第57話 カマトト
第57話 カマトト
『それと、今日はお願いがあってきた。ここで揃えた外套とマジックバックの調子が悪いんですけど、調律って可能?』
『勿論! 装備品のメンテナンスも業務の内よ?
さぁ、可愛そうな患者さんを見せてみて?』
ゆったりとした動作でカウンターまで近づいていき、入れ口がバカになって閉じなくなったマジックバックと、目を回したまま抜け殻のようになってしまった外套の本体を載せる。
『何この生き物? 何って、外套の本体。天才と揶揄された魔法具師チェルエさんが作ったんだから分からないわけないよね?』
『意外とお喋りな外套なのね。知らなかったわ。それに私は無名の魔法具師よ?』
手の平を上に向け、肩をすくめると惚ける。
『魔法具を作る時、どうする?』
『そりゃあ、その道具や物に魔力が流れる擬似的な魔力回路を配置してどんな効力が生まれる様にするかを考えるわね』
『その回路は何でもかんでも好きに組める?』
『無理ね。無意識のうちに癖が出たり、基盤になる術式が似ている分似た物になったりするから』
『だったら、その似てる部分が自分の作った証明?』
『そうなるわね....この広い国で、一回手元から離れれば、自分の作品に修理以外で出会える事なんてないけど....』
『そう。この外套から出てきた子をマジックバックに入れたらこうなった。構成している回路と似た回路がこのバックに組み込まれていて互いの効果を打ち消した。この相殺反応が物語る事....わかるよね?』
『さぁ? 何かしらね?』
『数年前にいくらでも入るマジックバックを作った匿名の技師と同一人物。そんな文字通りの天才が何で私にこんな奇怪な物を私に渡したのか教えて?』
『はぁ~~。仮にそうだとしてどうするつもり?話すつもりはないけど?』
諦めた口調でため息を吐くように一瞬瞼をしっかりと閉じ情報をシャットダウンしてまた開く。
すると、キノの姿はもうそこにはない。
(しまった!!)
そう思った時にはもう遅い。
『知ってる事話してもらえるよね?』
首に黒曜石を鍛えて作ったナイフが突き付けられており、キノの姿がゆっくりと現れる。
カウンターで座っている人間の背後に立ち、肉スレスレに刃を近付ける。いつでも首が吹っ飛ばすことができるベストポジションだ。
『やられたわ。まさかあんな一瞬で距離を詰められてるなんて....昼間なのに女の子の姿でいたのはその為だったの』
まるで恐怖を感じさせない様にひょうきんに喋る。
『私、午前は男の体で午後は女の体になるって話してない。どこで知った?』
『ん? この前、夜来た時女の子だったからそう思ったの』
『あの夜私が既に薬を使っているとは思わなかった? 元冒険者なら、考える』
『私が元冒険者って知ってたの!?』
今までで一番のの動揺が現れた。
『鎌かけただけ』
『うっわ! 見た目によらず嫌な性格。せめて先輩を尊重して欲しいわね』
カウンターに置いてあったカラフルな棒付きの飴を一本抜く。その棒は鉄でできており、箱の中に入っていた下の方の部分はヤスリの様にギザギザしていた。
『何勝手な事してるの? 次勝手なことをしたら首はねる』
『大丈夫よ。次なんて要らない。もう終わったから』
赤く色が滲んだ先端に巻き付けてあった紙を外すと口の中に突っ込む。
線香花火の様に花火の様に焦げ臭い匂いが鼻腔を刺激をする。しかも、シャワシャワと耳障りな音が聞こえる。
『何この音?』
不穏な音の方に目を向ける。原因は直ぐに見つかった。
先程一本だけ飴を取った雨が入った箱。カウンターに置かれた小さな箱。そこから一本の前衛的な新しい種類の飴かと思える程どうどうと小さな火柱が登っていた。
『案外、冒険者って古典的な罠に弱いわよね?』
カッと部屋の中が発光し、マスターの顔に影が落ちる。
『このクソ野郎』
その言葉と共に、店が黒い煙に包まれ窓ガラスが我ながら煙が外に出ていく。
『あーあ、何で私はこんな格好であんた達と居るのかしらね?』
スイートエンジェルの斜向かいにある高級ラウンジの二階では珍しいメンバーが一つの窓際の席に座っていた。
プルエアは不機嫌に病人が着るような青っぽい入院服を着てコーヒーをズルズルと飲んでいた。
『仕方ないじゃないですか、キノさんのお願いですし損害補償を払ってスカンピンになったゲルドは没落。プルエアさんのパーティは自動的に消滅して無職同然なんですから、少しでも稼がないと....』
プルエアの真前に座っているユエルが双眼鏡を覗き、キノが入って行ったお店を見守る。
今日は目立たないようにか、修道服は着ていない。代わりに、金色の髪の毛は三つ編みで腰の方まで結われ、青い三つ編みの先端に付いたリボンと同じ色のネクタイをだらしなく締め、白いノースリーブの襟のついたシャツに膝上までの青っぽいショートパンツを履き、教会に務めているとは思えないほどの露出をしていた。
『依頼どころか脅迫だったじゃない。このエナって子を貴族領のここに入れるんで私の付き人ってことにして申請させられたし、ここでの支払いは任せられるし、もう最悪!』
頭を抱えて、自分が頼んだコーヒーに写る自分と睨めっこをしていると無言で一切れのアップルパイが差し出される。
『そんなにカリカリしないでください。折角のお人形さんみたいに可愛らしいお顔が台無しですよ? これ頼んでおいたので良かったら食べてください』
『あら、ありがとう! 気が利くのね! この中で貴方はまともな常識のある唯一の人ね!』
差し出されたケーキ一つですぐさま上機嫌になり、皿を自分の元へと引き寄せる。
そしてすぐさま異変に気がついた。
『え!?』
切り取られた断面は完璧なのだが、問題なのは真上から見た時の面積。
先端など、5度すらもない。吹けば飛んでいきそうなアップルパイがその皿に乗っかっていた。
『なーんか? 私のアップルパイが見事にダイエットしちゃってるんだけど、これってどういう事?』
白い丸みを帯びた襟のついたワンピース。袖周りが白く縁取られ、半袖からは白い肌が露出されてはいるものの、左の襟の下から右脇腹の辺りまで縁取りと同じ白線が身体を横断しており、どことなく幼くもみえるエナにプルエアが質問を投げかける。
『病み上がりなんですから、たくさん食べるのは体に毒ですよ?』
屈託のない笑顔で正論を言っているように聞こえなくはない。しかし,エナの口元にはアップルパイのカスがついている。
よく見ると、手元の大きな皿にはプルエアに取り分けた残りの355度分の見事な焼き色のついた格子状のアップルパイが置いてある。
『そうじゃなくて、そんなに一人じゃ食べられないでしょ?』
『そうですか? 私にとってはこれぐらいが丁度いいですけどね』
ナイフとフォークを使い、一般常識的な人間の一切れを切り出すと、勢いよくフォークを突き刺し、逆手で持ち直すと先端に齧り付く。すぐさまナイフを置いた方の手でアップルパイを支え、フォークを引き抜く。
エナが齧り付いた大きな口の中ではパリパリと生地がなすすべなく食べられていく心地よい歯音と共に林檎がシャクシャクと音を立ててすり潰されていく。
数回そんな事を繰り返されていくうちに手元にあったアップルパイの姿は完全になくなった。
『嘘?』
『すみません~、このアップルパイ追加でもう一つお願いします~』
『しかも、この後に及んでまだ食べるんかい!!』
『だって、ここのアップルパイ今までに食べた中で一番美味しいんですもん!』
エナの幸せに満ち足りたような顔で、テーブルに両肘を着いた顔から繰り出される笑顔にときめかない人間などいない。
『まぁ、ここのは一段と美味しいしね。それに、可愛い妹みたいでこういうの悪くないわね? 別にあんたの顔が可愛くて許したんじゃなくて私に会うんで可愛いらしい服を一生懸命選んだであろうその努力を少し認めてあげただけなんだからね!』
動悸が止まらないプルエアが口早に収拾のつかない感情を口にする。
『急にそんな言い訳してどうしたんですか?』
『なんでもないわよ!?』
その大きな声に驚いた店内のお客さんが一斉にプルエアを見る。
『お店ではお静かに....ね?』
自分の唇に人差し指を当てて半開きの瞳から繰り出されるその一言にまたしても胸が締め付けられる。
心なしか、幼い雰囲気のワンピースを着ているせいかそういった余裕のある仕草に更に磨きが掛かるように思えた。
『それにこの服どちらかと言えば、大人っぽいと思いますよ?』
脚に置いていた膝掛けを椅子に掛けて立ち上がる。
身体を横断するように入っていた線はそのままお尻の方まで横断しており最終的には裾をぐるっと一周していた。
しかも、左脚にだけギリギリの所までスリットが入っており、妙に大人っぽい。
『このワンピース、バスローブみたいに着るんです。可愛くないですか?』
『一つ聞かせて、エナちゃん。いや....エナさん。
なんでそんな子供っぽいようで大人な服をチョイスしたの?』
『キノに呼び出された時、プルエアさんは妹属性の子が好きだけど、幼児体型なのを気にしてる。で、妹属性っぽいのによく見ると大人っぽい雰囲気の服を着て。可愛がろうとしていた子に自分がない部分があったらどんな反応するのか知りたいって言われたのでこれになりました』
『やっぱりキノの入れ知恵か!? 可笑しいと思ったのよ!? 最初見た時私のドストライクだっだもん!』
再び声を荒上げるプルエアに周囲の視線が集まる。しかし、当の本人は早朝の記憶に思いを馳せる。




