第49話 亡霊と起死回生
第49話 亡霊と起死回生
高価な服のあちらこちらが擦り切れ、露わになった肌には細かい生傷が痛々しく落下の衝撃を物語る。
顔は血と泥に塗れて完全に生気を失っている。
「よくもやってくれたな!! 下民のゴミ屑共が....」
フラフラとした足つきで身体を引きずりながらサルバトール家の当主とその取り巻き達が姿を表す。
人と呼ぶよりは最早アンデットと呼んだ方がしっくりと来る。
フラフラと歩いて来るのだが,光源に近付き身体が受けたダメージが更に鮮明に見える。
骨折していると思われる足はひしゃげ、裂けた額からは血を流し、腕など原型を留めていない者もいる。
その姿にエナが口に手を当て息を呑む。キノが助けてくれなければ自分も同じようになってしまっていたのだと恐怖が身体を支配する。
「よくあの高さから落ちて無事でいたね」
「無事だと!! お前の目は腐っているのか? この有様を見ろ!! 水面に叩きつけられただけではなく、得体の知れない水に捕食される所だった!!」
「そんな壮絶な体験をして命があるだけマシ。お仲間は?」
「確かに良き友人のおかげで助かった。見ろ!? 周りに沢山いるだろう?」
手を広げ、誇るのだが周りには一人もいない。
「ねぇ? どこにいるの?」
「はぁ? 私の周りに居るだろう? 上から落ちてくる私を助けてくれた友人達が」
「それって、ひょっとしてあれ?」
キノが人差し指で湖を指さす。湖の水面には高価な服や装飾品に身を包んだ人がプカプカと浮かぶ。どう見てもサルバトールの取り巻きだ。
「何故? 何故....私の周りに居る友人が無惨な姿で浮かんでいる?」
「最初に落ちたお仲間はそのまま水に飲まれて死んだ。後から落ちた貴方は仲間が食べられている所に落ちて仲間が食べられている間に岸まで流れ着いた。自分だけ助かった罪悪感から生きてる風に思い込んでるだけ」
急に周りの地面が赤い血で埋め尽くされる。自分の周りに居た友人達の背後からキノがゆっくり近付きナイフで首を刈る。友人の足元に黒い穴が開き、キノがその穴から現れ穴の中に連れ込んで友人が消えていく。そんなイメージが頭の中で再生される。
「お前だろ?」
「何が?」
気が狂ったサルバトールがキノを睨む
「お前がこのダンジョンに現れなければこんなことにはならなかった!! 俺が殺したんじゃなくてお前が殺したんだ!!」
爪を噛みひたすらに責任転換を強いてくるその姿は狂気の塊でしか無い。
「自分がこんな事業に手を出さなければ良かったとは思わない?」
「黙れ!! 全部お前のせいだ! ここで殺してやる! お前は俺を殺せないだろ?」
「何で?」
「数十年前、下民が結託し貴族を殺し金品を奪った事件があった。首謀者は今も見つかっていない。その対策で金を払えば貴族が誰かに殺されると身体に組み込んだ術式が爆音を鳴らし憲兵に異変を知らせる術式の販売がされた!つまり首謀者は殺されるんだよ!!」
「ふーん、それって人以外ならどうなる?」
「何?」
「分からないなら試してみよ」
その場で一度軽く跳ねると脱兎の如く背中を向け、湖に向かって走り出す。
「気でも狂ったのか!?死んで償え!!」
すぐさま、人差し指を向けキノに向かって光弾を放つのだが、掠りもしない。人差し指の指が折れていることにも気付かず、遂にはキノが湖に足を踏み入れた。
「湖の上、走ってる!?」
エナの驚きなどつゆ知らず、サルバトールの光の玉で水柱が立つ場所の間を綺麗に縫って走る。
「どうした!? 逃げるだけか!? お前達も援護しろ!!」
「この後に及んでまだ頼ろうとするなんて哀れ。あいつは何処かな?」
勢いよく立ちはだかる水柱をよく見るとお目当てのものが打ち上げられる。
大きく飛び跳ね、それを掴むとサルバトール目掛けて一直線に走る。
「何だ!? 急に直線状に走ってきた!しかも手には何を持っている!」
サルバトールは理由が明確には分からない気持ち悪さを感じていた。キノの手には汚物のような扱いの何かを両手で持ち、出来るだけ身体から離したままで走ってくるのだ。
「水の中で食べられようとしていたのに案外原型が残ってた」
「助けてくれたことには礼を言いたいんだが、もっとスピードを落としてくれない?」
「相手の懐に飛び込むんだから、ノロノロしてたら蜂の巣にされる。我慢して」
「我慢以前にさっきからビシビシ当たっているんだけどな!!」
風圧を受けるだけでなく、三発に一回はキノが持つそれにピシピシと光弾が当たりその度に吸収していた。
「私には当たらない」
「俺が盾になってんだからそうだろうよ!! せめて外套に戻せ。吸収したやつを消化したいし、その方が全身守れる!」
「ん? 全身守らなくていい。 そのまま吸収してて」
「いや、もう限界!! おっええー」
口を大きく広げ、火炎放射器の如く炎を吹き出す。
勢いを失うことなくサルバトールの元まで火が届いた。
「何!!?」
「デンケン達の魔法?」
「苦しい!! もっとゆっくり走らないとまた吐くぞ!!」
「それは好都合。エナに当たらないようにもっと狙いを絞って。折角、ダンジョンで使い捨ての水走りの魔法が書かれた魔術書を手に入れてブーツに書き込んだんだから。できるなら火球みたいに出してよ?」
「俺にとってはただのゲロだからな!! そんな都合よく出るわけないだろ!!」
「そんなつれないこと言わないでよ? 先ずはやってみよ?」
強引に小さい口の中に左手の指を突っ込む、右の手で両頬を抑え口の穴を小さくなるように調整して喉の奥を刺激する。
「オェッ!!」
コミカルな言葉が出るとともに火が溢れる。弾というよりは大砲の主砲のような球が口から出て水面を軽く蒸発させながら一瞬で標的まで距離を詰める。
腹部に当たった本人は一体何が起こったのか分からないまま身体が後方に吹っ飛んでいく。
「中々いいのが飛んだ。でも意外と難しいな」
「土手っ腹にいいの食らわせといて何言ってるんだよ!! 俺の良心がキリキリと痛むわ!」
「大丈夫。貴方はゲロを思い切り吐いただけ。そこにはそれ以上もそれ以下の余地も介入しない」
「最悪の不可抗力だな....あのエセ汚い貴族に同情するぜ....。それよりこれからもってどういう事だ?」
「こういう事」
先程と同じように口に手を入れて中身を掻き回し、口を無理矢理窄めさせ、吐き出させる。岸に着くまでの間何回吐かせたのだろうか?
最初ほどの威力と正確な狙いでは無いものの。岸の形が変わるのでは無いかと言う程の数が打ち込まれたのだ。
「こんなもんかな。取り敢えず、お疲れ様」
「俺の体力を根こそぎ奪っといてこんなもんは無いだろ!? もう休ませて貰うからな!!」
げっそりとやせ細り、軽くなった身体でシュルッと外套の中に戻っていく。外套には夜空の星の様な輝きが戻った。
「キノ!? その外套凄すぎない!?」
大砲の射撃に巻き込まれないように端っこに寄っていたエナが岸に戻ってきたキノに近寄る。
「うん? そう? 私は飲み込んだ水を吐き出させてあげようと背中を軽く摩っていただけだよ?」
「流石に不可抗力にはならないんじゃない?」
「そうかな? 警報もなってないし....」
ガラガラと瓦礫がどかされ中から吹っ飛ばされた貴族が出てくる。
「生きてたんだ」
「舐めるなよ!? これぐらいで死んでいたら家長は務まらん。それより、自分の心配をしたらどうだ?」
「え?」
キノの首に黄金の糸で編まれたチョーカーが現れ、その糸地面や壁の至る所に繋がっていた。




