そこらの木っ端幽霊よりは力を持っていそうだということ。噂が真実だと仮定すると、その怪異は異音を発生させたり物を動かしたりといった行動をしているらしい。だとすれば、物体にはっきりと干渉していることになる。霊感の強い人が偶然幽霊を見てしまって怖がって出ていっている、という軽い線ではなさそうだ。
二つ。もし怪異がいるとしたら、その怪異は無差別に人を見れば誰でも襲うというタイプではないようだ。このアパートを出ていった人たちの共通点は分からないので何とも言えないが、アパートの住人全員ではなく一部を狙って被害を出している。何か特定の人物に恨みを持っているのか、それとも気分か。今回出ていった人はしばらく住んでいたようなので、気分によるという可能性も高いかもしれない。
出来れば大家に話を聞いて、特定の部屋に被害が集中していないか確認したいところだ。もし一部屋だけならそこは使用禁止にしたりしていそうなものなので、恐らく部屋による区別はないのではないかと予想はしているが、何か分かることもあるかもしれない。大家に聞くべき内容を頭の中でまとめつつ、次の行動を決定した綺季は、早速大家に話を、と考えて動こうとする。
「お話ありがとうございました!」
「あ、もう大丈夫なの?」
「はい、色々分かりました!」
バイバーイと手を振りながら自分の部屋へ帰っていく女子生徒とその友達。手を振り返してそれを見送った綺季が、さて、と行動を開始しようとしたところで、また声をかけられた。
「あれ、綺季ちゃん?」
振り返った綺季の目に、近付いてくる和の姿が映った。




