第58話 療養と悲鳴
第58話 療養と悲鳴
部屋の中の物が全て白で統一された丁度品。太陽から溢れた朝日が部屋の中に入り込み、傷だらけの姫を優しく包み込む。
身体は華奢で可愛らしいのだが、入院患者が着るような青っぽい病人服に身を包み、髪の毛は毒々しい紫色。顔や腕、脚には包帯が巻かれていた。
首元に黒く大きなリボンを付けた落ち着きのあるメイド達が5人程部屋に入ってきて横一列に並んだのが気配で分かる。
「お嬢様、失礼いたします。朝になりましたので空気の入れ替えと包帯の交換をさせて頂きます!」
金髪ショートボブで出来る女風のメガネをかけたメイドが一歩前に出ると、率先してハキハキと喋る。
「そう....お願いね」
虚に天井を見つめながら必要最低限の返事をするとメイド達が一斉に仕事に取り掛かる。
ある者は窓を開けて外の空気を取り込む。部屋の中に僅かに太陽を感じさせる暖かさが入ってくると、庭に植えられた木々の枝も動いているのではないかと想像が膨らむ。
部屋のどんよりとした空気が外の新鮮な空気と入れ替わるのだが、新鮮な空気ぐらいで今の気持ちが晴れる訳がない。
「包帯の交換に移ります。痛い部分がありましたら教えて下さいませ」
「....分かった」
先程と同じメイドが喋り、左腕の古い包帯を解いていく。他のメイドも無言のまま右手、右脚、左脚の包帯を取る。
「お嬢様? 目の包帯で見えないと思いますが、大分回復に向かっていますね。最初この屋敷に帰られた時は目もあてられない程の惨状でしたがこのまま行けば元のように....」
「気休めはやめて!」
ギリギリと歯軋りをしていた口から空気が張り裂けんばかりの声が上がる。
「運ばれてきて数日処置をされて分かった! 包帯を解いてみるや否や吐き気を必死に堪えようとする者! 途中で倒れる者の気配を幾度となく感じた! そんな怪我が治るはずがない! 怪我で醜くなった身体で生きていくようなんだわ!」
「お嬢様!!決してそんなことは....」
必死の呼びかけも言葉が詰まる。目に包帯をしていて僅かな表情など読み取れない。しかし、今のプルエアの顔には包帯が滲むほどの涙で溢れ、悔しさが力一杯に伝わってくる。
そんな表情を見てしまっては掛ける言葉が見つからない。
しかし、そんなメイドの中で唯一包帯を解くのに参加していなかった黒髪のメイドが居た。黄昏れるように屋敷の外を窓から見つめていたのだが、プルエア寝ているベッドに近寄ると足元から声を掛ける。
「何でそんなことが平気で言える?」
今までとは違う。様子を見るような声ではなくドスの効いた重低音がプルエアに向けられた。
「治療魔法でだって傷を癒すのに何ヶ月も掛かる! それなのに、たった数日で包帯を変えただけで何も変わる分けないでしょ!?」
その言葉を聞いた途端、一人だけ黒髪のメイドの表情が一層険しくなる。周りは白を基調としたメイド服なのだが、その異端の者は黒を基調としたメイド服を着ていた。
ブーツのままベッドの上に上がり、プルエアの首を掴むと無理矢理自分の目線まで引き上げる。
「いいか? よく聞け。ここにいるメイドさん達は医者じゃない!! ただのハウスキーパーだ。なのにお前が熱を出せば一晩中井戸から組んできた冷たい水で濡らしたタオルをお前の額に乗せ、膿が引っ付いた包帯を小言の一つ漏らさずに夜な夜な医学書で勉強して取り替えていたんだ! なのに何でそんな酷いこと言えるんだよ!」
そんなの初耳だ。高熱を出してうなされていたことなんて覚えていない。メイドがそんな勉強をしていた事などもっと知らなかった。
「おやめ下さい!! 手を離して!!」
周りにいたメイド達が黒髪メイドの腕を掴み首を離させようとするのだが、一向に離そうとしたい。
プルエアの身体が痙攣し始めた所で漸く離した。
「その減らず口もいらないよね?」
背中に隠していたナイフを取り出し、そのままプルエアの顔に振り下ろした。
首を掴まれ離されたプルエアは咳き込み、尻餅をついてベッドに座る。取り押さえられようとした黒髪メイドは容赦なく切りつけた。その表情から慈悲は感じられない。鬼のように冷たい刃が綺麗に振り下ろされ、周りの人間は息を呑む。
「あの子の話だと完治は先。でも、見れるぐらいには治ってるでしょ?」
ナイフを鞘にしまうと腰にナイフを納める。プルエアの目を保護していた包帯に切れ込みが走り、ハラリと落ちた。
宝石のように綺麗な紫色の瞳。それに一番最初に映ったのは黒髪メイドが持った手鏡に映った自分の姿だ。
髪の毛は綺麗に流れており乱れなど感じさせない。顔に傷がないどころか、いつも以上にきめ細やかな肌になっており調子がいい。
腕や脚も見てみるが傷など一つもない。治療をしていた古傷の跡でさえ見つからないのだ。
「これが私?」
手鏡を受け取ると息を漏らす。恐る恐る顔に触れてみるともっちりとした感触が伝わってくる。
「お嬢様! おかえりなさいませ!」
涙を流しながらも率先して動いていたメイドがプルエアに近づき優しく微笑む。
「リナ!! ごめんね!! 辛くあたって!! 私! わたし....!」
ベッドから身を乗り出し、細い腰に手を回すと泣きじゃくりながら感情をそのまま声にする。
その様子を見ていたメイド達も釣られて涙を流す。
「私達は少しでもお嬢様の力になりたかっただけです。お礼を言われるのなら、何も出来ないことを歯痒く思っていた我々にお知恵を貸してくださった彼方のお二方に言ってくださいませ....」
「うん!」
涙を腕で拭い、知恵を貸したと言われる知人の前に治療してくれたメイド達に感謝を伝えようと部屋の中を見回す。
直ぐ近くにいた三人のメイド。皆等しくナミダを流しているのだが、違和感に気がつく。
一番激しく泣いている者をよく見ると、本来であればこの屋敷の使用人でない者が紛れている事に気がついた。
「あんたユエル?」
短く要点だけを述べる。
「はい! 傷跡も残らないで良かったです! お嫁にも行けますね!」
それを聞いた途端、プルエアの顔が赤く染まっていく。良い大人が子供泣きじゃくっていた様子を見られたことによる恥ずかしさが込み上げてくる。
「良かったですね、お嬢様?」
「あんた、ひょっとしてキノ!?」
一人だけベッドの上にチョコンと座り、手鏡を顔の前で構えたキノがひょっこりと顔を出す。
「そうだけど? 今気付いた?」
「えっ!? いや、だってその格好!!「
ユエルもキノもメイド服に身を包み、顔を近付けないと分からない程の変わりようだ。
「可愛い? これ着るために女の身体を保ってしんどいんだけど?」
「いや、何その努力!? なんで二人ともここに居るの!?」
「お嬢様、その口の聞き方は如何かと思います。そのお二人が、我々にお嬢様の治療知識を授けてくださった方です」
「って事は、毎日ここに来てたの?」
「ほぼ住み込みですね。 キノさんは食事まで作ってくださったんです!」
その言葉を聞いて更なる羞恥心が込み上げてくる。
怪我の痛みに耐えかねて身を捩り弱音を吐いた日には痛みを和らげる薬草で作ったお茶に蜂蜜を混ぜて出してくれた。
夜中、目の奥で激痛が走り眠れなかった日には無言で回復魔法を掛けてくれた。
その時は何も思わなかったのだが、毒などの薬学に精通しているアサシン、緻密な魔力制御に長けた教会出身のプリースト。
使用人の域を超えたそれらを二人の仕業だと思うと全てに合点がいく。
「どうかしましたか? プルエアさん?」
「お嬢様? どうかした?」
心から心配するユエルといつもお転婆な姿から想像できないほどお嬢様姿が板に付いているプルエアを態とらしくお嬢様呼びするキノの一言が止めを刺し、プルプルとプルエアの身体が震え出し、それが一気に噴火する。
「出て行けー!!!」
思い切り叫び、自分以外の全員を部屋の外に出し扉を固く閉める。




