第63話 珍道中
第63話 珍道中
不貞腐れるプルエアの正面にキノが座り、膨らんだ頬っぺたを隣に座るユエルが指で軽く押す。
「ブーーー!」
勢いよく吐き出される空気と共に唾が混じり不機嫌さを体現したような音が聞こえた。そして、貴族とは思えないほど汚い。
「いつまで二人は私の家の制服を着ているの? キノに至っては勝手に制服を弄って改造してるし....」
「うん?ああ。そうだね」
掌を開くと黄色い玉が出てきて、プルエアがそれを見つめる。
合掌する様に無理矢理キノがその玉を潰すとパッと閃光が馬車の中で迸り、視界を奪った。
「目が....痛い!」
ぼやける視界を擦りながら、涙を浮かべる。
目を瞑っていたキノとユエルがプルエアの顔を覗いた所でようやく視力が戻ってきた。
「もう!! 急に何するのよ!」
「ごめん。魔力抵抗が秀でているからこのくらいキツくないと効かないと思って....」
「何日もベッドの上で休んでいたんだから、魔力で身体を守る事なんて身体が忘れちゃってるのよ!! ようやく目が治ってきた!」
ぼんやりと写っていた像が鮮明に見え始めた。すると、違和感を感じる。込められていた魔力を使い果たし、灰色になった黄色かった玉は粉々に馬車の椅子の上で砕け散っていたのだが、そんな事は気にならない。
「ちょっと!! 何その服!」
「これ? 良いでしょ? 2年前から異世界との交流が始まって、沢山の物資が異世界に流れていって不満だったけど、代わりに服のデザインが沢山向こうの世界から入ってきた」
「お洒落な服が沢山入ってきましたし、食事も色々な物が入ってきて多様性が生まれましたもんね。こういう服を着るのは初めてなんですが、似合ってますか?」
ユエルは真っ黒なセーターに幅のあるクリーム色のズボンを履いていたのだが、セーターの肩や胸元には大きな穴が開き、胸の谷間が強調されていた。
「似合ってるけど、露出凄くない!?」
「え? これが普通って聞いてたんですけど....?」
「誰に聞いたの?」
「キノさんです」
何かを察した二人が顔を見合わせ、キノを見つめる。
「嘘だよ?」
「嘘だったんですか!? 私、こんなに露出して痴女じゃないですか!?」
急に恥かしくなってきたのか、クネクネと身体を捩りながら身を隠そうとする。
「似合ってるし、別に痴女とは思われないんじゃない?」
「そんな落ち着いた格好をしたキノさんに言われても説得力ありませんよ!?」
「えーー」
そんなやり取りを横目で見守りながらプルエアの中で一つの疑問が浮かび上がる。
「キノさ....今まで男でも女でも着られるような服しか着ていなかったのに、今回はやたら女の子らしい服ね」
「午前と午後で服を変えるのが面倒くさかった。今日は体のバランスをわざと崩して一日中女でいられるようになったから偶には良いかと思って」
「確かに、今まで飲んでた薬だと直ぐに性別が戻っていたけど今は安定してるのね。効力はいつまで続くの?」
「注射器で入れた量にもよるけど、取り敢えず今回は午前中はずっと女で居られるくらい。最初は錠剤の時とは比べ物にならない効力の長さに驚いたけど、ようやく使いこなせるようになってきた」
「へぇー、今までとは随分楽ね。途中で戻りたくなったらどうするの?」
「その時は、これ」
小瓶に入った赤く毒々しい液体をポケットの中から取り出した。
「何これ?」
「魔力中和剤。魔法的干渉を打ち消す薬」
「へぇー、この薬でアンタの体質も治せそうな気がするけど?」
「無理。あくまでもこれは魔力の効果を打ち消すだけ。変異した私の体の性質は変えられない」
仄暗い声を漏らすと悲しげな表情を浮かべる。
『そっか....』
『同情なんてしないで....。私にとってはこれが普通だから』
『いや、別にしてないけど?』
『え?』
ケロッとした表情でキノの言葉を否定するプルエアに一番ユエルが驚きを隠せない。
『同情ってのは、目下に見てる人にするもんでしょ? 少なくとも私はキノの事好きだし....』
『ゲルドと同じように私をなじることがあってもその度に飴玉をくれてたしね。プルエアは優しいよ』
『べ....! 別に!! 偶々ポケットの中に飴が入ってただけだし....』
『偶々ね....。自分で焼いたクッキーや作り過ぎたって言ってくれたサンドウィッチも偶々?それに、絞ったばっかりみたいに瑞々しかった柑橘系の果物のジュースも偶々?』
『なんで全部バラすの!?』
ユエルと最初に会った時からは想像もできないような優しい一面が垣間見える。
『プルエアさんは多趣味なんですね』
それを言葉にされると更に擽ったい恥ずかしさが込み上がってきた。
『まぁ、焼かれた後の小麦により上質な砂糖の方が高値で売れるから飴の方が好きだけど。プルエアがくれる飴、いつも美味しかったし』
その一言に、馬車の中が凍りつく。
『まさか売ってたの?食べてたわよね?間違いなく?』
『あんまり自覚はないけど、私は文字通り美男美女みたい。意外と一回舐めた飴の方がマニアックなお店で高値で売れた』
見せつける様にポケットの中から薬包紙に包まれた数個の色とりどりの飴から赤い飴玉を取り出し、口の中に放り込み、口を開ける。
ヌメヌメとした唾液に塗れた飴玉に釘付けになる。




