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城戸口杏奈の手助けをすると決めてからというもの、僕がやることといえば――資料や証拠から推理して、それを彼女に伝えることだった。当然、資料や証拠が少なければ、推理は進まない。
そして、今は――推理が進んでいない状態だった。確かに、「犯人が岡田以蔵である」というところまでは突き止めたが、本当に現代で刀剣を所持している人間はいるのだろうか? 正直、それが分からなかった。
*
それから3日間は、僕も万策が尽きていた。――当然だろうか。
とりあえず、僕は「京都市内で発生した類似事件」について調べていたが、矢張りそんなモノはある訳がない。むしろ、ある方がおかしいのだけれど。
色々と悩んでいるところで、城戸口杏奈からビデオチャットの入室メールが来ていた。僕は、そのビデオチャットへ入室することにした。
「絢ちゃん、元気ないわね……」
「当然だ。事件の証拠が掴めないからな」
「まあ、そうは言うけど――アタシ、思い切って『取材』をしたのよね」
「取材? 一体どこで?」
「高校よ、高校。アタシの家の近くに高校があってね、そこの剣道部なら何かが分かるんじゃないかって思って」
「それで、結果はどうだったんだ?」
「――見つかったわよ? 手がかり」
「それは本当か!?」
「本当よ。どうも、剣道部の顧問である『沖野聡一』っていう先生が、銃砲刀剣類登録証を持っているらしくてさ。彼って、どうも――その道のエキスパートらしいのよね」
「その道のエキスパートということは――居合い斬りか」
「勘が鋭いわね。彼って、居合道の関西選手権で優勝してるらしいのよね。多分、令和5年度の成績表を見たら出てくるんじゃないのかな?」
城戸口杏奈がそう言うので、僕は――沖野聡一という名前をダイナブックで検索した。ウィキペディアにも載っているぐらいなので、相当有名な選手なのだろう。
色々な情報を精査したところ、沖野聡一という人物は――居合道六段の腕前を持っていて、現在の居合道関西チャンピオンであり、そして――京都の高校で剣道部の顧問をやっているということだった。確かに、彼なら一連の事件に関わっていてもおかしくない。
僕は、城戸口杏奈に対してあることを聞いた。
「それで、沖野聡一の自宅って――どこにあるんだ? いや、分からなかったらいいんだけど」
僕の質問に対して、彼女は――呆気なく答えた。
「分かるわよ? 確か、八坂神社の近くって聞いたわ」
「八坂神社か。――洛外ではあるが、鴨川を挟めばすぐに四条だな」
「確かに、そうだわね。――アタシ、カチコミに行ってこようかしら?」
「カチコミか。――物騒だな。まあ、言いたいことは分かるけど」
仮に沖野聡一が一連の事件の犯人だとしたら、これほど都合の良い話があるのだろうか? いや、都合が良すぎて――却って不穏だ。
あとの事は城戸口杏奈に任せるとして、僕はとりあえず引き出しからロザリオを出して――それを胸に忍ばせた。
――チャイムが鳴っている。どうせ公共放送の勧誘か新聞の勧誘だろう。僕はこの場所に引っ越すにあたって「テレビ」というモノを捨てた。
いつ頃からか、僕は――テレビというモノを信用しなくなった。昔はテレビが事実だと思っていたし、テレビしか娯楽がなかった。他に娯楽があるとすればテレビゲームだったが、テレビゲームを遊ぶには、まずはテレビというデバイスが必要となる。
しかし、携帯ゲーム機の普及に伴ってテレビゲームはオワコンとなり、いつの間にかテレビも低俗な番組が多くなってしまった。たまに低俗ではない番組もあるのだが、それらは――テレビ局にある過去のアーカイブを垂れ流しているだけの低予算番組である。ニュース番組も「偏向報道」のお陰ですっかり信用を失い、そして――テレビというモノを見捨てた。
そんなことを思いつつ、僕は――ドアを開けた。玄関にいたのは、降矢瞳だった。勧誘じゃなくて良かった。
「冬月さん、例の事件について何か分かりましたか?」
「まだ、あの事件について興味があるのか。――いい加減にしたらどうだ?」
「そうは言いますけど、私だって事件の関係者ですよ? 中曽根さんが殺害されているんですから」
「教授ではなく外部の講師だろ? 別に殺害されても問題はないと思うが」
「いや、問題ありじゃないですか。だって、刀剣研究者ですよ?」
「――仕方ないな。それじゃあ、現在分かっていることについて説明してやる」
そういうことで、僕は降矢瞳に対して「今分かっていること」を説明した。
「――そうだったんですね。でも、冬月さんの推理は結構的を射ていると思いますよ?」
「そうなのか。――でも、申し訳ないが、僕は探偵役から降りた」
「探偵役を降りる? せっかくここまで突き止めたのに、どうして降りちゃうんですか?」
「普通に考えてみろ。この事件は京都で発生している事件であって、僕は芦屋在住だ。――そんな頻繁に京都に出向く訳にはいかない」
「た、確かに……」
「そういう訳で、探偵役は僕の友人へと託すことにした。とはいえ、僕は安楽椅子探偵なんだけど」
「安楽椅子探偵ですか。それって、良いですね! 私はアガサ・クリスティの『ミス・マープル』が好きです」
「ああ、僕も好きだ。――ミステリ、興味あるのか?」
「結構読みますよ? 辻村深月がきっかけだったんですけど」
その話を聞いて、僕は――降矢瞳という女性に興味を持った。仮に、彼女が僕の助手――アシスタントとなれば、作家業も探偵業も大きな戦力を手に入れることになる。とはいえ、彼女は大学生なので、報酬を支払う訳にはいかない。――アルバイトなら、いいのか。
そう思った僕は、彼女に対してオファーを出した。
「そうだ。降矢さん――僕の助手というか、アシスタントにならないか?」
当然だが、彼女は――赤面している。
「わ、わ、わ、私が冬月さんのアシスタントですか!? いや、そんな――とんでもない! 私にアシスタントが務まるはずなんてありませんよ!」
それはそうか。――この話はひとまずナシにするか。
「――今の話は忘れてくれ。それはともかく、降矢さんがいてくれて助かった」
「本当ですか? それは良かったです」
「だから、この事件を解決するまでは――協力してほしい」
「分かりましたよ! 私、やっちゃいます!」
それから、僕は冷凍庫に入っていたガリガリ君(みかん味)を降矢瞳に手渡した。報酬代わりだ。
「それじゃあ、私――これで失礼します」
「ああ、失礼してくれ。――こっちも、大詰めなんだ」
「なるほど」
確かに、「沖野聡一」という人物の登場に伴って、この事件は大詰めへと向かっている。それは確かだ。ただ、事件解決のピースが完全に埋まった訳ではない。――何かが足りない。
*
降矢瞳が僕の部屋から出ていったところで、僕は――城戸口杏奈の手がかりを待っていた。多分、彼女なら沖野家から手がかりを持ってくるはずだろう。
数分後、スマホが短く鳴った。――メッセージアプリか。僕はスマホのロックを解除して、城戸口杏奈からメッセージが来ていることを確認した。
――行ったわよ? 沖野聡一の家。
――居合道チャンピオンだけあって、模造刀とはいえ多数の刀が置いてあったわ。まあ、今の日本で真剣を持つ訳にはいかないもんね。
――それで、ハッキリと聞いたのよ、今回の事件のこと。
――当たり前だけど、聡一さんは口を割らなかったわ。
――でも、気になる点があったのよね。
――彼、手を負傷しているのかな。ちょっと前に映画館で「見た目は子供で頭脳は大人な探偵」のアニメを見たんだけどさ、そこで「居合道やってる人の手の傷はすぐに分かる」っていう探偵のセリフがあったのよ。
――怪しくない?
そうか。そういうことか。矢張り、この事件の犯人は――沖野聡一で間違いない。となると、僕がやるべきことは――彼に憑いている「岡田以蔵」という名の悪魔を祓うことか。
しかし、僕は――本当に悪魔を祓えるのだろうか。例の連続毒殺事件の時に、彼女――鴻上猪子に憑いていた悪魔を祓おうとして、僕は死にかけた。
もしかしたら、今回も――彼に憑いている悪魔を祓う過程で何らかのリスクを伴う可能性がある。それだけは避けたい。
そう思いつつ、僕は――城戸口杏奈のメッセージに返信をした。
――今から、そっちへと向かう。
――着いたら連絡するから、待っていてくれ。
当然だけど、僕は――ロザリオを胸に忍ばせている。なんとなく、沖野聡一に憑いている「岡田以蔵」という名の悪魔は厄介だと思ったからだ。
芦屋川駅から阪急に乗り込み、西宮北口駅と十三駅で乗り換える。電車賃をケチるべく京都河原町駅ではなく烏丸駅で降りようと思ったが、面倒くさかったので――終点までそのまま行くことにした。
*
京都河原町駅の改札を抜けると、城戸口杏奈が待っていた。
「絢ちゃん、本当に来たのね」
「ああ、いくら杏奈に探偵役を頼んだと言っても、最終的に事件を解決するのは――僕だと思っているからな」
「なるほどねぇ。――なんだか、絢ちゃんらしいわね」
「そうなのか。――急ぐぞ、時間がない」
「そうね。――八坂神社まで、かっ飛ばすから」
そう言って、城戸口杏奈は有料駐車場の方へと向かった。有料駐車場には、オレンジ色の日産リーフが停まっている。
「さて、事件解決といきますか!」
「そうだな。これ以上の惨劇は防ぎたいからな」
「ところで、沙織ちゃんはどうしたのかしら?」
「ああ、彼女にも連絡したのだが――どうやら、寝ているらしい」
「そっか。じゃあ、2人で解決するしかないわね」
一応、藤崎沙織にも連絡したのだが――既読が付かない。どうしたのだろうか?
別に、彼女がいなくてもこの事件は解決するのだが――矢張り、いないとなると不安だ。スマホの時計を見ると、午後6時だった。多分、時間帯的に家事が忙しいのだろう。僕はそう判断した。
日産リーフが四条通を抜けていく。――夜に向かっていく紫色の空は、なんだか不穏な空気をはらんでいた。
四条通から祇園へ抜けると、八坂神社まではすぐである。――その分、渋滞も激しくなるのだが。
カーナビのFM802からは――馴染のDJの声がする。名前は「浅井大喜」だっただろうか。彼の選曲センスは――どうも、僕の心に刺さるモノがあるらしい。
そんなことを思っていると、日産リーフは――沖野聡一の自宅へと到着した。
「――着いたわよ?」
城戸口杏奈がそう言うと、そこには――大きな屋敷が広がっていた。
「ここか。――覚悟は出来ているな?」
「もちろんよ? だって、探偵はアタシだもの」
それはそうか。今回の事件における探偵役は城戸口杏奈であって――僕ではない。ただ、僕は安楽椅子探偵として城戸口杏奈という女性を手助けしているだけの話だ。
城戸口杏奈が、門のチャイムを押す。チャイム越しに、男性の怒号が聞こえる。
「――また君か。私は無関係だと言っているじゃないか! 帰ってくれ!」
男性の怒号に対して、彼女は反論する。
「帰らないわよ? アタシ、探偵連れてきちゃったんだもの」
「探偵!? ふざけるな! 帰れ!」
「――そんなこと言っても無駄よ? まあ、詳しいことはそこの探偵さんから説明してもらうわよ」
彼女がそう言ったところで――男性は、折れた。
「――仕方ないな。中へ入ってくれ」
中は「昔ながらの武家屋敷」といった感じであり、沖野聡一という人物が拘っていること目に見えて分かった。
庭園を望む和室の中で、僕たちはお茶と阿闍梨餅を用意された。
「――君が、探偵なのか。私の名前は沖野聡一と言う」
「そうか。僕は――冬月絢華だ。職業は小説家だが、色々あって探偵業も務めている」
「本業は小説家ですか。――面白いですね。それで、私に何の用だ? まさか、最近この周辺で発生している連続殺人事件に私が絡んでいるとでも言いたいのか?」
「そうではない。ただ、少し――両手の甲を見せてほしい」
「手の甲ですか。――分かりました」
そう言って、沖野聡一は僕に手の甲を見せた。手の甲には、矢張り――傷が付いている。
恐らくだが、この傷は――居合道をやっている過程で付いた傷ではない。傷は割と新しい傷であり、この1週間から2週間にかけて付いた傷だろう。となると、この傷が付いたのは――誰かを殺害した時に付いたモノか。
「――そんなまじまじと見つめて、どうしたんだ?」
沖野聡一がそう言うので、僕は――ハッキリと言いたいことを言った。
「沖野聡一さん、あなたは――人を殺したな」
あまりにも唐突に言ったので、彼は――困惑している。
「わ、私が人殺しだと!? そんなはずはない! 私は、人を殺したりはしていない!」
彼の額には、玉のような汗が浮かび上がっている。これは――真相を突いたか。
真相を突いたところで、僕は――さらなる追い打ちをかけた。
「――沖野さん、人を殺したのはこれで4人目だな」
僕の言葉で、城戸口杏奈は驚きの顔を浮かべていた。
「よ、4人目!? それってどういうことなのよ」
「まあ、1人目の場合は――不可抗力で殺してしまったようなモノだけど」
「不可抗力? ――あっ、もしかして人災とかそういうヤツ?」
「そうだ。居合道で使われる刀は基本的に模造刀が多いんだけど、極稀に真剣を使う場合がある。沖野聡一について色々と調べていたら、去年――居合い切りの過程で人を殺してしまったらしい。その日はたまたま庭園で練習をしていたが、居合いを決めた過程で――ある人物に対して刃を向けてしまった。その人物は、薬研四朗というのだが、彼は――京都で暗躍する半グレ組織『酒呑童子』のメンバーだった」
「は、半グレ!? じゃあ、もしかして、今まで沖野聡一が殺害していた人物って……」
答えは、言うまでもない。
「――恐らくだが、何らかのカタチで『酒呑童子』に関わっていた人物だろう。和泉謙二はシステムエンジニアだが、色々調べているうちにあるIT企業に辿り着いたんだ。その企業は半グレ集団の息がかかっていた。中曽根哲史は、古物商をやる傍らで『酒呑童子』に対して武器――刀剣を供給していた。杏奈、あのメモを思い出してくれ」
「ああ、ダイイングメッセージね。確か、『虎徹』と『三条』と『備前』、そして『兼定』って書かれていたんだっけ?」
「そうだ。――それ、ダイイングメッセージじゃなくて酒呑童子に対する供給リストだろう。流石に国宝級の刀を供給する訳にはいかないから、いわゆる『なまくら刀』だろうけど、歴史的価値があるのに変わりはない」
「それじゃあ、先日殺害された加藤青洸はどうやって説明するのよ?」
「ああ、それに関してだが――実は、保科刑事から伝言をもらっている」
「伝言? 一体何よ?」
「――加藤青洸は、『酒呑童子』の間でもリーダー格と言っていい男性だった。夜の四条河原町で暗躍していて、どうやら色々な『その手の店』からみかじめ料を要求していたらしい」
「む、酷いわね……でも、殺害するのはお門違いなんじゃないの?」
「そうだな。――杏奈、確か高校へ『取材』したって言っていたな。そこで、何か不審な点はなかったか?」
「あっ、そういえば『シュテンドージから多額の賠償金を請求されていて困っている』とかどうとか言っていたような……あっ、もしかしてこれって――」
「そうだ。シュテンドージは酒呑童子のことで間違いない。――沖野さん、あなたは教え子の1人が『酒呑童子』から弱みを握られていたのでは?」
僕がそう言うと、沖野聡一は――口を割った。
「そ、そうだ……。私の教え子は確かに『酒呑童子』から金を要求されていた。その金額は――10万円だ。とてもじゃないけど高校生に支払える金額ではない。それでも、『酒呑童子』の要求はエスカレートしていった。挙げ句の果てには『教え子が持っている卑猥な画像を流出させる』と言い出した。私はそれが許せなかった」
「――だから、『酒呑童子』の息がかかった人間を次々と殺害していったのか。――そんなことをしても、幸せにはなれないのに」
――違和感があるな。もしかして、沖野聡一は何かを隠しているのだろうか? そう思っていたときだった。
「私は、こう見えて――岡田以蔵の血を引いている。以蔵は『自分が悪い』と思った人物をことごとく殺していった。だから、私にもそれが許されると思ったんだ!」
そう言って、沖野聡一は「何か」に手をかけた。
これは――真剣か! マズいな……。
真剣をこちらの方に向けた沖野聡一は、僕に向かって走ってきた。
「――死ねっ!」
咄嗟の判断で、僕は――沖野聡一の脚を「カックン」とさせた。
当然、真剣を持った状態で転倒すると――刃は畳に刺さるだけである。
その滑稽な光景を見た城戸口杏奈は、僕に話しかけてきた。
「ちょ、ちょっと……危なっかしいわよ?」
「ああ、それは分かっていたんだけど――こういう時、人間の重心は上の方に偏っていて、下の方は弱いんだ。僕はそれを利用して――沖野聡一を蹴飛ばした」
「なるほどねぇ。――とりあえず、警察呼ぶから、待ってて」
「そうだな。――待つか」
そういう訳で、僕は――知らず知らずのうちに沖野聡一から「岡田以蔵」という名の悪魔を祓ったことになる。ただ、その祓い方は若干呆気なかったのだけれど。
本当に「見た目は子供で頭脳は大人な探偵」の映画に引っ張られています。すみませんでした。




