第75話 逃走
第75話 逃走
「渡しましたからね! もう帰ります!」
散々キノとエナにいじられたユエルが勢いよく立ち上がり階段へと向かう。
「ユエルさん!」
エナの言葉に振り向くと、銀色の縁に赤い宝石を嵌め込まれた小さなイヤリングがユエルに向かって投げられる。
弱々しくエナが緩やかに投げたそれを床に落としそうになるものの、しっかりと両手で受け取った。
「それ、あげます!」
「え? いや、こんな高価な物頂けませんよ!?」
「ユエル、貰っておきなよ。それ宝石じゃなくて人工魔石だから」
「これが人工魔石ですか?」
魔物の体内から採取される以外に人から出る魔力を集めたり、魔物の身体から取れた身体の一部から抽出し、魔石を人工的に作る手段がある。しかし、高濃度の魔力を所持していない限り制作するのに数日は掛かるため、好き好んで自分の魔力を魔石にする者はいない。加えて、魔力を体内で生成して出す体力に性能は見合わず、質は天然魔石に劣る。しかも、エルタネでは誰でも使える光の魔力を封じ込めた物は二束三文にもならない。
ダンジョンに潜れば天然の魔石を魔物の身体から採集することもできる為、人工魔石自体の需要は低いのだ。
「そう。火の魔力を音に変換して連絡できる術式が組み込まれてる。装着してお互いの距離が近くなってる状態で魔力を込めれば声が聞こえるから。じゃあ、また会おう。他にも着せたい服もあるし」
「はい!では、お二人ともお元気で!あ、でもこの服は少し恥ずかしいのでもっと控えめなやつにして下さいね........」
右の耳に付け、足早に階段を降りていった。よっぽど二人からの贈り物が嬉しいのか、恥ずかしいからかは分からないがそれはもう足早なのだ。
「キノ、教えてあげなくていいの?」
「ん? 何を?」
「エルタネ公国で、光の魔石は重宝されてないけど火の魔力は重宝されてるから宝石以上に売れるって事を....。人工魔石でも、子供達がすごい長い期間を掛けて作ったやつだから、天然物と価値は変わらないし....」
「そんなの知ったら余計受け取ってもらえない。それに、私たちがあれを売ったら子供達の魔力で作ったから、生産経路がバレて子供達に危害が及ぶかもしれないから内輪で使うしかない」
「自分が実験していた子が生きていたら消そうとする....か。貴族ならやりそうだもんね」
僅かに目を伏せ、仄暗い表情で自分の胸を押さえつけながら、自分の生い立ちを思い返す。胸の奥がざわ付き、忘れようとしても忘れられない記憶が脳裏に蘇る。
「今日、あの二人に会ってどうだった?」
「属性の付与が後天的にできないって分かると捨てる。違法行為がバレないように生きてたら殺す。貴族はそんな奴らばかりだと思ってたけど、少しだけ違う人も居るのかな?って思えた」
「そう、なら良かった」
「もしかして、今日は私にそれを分からせる為に連れてきてくれたの? 許可証のない下民の私を幇助して貴族領に入れたら冒険者資格の剥奪だってありえるのに?」
「もし、そうだとしたらどう思う?」
「そうだね....。詩的だと思うよ。今まで外のことを知ろうとしてなかった私に広い世界を見せてくれようとしたならそれだけで私はすごく嬉しい....」
頬を僅かに赤らめる。自分でも恥ずかしいと思えるのだが、ありのままの気持ちをそのまま口にして伝えた。
チラッと伏せていた目をキノの方に向けると苦虫を潰したような酸っぱい表情を浮かべていた。
「ねぇ! 私が勇気を振り絞ってかなり恥ずかしい台詞を口にしたのに、その顔って酷くない!」
「えー、普通でしょ? 家族に感謝されたりするのはむず痒い」
物静かな声でゆっくりと語るのだが、表情は変わらない
「それと、お姫様の一行はどのあたりまで進んでる?」
「え? 滅茶苦茶ゆっくりだよ? まだ先頭の人が見える」
エナが窓を覗くと、牛のようにノロノロと進んでいく一行が目に入った。しかし、その行進には目を見張るものがあった。
「なるほど。このペースなら私達も間に合うかな」
自分が先程から飲んでいたロイヤルミルクティーを勢いよく啜り、全て飲み干す。
「エナ、悪いけど今すぐ帰るよ?」
「え!? もう少しゆっくり....」
「事情が変わっちゃった!! ほら」
マジックバックを腰につけ、中身が半分出た魔法陣を半分に折り畳むと服の胸ポケットの中に強引に入れ既に飲み物もお菓子も食べ終わっていたエナの手を引き、急いで階段を駆け降りる。
「ご馳走さま! 裏口借りるよ!」
すれ違うウェイター達に半ば強引にそう告げると、裏口に留めてあった茶色い馬の縄を解き、跨がる。
「エナ、乗って」
「え!? でも私、馬に乗ったことなんか....」
「気合いでどうにかなるから」
手を引っ張り、跨がらせずに横に足を出してもらい手綱を思い切り引っ叩いた。
馬が大きく前足を上げて鳴きながら、前へと走り出す。
パレードどお姫さまが乗っている馬車など比べ物にならない程そのスピードは早く、風景が一瞬で後方にすっ飛んでいく。




