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ボクっ娘小説家のトラブル解決ログ  作者: 卯月 絢華
Phase 03 熱可塑性プラスチック

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14/16

3

 事件現場――第一中学校の裏山――では、鈴村刑事が現場検証をしていた。

「絢華ちゃん、久しぶりですね。――鴻上製薬の件ではお世話になりました」

「そうだな。あの時、鈴村刑事が咄嗟の判断で救急車を手配してくれなかったら、僕はとうの昔に死んでいた」

「いえいえ。僕は刑事である以上、そういうモノを見逃せないんで。――それはともかく、絢華ちゃんは昨日被害者と接触していた。それは本当ですね?」

「ああ、本当だ。そこのプールで亀岡勝と一緒に話をしていた」

「なるほど。それで、吉岡美里さんと別れたのは何時頃でしょうか?」

「午後8時前だ」

「というと、その日のスイミングスクールが終わってすぐに別れたと」

「そうだ。――死亡推定時刻は分かるのか?」

「えーっと、鑑識によると――死亡推定時刻は昨日の午後10時頃だそうです」

 午後10時か。――僕が自傷行為で気を失っていた頃だな。もっとも、事件には何の関係もないのだけれど。

 鈴村刑事は話を続けた。

「それで、殺害現場にはこんなものがありました。恐らく、美里さんが遺したモノだと思うんですけど……」

 そう言って、鈴村刑事は僕に「何か」を見せてきた。「何か」は、土で汚れているが――最近流行りのキャラクターのぬいぐるみだった。

「――それ、『おむつうさぎ』か」

 僕がそう言うと、鈴村刑事は目を点にした。

「おむつうさぎ? なんですか、それ」

 仕方がないので、僕は「おむつうさぎ」について説明することにした。

「おむつうさぎは――その名の通り、頭にオムツを被ったうさぎのキャラクターだ。そのキモかわいい顔で、女子高生を中心に人気が高まっているんだ。――もっとも、僕はあまり好きじゃないのだけれど」

 どんなにそのキャラに対して嫌悪感を持っていても、矢張り目に入ってしまうモノは目に入ってしまう。それは常日頃から神戸の街を歩いているとよく分かる。

 特に、平日夕方の三宮センター街に行けば――そういう類のぬいぐるみをリュックサックに吊るしている女子高生をよく見かける。故に、興味が無くても強制的にそのキャラが目に入るのだ。――まあ、人間観察だと思えばそんなに気にならないのだけれど。

「おむつうさぎ」について説明したところで、鈴村刑事は納得した表情を見せていた。

「なるほど。――いわゆる『キモカワ系』のキャラクターなんですね。分かりました」

 それにしても、なぜ吉岡美里は「おむつうさぎ」のぬいぐるみを殺害現場に遺したのか? 僕にはそれが分からなかった。――何かのメッセージなのか。


 *


 鈴村刑事と話をしていると、寺内警部がやって来た。

「冬月君も来ていたのか。――まったく、災難な作家だな」

 咳払いをしつつ、僕は寺内警部に事情を説明した。

「僕がここにいるのは――事件関係者ということで。詳しいことは鈴村刑事から聞いてください」

 僕がそう言ったのを受けて、鈴村刑事が寺内警部に経緯を説明する。

「――冬月さん、昨日被害者と接触していたんですよ」

「そうなのか。――分かった」

 それから、鈴村刑事は寺内警部に「昨日の僕の行動」について順を追って説明していた。

 説明している端から――スマホが短く鳴った。メッセージの送り主は、藤崎沙織だった。

 ――ニュース、見たわよ?

 ――美里ちゃんが殺害されたのは、完全に不可抗力だと思ってる。冬ちゃんが落ち込むことはないと思うわ。

 ――こっちからも何か手助けしたいけど、あまりにも証拠が少なすぎる。

 ――今回は力になれないけど、多分……鈴村刑事がなんとかしてくれるはずよ?

 メッセージはそこで終わっていた。――ここは、矢張り鈴村刑事の力を借りるべきか。そんなことを思っている時だった。鈴村刑事が話しかけてきた。

「それ、沙織ちゃんからのメッセージ?」

「ああ、そうだ。――どうやら、彼女も殺人事件について知ったらしい」

「本来なら、僕と絢華ちゃん、そして沙織ちゃんの3人で事件を解決すべきなんだろうけど、ここは豊岡ですからね。――まあ、僕と絢華ちゃんの2人だけでなんとかしましょう」

 そうは言うが、僕は――不安を覚えていた。

「なんとかなるのだろうか?」

 僕の不安を、鈴村刑事が払拭(ふっしょく)していく。

「大丈夫。なんとかなりますよ」

 鈴村刑事がそう言うのなら――信じていいのか。

 そんなことを思っていると、部下の刑事が――何かに気付いた。

「鈴村刑事、少しよろしいでしょうか?」

「坂本刑事、どうされましたか?」

 坂本刑事と名乗った女性は、吉岡美里だったモノについて――何かを話したいようだ。

「実は、監察医と一緒に吉岡美里の遺体を検死していたんですけど、不審な点が多いんです」

「不審な点? どういうことでしょうか?」

「多分、首元に付いていた索条痕(さくじょうこん)から考えて、死因は絞殺だと思うんですけど――手足に赤い斑点が出ているんですよ」

 赤い斑点。――死斑(しはん)だろうか?

「坂本刑事と言ったな。少しいいか?」

「あっ、はい……何か、意見でも?」

 僕は、坂本刑事に赤い斑点の謎について説明していく。

「多分、それは――死斑と呼ばれるモノだ」

「死斑?」

「死に斑点と書いて、死斑だ。死因によって斑点の色が異なり、一酸化炭素中毒死なら赤色、亜硝酸ナトリウム中毒なら茶色、硫化物中毒なら緑色という風に変わる。赤い死斑が出ているということは――恐らく、吉岡美里は一酸化炭素を嗅がされて殺害されたんだ」

「なるほど……。そうだ、名前を聞いていませんでしたね」

「僕は冬月絢華だ。一応、職業は小説家だが――訳あって探偵をやることもある。刑事さんはなんていう名前なんだ?」

「えっ、私ですか? 私は――坂本麻璃亜(さかもとまりあ)と言います。兵庫県警捜査一課の刑事で、鈴村刑事は先輩に当たるんですよ」

「そうか。――今後とも、よろしく頼む」

 鈴村阿須賀に坂本麻璃亜――なんだか、この名前にちょっとしたデジャヴを感じたが、気の所為ということにしておこう。


 *


 その後も、僕は鈴村刑事や坂本刑事と共に事件の捜査を進めていたが――あまりにも手がかりが少なすぎる。そもそも、なぜ吉岡美里は中学校の裏山で殺害される必要があったのか? 僕にはそれが分からなかった。絞殺死体と赤い死斑、そして――土で汚れた「おむつうさぎ」のぬいぐるみ。手がかりは、この3つしかない。

 他に「吉岡美里が殺害された」という明確な手がかりがあれば、この事件はあっという間に解決するのだろうけど、裏山の森の中という殺害現場は――その現場が示す通り、迷宮のようなモノだった。

 ふと、吉岡美里だったモノに目を向ける。瞼は完全に閉じていて、一見すると――安らかに眠っているように見える。しかし、死因が絞殺による鬱血死ということもあって、首元には痛々しい索条痕が付いている。――太さからみて、ロープだろうか。

 仮に、ロープで首を絞めて殺したのなら――どこかにロープが落ちているはずだが、犯人も用意周到なのか、そのような類のモノは残されていなかった。――ならば、別の手立てだろうか?

 僕は、不謹慎だと思いつつ――スマホで吉岡美里だったモノを撮影していく。そして、撮影した画像は藤崎沙織のスマホへと送信した。

 数分後、スマホが短く鳴った。――言うまでもなく、彼女からの返事だろう。

 ――遺体の写真、見させてもらったわよ?

 ――索条痕ねぇ……。

 ――そうなると、矢っ張り絞殺の線よね。

 ――でも、ロープが残っていないとなると、犯人はどうやって美里ちゃんを殺害したかは分からないわね。

 ――私の方でも何か推理してみるけど、とりあえず基本は冬ちゃんに任せるから。

 メッセージを読み終わったところで、僕は――鈴村刑事を呼んだ。

「鈴村刑事、少しいいか?」

「は、はいっ! 冬月さん、何かありましたか?」

「――ここって、裏山だったな」

「はい、確かに裏山ですが……一体何が?」

「とりあえず、軍手を用意してくれ。――坂本刑事にも付き合ってもらう」

「さ、坂本刑事ですか? 分かりました」

 そう言って、鈴村刑事は坂本刑事を呼び出した。

「鈴村刑事、坂本刑事、よく聞いてほしい」

 2人の刑事に軍手を()めるよう指示しつつ、僕は「あるモノについて」の詳細を説明した。

「特に坂本刑事は嫌がるかもしれないが、これも刑事の仕事のうちだ。付き合ってくれ。――2人には、()()()()()()()()()()()()()

 案の定、坂本刑事はドン引きした。

「ま、マムシ!? それって、正気ですか!?」

 ドン引きする坂本刑事を横目に、僕は説明を続けた。

「僕は至って正気だ。――恐らくだが、犯人が吉岡美里殺しの凶器に使用したのは()()()()()()()()()だ。そして、マムシの死骸はこの裏山のどこかに放置されているはずだ」

 どうやら、鈴村刑事は乗り気らしい。――平気なのか。

「分かりました。――ここは、絢華ちゃんの考えに乗ろうと思います」

「ああ、そんな――少年の目をしなくてもいい。見つけるのは飽くまでもマムシの死骸だ」

 そう言って、僕は――十数年ぶりに第一中学校の裏山で探索をすることになった。


 *


 そうは言ってみたものの、矢張り簡単にマムシの死骸は見つからない。ましてや、人間を生きたマムシで殺害した上でマムシ自体を殺すとなると、捜索は困難である。

 マムシの捜索から1時間が経過しようとしていた。まるでツチノコを探すように、僕たちは裏山を歩いていた。日頃の運動不足が祟って、肩で息をしている。

 そんな中、2人の刑事は元気である。刑事は体力がないと務まらない職業だから当然だろうか。

 鈴村刑事が、僕に話しかける。

「マムシは見つかりましたか?」

 僕は、息を切らしながら鈴村刑事の質問に答えた。

「全然見つからない。――言い出しっぺは僕だから、責任は僕が負うべきなんだろうけど」

 そんな中、坂本刑事が――悲鳴を上げた。

「――きゃあああああああああっ!」

 真っ先に駆け寄ったのは、当然鈴村刑事だった。

「坂本刑事、どうされましたか?」

「ま、マムシ……」

 坂本刑事が指差す方を見たが――そこにあったのはただの朽ち果てたロープだった。

 僕は、冷静に答えていく。

「これは、ロープだな。それも、今回の事件の凶器とは無関係だ」

「そ、そうですか……」

 坂本刑事は少し泣き顔だったが、矢張りヘビが苦手なのか。そう思っていた時だった。

 ――なんだ、あれは。

 僕は、だらりと伸びたロープじゃない「何か」の方へと近寄った。当然、軍手は嵌めている。

 ロープじゃない「何か」は、ぐにゃりとした感覚をしていた。もっとも、軍手越しだとその感覚は余り分からないのだけれど。

 そして、僕は――ロープじゃない「何か」の先端を見て、確信した。

「――鈴村刑事、坂本刑事、来てくれ」

「絢華ちゃん、見つけたか!?」

「ま、マムシはもう嫌だ……」

 坂本刑事は若干魂が抜けそうだったが、そんなことはお構い無しで僕は「何か」を2人の刑事に見せた。

「僕の考えが正しければ――これが、吉岡美里を殺した凶器だ」

 吉岡美里を殺した凶器。それは――言うまでもなく、マムシである。

 マムシの死骸を手に取りつつ、僕は説明する。

「恐らく、吉岡美里はこのマムシで首を絞められて――そのまま亡くなったんだ」

 僕の説明に対して、魂を元に戻した坂本刑事が反論する。

「でも、そんなことしたらマムシさんがかわいそうですよ。生きたマムシで首を絞めるなんて、理論的にあり得ません」

「――鈴村刑事、吉岡美里の死亡推定時刻は『昨日の午後10時』って言っていたな」

「そ、そうですけど……それがどうしたんでしょうか?」

「中学校の裏山で、午後10時なら――辺りは真っ暗だろう」

 僕がそう言うと、鈴村刑事は――何か、スッキリしたように納得した。

「ああ! 確かに、真っ暗ですね」

「だから、犯人は――何らかの方法で吉岡美里をこの裏山に誘い込み、そして絞殺した。今の僕に考えられるのは、これぐらいだろう。ただ、犯人が誰かは分からないが……」

 凶器が分かっても、犯人が分からなければ意味がない。マムシの死骸から指紋を検出できればいいが、普通に考えて、犯人は手袋を嵌めた上で吉岡美里を殺害しているだろう。


 *


「寺内警部、これが――吉岡美里を殺害した凶器です」

 鈴村刑事は、寺内警部に対してマムシの死骸を差し出した。

 当然だけど、寺内刑事は――目を丸くしている。

「そうは言うが、そんなモノで首を絞められるのか」

 これは、説明が必要だな。僕は警部に補足した。

「ああ、首を絞めることは可能だ。このマムシの全長は約45センチ。女性の首の直径は平均して30センチだから、彼女を殺害するには申し(ぶん)ない。僕の考えだと、彼女の首を絞めた上で――静脈にマムシの牙を刺した。マムシは噛まれると赤い斑点ができるから――斑点は死斑ではなくマムシの毒だ」

 一番納得していたのは、言うまでもなく寺内警部だった。

「なるほど。――どこで、そんな知識を手に入れたんだ?」

「知識も何も、一般常識だ。――もっとも、最近はマムシの知識すら知らない人間が増えているのが実情なのだけれど」

 確かに、こんな知識を持っていても――余程のことがなければ役に立たない。しかし、「余程のこと」はいつ襲いかかってくるか分からない。そうやって考えると、矢張り――知識は持っておくべきなのだろう。

 僕は、話を続けた。

「凶器が見つかった以上、後は犯人だが――容疑者の目星は付いているのか?」

 しかし、僕の質問に対して鈴村刑事は申し訳なさそうに答えた。

「――すみません、目星は付いていないです」

 それはそうか。――「事件発生直前に接触していた」というだけで、僕も容疑者として疑われるところだったが。

 そうなると、矢張り――スイミングスクールの名簿にヒントが隠されているのだろうか? そう思った僕は、スマホからスイミングスクールの名簿を引っ張り出した。――吉岡美里のスマホから転送されてきたのだ。

 そして、僕は3人にスイミングスクールの名簿を見せた。

「――これが、スイミングスクールの名簿だ。生徒数は全部で28人。……あれ?」

 僕は、名簿の中に――ある人物の名前を見つけた。

 ――兼近智輝(かねちかともき)か。もしかしたら、兼近化学の関係者なんだろうか?

 なんとなく気になったので、僕は父親のスマホにメッセージを送信した。

 ――オトン、兼近智輝って知らん?

 短いメッセージだが、多分伝わるだろう。

 その後も名簿を見ていたが、特に気になった名前はなかった。強いて言えば――最近の子供は言うほどキラキラネームを使わないということか。

 そして、スマホには――父親からのメッセージが入っていた。

 ――ああ、兼近智輝か。知っとるで?

 ――昨日話をしていた兼近雅人の息子や。

 ――それがどうしたんや?

 僕は、父親のメッセージに対して返信した。

 ――実は、吉岡美里を殺害した犯人が、兼近化学の関係者なんじゃないかって思って。

 ――いや、思っただけやで? ホンマに犯人だとはまだ決めつけてへん。

 となると、矢張り――直接兼近家へと行くべきか。しかし、家はどこなんだ? スイミングスクールに通っているぐらいなら、第一中学校の近くか。

 僕は、父親に――兼近家の場所を聞いた。

 返事はすぐに来た。

 ――今、第一中学校におるんやろ?

 ――中学校を降りたとこにローソンがあって、そこから神社の方へと向かったらすぐや。

 ああ、あそこか。僕が第一中学校に通っていた頃はローソンでの買い食いが禁止されていたが、ローソンの隣にある神社には藤崎沙織と一緒に行っていた記憶がある。その神社は学業の神様らしく、テスト期間になるとよく「テストで100点取れますように」とお願いしていた。――もっとも、実際は75点取れたら良い方だったのだけれど。

「――鈴村刑事、パトカーを手配してくれ。向かう先は、兼近雅人の家だ」

「それ、本気ですか?」

「本気だ。――早くしないと、兼近家にかかった呪いが伝播(でんぱ)する」

「わ、分かりました……」

 どうして、もっと早く気付けなかったのだろうか。

 いや、兼近雅人と接触した時に気付くべきだったのか。――その時点で、兼近家の誰かが吉岡美里を殺害したのだ。

 僕は、なんとなくスマホで吉岡美里を検索した。ニュースサイトによる殺害事件の記事を横目に、選手名鑑を閲覧した。

 ――吉岡美里 平成4年6月29日生まれ 所属先:兼近化学

 これだ。吉岡美里の現役時代のスポンサーは、兼近化学だったんだ。だから、彼女は兼近家の人間に殺されるべくして殺された。

 とはいえ、どうして彼女は兼近化学から恨みを持たれるようになってしまったのか? 理由は分からないが、僕は鈴村刑事が運転するパトカーで第一中学校の坂を降りていった。


 ――通称「心臓破りの坂」をパトカーで降りていくのは、なんだか申し訳ないと思った。

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