第53話 罰と救済
第53話 罰と救済
ペタペタペタペタとキノが容赦なくこねくり回す様にエナの腕を触る。
「ちょっと! 人の腕を雑に扱って何をしたいの!?」
「ちょっとした身体検査」
「え? ちょっと!! 本気で何するつもり!?」
左腕の外套を中の服ごと捲り上げ、白い腕が露わになる。
「今回、面白い魔法の写しが手に入った。これがあればエナの腕に掛かった固定術式も無効化できるかなって思うんだけど....」
「私の腕に掛かった魔法? 何それ?」
「惚けないで。一緒にお風呂に入るときとか腕を不自然なまでに腕を隠そうとする仕草に気がつかないと思った?私の『暗視』でも見通せないほどの認識阻害系の魔法を魔道具で掛けてる癖に」
袖に隠した一枚の紙を取り出し、書かれた文字に魔力を流す。白く文字が鈍く発光した紙をエナの腕にくっつけるとアザの様に赤黒く変色した火傷の跡が浮かび上がる。
「これが、家に刃向かった証拠。エナは自分の家の秘密を知ってそれを正そうとした。その結果、歯向かうたびに火の魔力で腕を炙られて躾られる固定式の魔法術式で矯正させられたんでしょ?」
ユエルから盗写した『解析』の魔法で腕に掛かった魔法を無効化し、腕を離す。エナも観念したかのようにゆっくりと腕を下ろし、口を開く。
「そう。刃向かったことが私の最大の罪」
乱暴にキノの手を振り払い露わになった腕をしまう。
「罪? やりたくないない事を強要されたんだから、親とはいえ歯向かうのは当然」
「違うの!? 私はそこでやっちゃいけない事をしたの!」
腕を抱え込みガタガタと震え出す。
「家に歯向かいだした私は次第に外に出されなくなって、地下室に閉じ込められて躾と秘伝術式を叩き込まれた。ある日、隙を突いて逃げ出して近くにいた人にありのままを伝えた。自分の家が何をやってきたのか....」
「それでどうなったの?」
「その日の夜に治療を謳って手駒にした下民の人の仲間が攻めてきて家は滅んだ。私は命かながら逃げ出してスラムに....」
「そういう事....。でも、それは自業自得で罪なんかじゃ」
フルフルと否定する様にして首を横に振る。
「誰も下民の言うことなんて信じなかった。表向きには生活に困窮した下民が貴族を殺し、それを聞いた私の家と表向きの親交の深かった家を始めとした貴族達は下民は卑しく人を殺してでも財産を奪うゴミという認識が、生まれるきっかけになったの」
一音一句、喉に言葉を詰まらせた様に言葉を捻り出す。
「貴族は下民を食い物にして、今回みたいな輩が出てきたのも全部は私のせい....。もし、私があのまま家族の言いなりになっていればこんな下民と貴族の間に軋轢を生むことはなかったし、幽霊屋敷のみんなも怖い思いをせずに済んだ!! 全部私のせいなんだよ!! 今更上でどんな顔をしていれば良いの!! 教えてよ!!」
瞳から大粒の涙を流し、キノに訴える。 長年一人で抱えていた胸の突っかかりを全て吐き出した。
自分で怒りに震え、訴えかけ優しい言葉で慰められる事を望んでいる事に自分でも気がついていたのだが、結果は似ても寄り付かない。
無言のまま、キノの右拳がエナの顔面に飛んできた。腰を入れ、左半身を思い切り引いた強烈な当たりが鼻の先端から叩き込まれる。
「ちょ....! キノ....!」
咄嗟の出来事で後退り、ボタボタと血が垂れる鼻を抑え、口元に手を当てる。
しかし、キノの手は止まらない。エナの胸倉を掴み手首を返し、身体を引っ張る。そのまま後ろから大外刈りの要領でエナを押し倒し、そのまま馬乗りになる。
「痛ったい!」
頭を守ることもできずにキノがやりたい様にやられてる。
無言のまま、両方の拳でエナの顔面を執拗に殴り出す。
やっとの思いで腕を顔に被せて守るのだが、僅かな隙間から打撃を的確に入れてきて、ガードが役に立たない。
ただただ、顔を伝って地面に流れる血液の生温かさを不快に感じることしかできない。
次第にエナが泣きじゃくるのだが、キノは全く攻撃の手を緩めることなく機械の様に規則的にエナの顔面を殴り続けた。
水袋を殴った時の様に鈍く乾いた音が幾重にも重なって悲痛な叫びの様に聞こえる。
助けを求めていた相手に突きつけ付けられる現実としてこれ以上に厳しいものは無いはずだ。
エナが泣きじゃくってもキノの手は止まらない。
それどころか更に追い討ちをかけ、顔を重点的に殴り続けていく。
「ねぇ....? いつまで....私は....殴られるの?」
「死ぬまで」
「そっか....何で?」
「だって、エナのせいなんでしょ? ゲルドの家が下民を食い物にして私腹を肥やしてるのも、下民の私達を屑の様に扱うのも....だからその元凶にやるせない気持ちをぶつけてる」
それを聞いて、馬鹿らしくなる。元凶が仮に自分だったとしても今更それを殺して何になるのか?
真実を知る私がいなくなったらそれこそ、下民と貴族の仲を修復する機会が完全になくなるのでは無いか?
まだ死ねない。
そんな思いが過り、一つの行動に出る。
左腕で顔を覆うのをやめて近くに転がっていた手頃な石を手に取ると思い切りキノのこめかみに打ち付ける。フードが下りると、キノの目と視線が合う。
「何? 死にたいんでしょ? 私は貴方の事を殺したいぐらいに憎いから私に殺されなよ?」
「まだ死ねない!! 私が死ねば真実は永遠に分からなくなる!!」
「じゃあ、どうするの?」
「分からない....。どうすればいいのかなんて分からない。だけど、死ねない事だけは今分かった!」
「そう....。じゃあ、その命大切にしなよ? 誰かのためだからって命を投げ出しちゃダメ。自分の為に生きる....その為に使ってね」
そのまま前に倒れ込む。
「こんなに酷いことしてごめんなさい。 痕が残らない様に加減したんだけど.....」
ボロボロになり捲れ上がって血の滲んだ手でエナの顔に触れ、そのまま目を瞑る。
ゆっくりと体を起こし、力なく地面で項垂れるキノの首に指を触れる。
「息してない!! 嘘!!? 死んじゃった? 正当防衛になるのかな? これ?」
「いや、そこは私の身を案じて? まだ死んで無い」
「いやー、お化けー!!」
拳を振り上げ、顔面に打撃をお見舞いする。無意識であるのだが、一撃は先程のキノより重く、骨をも砕きそうな勢いだ。
「ちょっと!! まだ生きてる!! 死んで無い!! 足付いてるでしょ?」
不意にエナの手が止まる。
「本当だ!! まだ足が付いてる!! 生きてたんだね、良かった!」
「たった今死にそうなぐらいの攻撃を受けたけどね....アンデット魔法を研究していた癖にお化けが怖いってどういう事なの?」
気だるそうにドクドクと出血する患部を押さえつけて不思議そうに問いただす。
「死体なら慣れてるんだけど、お化けは怖い」
「普通逆だと思うけどな」
フラフラと立ち上がりながら階段を登ろうとする。
「ちょっと!! 本当に大丈夫なの? フラフラじゃん」
「あんなに顔面を殴られれば、石で殴られてなくてもフラフラになる。その上、頭から血を流したらどうなると思う?」
「そんなマニアックな状況に陥った事ないから分からないや」
その状況を作り出した本人はその自覚がない様で微笑みながら吐き捨てる。
大量の血液を失っているせいか普段なら流せる様なことも全てのことが腹立たしく感じてしまう。一番腹立たしいのは、今にも両手でエナの首を締め上げて二度と喋れない様にしてやりたいと思っている自分がいる事だ。さっきまでのやり取りを水泡に帰す事になると言い聞かせ、なんとか平常心を取り繕う。
「まぁ、今は余裕が無いから許してあげるけど覚えといて。人は死んで償うことなんてできない。死んだ先にあるのは無だけ。過去の行いを償いたいなら、未来でどうするべきかって事を覚えといて」
「うん....もう、死のうだなんて思わない....。ありがとうね。それを教えてくれる為に一芝居打ってくれたんでしょ?」
「....そういうことに....しておいてくれると凄い助かる」
その本音は、澄み渡っていたエナの心に一つの影を落とした。
「え? 待って? あの憎しみは本物だったの?」
「もし、生きようとしなかったらあんたは今頃冷たい地面の下で永遠に寝てることになってた。それだけ」
「完全に殺すつもりだったんじゃん!!」
「煩い。今は生きてんだから、いいでしょ....」
「ちょっとキノ! キノ!」
フッと全身から力が抜け、エナに被さる様に階段から落ちてきたキノをエナが受け止める。




