第56話 我慢と突きつけ
第56話 我慢と突きつけ
「魔眼緩和剤。キノさんって魔眼持っていますよね?」
「後天的に獲得してそれっぽいのを持ってるけど、よく分かったね」
「魔眼?何それ?」
聞き慣れない言葉にティムが首輪を捻る。
「魔力に触れて普通の働き以上の機能を発揮するようになった目を魔眼、腕から武器が生えて来る魔腕、部位に応じて魔法の魔の字が付いてさまざまな恩恵を及ぼしてくれる」
首を傾げるティムにキノがサラサラと説明する。
「さっき頭の傷を見た時に気づいたんです。目に負担が掛かって、『暗視』と『強視』の両方を一度に使えないのは面倒ですし、それを使えば目全体に魔力が行き届くので....」
「うん? 待ってどう言うこと? 基本魔法で目に魔力を流すのって何で呼ばれてるの?」
「ああ。冒険者じゃないティムさんには馴染みがないですよね?目に魔力を宿すとどうなると思いますか?」
職業上無知なティムにユエルが教鞭を取る。
「目の働きが活性化する?強視でしょ?」
「そうです。暗いところもばっちり見えるようになります。『暗視』とも呼ばれます。でも、それを明るいところでやるとどうなりますか?」
「そりゃあ、眩しくてたまらない。だから光量を調整するんだよね?」
「そうです。冒険者は明るいところでは『強視』って言って光の量はそのままで相手の動きを重視して見えるようにするんだけどキノさんは多分、魔眼からの過剰な魔力供給のせいで暗視しか使えない。ですよね?」
「そう。別に、ダンジョン探索しかしないしそんなに困らないけどね。それに、レベルが測れるくらいの魔眼って呼べるぐらいの物は手に入ったし、悪いことばかりじゃないよ?」
「絶対困りますよ!? その薬を使えば明るいところでも使えますし、怖い人に絡まれた時でも対応できますよ!」
「これってさ、強視の効力を弱めたりする?」
「基本魔法から後天的に魔眼を手に入れた例なんて聞いたことありませんし、もしかしたら弱めるかも....?」
「じゃあ、要らない」
「いや、何かあったら危険じゃないですか!」
「魔眼の影響で普段なら視覚はクリアだし、魔眼自体の能力もあるし」
先程貰った小瓶をユエルに押し返す。
「持ってるだけで良いので、持っててください! いらなかったら、売っちゃっていいので!」
それを掴むとキノに再び押し返す。
「それにこれ、教会の人が施しの時に使う容器に入ってるから売りなんてしたら、怪我したって嘘ついて貰った薬を横流ししてるって言われるー!」
「そんなの容器を適当に変えて売っちゃえばバレませんよ!!」
「聖職者が言ってはいけないセリフをさっきから滅茶苦茶言ってない! 大丈夫なの?」
そんな2人のやりとりに関わる事なく新しい串焼きを外套の本体の魔物が鉄板に乗せ、焼けた串焼きをキノの横で放置気味の外套の本体の身体とは不釣り合いのサイズの串焼きを渡す。
「実際、どうなの? キノさんは明るい所では不利なの?」
「う~ん、どうだろうな? あいつなら面倒ごとなんかに巻き込まれないようにうまく逃げ切れるし、器用だし問題ないだろ?」
ティムの質問に短く答えると、バクバクと串焼きが消えてなくなった。
「じゃあ、あれです! あれに使いましょう!!」
「まさか飲むの!? 酔いは目薬じゃ治らないよ?」
『知ってます!! 私をなんだと思ってんですか!?こうするんですよ?』
キュポンと蓋を開け、少量の液体を垂らす。瓶から滴り降っていく水滴を通過した光が複雑な模様の影を写す。魔法命令文が複雑に込められていると一目でわかる。
「おい! 何で俺にかけてるんだよ! これ?」
「さっき言った相殺反応がでるかな?って思って。どう?何か変化ある?」
「あったって言わねーよ!! そんなことより、キノ何か拭くものくれ! 太陽が沈んで寒くなってきてるのに、風邪ひいちまうよ!?」
「風邪なんてひくの?」
「俺はお前と違ってデリケートだからひくんだよ!!?」
そのガサツなキノに向けた何気ない一言がまずかった。プチンと何かが切れる音がして、先程とは比べ物にならない程力強く掴むとマジックバックの口を開けて思い切りその中に突っ込む。
「なら、自分の体に合うタオルでも探してろ!!」
モゴモゴとマジックバックから抜け出そうと動きバックがボコボコと変形する。
「なんかやばくないですか? 普通のマジックバックってもっと広いですよね?」
ティムがそう言った時にはもうすでにユエルは後ろに向かって全力で走り出していた。
「それ相殺反応です! キノさん逃げて~」
段々と声が遠くの方で聞こえ、ことの重大さに漸く気がつく。
腰に付けたベルトから急いでバックを引きちぎり、空へと向かって投げる。
そして、パン!終いには、パチパチと火花を散らしバックが弾け、灰色の煙が辺りを漂う。
キノがダンジョンを、攻略して数日が経過していた。
エルタネ公国 貴族領
防具屋 スイートエンジェル
この国では、1番が王族の住む領地を表し2~20が貴族領、21から70までが平民領と壁を隔てて分けている。それ以下の平民領は治安も悪く国民税も払えない下民が住むスラム街に定義されている。
ここは20番。基本的に限りなく平民が住んでいる土地に近い名前だけが立派に貴族領地のこの場所に煉瓦造りで質素な店構えであるのにも関わらず、看板には溶けてしまいそうなほど芸術的な文字でそう書かれた防具屋が朝早くから今日もオープンしていた。
店の中を覗くと客は一人もいない。身体のラインをこれでもかと言う程強調したピチッとしたワイシャツを黒いズボンの中に入れ、胸毛をチラつかせる店主が紅茶を飲みながら新聞に目を通していた。
その新聞の上にはいつもニコニコ新聞と書かれていた。
「81番街に突如として現れたダンジョン踏破者、
下民出身のアサシンキノ。へぇー、これってあの子の事よね? アサシンなのにこんなに目立っていいのかしら?」
新聞にはダンジョンを踏破して出てきたキノがフードを被った写真が載っており、職業上こんなに目立ってしまって、ダンジョン攻略に差し支えるのではないかと心配になる。
「ソロで攻略したダンジョンをサルバトール家に譲渡しようとするもサルバトール家次期当主ゲルドはこれを拒否。それどころか攻略報酬をキノに無条件で譲渡。家の財産も方々に全て寄付し、平民へ自ら没落を決める。中々の美談だけど、本当の所はどうなのかしらね?」
人差し指に魔力を込め、同じ記事が書かれた新聞に触ると文面が変わっていく。
いつもニコニコ新聞という文字が消え去り代わりに、俺たち新聞社は貴族を美化する記事しか書けない。シクシク新聞の本音という文字に置き換わる。
「サルバトール家次期当主、ダンジョン攻略失敗。下民出身のアサシンに打ち負けてボロボロ」
載せられている写真と記事もさし変わり、ゲルドがダンジョンからほぼ裸の状態で死に戻った時のものへとなっていた。
「えーっと、大量の冒険者を雇いダンジョン攻略を行っていたゲルド氏であったが、我らの新星キノに出し抜かれ、挙句に甘い妄言に騙され文字通り全てを失った模様。家の財産も雇った冒険者に損害として奪われ、ほぼ無一文になるまで搾取した模様。本人からの報復が怖いということで、表面には一連の出来事を美談にして欲しいという事で載せたが、このスカッとする記事を表面に載せられない事を残念に思う....か。なるほど、よく考えたわね」
紅茶を再び吸い込み、感慨深く溜息を吐く。
「智....あんたが心配していたあの子がここまで成長したのよ?感慨深いでしょ?」
カランカラン!
そんなババくさいことを思っているとお店の扉が開かれる。
「いらっしゃい」
この趣味の悪い店に来るのは初めて中に入って趣味の悪さに驚いた上、主人の顔の濃さに驚いて急いで扉を閉める客か、買ったものにイチャモンを付ける客のどちらかだ。
今回の客は扉を開きそのまま振り向きながら扉を静かに閉める。
「大活躍みたいね。私が見込んだ通り」
「今日はまず最初にお礼を言う事にした。だって、マスターのおかげだから」
黒いワイシャツに胸元迄の異性とのデートを連想させるようなオリーブグリーンのワンピースを着て左腰のあたりでワンピースの帯をリボンのようにキュッと締める。
それに黒いキャスケット帽子と大きく丸い眼鏡を掛けており、女性らしさが引き立てられていた。
「あら? 今日は朝なのに女の子の姿なのね? 新聞の見出し見たわよ~。凄いじゃない!!」
「たまたま運が良かっただけ。報復が怖くて、表の記事には美化するようにしてもらったし、ただの小心」
「あら? 自己評価がこれでもかってぐらい低いのね。もしこの貴族が私兵を雇ってあんたの事を殺したりなんかしたら裁判でアンタにはめられたって本当のことを言わなきゃ情状酌量の余地はないし、犯罪者は貴族になれない。言ったら言ったでプライドを自分でへし折ることになる。こいつにできるのはただ黙って今の現状を受け入れることだけ。それが分かっていて、この記事にしてもらったでしょ?」
「買い被りすぎ。偶々そうなっただけ....」
二人が柔かに笑い、暖かい空間が包み込む。
「そう? 今、性別を例の薬で変えているのも偶々なのかしら?」
「偶々。逆に他意があると思う?」
うっすらと目を開き、互いを見つめる不敵な視線が三日月のような鋭さをもち隙が有ればキリキリと相手を刻んでしまいそうなほどだ。




